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倭国神代記  作者: がばい
1章
6/53

伊都国の日々

 伊都国(いとこく)の街並みから少し外れた場所、周りには他に人影のない山のふもとに、スクネは家を建て住んでいた。邪馬一国(やまいこく)に住んでいた時と違い、大陸から渡って来た渡来人の作る住居でなく、竪穴式(たてあなしき)の一般的な住居だった。とはいえ、雨風をしのげれば特に問題なく、住居の変化は気にする必要性などなかった。しかし、日々の生活は大きく変化していた。

 邪馬一国(やまいこく)にいた頃と同様、午前中は訓練に励み、それが終わると横になる。そうしていると、昼前には来客が毎日のように現われた。なぜ自分の所に来るのかスクネには理解しがたがったが、彼女にそれを聞いても「楽しいから来てるんだよ」としか言われない。結局は、日が暮れるまで一緒にいる日が続いた。


 いつものようにスクネが訓練を終えて帰宅すると、家の中から気配を感じた。その気配に心当たりのあるスクネは特に警戒もせず家に入った。

 カグヤ「あっ、帰って来たんだ……今日は寝てなかったんだね? それがいいよ、寝てばかりだとシンムになっちゃうし?」

 何かを背後でごそごそとカグヤがあさっている。

 スクネ「今日は、おまえがいつもより来るのが早かっただけだ。それよりも、ここに何をしに来た」

 カグヤ「何しにって……いつものように暇つぶしに来たんだよ、てへ」

 当然のようにカグヤは胸を張り、満遍の笑顔を見せる。その笑顔にスクネは調子を崩される。そのため、横を向いて出来得る限り顔を直視しない様にしながら、あきらめ半分で何度言ったかわからない言葉を口にした。

 スクネ「……帰れ、ここに来る必要性はないはずだ」

 カグヤ「まーた、そんなこと言うし。いつもいつも、きみも同じ事言ってあきないよね」

 本気で感心したようにカグヤが頷く。それを聞いたスクネにはため息しか出てこない。会話かどうかもわからない会話の後、カグヤは後ろを向いて何かを再びあさり出している。そして、カグヤが背中に何かを隠しながら、うれしそうに声を弾ませ振り向いた。

 カグヤ「今日は釣りに行こう、釣り。きみ、上手いらしいからね。タケヒコから聞いたよ」

 スクネ「道具がない」

 おそらく背中に隠しているのがそうだろうと内心思いつつも、スクネは言った。

 カグヤ「じゃーん。そうだろうと思ったから、準備して来たよ。魚が好きって聞いたけど、一回も釣りしているの見たこと無かったからね」

 予想通り、カグヤが嬉しそうに釣竿を見せる。

 スクネ「別におれが好きなわけでは……」

 カグヤ「川は、ここからだとちょっと遠いから、すぐに行こうね。急いでスクネも準備しないと」

 あまり乗り気でないスクネを無視して話は進む。そして、カグヤの勢いに呑まれて、共に行くことに決めた。



 日が天高く昇った頃に二人は川に着いた。着くとすぐに釣りを開始して、二時間あまりの間に、スクネは魚を数十匹釣り上げた。決して釣りが好きではないが、スクネの得意ではあった。そうなった理由は覚えていないが、かつて釣りばかりしていた日々があったから。

 好奇の目で横から見ていたカグヤは、スクネが魚を釣り上げるたびに大声を上げて喜んだ。釣りの際の作法などあったものでなかったが、不思議と魚に逃げられる事もなかった。

 カグヤ「あっ、また釣れてる! すごーい、タケヒコが言ってたけど、ほんっとうにきみ、釣りの名人だね」

 スクネ「おまえはやらないのか」

 カグヤ「えっ、わたし? だめだめ、わたし釣りなんてぜんぜんだめだよ。大地ならすぐ釣れるんだけどね」

 手を何度も振ってカグヤが全身で無理と主張する。半ば無理やり、スクネはそんなカグヤに釣竿を手渡した。

 スクネ「教えてやるから、やってみろ」

 頬を膨らませ、カグヤが竿とにらめっこする。

 カグヤ「うーん、仕方ないなぁ。一応やってみるけど、どうなっても知らないよ?」

 針の先に付いた餌が水の中に消える。水の上で緩んでいた糸がその重りで水の中に引きこまれ、ぴんと張って止まった。その状態で十分程経つと、カグヤが横目で見て来た。

 カグヤ「……大地釣っちゃった」

 釣竿を強引に振り上げているためか、釣竿は今にも折れそうな曲線を描いていた。

 スクネ「仕方ない……貸してみろ」

 カグヤ「うん。もう糸を切るしかないと思うよ」

 スクネ「その前に、それでは釣竿が折れ……」

 カグヤ「はい。針、残ってるといいね」

 幸いにもまだ折れていない釣竿をカグヤから受け取ると、スクネは川の底に引っかかった針を取るために釣竿を左右に動かす。針は予想に反して比較的簡単に外れた。

 その動作を見ていたカグヤが素直に感心する。

 カグヤ「すごーい。針、残ってる。ほんっとうすごいね、きみ」

 スクネ「たいしたことない」

 カグヤ「それって……わたしへの嫌味? だとしたら、きみ、性格悪いよ」

 どう返事したら良いのかわからず、スクネは口を歪ませて黙った。

 カグヤ「じょ、冗談だよ。きみ、嫌味とか言いそうにないしね。気を悪くしたならごめんね」

 スクネ「気にはしていないが……もう一回やってみるか」

 釣竿を渡すがカグヤは受け取らず、空を見上げる。いつのまにか日が落ち始め、空が赤く染まっていた。

 カグヤ「うーん、まだやりたいんだけど……今日は出来る限り早く帰って来て欲しいって、タケヒコに言われてるからね。それに、暗くなる前に戻らないと、きみに何されるかわからないしね。わたし、かわいいから」

