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倭国神代記  作者: がばい
1章
9/53

崩壊3

 夢を見た。夢はセイガと呼ばれる男とその弟の物語。なぜそんな夢を見たのかはわからない。ただ確信出来ることは、目が覚めたらこの夢を覚えてはいないのだろうということ。夢を見たことすら覚えていないのだろうということ。否、思い出したくない夢だということ。


 人の侵入を拒む程に深い森の中で、若い男がぼやいていた。男は髪をすべて後ろになでつけ、切れ長の眼をして、細身に筋肉がしっかりと付いた身体をしていた。男の名前はツクヨ セイガといった。

 セイガ「いや、まいったな……どうやら迷った。おまえはどうしたらいいと思う?」

 頭を掻きながら、セイガは自らが置かれている状況を、まるで他人事のような口調で弟に聞いた。

 セイガの弟「どうしたらいいって……にぃさんが勝手に飛行呪使ったからだろ!」

 必死に抗議をする男はセイガの弟。その抗議をセイガは冗談ではぐらかす。

 セイガ「……悪かったな。だがおまえも止めなかっただろ? という事は、おまえも同罪だ!」

 セイガの弟「勝手すぎだ……おれは寝ていただけだろ! 目が覚めたら空を飛んでいたんだぞ」

 セイガ「そんな目覚めも、たまにはいいだろ?」

 弟の抗議を聞いたセイガは大笑いしながら答える。二人が迷った場所は他には誰もいない深い森の中。 木々が視界を遮り、草木が移動を困難にしている。実際、そんな森の中で迷った事に悩んでいるというよりも、セイガは楽しんでいる様子だった。

 セイガ「勝手に来たのはまずかったかもしれねぇけどよ、謝っとけば問題ねぇだろうよ。だから、帰ったら謝れよ、スクナ」

 弟の名はスクナ。二人はほとんと似たような容姿と体型をしていて、髪型だけが二人の区別を可能としていた。兄はすべて後ろでなでつけ、弟は前髪を垂らしていた。

 スクナ「ちょっとまってよ。おかしいだろ。にぃさんが勝手にやったことが原因だろうが! だから、帰ったら、絶対にぃさんに謝って貰うからな、タケヒコに」

 弟の出した名前を聞いて少しだけ怯んだセイガは、渋い顔しながら少しだけ折れた様子で答える。

 セイガ「まあ、そう言うな、わかった、わかった、帰ったらいっしょに謝ってやるって」

 スクナ「にぃさんが一人で謝れよ。それと言い忘れたけど、飛行呪……あれ作って貰うのって大変なんだぞ! まさか、またおれに作って貰えなんて言わないだろうな」

 セイガ「前回を思い出せ。もちろん、おれがそんな事を……言うに決まってるだろ。だから、がんばれよ!」

 当然の様にセイガは笑いながら言った。

 そして、スクナは遂に堪忍袋の緒が切れたのか、大声を張り上げて怒声で抗議する。

 スクナ「ふざけるな! おれに断りもなく、にぃさんが勝手に使ったくせに。おかしいだろ!」

 セイガ「おれがおまえに断りを入れるような男に見えるか? だとしたらおまえの勘違いだ」

 スクナ「断りを入れろよ! そして威張るなよ! いつも俺が尻拭いさせられるんだぞ!」

 セイガ「だから一回「悪かった……」と言っただろ。しつこい奴はもてないぞ」

 スクナ「めちゃくちゃだ。タケヒコになんて言われるかわからないからな」

 もう一度同じ名をスクナは出したが、セイガはこれ以上折れたりはしなかった。それで、スクナが抗議の言葉を続けようとした時だった。突然、セイガはスクナの言葉を(さえぎ)る。そして、表情を引き締め、冷静に言葉を発した。

