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倭国神代記  作者: がばい
4章
49/53

白い蛇

 大蛇の身体が白と黒のまだら模様になり、痛みから逃れる様にもがきまわり、苦しみから逃れる様に咆哮した。大蛇の咆哮のたびに大地が割れ、兵士と妖鬼達が飲み込まれていく。亀裂はシンム達も襲い、大地の亀裂に呑みこまれそうになったが、タケヒコから助けられ、かろうじて逃れていた。

 地上に広がる凄惨な光景が、カグヤに抱えられながら飛行呪の力で空を浮遊しているスクネの目に入って来る。少し前なら気にもならなかったはずの、すれ違っただけの兵士、一言ぐらいの会話をしただけの兵士達。彼等の落ちて行く姿を見るたびに首を振る。

それらを見るのは、スクネにとって苦痛だった。

 スクネ「これ以上は時間を掛けられないな。急ぐか」

 カグヤ「そうだね……酷すぎるよ」

 地上で起きている光景を見ているカグヤが、顔を青くしている。辺り一帯から悲鳴が木霊して、接触しているカグヤの声すらかろうじて聞こえる程度だった。

 白と黒のまだら模様になった大蛇をスクネは睨みつけた。

 スクネ「カグヤ、あの大蛇の口の中に突入するぞ。タケヒコはどうやら二人の世話で、それどころでないようだからな」

 カグヤ「わかったよ。でも、あんまり無茶なことはなしだよ」

 スクネ「次に吼えたら行くぞ」

 大蛇が咆哮する。大地が揺れ、割れ目が生ずる。機を見計らって、スクネとカグヤの二人は大蛇の口の中に飛び込んだ。

 カグヤ「口の中だけあって、あんまり気持ちのいいところじゃないね。早く用事を終わらせて出ようよ」

 気味悪そうにカグヤがやわらかい壁を見ていた。

 スクネ「そのつもりだ。時間はかけたくない」

 元よりそのつもりのスクネは、そのまま答えた。

 少し奥に行くと巨大な呪があった。呪の中には、青白い色をしたセイガの姿が見える。その呪の前には一匹の白い蛇がいた。

 一人で立つ事も出来ないスクネは、カグヤに支えられながら、白い蛇を睨みつけ、簡潔に言った。

 スクネ「神か」

 白い蛇が振り向く。蛇は紫色の目をして、紫色の舌を出しながら、記憶に新しい尊大な口調で話し出した。

 神「四魂スクネ、今さらだが芸術品でも余に献上して、許しでも乞いに参ったのか? 芸術品とはいえ、欠陥のある物を持ってきていかにする。もっとも、どちらにせよ、その程度で余が許すかどうかは別だが」

 スクネ「おまえの許しは必要ない。おれが許しを乞うとすれば……」

 目線をスクネは白い蛇から巨大な呪の方へ移す。呪の中で目を閉じて眠るセイガ。魂だけとなったセイガの姿は、色が青白い事を覗けば特に違いはない。かつて、スクナとセイガが心から望んだ別々の身体。いまはそれがある。そして、それはこんな形の再開を望んだわけではなかったはずなのに。

