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夕闇の彼方へ  作者: 犬公
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第十四話:イスグラードの亡霊

 

 肌寒い夜が訪れても、ソメルシアの街道には多くの人の姿が見られた。

その様子は、三階のアジズたちの部屋の窓から容易に眺めることができた。


 夕食後、四人はそれぞれ休憩タイムに入った。


 シリルはコートの袖に腕を通し、

「情報収集に行ってくる」

と、一度は気分良く部屋を出たものの、

「忘れ者があった」

と言ってまた戻ってきた。

 あまりに拍子抜けだったので、サチがくすくす笑っていると、シリルが真面目な顔でこちらを見ているのに気が付いて、サチは変に緊張した。


「すけぼーっ、忘れモノとは何それ?」

「サチ、お前だ」


 シリルはきっぱりと言い放った。

傍らで聞いていたヒナでさえ顔を真っ赤にし、あのアジズすら冷や汗をかく程のシリルのストレートっぷりであった。


「……か、勘違いするな! ただ『通訳』が必要なだけだっ」

「すけぼーっ!! 夜の街にうちを連れ出して何をたくらんどるのっちゃ! 考えが分かりやす過ぎて困るっちゃけホントに……」


「僕はただ……っ!」

 シリルは反論を諦めた。サチと互角以上にやり合うには、もっとサチに慣れるしかない……。


「いいから来いっ」

「なんか言葉づかいワルイ〜っ!!」


 シリルは一瞬ためらったが続けた。

「……すみませんが、どうか僕のために一緒について来て下さい、サチ様……」

「『よくできました』ってやつっちゃね!」


 サチはアジズとヒナに小さく手を振って微笑む。

 シリルも大変だなぁと思いながら、アジズは二人を見送った。


 部屋の中が急に静かになったので、入れ代わるように外から賑やかな響きが入ってくる。


「はぁ……」

 アジズはベッドに背を向けて倒れ込み、そのまま天井を見つめた。


「……考えごと?」

 アジズの横顔をしばらく眺めていたヒナが言った。


「……いや、何でもないよっ。いつものぼんやり」

 アジズはうつろに微笑んでみせた。


 ヒナはすぐにでも目の前に置かれた二つのベッドを跳び越し、アジズのベッドの上に行きたいと思ったけれど、そうしたとしてその後、自分が何をすれば良いのかが分からなくて、ある程度の勇気に欠けた。



(きっと夜警で疲れてるんだ……)


