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倭国神代記  作者: がばい
1章
7/53

崩壊1

 毎朝の戦いを告げる法螺貝(ほらがい)の音。それは、タケヒコの第一声。戦いの勝者は始めから決まっているはずなのに、敵も中々に諦めが悪い。

 故に、戦いは幕を上げる。爆睡するシンムを起こすための戦いが。

 タケヒコ「シンム様、起きてください!」

 シンム「寝寝寝寝寝寝寝寝」

 必死に声を張り上げるタケヒコを無視して、シンムに起きる気配がない。このまま行けばいつも通りの凄惨(せいさん)な光景が待っているというのに。

 戦いの幕開けを横で見守っていたカグヤが、満遍の笑みを浮かべながらタケヒコの肩を軽く叩く。肩を叩く際に音は出ない、それで起きたら全てが終わりを告げる。決してそのようなへまをカグヤは犯さない。もっとも、タケヒコが大声で起こしても起きない以上、いらぬ心配なのだが。

 カグヤ「そんなんじゃだめだよ、タケヒコ。いつも言ってるけど、その位だとシンムは起きないよ。まだまだ、あまいよ」

 明らかに肩を叩く音よりも大きな声でカグヤは言った。

 タケヒコ「今日もやられるのですか……」

 後ろに数歩下がるカグヤ。それを見るタケヒコはため息をつきながら横に下がって通り道を開けた。爆睡するシンムと距離を取ったカグヤとの間に(さえぎ)るものは何もない。

 下がった所で一息着くカグヤ。それから一瞬の間を置いた後、いっきに駆け出した。一寸の狂いもなく腹に飛び蹴りが命中する。その凄惨せいさんな光景を目の当たりにしたタケヒコは、片手で頭を抱えながらため息をついた。そして、いつも通りの悲鳴が上がる。


 悲鳴と共に、顔を歪ませながらシンムが目を覚ます。そんなシンムに、すっきりした顔のカグヤが嬉しそうに挨拶をした。

 カグヤ「おはよう、シンム」

 それだけで状況をシンムは理解する。いつも通りの事だから。

 シンム「おはようじゃねぇ。姉貴いつも……いつも、言ってるだろーが。起こすたびに蹴るんじゃんねぇ!」

 痛みに耐えながらシンムが言葉は必死の抵抗を試みる。それも残念ながら勝者には届かなかったようだが。

 カグヤ「うん、そうだね。考えとくよ」

 シンム「なにが「うん、そうだね。考えとくよ」だ。いいかげんに蹴り起こすのはやめてくれ、姉貴!」

 その言葉ひとつひとつに敗者の怨嗟(えんさ)の念が込められているが、その言葉を勝者は簡単に避けて見せる。

カグヤ「じゃあ……検討しとくね」

シンム「検討もいらねぇから、蹴り起こすのをやめてくれ」

カグヤ「おはよう、シンム」

シンム「……おはよう、姉貴」

 抵抗が無駄だと悟り、シンムは仕方なく勝者の軍門に下った。

 そこまで話が終わってから、タケヒコはシンムに挨拶をした。

 タケヒコ「おはようございます、シンム様」

 シンム「ああ、おはよう、タケヒコ」

 一度眠ると中々目覚めないが、シンムの寝起きは良い。起きたその瞬間からシンムの頭は回転を始める。それは何かが起こった時のためにタケヒコが訓練した成果だった。

 起きたシンムに、タケヒコが軽く頭を下げる。

タケヒコ「では、あらためましてシンム様、申し上げます。今日は約束通り昨日の事をヤカモチさんに謝ってくださいませ」

シンム「いきなりその話かよ……」

 表情が(くも)るシンム。朝、寝起きから聞きたくはなかったのだろう。それは承知していたが、タケヒコはこういうことは出来得る限り早い方がいいと元来から思っていたため、朝から口に出した。本当は、昨日の内に済ませて欲しかったのだが。

