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夕闇の彼方へ  作者: 犬公
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第十三話:シリルと小女

 一行は『ソメルシア』の中心、タウンストリートの繁華街をゆっくりと見物しながら歩いていた。

――というのも、予定よりも幾分早く、まだ空の青いうちに着いたからだ。


 大荷物を背負った旅商人や、アジズたちのように旅居を探す者、ただでさえ混雑した通りの流れを遮る旅芸人の一座など、ここを訪れた者たちによって街は活気に満ちていた。


 両脇の建造物のほとんどが明らかな木造で、その黒みかかった濃い茶色のためか、トリビューの町に比べれば随分と歴史ある街のように思われた。

 その二階と三階部分を繋ぐように、これまた『木』の板を連ねた吊橋が至る所に渡され、『空中都市』を建設している……。


 シリルは

「よく橋が崩壊しないものだ」

と、その立体感のある光景に当然の恐怖を抱いたが、王都から商人たちが技術を伝えたのだろうと、一人しぶしぶ納得していた。

(……これは、日が沈むまで情報収集だな)


 シリルは、後ろを歩いていたアジズとヒナの方を振り向くと、込み上げてくる『誘惑』に似た感情を押さえながら、奮えた声で言った。

「先ずは宿を探そう……」


 シリルは突然急ぎ足になって、間もなく、行き交う群衆の中に消えた。

 もはやアジズはシリルを完全に見失っていた。


「おいっ、待てよ〜!」


 アジズの声も全て街の活気に消えた。


「……はぐれたら、やばいよ?」


 ヒナの気ままな落ち着きだけはヘンズさん譲りなのか……?? 

 アジズは、こんな状況下にありながらも笑わずにはいられなかった。


「じゃあ、ヒナなら今からどうする?」


 アジズの問いに、ヒナはしばらく考えた。


「追いかける……とか?」


「なら追いかけようっ」


 二人はようやく歩調を速めた。



(すぐに見つかればいいけど……)


 アジズはヒナの体調を心配しつつ、はぐれないようにとヒナの左手をしっかりと握った。




 

 しばらくして、シリルは自分がタウンストリート最大の交差点にいることに気がついた。


(僕としたことが……。ヒナがいないと情報収集はおろか、宿を見つけることさえできないじゃないか!)


 一瞬足を止めたシリルだったが、次々に流れてくる人ごみを避けるように、左へと軌道を徐々に変え、かろうじて安全地帯を見つけることができた。


 ちょうど建物の日陰になっているその場所は、シリルにとって最高の休息所だった。

足を休めれるというのは言うまでもないが、『必ず進まなければならない空間』から解放されたということに、何よりも安らぎを感じるのだった。


 シリルは、自分の来た道の方をじっと眺めてみるけれど、思った通り、探すには人が多すぎた。


(アジズとヒナはこの街のどこかにいるんだ。もし、何もかも天から見下ろせてアジズたちの居場所も知っている神のような存在を認めるなら、僕はどのくらいこっけいに見えるだろうか………)


 ちょうど、見つからない探し物を全く『大ハズレ』で見当違いな場所に限定して探しているような無力感がシリルを襲った。



 ふと、隣の『果実屋』に視線を移す――もちろん、シリルには果実は『果実』に見えた。手にとってその重さを実感したいほど、見るから新鮮で美しい果実は、シリルが眺めている間だけでも相当な売れ行きである。


 淡いグリーンの髪のかわいらしい小女が横の列に割り込む様子をシリルはいつの間にか眺めていた。

 その小さな手に真っ赤な果実が握られる。

そして、そのままシリルの横を走り過ぎていった。


「……っ!! 盗みか?!」


 気付いたのはシリルだけのようだった。

 時間は何もなかったかのように流れ続け、この街の活気もまた、相も変わらず小女の行為を消し去るだけである。


 シリルは小女を追った。


 小さい子供のすばしっこさには感服するものの、彼女のなびかせる後ろ髪を追うのは容易なことだった。



 ようやく小女が歩き出すのと同じタイミングで、シリルの手が小女の右腕をつかんだ。


「きゃっ!!……なっ、何!?」


 シリルは、この拒絶反応には少したじろいだ。

……ただ、幸運な反応でもあった。


(まさか、こいつの言葉は……!)


