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倭国神代記  作者: がばい
1章
8/53

崩壊2

 妖鬼を全体の半数ほど爆炎呪で葬った後、混戦状態の戦場へ急いで駆け付けた。そして、動きの速度をゆるめるとタケヒコは戦場の中を平然と歩いていた。その歩みを止められる者はいない。歩いた後には妖鬼の屍の山が築かれている。そんなタケヒコの視線の先には、一人の男がいた。男は子供のような容姿で、妖鬼の肩の上に立っている。男の名に、タケヒコは心当たりがあったから。

 敵同士とは思えないほど気さくに、その男は話しかけた。

 ミケヌ「今の爆炎呪ですか? あんなの初めて見ました」

 タケヒコ「そうでしょう。対象にしか効かない特殊な呪ですから」

 男が妖鬼の肩から飛び降り、二人の距離はいつ戦闘になってもおかしくないほど近づく。

 二人が面と向かい合うと、タケヒコは胸に片手を当てて会釈した。今から親睦を深めようとしているかのように丁寧に。それに対してミケヌが笑顔で返す。

 タケヒコ「あなたは、アマンミケヌさんですね?」

 ミケヌ「そうです。でも、だとしたらどうするのです?」

 実際にはへらへらと笑っている様にミケヌは見えるが、視線が警戒の色を強めている。頭を上げたタケヒコの目も鋭くなっている。

 タケヒコ「当然、覚悟してもらいます。そのために、遥々(はるばる)遠くまでいらしたのでしょう?」

 ミケヌ「タケヒコさんの言うことは少しだけ違いますね。主語を、変えたら百点満点で合格です。おしかったですね」

 タケヒコ「では、わたしは零点で不合格の様ですね、残念です」

 ミケヌ「それなら心配いりません。ぼくが答案だけ書き換えて満点にします。そういうの得意なんですよ」

 タケヒコ「せっかくですけど、遠慮しときますよ」

 二人はにこやかに話し、口元だけは笑顔さえ見せながら会話した。もっとも、その表情からは考えられないほどの殺気を(にじ)ませている事を、両者の目が物語っていた。

 言葉が終わるや否や、ミケヌが手に隠し持っていた小剣を投げつける。投げつけられた小剣を、体の軸をずらしてタケヒコは避けようと試みる。小剣が狙い通り体の横を通り抜けようとした瞬間、小剣はそれまでの慣性を無視して垂直に曲がり、タケヒコの頭部めがけて飛翔した。それに気付いたタケヒコが持っていた剣を振り、ミケヌめがけて小剣を弾き飛ばす。

 弾かれた小剣をミケヌが何事も無かったように受け止める。

 タケヒコ「なるほど、ミケヌさんは風を使うのですね。しかも自由に操っておられる。正直、これほど強力な能力とは思っても見ませんでした」

 ミケヌ「ここまできれいに、返されたのは初めてです。できれば、味方同士で会いたかったですね」

 受け止めた小剣を放り投げると、ミケヌは両手を後頭部に回しながら言った。馬鹿にしている様にも見えるが、タケヒコに気分を害した様子などない。それどころかタケヒコは口元を緩めた。

 タケヒコ「今からでも遅くはありません。味方になったらどうです? と聞いても遅いのでしょう」

 ミケヌ「その通りです。悪いですけど裏切りはできません」

 タケヒコ「それでしたら……一つしか結論はありませんね」

 ミケヌ「まぁ、そうなるでしょうね。ぼくもそう思います」

 二人が同時に呼吸を一瞬止める。そして、同時に空気を吐き出すように言った。

 タケヒコ ミケヌ「あなたに、死んでもらいます」

 言葉と同時に、先ほど放り投げたばかりの小剣がミケヌの手の中に戻る。そして、まだ間合いに入ってもいないはずなのにミケヌは小剣を振りかざす。その動作に疑問を持ったタケヒコが、勘だけで動く。振りかざされただけの小剣の軌道を観察ししながら、軸をずらす。直後、動く前にタケヒコが踏みしめていた大地のすぐ後ろに、鋭い何かに刻まれたような跡が突然出現する。

 それでタケヒコは理解する。

タケヒコ「今度はかまいたちですか……本当にミケヌさんはすごい方です。本心から敬意を払わせていただきます」

 そう言いながらも、次々にミケヌによって放たれるかまいたちの全てを、タケヒコは簡単に避ける。それはミケヌにとって脅威以外の何ものでもなかっただろう。しかし、タケヒコにとってはその位の力、子供が大人に(たわむ)れている位でしかない。そんな自分がタケヒコはよく嫌になる。まるで、努力をまっこうから否定するかのような自分の存在に。それを表に出したことは一度もない。しかし、それに気づいてくれた者が一人だけいた。今は敵となった者が……

 このまま行けば勝てるはずだった。それが近付きつつあることもタケヒコは肌で感じていた。しかし、そんなタケヒコをあざ笑うかのように、恐れていたことが現実のものとなる。


