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倭国神代記  作者: がばい
4章
46/53

七つ頭の大蛇1

 命令され、伊都国に向かっている現在も尚、タケヒコは戸惑っていた。かつてヤマトトと名乗っていた女性は、現在ヒミコと名乗っている女性は、シンムの母キサラギを殺し、カグヤの母サクヤを殺し、五百之御統之珠いおつのみすまるのたまの覚醒のためにコジロウを殺し、不繭国(ふまこく)を滅亡させ、伊都国を崩壊させた。そして先日、カグヤを暴走させて神を一時的に出現させ、ついには神を完全に降臨させた。どの事実を取っても、ヒミコを信用する理由は何一つなかったから。

 タケヒコ「おかしなものですね。つい先日までは彼女を、どこかで信じていましたのに。ヤマトト様を」

 この期に及んでは、戸惑ってなどいられないとはタケヒコも思う。それでも自嘲せざるにいられなかった。


 日が真上に来る頃に、タケヒコは目的の場所までたどり着いた。目的の場所、伊都国の祭壇には、ヒミコとセイガの二人が立ち並び待っていた。

 塩土の翁「遅かったじゃねぇか、タケヒコ」

 タケヒコ「今度は土偶ではありませんか?」

 塩土の翁「残念ながら本物だ。最も、本物の方が、無敵の土偶と違って弱そうだけどよ」

 豪快に笑いながらセイガは言った。よく見知ったセイガその人だった。

 タケヒコ「わたしに何の用事があるのです。すみませんが戦いを所望でしたら、この後に用事が詰まっていますので、一瞬で終わらせていただきます」

 はったりだった。天之羽張(あまのはばしり)を持ってきていない以上、勝ち目はない。戦えば負ける。それも無駄に時間を行使した後に。

 首を横に振り、ヒミコがタケヒコの言葉を否定する。

 ヒミコ「そうではない。それにタケヒコと翁が本気で戦えば一瞬で終わるとしたら、両者相打ち位しかあるまい。それは望みではなかろう」

 タケヒコ「でしたら、何の用事があるのです」

 睨みつけながら、タケヒコはわざと威嚇するような強い口調で言った。更に殺意を放つが、ヒミコの表情はまったく変わらない。頭を掻きながら面倒くさそうに、それでいてはっきりとした口調で、セイガが間に入って来る。

 塩土の翁「お互い時間がねぇ。駆け引きはなしだ」

 この雰囲気は、まるで時間を千年前に戻したようだった。初めてヤマトトに会った、あの日まで。感傷に浸る時間など存在しない。それでも、胸打つ哀愁を抑える事が、タケヒコには出来なかった。とはいえ、昔話に花を咲かせるはずもなく、ヒミコとセイガは頷き合い何かを確認していた。そして、ヒミコが力強く視線を合わせて来た。

 ヒミコ「目的を先に伝えておく。わたしは神を葬る」

 その言葉で、哀愁など一瞬で何処かに消え去った。代わりに、予想などまったくしていなかった言葉を聞いて混乱する。あまりに矛盾しているヒミコの言葉。正直、ヒミコは本当におかしくなったのでないかとすら、タケヒコは疑った。だから、落ち着くための時間が欲しいとも思った。だが、そんな時間などありはしない。

 頭を駆け巡る疑念を、そのままタケヒコは口に出した。

 タケヒコ「神を殺す? 降臨させたあなたがですか? しかも、不死の存在を?」

 ヒミコ「神は不死ではない。その証拠に千年前、セイガとスクナの二人が殺している」

 タケヒコ「わたしはその時のことを詳しく知りませんが……結局はあなたが、わざわざ、再び、降臨させたのでしょう。仮に再び倒せても、いずれまた降臨するだけでしょう?」

 言い方が嫌みったらしすぎたかともタケヒコは思う。だが、言葉を選べるほどには、タケヒコは冷静さを取り戻せないでいた。

 表情を変えず、ヒミコは否定すらせず、答えた。

 ヒミコ「その通り。だが神は不死ではない。タケヒコの言う不死なら、四魂も全員が不死の存在」

 塩土の翁「そうだ、何せ、おれ達も記憶を継承して転生するからな」

 横からあいづちを打ったセイガを横目で見ながら、タケヒコは言われてみれば、その通りだと思う。それでも釈然とはしない。

 言葉をヒミコは続ける。

ヒミコ「翁の言う通りです。神にとって肉体の死など、死に値しない。それが原因で不死と感じるだけです」

タケヒコ「確かにあなたの言う通りです。では、どうする気なのです」

ヒミコ「神の魂を消滅させる。そうせねば、どちらにせよこの世界に未来はない」

タケヒコ「簡単に言いますね。魂の消滅など、どうや……」

 出そうになった言葉を途中でタケヒコは呑み込んだ。魂を直接攻撃する方法は存在しない。しかし、消滅させる方法は存在した。忘れていた。それは忌むべき方法だったから。その忌むべき方法を、タケヒコはあまりの皮肉に顔を歪めながら口にした。