 横目でシンムを見ながら、カグヤがすぐに反応した。

 カグヤ「またシンムが何かしたの、ヤカモチに?」

 タケヒコ「カグヤ様はご存じありませんでしたね。実はシンム様が昨日……」

 シンム「わかってるって、タケヒコ。昨日の事はきちんと謝っておくからよ」

 説明しようとするタケヒコの言葉、をシンムがすぐに遮る。

 タケヒコ「その件に関しては、きちんとした対処をお願いします、シンム様。その後は、昨日申し上げましたお話しをしますので」

 妥協を許さない様に真剣な表情で、タケヒコは一つ一つの言葉を丁寧に言った。

 カグヤ「話し? 何の話をするの?」

 前日のいきさつ知らないカグヤは首を傾けて、きょとんとした表情をしていた。

 シンム「なんかよくわかんねぇけど、おれ達にまだ話していない大事なことがあるってさ」

 全身でタケヒコがカグヤの方へと向き直る。

 タケヒコ「カグヤ様に取っても大事な話ですので、今日はどこにも行かれないで下さい」

 念を押すようにタケヒコは言った。

 シンム「姉貴、どこにも行くなよ?」

 カグヤ「シンムに言われなくても、すぐには行かないよ。終わったら出かければいいんだし」

 えへんと胸を張るカグヤ。それを見て、タケヒコは頭を抱えながら心の中で「やはり」と思いながらも願い出る。あきらめ半分で。

 タケヒコ「それも、遠慮願いたいのですが……」

 心からの思いをタケヒコは口にした。その言葉に、カグヤはにっとしただけで何も答えない。本心はうかがえたが、タケヒコもこれ以上念を押すことはせず、シンムの方へ向き直った。

 タケヒコ「シンム様はさっそく謝りに行かれて下さい」

 シンム「わかってるって。今から謝りに言って来るからさ」

 タケヒコ「行ってらっしゃいませ……」

 にこやかにタケヒコはシンムを送り出そうとした。しかし、それは中断させられた。



 送り出すタケヒコが言葉を終えるよりも早く、一人の兵士が血相を変え、今にも死にそうな顔をしてやって来た。

 兵士「た、たいへんです! よ、妖鬼の大群が、迫って来ています!」

 必要以上の大声で、青白い表情をして、兵士は言った。その言葉にシンムがすぐに反応する。

 シンム「大群って! どの位の数が来たって言うんだ?」

 兵士「およそ三万ほどです!」

 シンム「三万!。そんなに妖鬼がいるのか!」

 声を張り上げるシンム。その横で同様の思いをタケヒコも抱いていた。この国を落としに来たにしても、数が多すぎるとタケヒコには思えた。半分でも圧勝だろうと。それなら、「考えられるのは」と。そこまで思考して、最悪の可能性がタケヒコの脳裏によぎる。

 タケヒコ「カグヤ様を狙いにいよいよ……」

 そこまで考えてから思考を中断すると、二人にタケヒコは頭を下げた。

 タケヒコ「すみません、シンム様、カグヤ様。話は、また次の機会にいたします」

 カグヤ「仕方ないよ。向こうは、こっちの都合に合わせてくれないしね」

 心配そうな表情をカグヤはいっさい見せず、にこりと微笑む。

 タケヒコ「ありがとうございます。シンム様は、すぐにヤカモチさんの所に行ってください。兵を集結させているはずですので」

シンム「……ヤカモチ……タケヒコは来ないのか?」

 小さな声で名をつぶやいてから、シンムがばつの悪そうな顔をする。理由を悟り、タケヒコは注意を促した。

 タケヒコ「わたしには考えがありますので、先に行っていてください。それと、くれぐれも、ヤカモチさんと揉めないようにお願いします」

 何も答えず、ばつが悪そうにしながら、逃げるようにシンムは兵士と戦場へ向かって行った。


 結局「分かった」と言わなかったことに若干の不安を覚えつつも、タケヒコは最大の懸念を払拭するために、カグヤの目を見た。

 タケヒコ「カグヤ様、念のためにスクネの所にでも避難していてください」

 カグヤ「避難? 呼んで来るんじゃなくて?」

 タケヒコ「そうです。戦いが終わったら呼びに行きます。それまでスクネの所を離れないようにお願いします」

 カグヤ「……わかったよ」

 タケヒコ「くれぐれもお願いします」

 何処かすねているような表情をカグヤが見せる。

 そんな表情のカグヤを置いて、タケヒコも戦場へと向かった。すべてが杞憂に終わることを、心底願いながら。



 元来からヤカモチに対してシンムは苦手意識を持っている。それは勉学だけに限らず、ヤカモチは何かあるたびに小言があったから。それも何かある度に過去のことを持ち出す。もちろん、それが自分のために言っているのは重々承知していたのだが、嫌な事であることは変わらなかった。