 上空高くで地上を観察するタマモには、悦の表情が明確に浮かんでいた。

 タマモ「ふふふ。予想通りね。タケヒコの事ならなんでもわかるわ。でも、あんな呪なんか使わずにやってくれた方がよかったのだけど」

 視線の先にはタケヒコが立っていた。気配を完全に絶っているタケヒコを、今まで見つけることは出来なかったが、ついに彼の方から場所を教えてくれたから。これからがタマモにとっては戦いと言う名の劇の開演。今までは戦いなどでなく、タマモにとっては遊戯(ゆうぎ)にすぎなかった。

 人の力とは違う力の介入。人にはどうすることも出来ない力を持つ者の介入が始まる。

 何処からともなくタマモが弓を取り出す。空の(えびら)に、「魂魄強化(こんぱくきょうか)」と書かれた、禍々しい赤黒い色の呪を入れる。呪が矢に変化する。それをタマモが弓につがえる。

 タマモ「汝、力を欲するならば己の命を我に奉げよ」

 ささやきながらタマモが矢を放つ。一本の矢が弾けた様に増えると、残り一万を切っていた妖鬼の群れに向かい、矢が豪雨となって降り注ぐ。

 その矢も不思議な事に、妖鬼以外に刺さる事はなかった。

 タマモ「これでタケヒコ、あなたも少しは楽しめるでしょう?」

 そして、タマモは戦場を、タケヒコの戦いを見つめる。悦を浮かべながら。


 その矢にタケヒコは心当たりがあった。否、正確には、その増えた矢にも、矢の持つ力にも心当たりがあった。

 タケヒコ「いけません! やはり、タマモもいたようです! よりにもよって魂魄強化(こんぱくきょうか)とは」

 魂魄強化(こんぱくきょうか)は忌むべきもの。魂魄強化(こんぱくきょうか)「は圧倒的な力を得る代償に、最悪の場合は魂を消滅させるから。

 それを知るはずのないミケヌは呆気(あっけ)に取られている。

 ミケヌ「今のは、タマモさんですか? こんなことも出来るなんて……」

 矢に気を取られたミケヌの攻撃が単調になる。本来のタケヒコなら見逃すはずのない致命的な隙。しかし、魂魄強化(こんぱくきょうか)を見て、目の前に敵がいた事をタケヒコは忘れていた。

 自分がそうなることは、ただの人であるミケヌにとって最悪の事態であることさえも。

 ミケヌ「何が起こったんです?」

 タケヒコ「タマモあなたと言う人は……」

 ミケヌ「……タケヒコさん!」

 先に気を取り直したミケヌがタケヒコに小剣を投げると同時に、複数のカマイタチを放った。呆然としていたタケヒコは、それらすべてを無意識の内に一瞬で斬り捨ててしまう。

 真っ二つに斬られた小剣を見ながら、予期せぬ事態を目の当たりにして、ミケヌがつぶやく。

 ミケヌ「かまいたちも斬ったのですか……」

 無意識の内に、タケヒコは人の力を越える力を行使していた。人にとっては、絶望的で、圧倒的な力を行使していた。

 無数の矢に気を取られているタケヒコは、魂魄強化(こんぱくきょうか)(いきどお)りを感じているタケヒコは、それに気付かない。



 漠然(ばくぜん)とながらも感じていた勝利の手応えが、たった今起こった爆発で確信となっていた。妖鬼一体一体の力は弱い。それでも数が多すぎたが、その数も爆発で激減した。後は各々の奮戦のみ。それならとシンムは思う。

 シンム「なんか知らねぇけど、一気にたたみかけるぜ!」

 激減した妖鬼に、士気が高揚した伊都国軍が畳みかける。最早、伊都国軍全体に勝利がちらつき始めていた。しかし、その勝利が一瞬にして遠いところへと消えてしまう。

 天空から雨のように降り注ぐ矢。昼間で、快晴であるはずの空が矢で埋まり、日光を(さえぎ)って戦場が薄暗くなる。

 矢を受けた妖鬼達がうなり声を上げる。それは断末魔の悲鳴のように聞こえた。その声は殺してくれと言っているかのように聞こえた。ただ、その声とは裏腹に、妖鬼の爪は鋭さを増し、その動きはさっきまでの緩慢(かんまん)さからは考えられないほどに俊敏(しゅんびん)となった。

 シンム「こいつ等……強くなったのか?」

 訳が分からなかった。先程まで弱かった目の前の妖鬼が、いまや明らかにシンムよりも強くなっているのだから。


 後方で妖鬼だけに矢が突き刺さる光景を目の当たりにしながら、シンムと同じようにイヨも理解出来ないでいた。自分達にも降り注いだはずの矢は刺さらず、溶けるように消える。