 タケヒコ「神を魂魄強化(こんぱくきょうか)する気ですか……」

 ヒミコ「そう」セイガ「そうだ」

 同時に、ヒミコとセイガの二人が頷く。魂魄強化(こんぱくきょうか)された魂は、通常を遥かに超える力を肉体に与える。そして、魂が燃え尽きる前に死ねなければ、文字通り燃え尽きて消滅してしまう。

 確かに、それならとタケヒコは思う。同時に、本当に可能なのかと疑問も浮かぶ。それを見通された様に、ヒミコは続きを語り始めた。

 ヒミコ「無論、それも簡単ではない。神は魂魄強化(こんぱくきょうか)の存在に気付き、恐れている。故に、それだけは絶対にさせないだろう。そして、仮に成功しても、何らかの形で肉体の死を選ぶだろう」

 タケヒコ「それでしたらどうやって」

 ヒミコ「神から一時的に知性を奪い、神から理性を奪い、更に神の奇跡を断つ」

 タケヒコ「そんなこと、どうやってすると言うのです!」

 話の途中にもかかわらず、タケヒコは思わず声色を上げた魂魄強化(こんぱくきょうか)は名案だとは思った。だけど、その後に言った事は不可能どころか、絵空事にしか聞こえなかったから。

 そんなタケヒコの疑念を掻き消そうとしたのか、ヒミコは語頭を強めてから言葉を続けた。

 ヒミコ「だから、ヤマタノオロチを持って来るように要望した。あれが何か、忘れた訳ではなかろう」

 タケヒコ「あなたが生み出した、最悪の妖鬼を封じている呪です。その開放には八人の魂を人柱として封じ込めねばいけません。まさか……神をヤマタノオロチの人柱にする気ですか!」

 ただただ、タケヒコは驚愕していた。目の前のヒミコは、かつてのヤマトトは、千年前に天人と戦うために自らが使うために生み出した魂魄強化(こんぱくきょうか)を、ヤマタノオロチを、神に対して使うと言っているのだから。そして、もしそれが可能ならばと、思ってしまったから。

 力強い眼をヒミコが向けている。その眼の奥にあるものを、ヒミコは語り続ける。

 ヒミコ「それ以外に知性を奪う方法は、現状無い。タケヒコ、ヤマタノオロチは持って来ておるか?」

 懐からタケヒコは呪を取りした。その呪には「八岐大」と文字が書かれていた。

 呪を見たヒミコの表情が心なしか僅かの間だけ緩んだ。

 ヒミコ「現在六人の魂、幸運とは、このことだな」

 タケヒコ「一人は神として……残り一人は誰にする気です」

 無言でセイガが片手を上げる。瞬きにも見える程の一瞬だけ、ヒミコが目を閉じる。わずかな静寂が三人を包み込む。

 静寂を破ったヒミコの言葉の語頭は、心なしか、わずかに弱かった。

 ヒミコ「一人は神、そして残り七人の魂は、未来を信じ、魂を預けてくれた者達。未来をないがしろにする神と、はたして同居できるだろうか?」

 無言でタケヒコはヒミコの目を見つめる。どちらにしろ、あの神が一つの身体に同居する事など許すはずがないと思いながら。

 ヒミコ「その通り。恐らく矛盾に耐え切れずに暴走するだろう。それで理性を失う。知性は最初からヤマタノオロチにはない」

 そう言い切ったヒミコの表情には、自信も確信も見られない。むしろ、自らに言い聞かせているようですらあった。それの意味する所をタケヒコは想像したからこそ、問いを次に移した。

 タケヒコ「神の奇跡を断つと言いましたね。それはどういう意味ですか?」

 ヒミコ「そのままの意味。神が奇跡を行使しようとしたら、それを都牟刈之太刀(つむがりのたち)で断つ」

 タケヒコ「神の奇跡をですか?」

 都牟刈之太刀(つむがりのたち)の力の事は、タケヒコも亡きジョウコウより聞いていた。炎であろうと、特殊な力であろうとも斬る事の出来る剣。あのタマモの矢すらも斬った。それでも、神の奇跡を斬れる保証など、何処にもない。それなのに、ヒミコの目は先程と違い自信に溢れている。何ゆえの自信か分からないタケヒコは、疑いの眼差しをヒミコに向ける。