 緊張が伝わったのか、スクナの表情も真剣なものに変化する。

 セイガ「わりぃけど、少し黙ってろ。油断した。向こうから水の音と人の気配を感じる」

 そして、二人は気配を完全に消し、足音を消し、木々に隠れながら水の音の聞こえた場所を探った。

 スクナ「人の気配って……こんな森の中に人がいるの?」

 兄弟が木々の間から見た人物は女性だった……


 目覚めたスクネの眼に飛び込んできたのは、わらぶきの屋根から漏れ込む日の光りだった。ぼんやりする頭を振りながらスクネは起き上がる。次の瞬間、スクネの肌をひりひりとする殺気が通り抜ける。臨戦態勢にスクネは瞬時に入り、家を警戒しながら飛び出した。

 外には一人の老人が立っていた。


 目の前に立つ老人から感じられる圧倒的な殺気。それだけでどの位の強さか、スクネには理解出来た。その老人から発せられる殺気に、スクネは自らの殺気をぶつける。両者の殺気を感じ、さえずる鳥達が何処かへと逃げ出す。両者を避ける様に風さえ止まる。結果、両者を静寂が包み込む。

 目の前の老人が敵である事はまず間違いない。それならばと思い、スクネは隙を探して観察しようとした時だった。

 男の声「スクナ、手を貸せ! カグヤを救いたいなら、今すぐに!」

 頭に何者かの声が響いた。何処か懐かしさもあったが、それ以上に、スクネをえも言われぬ恐怖が全身をさいなむ。

 その恐怖が原因で、スクネは静寂に耐えきれなくなった。

 スクネ「おまえは誰だ」

 心の奥深くの何処かが「言葉が違う。おまえはこの男が誰か知っているはずだ」と、叫んでいる。その声はあまりに小さく、意識する前に消えて行く。そして、代わりに心を、スクネの全身を、怒りと理解不能な羞恥がさいなむ。

 男「塩土の翁と呼ばれている」

 少なくとも表面上では、スクネは冷静さを保っている。そして、自らを塩土の翁と名乗った男を改めて観察する。白髪まじりで髪をうしろになでつけ、顔にも多くのしわがある。歳は六十を越えているように見える。問題は歳などでなく、あきらかに強いだろうと思える事。それもタケヒコに匹敵するほどに。そんな者など、スクネ自身とタマモ以外に存在するはずないのに。

 そこまで考えると、心の奥底から「否」と叫ぶ声が聞こえる。その声もあまりに小さく、泡の様に消える。いつの間にかスクネは頭を振っていた。日頃と違い、スクネは感情を自分で調節できなかった。

 だから、その状況に耐えきれず、スクネは先に仕掛けた。表面上の冷静さを維持できなくなる前に。何処からともなく現われた矛を握り、塩土の翁の胸へと突き刺す。何の奇もてらっていないが、常人なら回避不可能な速度で突いた一撃を、塩土の翁は簡単に避けてみせた。

 塩土の翁「命令でな。おまえと戦わなければならない。何、その代償に命まではとりはしない。肉片は増えるかもしれないがな」

 声に抑揚が無く、文章を棒読みするように塩土の翁は言った。棒読みが終わると、蝿か何かを払う様に、塩土の翁は手首を軽く振る。手首の動きに合わせて、スクネは後ろに飛び退いた。何も起こらない。否、並みの者ならば、何も見えず、何も分からずに四肢を失っていたであろう攻撃。簡単に見ただけなら何も変わってない景色。しかし、スクネの立って居た場所にとても小さい、直径一厘に満たない穴が確かに開いている。その小さな穴が、スクネの飛び回った跡すべてに増えていく。数十個の穴が増えた後、塩土の翁が手首の動きを止める。

 塩土の翁「ほう、さすがに反撃してこないか……さすがだな」

 止めた瞬間に反撃をスクネは試みるつもりだったが、それを中止する。隙がまったくなく、何よりも塩土の翁と名乗った男が口にした次の言葉にスクネは気を取られてしまったために。