 イヨ「これはいったい何が起こったの? さっきの矢の後に、妖鬼がこんなに強くなるなんて、どうして……」

 イスズ「イスズちゃんにもわかりません。だけど……だけど、こんな事が出来るのはタマモさん位しかいないと思いますぅ」

 首を何度も振ってイスズが答えた。

 イヨ「タマモさん?」

 その名がイヨの心を重くする。戦場に来る前に、何度もミケヌに気をつける様に言われていた。そして、幼い頃からタマモだけは、イヨはまったく信じる事が出来なかったから。

 イスズ「はい。そうだと思いますぅ。だから、イヨちゃんはイスズちゃんの近くに居てください」

 イヨ「お願いね。イスズちゃん」

 イスズ「はい。大船にドーーンな気持ちで構えていてください」

 イヨ「それを言うなら大船に乗った気持ちでだけど……」

 いつもの様にイスズと会話をしながらも、イヨの表情には不安の色がにじみ出ていた。


 上空でタケヒコをじっと見続けていたタマモがじれったそうに声を出す。そもそも、彼女が妖鬼を強化したのも、我慢の限界に近付きつつあったからだった。

 タマモ「ふふふ。まだ、そんな失敗作と茶番を演じ続ける気かしら、タケヒコ? それなら……妖鬼は全て伊都国になだれ込みなさい。そして、あらゆる物を、あらゆる失敗作を引き裂きなさい」

 うなり声を上げると、タマモの命令に従って妖鬼の群れは一塊(ひとかたまり)となって突進を始めた。それは平地に起こった土砂崩れのようだった。土砂となった妖鬼が抵抗する兵達を巻き込みながら、伊都国の中心めがけてなだれ込み始める。

 タマモ「今度はどうする気かしら? そんな失敗作と、いつまでも遊んでいたらこの国が壊れるのが早くなるだけよ。わたしはそれでも問題ないのだけど、来た意味がなくなるわ」

 上空で笑みを浮かべながら、タマモは眺め続ける。


 剣を握る手に力を入れながら、目の前のミケヌをタケヒコが睨みつける。すでに気を取り直したタケヒコが問う。その眼には答えによっては殺すといった色を明確に浮かべながら。

 タケヒコ「ミケヌさん。あなたは今の矢が何か知っておられますか?」

 ミケヌ「ぜんぜんわかりません。教えてくれるなら嬉しいんですけど」

 眼を見る。嘘を言っている様には、少なくともタケヒコには見えない。

 上空をタケヒコが見上げる。次の行動を決めたタケヒコからほんの一瞬だけ、戦いの緊張から殺気が(あふ)れる。それだけで人を殺せるかと思えるほどに冷たい殺気が。

 その殺気を感じ取ったミケヌが耐えるように大地を強く踏みしめている。そのミケヌに対して、タケヒコが頭を深々と下げる。

 タケヒコ「ミケヌさん、この場は一時引かせて貰います」

 ミケヌ「ぼくが……そこまで物分かりがいいと思いますか」

 そう言うミケヌからは完全に無邪気さが消えている。代わりに、緊張がにじみ出ている。殺気を当てられたのが原因か、額からは汗が流れ、僅かながら手も震えている。

 タケヒコ「わるいですが、今はあなたとのおしゃべりに付き合っている暇がありません」

 頭を上げると、タケヒコはミケヌに背を向けて悠然(ゆうぜん)と立ち去った。背後からミケヌがかまいたちを放つが、わずかに身体を動かして避けながら。


 伊都国軍は魂魄強化(こんぱくきょうか)された妖鬼の前に後退を余儀なくされ、伊都国の街を守る大きな門の前で踏ん張っていた。

 数で下回り、各々の実力で下回る伊都国軍は、全面を防ぐ事かなわず、大きな門を破壊しようと突進を繰り返す妖鬼を防ぎきれない。妖鬼が突進するたびに大きな門が揺れ、きしむ音が聞こえる。

 祈りに似た叫びをシンムは上げた。

 シンム「通させるな! 絶対に通させてたまるかーー」

 大きな門に張り付いた妖鬼の頭上に矢が降り注ぐ。

 ヤカモチ「撃て! 門に張り付いた前衛の妖鬼を集中して狙え!」

 的確な指示のもと弓兵が妖鬼を迎撃するが、状況は好転するはずもなく、門がきしむ音は鳴りやまない。


 上空を見上げ、一人走りまわるタケヒコ。探すのはただ一人。この状況を作り上げた者。

 タケヒコ「タマモがどこかにいるはずです。この妖鬼を操っているのがタマモとわかった以上、一刻も早く見つけ出さねば!」

 タマモ「ふふふ。もっとあわてなさい。そして見せなさい。あなたの、フツヌシタケヒコの本来の力を……」

 地を走るタケヒコと、上空で眺めるタマモ。お互いの口に出した声が届いたはずはない。それでも、二人の間に会話は成立していた。そして、その会話はタケヒコの願いを打ち壊し、タマモの望みを叶える方向へといざなう。

 天之羽々矢(あまのはばや)と呼ばれる矢をタマモは取り出す。幾日か前に、スクネの捕まっていた牢を壊したのと同じく、雷撃呪から作った矢。それをタマモは八本ほど同時に、大きな門に向かって放った。すさまじい轟音と共に、大きな門が雷撃の衝撃で崩れ落ちる。あまりにもあっけなく、伊都国の街を守る防衛線は崩壊した。

 壊れた門に妖鬼を防げるはずもなく、数と各々の実力で劣る伊都国軍に守りきれるはずもなく、ついに街中が戦場となり、街中が地獄と化していく。

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