 それだけに、前日の事も手伝って、今日は非常に顔を合わせ辛かった。

 ヤカモチ「シンム様、お待ちしておりました」

 シンム「あ……ああ。待たせたな」

 内心でシンムは違うと思う。言葉にすべきは謝罪の言葉のはずなのに。口から出て来る言葉がそれを大きく裏切る。

 ヤカモチ「早速ですが。前線部隊の指揮をお願いします」

 事務的なヤカモチの言葉が、シンムから謝罪の機を消して行く。

 シンム「それはかまわないがさ。三万ってどのくらい来てんだ?」

 ヤカモチ「とりあえず御覧ください」

 三万が多すぎるのは少なくとも頭では理解出来ていた。それでも、やはり直感的には理解出来ない。だから、シンムが自らの目でその光景を視た時には愕然(がくぜん)とした。


 高台から遠くに見える三万の妖鬼の群れ。三万の妖鬼の殺意。砂埃(すなぼこり)を立てながら行軍する様は、まるで大地が音を立てて動いているようであった。その光景は、シンムから後ろめたさを取り払うには十分だった。

 シンム「なんなんだ、あれは……妖鬼って、強力な巫女が、ねずみなんかから作り出すとか言っていたよな!」

 言葉をシンムはいっきにまくし立てた。まるで詐欺(さぎ)か何かにあったような思いだった。嫌々ながらも勉学で聞いた、巫女が生み出す妖鬼。それは一体一体は人を凌駕(りょうが)する力を持っていても、生み出される数は少ないという話だった。それが数すらも遥かに伊都国(いとこく)軍を凌駕している。

 伊都国は全軍を入れても三千に満たない、敵はその十倍。数の上では勝機などないに等しかった。

 シンム「なんで、こんなにいんだよ! この前までは多くてもせいぜい二、三十体位だっただろ?。それに、妖鬼を生み出すほど強力な巫女は、めったにいないとか言ってただろ?」

 ヤカモチ「その通りです。おそらく、すべてヒミコによって生み出された妖鬼だと思われます」

 シンム「女王ヒミコって奴は、そこまですげぇ奴なのか?」

 ヤカモチ「申し訳ありませんが、私にはその問いについてはっきりと答える事ができません」

 明晰(めいせき)さは得られない。曖昧(あいまい)なヤカモチの話し方も、シンムは嫌いだった。それゆえに、しゃくに(さわ)ったが、気を取り直して言いなおした。

 シンム「なら違う聞き方するがさ。勝てるのか?」

 ヤカモチ「タケヒコ様に何か考えがあられる様ですが、私にはどうにもなりません」

 話し方も、話す内容も、シンムには自分を怒らせている様にすら感じられた。日頃なら、そろそろ嫌みの一つでも言っているだろう。それでも、それを(こら)える。

 シンム「……とりあえずはどうすんだ?」

 ヤカモチ「タケヒコ様から敵の右翼と戦闘に入るように命令を受けています」

 シンム「じゃあ、おれ達は勝手にやってれば良いんだな」

 ヤカモチ「敵の右翼とです、シンム様」

 遂には苛立ちを隠しきれなくなった。だから、シンムはすでに敵の数なんかどうでもよくなっていて、早く戦いに没頭(ぼっとう)したかった。これ以上会話していると、また余計なことを言い出しそうだったから。

 話を打ち切ると、ヤカモチが自分の持ち場に行き、戦端が開かれる。

 矢の斉射が始まった。伊都国の街並みを守る高台から発射される矢は、妖鬼の群れの中へと消えていく。矢が消えるたびに、何体かの妖鬼も倒れているはずだったが、それを確認するには妖鬼の数があまりに多すぎ、そんな暇も当然ない。残念ながら矢は、この数の前では小雨だった。だから怯む様子も見せず、妖鬼は前進を続ける。

 迫り来る妖鬼の群れを前に、シンムは剣を構えて兵達の先頭で仕掛ける機を待ち続けていた。



 戦端はすでに開かれている。前線は矢で覆われていたが、そんな戦場に似つかわしくない会話が妖鬼の群れの後方では行われていた。

 そこには巫女と思わしき女性と、鬼の力を得た影響で十代前半の子供に見える人物が二人いた。

 金色の短髪をした男の子の名はアマン ミケヌ、桃色をした髪を二つお玉に編んだ髪型の女の子はクレハ イスズと言った。

 子供のような容姿をしたミケヌが、妖鬼の肩の上に立って前線を(なが)めていた。

 ミケヌ「あちらから始めたみたいです。気をつけて下さいね、イヨ様」

 話しかけられた巫女と思わしき女性の名はスメ イヨ。長い黒髪を後ろで束ね、小顔に、はっきりとした眼、小鼻のすっきりとした美人。そして、彼女は邪馬台国(やまたいこく)の女王ヒミコの養女(むすめ)