 塩土の翁「ほう、さすがに反撃して来ないか……さすがだな」

 同じ言葉を塩土の翁は口にした。それがなぜかスクネの心に突き刺さり、左目から血が流れた。傷など負っていない。当然、攻撃はすべて避けた。ただ、自分ではわからない胸の痛みを感じ、呆然(ぼうぜん)とした。

 塩土の翁「命令でな。少し、変化をつけよう」

 日に反射して何かが光る。その光った何かは塩土の翁の動きに合わせて揺れ始める。手首の動きは単調に振り続けたのと違い、横に、縦にと、複雑な動きをしている。はっとしてスクネは手首の動きに合わせ、避け続けた。端から何も知らずに見た者がいたなら、スクネが塩土の翁の手の動きに合わせて踊っているようにしか見えない。しかし、スクネには確かに見えている。手首の動きと共に、白い線が複雑な動きをしながら、スクネを狙っていることに。

 塩土の翁「正直、驚いた。これを避けきるか」

 左目から流れた血は動いている間に止まっていた。それでも心の乱れは収まらない。

 塩土の翁「使ったらどうだ?。そうでなければ、勝てはしない」

 矛に塩土の翁は目をやっている。相変わらず、この老人がスクネには誰か分からない。それをすぐさま、相変わらず消え入りそうな声で心が否定する。「正確には思い出す事を否定している」と。確実にスクネが理解出来るのは、自らの心の乱れと、このまま塩土の翁と戦い続ければ確実に殺されるだろうという事実。

 塩土の翁「使ったらどうだ? そうでなければ、勝てはしない」

 台本を読む大根役者の様に、同じ言葉を棒読みで繰り返すと、塩土の翁は手首を動かした。またも血の涙がスクネの目から流れる。今度は自分が悲しんでいるのがよくわかった。そして、死を覚悟した。この老人に自分を殺して欲しいと心が訴えたから。訳も分からず、それが正しいと思えたから。迫り来る攻撃を微動もせずにスクネは受けるつもりだった。その瞬間、脳裏をカグヤの顔がちらつく。そして、訳のわからない怒りも、恥辱も、胸の痛みも、悲しみも消え、身体が勝手に動いていた。

 気が付いたらスクネは矛を握り締め、跳躍していた。途中、白い線が襲い掛かって来たが、スクネは矛で払いのけ、塩土の翁の背後に着地して、羽交い絞めにした。

 スクネ「何をしに来た?」

 塩土の翁「命令でな。おまえと戦わなければならない」

 スクネ「ならば、このまま終わらせる」

 首を捻じ切ろうとスクネは矛を振り上げた。振り上げたまま、矛を下ろそうとしても腕が自らの意思に反し動かない。そうこうしている間に、スクネは自らの両足が踏みしめるべき大地を失う。白い線の先に付いた針が、振り上げた腕の肩に刺さっているのをスクネは見つけた。世界が目まぐるしく円運動する中、スクネは針を抜いた。次の瞬間、激痛と共に、スクネの体が大地に再び戻ったことを教える。円運動からはじき出されたスクネは大地に激突していた。

 警戒しながらスクネは立ち上がる。大地に叩きつけられたスクネが立ち上がるのを待っていたのか、塩土の翁は糸の先に付いた針で近くにあった大木を吊り上げ、放り投げて来た。放り投げられた大木をスクネは避けず、手に握った矛を縦に一閃する。不思議な事に、矛の間合いに入ってなかったはずの大木は二つに切り裂かれ、スクネの両隣をすりぬけて行った。

