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倭国神代記  作者: がばい
1章
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鬼と妖鬼4

 近くにあった木に、スクネは寄りかかった。別段、疲れているわけでもなく、この場に留まる必要性も感じなかったが、なぜか動く気にもなれなかった。だから、木に寄りかかって会話を聞いていた。

 全力でここまで走って来たためだろう、カグヤが息を切らしている。それでも声は元気だったが。

 カグヤ「シンムが無事でよかったよ」

 シンム「それはおれの台詞だ! すげぇ音が聞こえて、一時はどうなることかと思ったぜ。ちょっと待ってくれ、姉貴。横にいるのは……おれを殺しに来た奴じゃねぇか!」

 木に寄りかかっているスクネに、シンムが人差し指を差す。自分の事を何か言っているようだが、スクネは特に気にもならない。他人事にさえ感じる。なのに、不思議と耳に流れて来る会話は心地いい。

 カグヤ「えっ、そうだよ。それがどうかしたの? まさか、そんな事気にしてる?」

 シンム「気にしないわけねぇだろ! 姉貴、なんでそいつといっしょにいるんだ?」

 カグヤ「スクネがわたしを守ってくれたんだよ。だから、いっしょにいてもおかしくないでしょ」

 シンム「なんで、そいつが姉貴を助けんだよ?」

 カグヤ「うーん。そう言われたらそれもそうだね。そんなこと考えもしなかったよ」

 漫談の様なシンムとの会話を中断して、大きな瞳をカグヤはスクネに向けて来た。理由を聞こうとしているのだろう。

 なぜ助けたのか自分でも考えたが、スクネ自身よく分からない。確かに、あの時「謝罪代わり」とは言ったが、それが本当の理由かどうかは、実際の所よくわからない。ゆえに、質問の答えを持っていない。

 瞳を輝かせながらカグヤが近寄って来た。

 カグヤ「スクネ、きみに今からいくつか質問します。なんで助けてくれたの?」

 スクネ「……ついでだ」

 だから、聞かれても、そう答えるしかスクネにはなかった。

 カグヤ「「ついで」ってさ……」

 諦め加減でカグヤは言った。どうやらスクネがそう答えるのを、勘か何かで感じていたのだろう。表情は「やっぱり」といった、色をしていた。

 何かが気に障ったのか、顔を真っ赤にしてシンムも近づいて来る。

 シンム「「ついで」って……ふざけてんのか! そんな訳のわからない理由で、姉貴を助けてくれたって言うのかよ!」

 明らかに怒りの色を見せているシンムは、大声を上げた。その表情の変化を見て、スクネは内心ため息を吐く。そもそも、本音を言ったから他に答え様がない。もっとも、その「ついで」という言葉が気に障ったのだろうが。

 シンム「ふざ……な……んと……ゆ……あ……ろ」

 拳を振り上げ、シンムが更に怒声を強め、何か言おうとしている。しかし、タケヒコから羽交い絞めにされ、更には口を塞がれているために、声にはならなかった。

 その行動に対して、カグヤが「よくやった」とでも言いたげに、タケヒコに何回か頷いた。

 タケヒコ「すみません、シンム様。話が進まないので少し黙っていてください。カグヤ様、続きをお願いします」

 カグヤ「タケヒコ、シンムを黙らせといてね。うるさいから」

 もごもごと動いて、シンムが何か言っているがまったく聞こえない。その姿をカグヤは確認してから、再び目をスクネへと向けた。大きな瞳を輝かせながら。

 カグヤ「じゃあ、初めから。もう一回質問するよ。なんで助けてくれたの?」

 スクネ「ついでだ」

 他に答えようがスクネにはないので、当然、返答は同じ。

 カグヤ「それはさっきも聞いたよ? さっき、確かわたしが気付く前に「ふせてろ」とか言ったよね?その後で牢壊れちゃったけど……ついでだったら、壊れるよりも先に、なんで言ったのでしょう?」

 答えようもなく、スクネの返答は無言だった。

 カグヤ「また、何も言わない気だね? いいよ、絶対に聞き出すから! それなら、次の質問です。矛を持ってたよね? あれ、何処から出して、何処に置いたの?」

 それなら別に答えても問題を感じなかったのだが、タケヒコが声を震わせながら横から口出しして来たので、答える機を逸した。

 タケヒコ「な、な、そ、そんな事はどうだっていいでしょう。他の質問にしましょう」

 何をタケヒコが動揺しているのかとスクネは思う。もしも、あれの事を知られたくないなら適当に流せばいいだけ。もっとも、昔からタケヒコはそれが出来ないのだが。

 カグヤ「なんで、タケヒコがそんなに慌てるの? タケヒコには関係ないじゃない。そういえばさっき、スクネが自分の好きな食べ物をタケヒコが知ってるような事を、言っていたような……」