 スクネ「帰るぞ」

 カグヤ「ちょっと待ってよ」

 さっさと帰り始めたスクネを、あわててカグヤは追い掛けた。


 伊都国(いとこく)の街にカグヤを送り届ける途中、ふとした拍子で倭国大乱(わこくたいらん)の話になった。その戦いをスクネはまったく知らない上に、特に興味もない話だった。

 カグヤ「これが倭国大乱って、向こうが勝手に言っている戦いなんだよ! わたし達全然悪くないのに悪人扱い、ひどすぎるでしょ!」

 無言でスクネは倭国大乱の概要を耳に流していた。特に興味を惹くような話ではなかったが、帰路の余暇をつぶすには丁度良い話だった。


 邪馬台国(やまたいこく)の次期大王(おおきみ)の座を、当時の伊都国(いとこく)王が有力視されていたが、結局は不繭国ふまこく王が就任した。それは、謀略によるものらしく、大王を決める際、邪馬台国(やまたいこく)に加盟する王による会議の前に、伊都国(いとこく)派の者が一人残らず殺さていたのが要因らしい。

 そして、新大王(おおきみ)が就任後、当時は盟を結んでいた狗奴国(くなこく)に出兵する。出兵は狗奴国(くなこく)の大王アシハラシ ジョウコウの前に失敗で終わる。敗戦後、土地や賠償の代わりに、なぜか当時の伊都国(いとこく)王の皇太子が人質になって狗奴国(くなこく)(おもむ)く。

 狗奴国(くなこく)では皇太子がカグヤの母と出会い、契りを結ぶ。

 数年の狗奴国(くなこく)滞在の後、邪馬台国(やまたいこく)に皇太子が帰ると邪馬台国(やまたいこく)の大王に妻を差し出せと言われたが、断りを入れる。結果、それが発端となり(はん)に発展する。そして、大王を討つまではよかったが、新しく女王に就任したヒミコに、親子共に討たれた。

 それで倭国大乱(わこくたいらん)は幕を閉じた。


 話をしている間に、伊都国(いとこく)の街並みを守る大きな門が迫っていた。

カグヤ「ここまででいいよ。もうちょっとで着くから、一人でだいじょうぶだよ」

スクネ「ああ」

カグヤ「また今度、釣りしようね。今度はわたしも魚を釣るんだから。話聞いてくれてありがとね」

 無理やり作った笑顔を見せながら、カグヤは手を振って門の中へと消えて行った。それを見届けてからスクネは帰路に着いた。



 眠りを誘う。この言葉の意味を、シンムは自分ほど理解している者はいないだろうと思う。否、確信していた。なぜならば、現在の自分が置かれている状況がそうなのだから。

 ヤカモチ「このように経済とは極めて重要であり、経済を無視すると国が混乱するため、とても注意が必要です」

 教授するヤカモチの言葉の一つ一つが、子守唄のようで、脳に心地よい響きを与え、木簡(もっかん)の書を持った手の力を奪っていく。首が頭の重みに耐えかねるように、前に、横にと傾く。圧倒的な催眠効果の前に、抵抗空しく、シンムの眠気はすでに限界を超えかけていた。

 ヤカモチ「シンム様。それでは、今日の講義をこれで終わらせていただきます」

 シンム「寝寝寝寝寝寝……ああ。終わった?。よーし、これで今日の作業終わったぜ!。長かった、実に長かった」

 そのヤカモチのうれしい一言が、シンムを睡眠の世界から叩き起こす。目が覚めると、すぐに肩の疲労を拭うようにシンムは背伸びをした。勉学の間は圧迫される様に狭く感じた空間が、その途端に無限の広さを持つようにさえ感じた。