 塩土の翁「始めから使っていれば、勝てたかもしれないものを」

 返答代わりにスクネは矛を構える。構えに合わせて塩土の翁も糸を両手でぴんと張る。お互いの殺気が辺り一帯を包んでいく。

 そんな空間を、二人の緊張を、破壊するような声が響く。

 カグヤ「たいへんだよ!」

 息を切らしながら駆けて来たカグヤに、白い糸が襲いかかる。その動きよりも早く動いたスクネが、カグヤと塩土の翁の間に割って入り、矛で白い糸を絡め取った。

 塩土の翁「命令でな。邪魔ものは排除する」

 スクネ「カグヤ、おれの側から離れるな」

 カグヤ「スクネ、何と戦ってるの? 土のか……」

 何か言おうとしたカグヤをスクネは制止する。すさまじい殺気が場に満ち始めたために。

 塩土の翁「線を通り面となるもの」

 肌を刺す殺気がスクネに本気を出せと催促する。その催促に答えるべくスクネも矛を構える。天之壽矛(あまのじゅぼこ)と銘づけられている矛を。

 スクネ「零にして無に等しきもの」

 空間の歪曲による距離の無効化。天之壽矛(あまのじゅぼこ)によって可能になる超常現象。故に必勝の一撃。勝負は一瞬に付くはずだった。しかし、その必勝の一撃は網目状となった糸の前に遮られた。否、遮られたのでなく捕まえられる。たとえ衝撃であろうともすべてを捕える。それが天露之糸(あまつゆのいと)の力。

 白い糸の名をスクネは思い出した。そして、その恐ろしさも。

 スクネ「カグヤ、離れていろ。近づいてすまなかった」

 塩土の翁「あまい、弱い、やはり変わらない! これが今のおまえか! 何のためにその身体を持っている! それで、また繰り返す気か!」

 表情にも、感情にも変化が無かった塩土の翁にも、変化が起こる。激昂しているのがよくわかる声だった。今までの台本を棒読みしているような抑揚のない声とは明らかに違った。

 天之壽矛(あまのじゅぼこ)の力を使い、スクネは塩土の翁を前後・左右からほぼ同時に矛先で攻撃する。空間歪曲とスクネの身体能力を持ってして可能になる回避不可能な攻撃。

 塩土の翁「無駄だ! すべてが遅すぎる!」

 激昂して塩土の翁は叫ぶと、天之壽矛(あまのじゅほこ)の矛先が届く前に、糸の先の針を掴み、自らの頭部に打ち込んだ。

 塩土の翁「己にして他と……」

 その瞬間だった。

 カグヤ「ぜったいそれだけはだめぇぇぇぇー」

 背後に隠れていたカグヤの叫び声と共に、白い光が塩土の翁を包み込む。白い光が消えた時には塩土の翁も消えていた。

 何が起こったのかを理解して、背後で倒れそうになったカグヤをスクネはあわてて抱きしめた。

 その瞬間、眼前に奇妙な光景が広がった。


 やさしく、黒い長髪の美しい女性が立っていた。その女性の首筋に男が矛先をあてている。不思議な事に女性は目を閉じて微笑んでいた。

 男「おれの負けだ、負け。しばらくやっかいになる。その間に奇跡でも考えといてくれ」

 女性「分かりました。必ずや起こして見せます、奇跡を」

 目を開いた女性はやさしいほほ笑みを浮かべて、そう言った。その笑顔に男は見とれていた。


 その光景が消える。すさまじいばかりの喪失感が全身に襲いかかり、血の涙の代わりに本当の涙が一粒流れ落ちた。その理由もわからない。

 気付いた時には両手に抱えたカグヤをスクネは呆然としながら見ていた。

 カグヤ「スクネお願い……国が大変なんだよ。だから……」

 スクネ「カグヤ・・・おまえは・・・」

 今見た光景をスクネには理解出来ない。だから、その光景を、喪失感を、その場に置き去りにすることにした。光景は理解できなくても、カグヤが何をしたのかは理解出来たから。

 スクネ「強制転移……」

 先程、塩土の翁を包んだ光を理解したスクネは駆けだした。それが何を意味するかを理解しているから。

 だから、スクネはカグヤを抱きかかえて駈け出した。


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