第十五話:遺跡と白髪の男
太陽の光が、熱が、なにも遮るものなしに地表に届き、焦がすような感覚――四人は『砂漠』の中を果敢に進んでいた。
もうソメルシアを出て三日目になる。
「みんな大丈夫? うちは慣れとるけいいっちゃけに……って、すけぼーが倒れとるっちゃ!」
先頭を歩いていたサチが振り向き様に砂に埋もれたシリルを発見。
アジズとヒナが気付いていなかっただけに、この発見は大きかった。
「すけぼー、しっかりするっちゃ」
「……みっ、水ぅ……」
サチはシリルに水を飲ませようと、シリルの首にかかっていた水筒に手を取った。しかし、水筒は異常に軽かった。
「もう全部飲んだっちゃけ? ほら、……うちの水あげるっちゃけね、元気だすっちゃ」
二人のやりとりをアジズは見物する。
ふと気付けば、あの夜から三日目になる。確かに鮮明に覚えている男の姿。しかし、あの夜の出来事は夢だったのだと言われたら、多少納得できてしまう所もある。
……確実にあれは幻だったんだ、そう思えたなら、アジズの胸の内はどんなにすっきりするだろうか。
「……最近、ぼんやり多いねっ」
ヒナが、焦点を失っていたアジズに声をかける。
その声は後ろからアジズを抱きしめた。
「……まぁね」
「『迷い』でしょ?」
アジズは息をのんだ。
ヒナにその言葉を言われるのだけは避けたかった。
この砂漠のルートに入ってからも、一行を襲う魔物は跡を絶たない。小さいが毒を持ち、集団で襲ってくる灰サソリの『シュリングレイ』、乾燥したゴムのような皮膚で覆われた鳥獣の『ビートクル』など、めったにお目にかかれないはずの生態系が四人の前に姿を現す。
その度にアジズは仲間を――ヒナを――守ろうと奮闘したのだった。
「……なんか恰好がつかないよな」
アジズはこぼした。ヒナはアジズの意外な一面を見た気がした。
「アジズは結構カッコ良さとか気にするんだね」
「いや、その、別に……、今回ばかりは何となく決まりが悪いって言うか……ヒナに悪いなって」
アジズはそう言うと、回復したシリルのもとへ歩いて行った。
広大な黄土色の上で、青空の下の仲良し二人とその間で笑っているサチを眺めるヒナがいた。
砂漠にもそろそろ夜が訪れるらしい。太陽が赤く染まりながら、遥か彼方の地平線に腰を下ろしている。
「おい、サチ……、今日はどこかで野宿でもするつもりか? 例の『歩き商人の宿場』が見当たらないぞ。ルートを間違ったんじゃないのか……?」
気力が限界のシリルが尋ねた。サチの肩がびくりと動く。
「その代わり、あっちの方に『変なの』が見えるっちゃけ……」
「確かに、多少は砂塵を防げそうだが……んっ? 待て、あそこに人がいるぞ」
シリルの指指した場所に白髪の男が立っていた。どうやら、サチの言う『変なの』に興味があるようだ。崩れた壁や柱に手を触れ、その神秘的な輝きに魅せられている。
四人は男に近づき、一人走り出したサチが声をかけた。
「何してるっちゃ、お兄さんっ」
男は振り向いて声の主を探した。そして、背の低いサチに気が付いて優しく微笑んだ。
「お兄さんかぁ。こう見えてもわたしは五十歳になるおじさんだよ、かわいい子ちゃん。それで、今はね、『発掘』っていうお仕事中なんだよ」
「へぇ〜っ、発掘ぅ」
遅れてきた三人が合流する。
「何をなさっているんですか?」
シリルが尋ねた。
「ああ、発掘です。この遺跡は長いこと砂に覆われてましてね、最近発掘を始めたばかりのものなんですよ」
「お兄さん一人で頑張っとる訳? 大変っちゃね」 サチがなぜか頷きながら言った。
「そんな訳ないだろっ」
シリルが静かに怒鳴る。男は思わず苦笑した。