 哀愁を感じながら、スクネは呪の中のセイガを見ていた。

 カグヤ「この人ってスクネのお兄さんだよね?」

 問うて来るというよりも、確認して来るような感じで、カグヤは言った。

 スクネ「かつてはそうだった。すぐに矛で砕く。破片が飛ぶかもしれない、気をつけろ」

 カグヤ「本当にいいの? もし、いやだったら、わたしが代わりに衝撃波で壊してもいいよ」

 スクネ「必要ない」

 無用な心配だとカグヤに教える為にも、スクネは断言した。それを更に掻き消す様に、白い蛇が尊大に言い放つ。

 神「余がそれを許すとでも?」

 スクネ「そこにいる兄ならこう答えるだろうな。「おれは、たかが蛇に許しを乞うほど落ちぶれてはいない、なぁ直霊(なおひ)」と」

 神「軽々しく名を呼ぶ事を許した覚えなど無い、四魂スクネ!」

 スクネ「名か……それにこだわることに意味などない。おれのかつての名が、スクナだったようにな」

 神「余を臣下ごときと同列におくでない!」

 怒声と共に、白い蛇が衝撃波を発生させてスクネとカグヤを吹き飛ばした。狭い大蛇の口内ゆえに、壁に強く打ち付けられ、背中から痛みが奔る。

 同様に吹き飛ばされたカグヤに抱き起こして貰いながら、一人で起き上がる事も出来ないスクネは、足手まといにしかなっていない自分に歯痒さを感じていた。

 神「四魂スクネ、おまえは四魂タマモの相手をしておれ」

 白い蛇の目が光る。そして、光が消えると同時に、スクネ達の目の前に角を生やした妖鬼が現れた。

 白い蛇はスクネ達を無視して呪の方に向き直り、角を生やした妖鬼に命じた。

 神「四魂スクネの相手をしろ。首をはね切ったら、そこの欠陥品をくれてやる」

 タマモ「新しい身体」

 白い蛇の言葉に反応するように、角を生やした妖鬼が一歩前に出た。すぐさま、スクネは天之壽矛(あまのじゅぼこ)を咥える。この身体でタマモを相手に出来るのか不安はあるが、今はやるしかない。

角を生やした妖鬼が一瞬でスクネに詰め寄ると、爪を振り下ろした。首を動かして、スクネは天之壽矛(あまのじゅぼこ)で防ぐ。角を生やした妖鬼がもう片方の爪を振り上げる。次手にスクネが備えようとした瞬間だった。角を生やした妖鬼が吹き飛ばされ、壁に打ち付けられたのは。

 カグヤ「わたしがいる事をあんまり警戒してないみたいだけど、今はこのぐらいなら出来るんだよ」

 右手を前に突き出しながらカグヤは得意そうに言った。その声で何が起こったのかを理解すると、スクネは間髪を入れず、天之壽矛(あまのじゅぼこ)の空間歪曲の力で角を生やした妖鬼へ追撃の突きを入れた。角を生やした妖鬼が爪で天之壽矛(あまのじゅぼこ)を弾く。天之壽矛(あまのじゅぼこ)を弾かれた反動で、矛を咥えたスクネの首が下がる。その刹那、角を生やした妖鬼が天詔琴(あまのりごと)を構えて空間一杯に矢を放った。