 疑いの眼差しを向けたタケヒコに、ヒミコはあいづちで返して来た。

 ヒミコ「その疑念は当然であろう。しかし、その疑念は無用」

 横を向き、ヒミコとセイガが目で合図し合う。

 ヒミコ「幻惑を解く。現在の本来の姿を見るが良い」

 ぼやけながらヒミコの姿が回りの景色に溶けるように消える。ぼやけたヒミコの姿が消えると、次第に別の姿が露わになっていく。現われた姿にタケヒコは驚愕した。

 紫色の大きな瞳、紫色の髪、丸みを帯びた顔の形は、タケヒコのよく見知った者。その姿はカグヤと瓜二つ。ただし、一つだけ大きな違いがあった。顔の半分が、干からびた様に醜くしおれていた。

 その姿を見たタケヒコの口から、言葉が漏れる。

 タケヒコ「その姿は……」

 ヒミコ「千年前の神の器。千年前のカグヤ。千年前、この身体に眠る記憶を手に入れるために、魂をヤマトトの身体からカグヤの身体へと移した」

 タケヒコ「千年前のカグヤ様の身体」

 ヒミコ「神を葬るために必要な知識は、この身体のおかげで得る事が出来た」

 姿が変わったヒミコの答えを聞きながらも、脳が明晰に動かず、タケヒコは動揺から簡単に抜け出せずにいる。それでも、ヒミコの言葉はすんなりと聞けるようになっていた。信じるか、信じないのかどうかですら、考えられなかったために。聞いているというよりも、耳から入って来ただけかもしれなかったが。

 ヒミコ「あの剣は、都牟刈之太刀(つむがりのたち)は、ありとあらゆる力を対消滅させる。そのために、この身体に流れていた血で神の力を与えた。そのために、神の力を付加させた天之羽々斬(あまのはばきり)の刃を使って貰った」

 タケヒコ「その顔は、もしやその際に?」

 その問いにヒミコは何も答えず、言葉を続ける。

 ヒミコ「もう一つの質問だが、「神をなぜ降臨させたか」の答えだが……そうせねば、この身体に今一度神を呼び戻すことが出来なかった。天之岩戸(あまのいわど)がすでに開いているこの身体で、直接降臨の儀を行っても、神を降臨させるのは不可能だったのでな」

 タケヒコ「降臨の儀?」

 あいづちをセイガが打つ。語り終えたヒミコが祭壇の中央に移動して、降臨の儀のために用意された場所に座す。その間に出来たわずかな時間が、タケヒコをわずかながら冷静にする。

 自らが座すべき位置に移動したセイガが、真布津鏡(まふつかがみ)に類似した鏡を取り出した。その鏡もまた、タケヒコがよく知った鏡。

 タケヒコ「日像鏡(ひがたのかがみ)。やはり、あなたが回収していらしたのですか」

 ヒミコ「今から、塩土の翁と二人で降臨の儀を行ってほしい。そのために来て貰った」

 祭壇の中央に座したヒミコが頭を下げた。その姿をタケヒコは直視出来ず、すでに予想が出来ている質問をした。

 タケヒコ「降臨の儀を行ったら何が起こると言うのです。そもそも、日像鏡(ひがたかがみ)の覚醒と五百之御統之珠いおつのみすまるのたまの覚醒はどうするのです」

 言葉で答えない代わりに、セイガは日像鏡(ひがたかがみ)を持つ手とは違う方の手の平の上に、渦状に巻いてある天露之糸(あまつゆのいと)を乗せる。

 それをタケヒコは目で確認すると、ヒミコから赤紫色に染まった五百之御統之珠いとつのみすまるのたまを手渡された。

 タケヒコ「五百之御統之珠いおつのみすまるのたま? いったい、どうやって」

 ヒミコ「言えぬ。言えばタケヒコには決して、許せぬだろう。今そうなられては、正直こまる」

 答える際、ヒミコは僅かに間を置いた。おそらく目を付けていた高貴な心を持つ誰かを殺し、何処かで多くの人々を殺した。そうでなければ、五百之御統之珠いおつのみすまるのたまは覚醒などしていないはずだったから。そして、タケヒコは今それを聞いたとしても、怒り以外の感情がおそらく沸かず、その感情をヒミコにぶつけたとしても、現状は何もかわらない。

 僅かの間にタケヒコはそれだけ考え、結論を下して答えた。

 タケヒコ「わかりました。セイ……塩土の翁に一応確認して置きますが、日像鏡(ひがたかがみ)にあなたの天露之糸(あまつゆのいと)を捧げるのですね」

 塩土の翁「そのつもりだ。他に捧げられる神宝はねぇ」

 すでに準備にセイガは入っていた。

 タケヒコ「もう一つ、ヒミコ。あなたは神が降臨したらどうなるのです?」

 ヒミコ「管理者は黄泉に旅立つのみ」

 無表情でヒミコは言った。他人事のように。

 それ以上は何も言わず、タケヒコはヒミコと塩土の翁に一回ずつ頷いて見せた。

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