 それを見たヤカモチがしかめっ面をする。

 ヤカモチ「それはよかったですね、シンム様。しかしながら、その様な言葉は、せめて、わたしが去ってからにしてもらえますか」

 シンム「ごめん。つい本音が出ちまったぜ。これからは、いなくなってからにするからよ」

 ヤカモチ「……わたしは帰ります。また明日来ます。では、失礼しました」

 あからさまに、当てつけがましく、ため息を吐いた後、ヤカモチは丁寧に会釈してから退出した。

 シンム「明日も、明後日も、別に来なくてもいいからなー。それじゃあーなー」

 元気よく手を振りながら、シンムは部屋から退出するヤカモチに聞こえるように大声で言った。


 何者かの不機嫌な声で、部屋の入り口付近から返答があった。

 タケヒコ「誰が来なくてもよろしいのですか?」

 勉学が終わるのを外で待っていたのだろう、声の主はタケヒコ。その声の主に、勉学が終わったばかりで気分のいいシンムは反射的に返答する。誰の声か特に考えもせずに。

 シンム「そりゃあ、おれの勉学のため、わざわざ毎日来てる、あいつに決まってんだろ」

 タケヒコ「なるほど……わざわざ、シンム様の勉学のために来られているヤカモチさんに、来なくても良いとおっしゃるのですね?」

 シンム「ああ、別に来なかったら、おれはそっちの方がいいに決まってんだろ。なっ、タケ……」

 返答の主が姿を現したため、シンムは目を丸くして、それ以上の言葉に詰まる。返答の主であるタケヒコは明らかに怒っていた。

 タケヒコ「シンム様、そこに座りなさい! ヤカモチさんは、シンム様のために忙しい中、いらっしゃってくれているのです! それを、今の態度はなんですか!」

 シンム「……タケヒコ。おれも感謝してんだけど……だけどさぁ」

 タケヒコ「だけど……なんなのでしょうか? 続きをおっしゃってくださいませんか、シンム様?」

 姿勢を正して、シンムはちらりとタケヒコの表情をうかがう。怒りで震え、くだらない言葉や適当な嘘はいっさい許さないと、表情はもの語っていた。

 シンム「おれが悪かった。もう2度と、こんな事言いません。だから許してくれ」

 タケヒコ「許すのはわたしですか? もしも、そのようにお思いならば……」

 シンム「わかってる、わかってるって。明日、絶対謝る。今日のは、おれが悪かったと本当に思ってる」

 必死にシンムは謝った。それが通じたのか、タケヒコが怒りの表情を緩めてため息をつく。

 タケヒコ「勉学は、シンム様の父上はとても一生懸命だったというのに」

 シンム「とうさん……」

 父の記憶は、シンムが幼い頃に亡くなったため、人づてで聞いた話でしか知らない。それでも心から父をシンムは尊敬していた。

 非業の死を遂げ、邪馬台国(やまたいこく)によって反乱の首謀者にされた父を……。


 倭国大乱(わこくたいらん)と呼ばれた戦い。

祖母に何度も聞かされた戦い。

 詳しい経緯まではシンムは聞いていない。軍略の天才と言われた祖父の怒り、父の深い悲しみ、それを想像するだけで、シンムも胸が締め付けられるようだった。

そして、話の終わりには必ず祖母に同じことも言われた。


 それだけに、タケヒコの口から()れた父という言葉はシンムを心底落ち込ませた。

 シンム「とうさん……ごめん、本当にごめん。おれ、とうさんを超えると誓ったんだった」

 自分の情けなさにシンムは泣きそうになった。でも、泣けない。こんな事で泣いたら父は絶対に許してくれないだろうと思うから。

 タケヒコ「シンム様、どうなされたのです?」

シンム「ごめん、父さんの事を思い出してた」

 タケヒコ「それはずいぶん、ひさしぶりですね。大奥様が亡くなられてから、(なげ)かれなくなっておられたのですが……」

 シンム「嘆いてんじゃねぇ! ただ、四年前に王になった際に決心した事を思い出したんだ! それで、何やってんだろと思ったんだよ」

 心底シンムはそう思った。当然だが、ヤカモチが勉学を教えてくれているのも、タケヒコが剣を教えてくれているのも、すべて自分のため。それなのに……

 タケヒコ「本当に、今回は反省されておられるようですね……」

 そう言ったタケヒコの表情が若干曇る。落ち込んでいたシンムはその変化に気づかない。

 タケヒコ「聞かれたいですか? 倭国大乱(わこくたいらん)の事」

 シンム「おれも婆さんからさんざん聞かされてっから……とうさん達の事はだいたい知ってるぜ」

 タケヒコ「確かにシンム様の知っていらっしゃる事もあります。ですが……大奥様があえておっしゃらなかった事もあります。そろそろ話してもだいじょうぶでしょう」

 シンム「婆さんが話してない事? タケヒコ、他に何かあるのか? おれの知らない事があんなら教えてくれ、タケヒコ!」

 衝動で思わず掴みかかった服をシンムが手放すと、やさしく、それでいて影のある笑みをタケヒコは()らした。

 タケヒコ「そのつもりです。ですが……今の気持ちを忘れないでください」

 シンム「わかってるって。おれ、こんなんだから、すぐに忘れちまうけど……この気持ちは忘れない。だから、これからもおれが間違ったときは言ってくれ、タケヒコ」

 タケヒコ「その気持ちだけで十分ですよ、シンム様。明日、カグヤ様にもお話ししましょう」

 シンム「姉貴にも? わかったぜ、だから明日、ヤカモチに謝り終わったら聞かせてくれよ」

 タケヒコ「もちろんです、シンム様」

 そう言ったタケヒコが一瞬だけ辛そうな表情を見せる。それにはシンムも気付いたが、あえて聞こうとは思わなかった。どうせ、その理由も明日わかるのだし。

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