第十七話:夕闇
何ともカラフルな建造物の応酬に、シリルは世界感を失いそうになった。
子供たちが楽しそうに街中を駆け回り、ソメルシアとはまた違う賑わいを見せている。
一行は『ウィズダム』に到着し、ケーリーさんのいう『秘密の場所』を目指していた。
研究が盛んな都市だと聞いていたはずだが、と首をかしげるシリルをよそに、先導するケーリーさんは人気のない街中の雑木林をずんずんと進んで行く。
そして、大木の前で立ち止まった。
「ここは一応、『秘密の場所』だから、誰にも言わないでおくれよ?」
ケーリーさんは微笑みながら、大木にすっと手を伸ばした。
ヒナはその指先を、サチは大木を見つめていた。
一瞬の出来事だった。
一行の前に扉が浮かび上がったのだ――というのも、上手くカムフラージュされていた扉をケーリーさんが引き開けたからだ。
「階段だ! 地下に何かあるんですね!?」
シリルは興奮のあまり叫んだ。
サチなんかヒナに抱きついて喜んでいる。
「若いものは分かりやすいねぇ」
ケーリーさんは大層嬉しそうに三人を誘導した。
足音が妙に落ち着きもなく続く。
階段を降りた先には、雲の上に出たかのような世界が待っていた。
「地下研究施設『ミール』へようこそ」
三人は二、三歩進むと足を止めた。ケーリーさんだけが床を蹴り続ける。
地下とは思えないほどの大空間を包むのは、自ら光り輝く銀白色の壁。
縦横にいくつもの通路が長く続き、その規模は計り知れない。
ふと、ヒナは寒気を感じて周囲を見回した。慌ただしく白衣の人々が視界を横切っていく……。
「空き部屋がある。そこを利用するといい」
再びケーリーさんが案内を開始、凄まじいロケットスタートを切った。
途中、ケーリーさんがいろいろと施設のことを話すのだが、一番真剣に聞いているのは、やはりシリルだった。
「……なるほど。地下は大規模な研究施設、地上はその研究成果を世に供給する教育機関、二つは密接に関係しているんですね!」
「裏の世界と表の世界を融合した先進社会システム。教育に関しては、ウィズダムに委ねられた世界的義務とも言えるね」
二人の会話の余韻が消えないまま、一行は部屋の前に到着した。
「私は隣の部屋で作業しているから、何かあったら声をかけなさい」
「は、はいっ……ありがとうございます」
シリルはすっかり自分たちの『運命』というものに惚れ込んでいた。
三人は取り敢えず部屋に入った。ちょうど3つベッドが置かれてあり、寝泊まりには困りそうにない。
「さて、どうするべきか……」
シリルは腕を組んだ。
「アジズ探すっちゃ」
シリルのコートをサチが引っ張った。
「分かってる。問題はどうやって探すかだ」
「うちが聞き込みするっちゃけ!」
「……まあ、妥当だな。当分はそれでいこう。ヒナも聞き込みを頼む」
三人のアジズ大捜索が始まろうとしていた。
あっという間に六日が過ぎた。有力な情報はまだ少ない。
図書館でそれらしき人物をよく見かけるという情報もあったが、シリルは
「人違いだろう」と妙な確信を持って切り捨てた。
「時間だけが過ぎていく……」
夕日の赤橙色を背に浴びながら、シリルは階段に腰を下ろした。
時間は休むことを知らないのだろうか。そうだとしたら、大変な働き者だ。
そもそも、時間なんて確かなようで曖昧なものだ。
気づいた頃には流れてしまっているのだから、その働き様を疑われても仕方がない。
きっと時間のやつも、上司の目を欺きながら、上手くやっているのだろう。何とも巧みに。
(この大陸にきて、こんなにいい時間を過ごせているのも、アジズ、お前のおかげなんだぞ)
シリルは振り向き、夕闇が街を襲う様子をしばらく眺めていた。
《最後まで頑張るんだ!》《おーっ!!》