『せっかく』と焦る一方、『無駄な心配かけてごめんね……』と、半日近く自分を背負って歩いてくれたアジズに対する想いが、ヒナの無邪気な心の邪魔をする……。


「……ヒナ?」

 急に呼ばれて、ヒナは戸惑う。

少し間をおいて――ちょうどヒナの心の準備ができた頃になって――アジズは起き上がった。


「暇だし、屋上でも行ってみる?」

「えっ、えっ……うん、行くっ!」

 ヒナは些細な感動で胸が一杯だった。

 二人は部屋を出て、通路の突き当たりの階段を一段一段足音を揃えて登り、しばらくして屋上へと到り着いた。

別に願ってもなかったのに、そこからの景色はなかなかなものであった。


「うわぁ……っ、街の明かりがキレイ……!」

「……本当だな、来てよかった」

 アジズはほっとしたような落ち着きの中で、笑顔でヒナに応えた。

どうやら、二人がいる場所は街でも有数の高い場所に数えられるようだ。



 ふとアジズは一瞬寒気を感じて身震いした。

どこか不気味だった。

 隣に目をやったアジズはすぐにヒナの異常に気が付いた。

「寒いか?」


「………っ」

 ヒナの言葉は言葉にならなかった。


 ヒナは目を閉じ、全神経を集中して、再び言葉を絞り出そうと試みる。

しかし、そうして出てくるのは吐息まじりのかすれた声で、聞き取るに困難なものばかりだったけれど、アジズはそれに必死に耳を傾けた。


「……逃げよう……っ」

「逃げよう? 当たってたら頷いて」

 ヒナの声をアジズが感覚で解読する。

ヒナは今にも泣きそうな目で何度も小さく頷いた。


 アジズは急な事で驚きが隠せなかった。


「……とりあえず部屋に……なっ!?」

 アジズは目を疑った。

階段に通じる扉の前に、浮遊している白い人影を見たのだ。それはアジズが初めて目にするものだった。


 次第にその影は輪郭をはっきりとさせ、ボロ絹を着た男の姿に変わった。


《……見つけたぞ、ヒナ……》

 前後、左右、上下、あらゆる方向から二人の脳裏に侵入し、響き渡る男の声――その残響で頭がいかれてしまいそうな程の圧迫感が二人を襲う。


 アジズは一瞬、声の主を探した。

というのも、男の声のように思われる『暗号』が、耳に伝わるものではなかったからだ。


 男の顔を眺めるに、口元は大胆に巻かれたスカーフのような衣服の一部に隠され、また、その目元は白い包帯らしきもので覆われていて定かではない。

ただし、隙間から見せる両眼は、限りなく闇に近い色をしていて、左眼の瞳のわずか中心だけが白光を発するかのように輝いている。


「……ヒナに用か?」

 アジズは抱きしめるようにしてヒナを引き寄せた。

ヒナはアジズの胸の中で、だいぶ落ち着きを取り戻したようだった。


《……ほほう、お前にその子が守れるか?》

「はぁ? 守れるかって? どういう意味だよ」


《フンッ……文字通りだ。お前にヒナが守りきれるかどうか聞いているのだ》

 男は左眼の瞳の白光を強くさせながらアジズを煽った。


 アジズの身体が微かに震えているのを心配したヒナがアジズの顔を見上げる。


「だい……じょうぶ?」

 ヒナの言葉にアジズは何も答えなかった――答えられなかった。

そこには迷いに満ちたアジズの表情があった。


「……何からヒナを守ればいい……?」

 アジズが男に尋ねた。


《それはお前が考えることだ》

 男は静かに言う。


「……なぜ、オレにヒナを守れるかなんて問いかける? あんたはヒナの命でも狙っているのか?」


《さて、どうかな》

 男は威厳あるその声の調子を少し緩めた。


《……それはそうと、お前は決心に欠けるようだな。心のどこかで、ヒナを守りきれないかも知れないと感じている……。だが、その迷いは、当然抱くであろう感情だ。誰もが最初から迷いを振り払うことなどできないからな》


「何が言いたい……」


《大事なのは少しでも迷いを消す努力だ。……そうだな、――3日後の夜、また訪れる》

 男はそう言うと、次第に元の人影へと姿を変えていく。


「待てよっ! 一体何モンなんだよ」

 アジズが慌てて叫ぶ。

ヒナも薄れてゆく男に注目する。


《……ハハハ、『イスグラードの亡霊』とでも言っておこうか。さらば、ヒナに心許される男……》

 男は完全に闇夜にとけて消えた。しかし、言葉だけは夜空を漂った。

《迷いが消えないようならば裁きがある、と心得るんだな……》




 夜も深まって、ようやくシリルとサチは宿に帰ってきた。


「ふぅー、なかなか有益な情報が集まったぞ。この大陸のことも大体理解できたみたいだ」

 シリルは満足の笑みを浮かべながら部屋の扉を開けた。サチもすぐ後ろでシリルに続く。


「あっ、アジズもヒナ姉ちゃんも寝てるみたい……。静かにせんといけんっちゃ」

 サチが扉をそっと閉めながら、コートを脱ぐシリルに言った。


「戻ってくるのが遅すぎたんだ。……僕たちも早く寝るとしよう。明日からはいよいよ『砂漠』ルートだからな」

 

更新が遅いです…。ストーリーは決まってるんですけど「何を伝えたいの?」って話になって。今、それを模索中です。数少ない読者さん、すいません…。気分転換に短編とか書いた方がいいかなぁと。しばらくこの小説を放棄することになりますが、更新ができた際には「懐かしいな、ププっ」とか思って見てもらえると嬉しいです。この小説に少しでも目を通してくれた読者さんに感謝です。

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