「ハハハ、一人じゃきついね、さすがに。仲間は向こうでテント張って休んでるんだよ。……ああ、もうだいぶ暗くなってきたね。君たちは大丈夫なのかい? あれだったら、わたしたちのテントに来なさいな」
四人は顔を見合わせた。思わず笑みがこぼれた。
「自己紹介しておくよ。わたしはケーリー。……さあ、少し距離があるから急ごうっ」
一行は遺跡に沿って歩き始めた。白髪を先頭に、藍と淡緑、赤と純黒のペアが続く。
ヒナはアジズを横からさりげなく見つめていた。その視線に気付いたのか、アジズはちらっとヒナに目をやった。
「……どうした?」
急にあたふたと視線をそらすヒナにアジズが問いかける。
ヒナは震える息を整えた。
「……手、握ってもいい?」
アジズは
「へっ?」という顔をして応じた。
手を握ることに何か意味があるのだろうかと不思議でたまらない。
ヒナはその様子を見て、どこかへ恥ずかしさが飛んで行ったらしい。
「だって、アジズのことが心配なんだもん……」
「な、何が心配なんだよ。オレは大丈夫だから」
アジズは言葉に多くの『トゲ』を含ませた。意図的ではなかった。でも、そうするしかなかった。
「……ごめんね」
ヒナは自分の無邪気さを悔いた。
「アジズがみんなを守ろうとして傷ついていくから、わたし、我慢できなくて……」
アジズはこれ以上ヒナを見つめていられなくなって足元に視界を落とした。
「……オレは傷ついてもいいんだ。それ以上に傷つけたくない仲間がいるから」
アジズはそう言うと黙り込んだ。サチとケーリー氏の笑い声が前方から垂れ流れてくる。
シリルは、アジズとヒナの組が先頭集団からだいぶ距離をとっているのを心配しつつも、重い足を砂に埋めながら進んでいく。
突然、ヒナがアジズの手をとった。二人の目がきれいに合った。
「……ほら、こんなに冷たいよ?」
ヒナは温めていた両手で優しくさすった。
面食らったアジズは、不意を衝かれたこと以上に、そのヒナの『ぬくもり』に驚いた。
「あぁ、ありがとう……って、何言ってんだろオレ……」
アジズは動揺を隠せないでいる。ヒナはアジズが何かを少し取り戻した気がして嬉しかった。
「一人で頑張るの良くない……」
「……まあね、一応わかってるつもりだよ」
二人は微笑んだ。
その時だった。
「きゃあっ!」
二人を唐突な砂塵が襲った。凄まじい風が砂漠を駆け抜ける。
「……急だな、おい」
その風は渦を巻いて二人を取り込んだ。前方のシリルたちは異変にすぐに気が付いた。
サチは、二人が砂の壁で消されていくのを黙って見てはいられなかった。
「アジズ〜っ! ヒナ姉ちゃ〜んっ!!」
サチは無謀にも二人に近づこうとしたため、たちまち砂の刃に全身を切り付けられた。
「サチ、よせ! あれは異常だ! 近づく馬鹿がどこにいるんだ!」
「だって、すけぼーっ!」
サチは涙目だ。シリルは焦った。
「二人は大丈夫かも知れない」
ケーリー氏は妙に落ち着いていた。
「この気象現象はどこか神懸かっている。そんな気がしてならない。……ほら、砂塵は二人を護るかのように渦を巻いてじっと留まっている。きっと中心部はそれほどでもないはずさ」
サチは少し勇気づけられたようだった。
「わたしたちは何もできないよ。といって、ここにいるのも危険だ。テントは遺跡で見えないけれどあの壁の向こうにある。先ずは避難しよう」
無難な決断に従い、三人はテントを目指した。急に起こった砂塵に、二人の生還を裏付ける不思議な力を感じながら。
ただ今、受験勉強シーズンにより時間が…。可能な限り更新できたらと思ってます。度々ですが…、数少ない読者さん(お決まり?)本当に感謝です!