 声を掛けられたイヨが深々と頭を下げる

 イヨ「心配は要りません、ミケヌさん、イスズちゃん。それよりも、無理を言って本当にごめんなさい」

 すかさずもう一人の鬼であるイスズが胸を張って会話に参加する。

 イスズ「そんなぁー。イヨちゃんの願いだったらこのぐらいイスズちゃん、朝飯サッサですぅ」

 ミケヌ「イスズちゃん、それを言うのでしたら朝飯は早くですよ」

 適当な訂正をしながら、ミケヌは妖鬼の肩から飛び降りた。

 イヨ「朝飯前です」

 正解を言ったイヨの言葉に、愛らしい顔を膨らませてイスズが抗議の声を上げる。

 イスズ「えー違いますぅ。そんなことわりは聞いた事がありません!」

 イヨ「ことわりでもないのですけど……」

 イスズ「ことわりですぅ! そんな事でイスズちゃん(だま)されたりしません」

 この場は、本当に戦場とは思えない空気に包まれていた。だからからか、本気で言っているのかよくわからない調子で、ミケヌがイスズに注意を(うなが)す。

 ミケヌ「矢がここまで飛んでくる可能性も否定できませんから、イスズちゃんにはイヨ様をきちんと守ってもらわないと」

 イスズ「もちろんですぅ。イスズちゃんにまかせない。だから、ミケヌさんこそしっかりしてほしいですぅ」

 ミケヌ「ぼくも当然がんばりますよ」

 子供がこれから遊びにでも出かけるかのような調子で、二人は気勢を「えいえいおう」と上げる。

 そんな二人の子供に、イヨはやさしく微笑む。二人が(かも)し出す雰囲気がイヨはたまらなく好きだった。だからこそ、言っておきたい言葉を、この雰囲気がなくならないためにも、イヨは口にした。

 イヨ「わたしのことは心配しないでいいですから、自分の事に集中してください。そして、生きて帰って来てくださいね」

 ミケヌ「そんなぁ。イヨ様にそんな風に言われたら、間違っても死ねないですよ」

 イスズ「はい。間違っても死なないでほしいですぅ」

 二人に言った言葉を、イスズはミケヌだけに言ったと勘違いしたのだろうと推測して、イヨは苦笑した。そんな雰囲気の中、ミケヌが突然表情を引き締める。

 ミケヌ「そろそろ、ぼくも行ってきますよ」

 イヨ「御武運をお祈りしています、ミケヌさん」

 イスズ「がんばってください、イスズちゃんも応援してますぅ」

 頭を深々と下げるイヨ。両手を上げて、ぴょんぴょんと飛び回るイスズ。送り出す二人の言葉に、少し照れたように笑いながらミケヌは言った。

 ミケヌ「人気があると大変です。でもかわいい二人のために、ぼくは帰ってきます」

 再び、ミケヌは妖鬼の肩の上に飛び乗り、手を何度か振ってから妖鬼の肩の上を跳び移り、前線へと上って行った。



 敵の前衛との距離を押し測っていたヤカモチが限界に達したと察すると同時に、合図は上がった。予め準備されていた真っ赤に染まった布が振られる。

 すぐさま、シンムは同様に赤い布を振り返した。

 ヤカモチ「総員、一時撃ち方止め。シンム様が出られる」

 一時的に弓兵の動きが止まる。こういったヤカモチの能力には、シンムも純粋に敬意と信頼を置いていた。もっとも、苦手なことも手伝って、本人にその事を言った事は一度もなかったが。

 シンム「おっしゃ。みんな行くぜ!」

 自分の頬を一回叩いて気合いを入れると、シンムは大声で叫んだ。その声に触発されたように兵達が声を張り上げる。

 先頭に立つシンムに続いて、兵士達が妖鬼の群れに突撃を開始した。

 シンム「敵右翼にみんなつっこめ! 絶対に、街に化け物を入れんじゃねぇ!」

 剣と爪がぶつかり合う音が鳴り響く。

 弓兵による斉射が再開される。矢は味方を射つ事なく、シンム達とは逆の左翼に降り注がれる。戦いは混戦へと移行された。


 混戦の中、奮戦する者、混戦状態をいやがる者、泣き叫ぶ者、猛り狂う者、いろいろな思いが交錯する戦場。その様子を空高くから愉快そうに眺める者がいた。

 タマモ「ふふふ。妖鬼を右に寄せる気ね。そして、混戦状態になった所を、左から爆炎呪か何かで一気に攻撃する。そして混乱している所をミケヌかイスズを狙うつもりかしら?」

 自らの軍が壊滅(かいめつ)するのを楽しみしている様にささやくタマモを、地上から見上げても、雲と日の光に遮られ見つける事など出来ない。まして、混戦の中で彼女の存在になど気付こうはずもなかった。