 シリルたちを避けるように人が流れていく。


「盗みはいけないな」

「……盗みなんかしてないっちゃ」


 シリルは、小女の慌てた口振りに、彼女の清らかさを見た。


「うそをつくな」

「ホントにしてないっちゃけ!」


「……このまま腕を放さないって言ってもか?」


 シリルの意図したこととは違うように小女には伝わってしまったようだ。


「この人『すけぼー』やけっちゃ!!」

「はあ? ちゃんとした言葉を話してくれ……」

「すけぼーっちゃ!」


 小女が

「すけぼーすけぼー」

とばかり言うので、訳も分からないシリルはお手上げだった。

 行き交う人の中には、シリルを見て同情するように笑いかける人もいた。


 次第に見物客のような輪が二人を囲み、シリルの周りからは意味不明な言葉と笑い声が飛び交った。小女は見物客に答えるように

「そうっちゃ」

とか

「うちはまだ幼いっちゃ言うけのに」

とか言っている……。


 シリルはたまらなく恥ずかしくて、こんなことになるならと自分の正義感を悔いた。

 しかし、このことが良い結果をもたらした。


「なっ、何やってんだよシリル!?」

「ああ、アジズ! ヒナっ!!」


 シリルを追いかけていたアジズとヒナとの再会である。


「のん気に見せモンやってんじゃねえよ! どんなに探したと思ってんだよっ」


 シリルは肩を落とすしかなかった。

(アジズ……、それは僕を心配しての発言か? それとも僕に対する『いやみ』か……?)


 そんな中、小女の瞳はアジズに釘付けだった。


「か……かっこいいっちゃ!」

「へっ?」


 小女と目が合ったアジズは、思わずいつもの反応をもらした。


「うちがお嫁さんになるっちゃけ」


 ニコッと笑う小女と、ひとり見物客の中で立ちすくんでいるシリルを交互に見ながら――ヒナの方には振り向く勇気がなかった――アジズは混乱していた。

が、何だか見物客を目の前にすると、自然と口が開いた。


「ははは、そうだなぁー。……君が大きくなったらお嫁さんにしてあげてもいいよっ」


「やったー! 約束っちゃけねっ!」


「もちろんっ」


 周りからは意外にも盛大な拍手が起こった。

皆、アジズの言葉を理解しているようだ……。


 シリルにはヘンズさんの言葉が思い出された。


(『以心伝心』……かぁ)






 宿を見つけたアジズたちは、小さなベッドが横に4つ並んだ『四人部屋』でくつろいでいた。


 一行には新たなメンバーが加わっていた――あの小女である。

名前は『サチ』といった。


 アジズが

「帰らなくていいの?」と聞くと、サチは

「『歩き商人』っちゃけ家には帰らんのっちゃ」

と、驚くべき事実を語るのだった。


「お前、商人のくせに随分と身軽だなっ」

 シリルが、あの時のお礼とばかりに冷たく言う。


「すけぼーに言われたくないっちゃ!」

「だから、『すけぼー』って何だ?? 変な呼び方はやめてくれ……」


「すけぼーっちゃ。アジズもヒナ姉ちゃんも、よ〜く聞くっちゃ。シリルはうちの腕つかまえて、あんなことやこんなこと考えたっちゃけぇ、シリルはスケベですけぼーっちゃ」


 シリルは顔を真っ赤にして反論しようとするが、サチには通用しない言葉を連ねたところで、シリルに勝機はなかった。


「で、どうするんだよ。この子を連れて行くのか?」

 アジズが、いつも通り、シリルに尋ねた。


「僕は反対だ。今から『砂漠』を抜けなきゃならないんだぞ? こいつにそんな体力があるとは思えない。それに、砂漠には、よく精通した行商人などに付き添ってもらうのが一番だとヘンズさんから聞いている。コイツがそうなら話は別としてだな……」


 シリルは言い終わると、妙に確信に満ちた様子でサチをにらんだ。

 その目は、シリル自身、最も核心に迫ったときに見せる目であり、また、自らの運命を見届けるときの目でもあった。


 サチは無邪気に手を高く振りあげた。


「『砂漠』のことなら任せときっちゃ! うちは何回も往復したことあるっちゃけね、役にも立つけぇ」


「……なにっ!? それは本当か!?」

 シリルの気持ちは急速に揺れ動いた――いや、シリルの気持ちは、もともとサチを連れていくことに賛成だったのだ。

……これはシリルの悪いくせである。


(やはりな……。運命感じるところに真の仲間あり……)



 シリルは、アジズとヒナに目をやった。……二人とも、シリルの『許し』を待ち望んでいる。


「……なら、条件付きで仲間にしてやってもいい」


 シリルはサチの目を見つめた。サチも負けずと瞳で返してくる。


「……二度と盗みはするなっ。それが条件だ」


 シリルは、サチの瞳に負けて顔をそむけながら言った。


 サチは

「わかった、すけぼーっ」

と、どこか大人びた笑顔で頷いた。

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