 タケヒコ「ほ、他の質問をお願いします、カグヤ様」

 カグヤ「ははーん。さては、話題を変えようとしてるね。シンムの得意技を盗んでも、わたしには通用しないよ」

 あらためてスクネは感心させられる。意外ではあったが、カグヤはどうやら勘が鋭いようだと。

 タケヒコ「カグヤ様……あとから、スクネの好きな食べ物を何故、知っているかは話しますから。話を先に進めて、次の質問をお願いします」

 カグヤ「仕方ないなぁ。スクネに最期の質問をします。きみ、ひょっとして……わたしに惚れた?」

 まったく予想出来ない質問に、スクネは文字通り言葉を失い、寄りかかっていた木からずれ落ちそうになる。おそらくタケヒコも動揺したのだろう、抑えていたシンムを放したようだ。

 シンム「何言ってんだ姉貴! それ質問なのか!」

 何となく認めたくないが、シンムの言葉にスクネも同感だった。

 カグヤ「なによ! 質問に決まってるでしょ! だって他に思いつかなかったんだもん。助けてくれた理由」

 シンム「理由は、べつに姉貴が考える事じゃないだろ! 今それを聞いてたんだろうが。まったく、姉貴は訳わからない事言い出すから」

 カグヤ「あんたなんか、いっつも訳わからない事ばっかり言ってるし、そのうえ訳わからない事ばっかりやってるじゃない!」

 二人が口喧嘩を始めた。くだらないと頭で思いながらも、不思議とそれを眺めるのが心地よい自分に、スクネは戸惑いを覚える。

 タケヒコ「二人とも喧嘩はおやめください! 結局、二人して話を脱線させているじゃないですか」

 カグヤ「ごめんなさい」 シンム「ごめん」

 一括されたカグヤとシンムが同時に謝る。

 場の空気を変える為だろう、あからさまに咳払いをしてから、タケヒコは話題を変えた。

 タケヒコ「とにかく、スクネの処分を決めましょう。牢に閉じ込めておくのかどうかを」

 カグヤ「今さら、牢に入れたり出来る訳ないじゃない。何言い出すんだよ、タケヒコ。わたし、助けてもらったんだよ」

 内心「タケヒコの意見は当然だろう」と、スクネは思う。少なくとも、自分なら間違っても信用などしない。

 これまでの会話から、そうはまったく見えない、この伊都国(いとこく)の王らしいシンムが、両手を頭の後ろに組みながら返答した。

 シンム「どうしよっかなー。こいつおれを殺しに来た奴だからな。やっぱさぁ、危険だから牢に閉じ込めてしまった方が安全じゃねぇかなー。だろ、姉貴?」

 にやにやしながらシンムが、カグヤの反応を楽しむ様に揶揄しながら言った。

 カグヤ「シンム! わたしを助けてくれた人を閉じ込めてどうするの!だいたい、シンムを暗殺に来たけど失敗して、生きてるし」

 シンム「生きてたら悪いのかよ! だいたい、姉貴の方こそこいつに惚れたんじゃないのか!」

 カグヤ「な、何言ってんの! シンムの方こそ昔の事を気にするなんて人間が小さいでしょうが!」

 シンム「姉貴が先に訳のわからない事を言い出すからだろ! それに殺されそうになったのを、気にすんなとか無理に決まってんだろ」

 再び、二人は喧嘩になる。

 タケヒコ「二人とも、また喧嘩ですか。とりあえず、あの二人は放っておきましょう」

 疲れたように言うが、二人を見るタケヒコの表情からは、それが伺えない。

 タケヒコ「牢にはもう戻る必要はありません。基本的には、意味のないことですし。ところでどうです? このままここに残って、スクネもわたし達の力になってくれませんか?」

 スクネ「断る」

 即答した。本当は断る理由もなかったが、受ける理由もなかったから、スクネは純粋に面倒だった。

 タケヒコ「そうですか……仕方がありません。あなたはこれからどうするつもりですか?」

 スクネ「何も決めていない」

 タケヒコ「でしたら、この国の近くに住むところを用意しますので、とりあえずそこで暮らしたらどうです?」

 スクネ「任せる」

 住む場所などどうでもいいと思いつつも、タケヒコの最後の提案は妙案のように聞こえた。それでこの伊都国(いとこく)に残った。



 邪馬一国(やまいこく)のはずれにある深い森の奥深くで、女が呪を耳に当てながら泉を眺めていた。

 呪からは詩が流れていた。


いと思ふ いとしの君に 木漏れ日で

 出会ふた事も いと悲しかな


 呪から流れる詩に耳を傾ける女の瞳は優しさに満ち、その微笑に応えるように小鳥がさえずる。

 能面をかぶった男が立っている。その男は、その存在自体が何処か虚ろで、景色に溶け込んで今にも消えそうだった。

 背後に立ち尽くす男に、女は話しかけるようにつぶやいた。

 女「あの日から何も変わらない景色。ここだけは、あの日々の美しさを残している。わたしも、あの人も、他の人も、変わりすぎるぐらい変わったのに……ここだけは千年経っても変わらない。救いとは、この景色を言うのでしょう」

 立ち上がり、女、男を抱きしめ、決意するように言葉を強めた。

 女「もう少しです。もう少しで血のない、暖かさのない身体から、完全に開放します」

 人形のように無言で、男は女の為すがままとなっていた。

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