 首をスクネが上げると、大量の矢が迫っていた。矢を目にして、両手両足が動かない現状をスクネは省みる。結論は不可避。

 スクネ「カグヤ、背中に隠れていろ」

 この身の最期の使い道として、カグヤの身を守るために自らの身体を盾にすることをスクネは決意する。

 カグヤ「三度も、三度も守られるだけ守られて、目の前で大事な人を失うのは嫌だよ」

 白い光にスクネは包まれた。


 白い転移の光が消えると薄暗い空間が消え、ひび割れた大地が広がり、夜空には星星が輝いていた。その星空を動けないスクネは寝転がり見上げていた。

 すぐ隣にいたのか、転移に気付いて近づいて来たのかわからないが、四魂と呼ばれるもう一人の男が話しかけて来た。

 タケヒコ「成功したのですか?」

 スクネ「失敗した。シンムはどうした」

 タケヒコ「安全なところまで連れて行って、置いてまいりました。その後に、わたし一人であなた達に加勢に行こうとしたのですが……何があったのですか?」

 スクネ「中でタマモと戦い、殺されそうになった所をカグヤの力で逃げてきた」

 タケヒコ「でしたら、そのカグヤ様はどうなされたのです?」

 スクネ「いないのか」

 あわててスクネは辺りを見回す。さっきまでのことが嘘のように、あたりは静寂に包まれていたが、確かにカグヤの姿は見えなかった。

 スクネ「飛行呪は持っているのか」

 無言でタケヒコは頷くと、スクネの首に飛行呪を掛けた。

 スクネ「カグヤは大蛇の中に残ったのか」

 飛行して、再びスクネは大蛇の口の中へ向かおうとしたが、タケヒコに掴まれ阻止された。

 タケヒコ「スクネ、あなたは何処へ行く気なのです?」

 スクネ「決まっている。もう一度行くだけ」

 タケヒコ「その四肢で、どうやってタマモの相手をする気なのです」

 スクネ「相手にはならない。だが、カグヤが逃げるための盾ぐらいになら、なってみせる」

 実際には、それすらスクネは内心で否定していた。四魂アメノタマモを敵にして、両腕両足が動かない状況では、ただの的以外になり得ないと知性が訴えていた。それでも……

 スクネ「行って来る。どうせ、誰かが行かなければならないのだろう」

 タケヒコ「ええ、ですからわたしが」

 帰って来たタケヒコの答えが、大蛇の咆哮にかき消される。

 まだら模様だった大蛇の色が、白一色へ変色していく。赤かった目は紫色に染まり、先程まで、大蛇の咆哮のたび起こっていた地震は起きない。だが今までと違い、咆哮を聞くだけで、恐怖とは無縁だったはずのスクネが、僅かながら恐怖を感じていた。

 スクネ「怖がっているのか? おれが」

 タケヒコ「わたしが敵から恐怖を感じているのですか」

 見ると、隣のタケヒコの手も震えていた。二人が顔を見合わせる。両者ともに初めて感じる恐怖に、驚きの色を濃くしている。そして、それを可能にする者が一人しかいない事を。

 スクネ「神が表に出てきたのか」

 タケヒコ「他に考えられません。口内のカグヤ様が無事だとよいのですが」

 カグヤ「誰が無事だって?」

 二人の心配を一瞬で吹き飛ばした声の方に、スクネは振り向いた。不思議そうにシンム達と並んでカグヤが見ている。

 スクネ「カグヤ」

 タケヒコ「カグヤ様、大蛇の中にいらしたのではないのですか?」

 どうなっているのか分からず、スクネが言おうとした疑問をタケヒコが先に口にした。

 カグヤ「スクネをタケヒコの所に転移させて、すぐにわたしも出て来たよ。ただ……ちょっと間違えて、わたしだけシンム達の所に行っちゃったけど」

 何やら指をいじりながらカグヤは答えた。すかさずシンムが笑いながら言った。

 シンム「な、姉貴らしいだろ」

 カグヤ「それどう言う……」

 いつもの様にシンムに反論しようとカグヤが何か言いかけたが、にやにやしだすと言葉を言い直した。

 カグヤ「そんなことより、シンムは、いつの間にイヨちゃんと仲良くなったのかな? わたし、そこの所をきちんと聞いておかないと」

 にやにやとしながらカグヤは目線をシンムがイヨとつないだ手に当てていた。それに気付いたのか、シンムが手をイヨから離す。

 シンム「これは別に……そんなんじゃねぇ!」

 カグヤ「だったら、なんでかな? おねぇさんに説明してみなさい」

 シンム「何がおねぇさんだ! 気持ちわりぃ声色出しやがって!」

 カグヤ「なっ、気持ち悪いってどういう意味よ!」

 姉弟のそんな姿を見て、スクネは思わず鼻で笑った。隣ではタケヒコも声を出して笑っている。

 タケヒコ「世界が終わるかもしれない時に姉弟喧嘩ですか? これでは、わたしごときが、今まで御二人の喧嘩を止められないわけです。まいりましたね」

 スクネ「確かに対した度胸だな」

 さっきまで感じていた恐怖は完全に何処かへ消えた。いつまでもこのままでいたいという思いが、スクネの中で強くなる。

 だから、ひときしり笑って表情を引き締めた。

 スクネ「いっきに終わらせるぞ」

 タケヒコ「そのつもりです」

 同じく表情を引き締めたタケヒコの返事は快活だった。

 顔を上げてスクネの見上げる先には、白い大蛇が身体を渦のように巻き、咆哮を止め、こちらを睨むように目を向けていた。

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