 混戦の中、必死に剣を振るうシンム。

 襲ってきた妖鬼の爪を剣で横に逸らし、体制を崩した妖鬼が無防備に腹を見せる。その隙を見逃さず、シンムはそこに一撃を加える。何度も習っている動作の一つだが、ここまで見事に、しかも簡単に決まったことは、一度も記憶にない。それだけに、勝利の手応えをシンムはわずかながら感じていた。

 シンム「数が多いだけで、この前の奴らより弱いじゃねぇか」

 これなら何とかなるとシンムは思う。自分程でないにしても、ほとんどすべての兵士の錬度は、この妖鬼達を上回っている。それならと思う。


 上空で地上を眺めるタマモが顔を(ゆが)ませる。そんなタマモが口から発した言葉は、あきらかに戦況の不利に対する不満ではなかった。

 タマモ「しかし、時間が意外にかかるわね。ヒミコにわざわざ弱い妖鬼を準備する様に伝えといたのに、もう少し上手くやれないのかしら。これだとタケヒコの活躍がなかなか見られないじゃない……仕方ないわね」

 奮戦するシンム達を眺めながら、タマモは悪態をついた。暗に「弱すぎる」と言っているも同じ悪態を。第三者が見たら、劣勢に立っている側の将が、優勢に進めている側の将に言う言葉とは思えなかっただろう。または、負け犬の遠吠えぐらいにしか聞こえなかっただろう。しかし、タマモは本気でそう考え、彼女の言う時間を短縮するための手を打つ。

 前線に上がって来て妖鬼の肩の上で指揮をしているミケヌに、タマモは目を向ける。

 ミケヌ「こちらが劣勢ですね。でも、ぼくが思っているより妖鬼が弱く感じるのは気のせいでしょうか?」

 妖鬼を指揮しているミケヌに精神感応の力を使って、タマモは話しかけた。

 タマモ「ミケヌ、聞こえているでしょう。一刻も早く妖鬼をすべて右に寄せなさい」

 ミケヌ「タマモさん、どうしてですか?」

 タマモ「ふふふ。命令に理由は必要かしら?」

 拒めば殺すだけ。暗にその意をタマモは言葉に含んでいた。

 ミケヌ「……仕方ないですね。右翼の妖鬼は左翼に移動してください」

 眉間を一回引きつらせた後、快活(かいかつ)よくミケヌは返事した。

 妖鬼がミケヌの命に従って左翼に固まり始める。それによって混戦状態は更に加速される。その光景を眺めるタマモの表情が緩む。まるで何かの劇を見るかのようにタマモは傍観(ぼうかん)していた。


 一見すると伊都国軍が包囲されているかのような状況に推移した。本当に包囲されたのなら全滅は免れなかっただろう。だが実際はただの混戦状態にすぎない。状況が願った状態に、予めタケヒコから指示されていた状況に変化したのを見て、ヤカモチが隣に控えさせた弓兵に命令する。

 ヤカモチ「予定通り敵は左翼に寄りつつある。合図の火矢を3本撃て!」

 空高く三本の火矢が三回上がる。


 殺気を殺してタケヒコは戦いを見守っていた。空高く火矢が上がる。その光景を見ながらタケヒコの脳裏に不安がよぎる。それが狙い通りであるにもかかわらず。

 タケヒコ「合図ですか……少し展開が早すぎますね。こちらの意図に気づかれているのでしょか? とはいえ、こうなっては考えている余裕はありませんね」

 それまで傍観に徹していたタケヒコが動く。冷静にシンム達の戦っている位置を確認した後、爆炎呪を妖鬼の群れめがけて投げつけた。

 呪は一直線に、放物線を描くことなく妖鬼がもっとも集まっているところにたどり着く。次の瞬間、爆炎呪はうなりを上げて妖鬼だけを吹き飛ばした。

 対象を決めるとその対象にしか効果を与えない、ヒミコによって作り出された特殊な呪。その呪をタケヒコは一つだけだが持っていた。

 吹き飛ばされ燃えていく半数ほどの妖鬼を見て、タケヒコは溜飲(りゅういん)を下げる。

 タケヒコ「どうやら杞憂に済みそうですね、タマモはいないようです。しかし……彼女の呪を、彼女の生み出した妖鬼に使うとは皮肉ですね」

 そう言いながらタケヒコは動き出した。人の認知し得ない速度で。


 戦いは伊都国側の思惑通りに進んでいた。

 戦いはタマモの望む通りに進んでいた。

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