建国
太陽が天高く上った昼下がり、激しい戦いの傷跡が至る所に見受けられる中、高台にイヨが上る。その姿を一目見ようと、人々はすでに集まっている。
深くお辞儀をしてから、イヨは言葉を紡ぎ始めた。かつて、義母がやっていたのと同じ様に、国中のすべての人々に聞いて貰えるように幻覚と精神感応の力を駆使しながら。
イヨ「倭国大乱、そして、此度の邪馬台国との決戦で、多くの愛しい人々をわたし達は亡くしました。生き残った敵、生き残った他者を見て「なぜわたしの愛しい人だけが」と、恨んでいる人も多いでしょう」
そこまで言って、イヨは全ての人々の表情を見るように左右に顔を向ける。ある者は怒りに震えながら、ある者は真摯に受け止めながら、ある者は野次を飛ばしながら、聞いている。
その者達にイヨが出来る事は、その意味を受け止め、それでも微笑み、自らの思いを口にするだけ。
イヨ「その恨みは全てわたしに向けてください。わたしはみなさんの悲しみや苦しみを、本当の意味で理解してあげることは、残念ながら出来ません。ですが、その恨みを受け止める事は出来るつもりです。そして、出来得るなら、そのやさしさを、その愛を、親御様に、お子様に、旦那様に、隣人に、御友人に分け与えてください。わたしはそんな皆様の心を強く信じています。これがわたしからのお願いであり、心からの想いです」
微笑むイヨは思い出す。戦いで失った義母を、ミケヌを、イスズを、そしてシンムを。あの戦いはすべてを奪って行った。それでも前に進むしかないから。
イヨ「みなさんが、わたしの願いに答えてくれるのなら、わたしは常にみなさんと共にあります。みなさんが、これから紡いでいく新しい未来のための、手助けをさせて貰います」
大きな深呼吸をイヨが入れる。そんなイヨに視線が集中する。その姿を見た人々は、太陽の光がそこだけに集中して降り注いでいるような錯覚を起こさせるほど、輝きを放っているように見えただろう。
イヨ「不肖ながら、わたしがここに宣言します。邪馬台国、狗奴国、そして幾多の国々が一つになり、真の倭国が誕生したことを!」
人々の動揺が、イヨには手に取る様にわかった。どうしていいかわからないのだろうと思う。義母ならもっと素晴らしい事が言えるだろう。情けないと思いながらも、イヨにとってはこれが精いっぱいだったから。
義母と違い、イヨに出来るのは、頭を下げるだけ。時間を掛けて深々と頭を下げ、時間を掛けてから頭を上げた。
拍手が何処からともなく起こる。拍手は広がり、集まった人々から、国中に響き渡った。
頭を上げたイヨは微笑み続けた。
倭国の建国を宣言したイヨの言葉を、タケヒコは聞き終わると、空を見上げて呟いた。
タケヒコ「ヤマトト様……セイガ、いつの日か、再び会いましょう」
自らの呟きが祈りに過ぎないことを、タケヒコは理解していた。魂が消滅した者は転生などしない。それでも会えるならと、思いを込めて呟いた。
カグヤ「タケヒコ、何考えてたの?」
懐の中から声が聞こえて、慌てて取り出す。声は日象鏡から聞こえていた。
タケヒコ「なんでもありませんよ、カグヤ様。それよりもスクネはどうしたのですか?」
カグヤ「ちゃんといるよ。スクネ、タケヒコが呼んでるよ」
日象鏡にカグヤと共にスクネが映る。
スクネ「どうかしたのか」
いつものように無表情でスクネは言った。
あの神を葬った日の後、カグヤと語った内容をタケヒコは思い浮かべる。
カグヤ「お願いね、タケヒコ」
タケヒコ「カグヤ様の身体を、何処かに封印しておけばよいのですね?」
カグヤ「うん。いらないかもしれないけど……もし、わたしが必要になったら、管理者の魂がどうとか、間違っても言いたくないから」
タケヒコ「それで、カグヤ様はどうされるのです?」
カグヤ「スクネと日象鏡の中で暮らすよ」
会話の後、タケヒコはカグヤの身体を凍りつかせ、何人もたどり着く事が出来ない、地下奥深くに封じた。
笑みを浮かべながらタケヒコは答えた。
タケヒコ「いえ、少し顔が見たかっただけです」
カグヤ「もう少しだけ、国に残らなくてよかったの?」
心配そうにカグヤはしている。確かに、タケヒコにも心配はあった。それでもとタケヒコは思う。
タケヒコ「わたしは邪魔なだけです。人の代に、わたしは必要ありませんから……それに、イヨ様からのお願いもありましたから」
カグヤ「そっか、三人だけだね?」
にこりとカグヤが微笑む。伊都国で、狗奴国で見せていたのと同じ様に。
タケヒコ「わたしこそ、御一緒してよろしかったのですか? お二人の新婚旅行に」
カグヤ「えっ、いいよ。だって一人でも多い方が楽しいし。魂だけのわたし達には何にも出来ないし」
横目でカグヤがスクネを見た。
スクネ「用事があったらまた呼べ、おれは寝る」
呆れたようにスクネは言って、日象鏡に映らなくなった。
カグヤ「待ってわたしも、もう少し寝るよ」
同様にカグヤも日象鏡から映らなくなる。
タケヒコ「お休みなさいませ」
誰も映っていない日象鏡に、タケヒコは深々と頭を下げた。
日象鏡を懐にしまうと、タケヒコは立ち上がり、歩き出した。背中には都牟刈之太刀を背負い、首には石ころとなったヤマタノオロチをかけ、未来を目指して。
タケヒコ「シンム様、必ず探し出します。例え転生した先が世界の果てだろうと、時間の果てであろうとも。それがイヨ様の願いですから」
長い旅路に向けて三人は歩き出した。
ここまで読んでくれた方へ 本当にありがとうございました