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倭国神代記  作者: がばい
4章
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罪人の想い2

 狗奴国軍が少しずつ妖鬼の群れを押し込んでいく。その姿は壁が動いているようであった。壁は少しでも綻びれば、次の瞬間には修復されていた。妖鬼の群れは壁の前に成すすべを持たず、後退して行く。

 シンム「すげぇ。これが親父の作りだした軍」

 完全に予想外だったが、シンムは戦いが始まってから何もしていない。当初は自ら戦いに加わろうと思っていたが、ショウセンに止められたため、加わらずに壁の後ろで常に行動していた。

 ショウセン「この分でしたら勝利は時間の問題ですかな? しかし、噂に聞く邪馬台国の妖鬼が、これほど弱いとは……」

 片目のショウセンがつぶやいた時だった。その時、壁の一角が崩れた。否、正確には崩れたのでなく燃やされた。妖鬼の一部が、手から炎を放ち始めたために。

 シンム「何が起こったんだ! 妖鬼があんな攻撃するなんて、おれ知らねぇ」

 動揺するシンムを余所に、ショウセンは落ち着いていた。その姿はまるで、予想外の事が起こる方が自然だとでも言いたげだった。

 ショウセン「簡単には、さすがに参りませんでしたな。ですが、これからが本番」

 大斧を持った一団が、壁に開いた穴の方に向かって行く。

 マサノリ「わし等の出番だ。遠慮はいらん、突っ込め。今日は大量じゃあ、がははは」

 大笑いするマサノリとその部下達が、妖鬼の群れに大斧を振り回しながら突撃して行った。傷つき、火傷を負ってもマサノリ達は気にするそぶりすら見せず、妖鬼達を倒して回る。

 シンム「あれが伯父さん?」

 妖鬼を大斧で殴り倒して回るマサノリを見て、シンムは感嘆気味につぶやいた。

 ショウセン「マサノリ殿は陣形が崩れた時に、その原因を取り除き、再び建て直す時間を稼ぐのが仕事の一つでしてな」

 表情がいつも通りのショウセンから、シンムは説明された。

 大笑いしながら大斧を振り回すマサノリ達が奮闘する間に、ショウセンの言葉通り壁は修復された。修復した壁の部隊はハルモチが指揮していた。

 そして、再び壁となった兵士達の盾には、呪が埋め込まれていた。

 シンム「あの盾は?」

 ショウセン「邪馬台国との戦いに備えて作った、対鬼用の盾です。炎だろうと、氷だろうと防げますぞ」

 特にすると事もなく、シンムはショウセンと話していた。

 壁が修復された事に気付いたマサノリが、残念そうに壁の内側に戻る。再び、炎が壁に襲い掛かるが、壁は燃やされない。壁は前進を再開して、炎を放つ妖鬼達も押し潰していく。戦いは圧倒的に狗奴国軍が優勢だった。他にも妖鬼はつららを放ったり、かまいたちを使ったりして来たが、その都度ハルモチの部隊がそれを防ぎ、仮に壁が壊れても、マサノリが修復の時間を稼ぐ。勝利は時間の問題に思われた。

 しかし、たった一匹、たった一人の存在が、状況を一変させる。

 タマモ「壊す イヨ 壊す 身体 欲しい」

 妖鬼の群れの中に一匹だけ、角を生やした妖鬼が埋もれていた。それはタマモの魂を宿した妖鬼。その妖鬼が辛うじて声とわかる声を出しながら、壁の前に立った。壁はその存在を気にもせず、押し潰しにかかる。


 角を生やした妖鬼の爪が一瞬にして数十人の命を奪い取り、壁は瓦解した。

 タマモ「醜い 身体 醜い イヨ 何処」

 妖鬼の群れが、角を生やした妖鬼が瓦解させた壁の中に入り込む。角を生やした妖鬼はその場を動かず、きょろきょろとして何かを探し回っているようだった。やがて、何かを探しあてたのか、角を生やした妖鬼は狗奴国の兵を無視して動き出した。

 戦いは一瞬で混戦と化した。最早、陣形は崩れ、壁は跡形も無く崩壊していた。

 襲い掛かって来る妖鬼をシンムは斬りながら、横で同じ様に戦っているショウセンに聞いた。

 シンム「こうなったらどうすればいいんだ? このまま戦うのか?」

 ショウセン「わしが再び兵を一箇所に集結させます。ただし、どうしても時間が掛かるかと思われますので、シンム様には、そのための時間稼ぎを、心苦しいながらお願いしたいのですが」

 シンム「わかった。何人か連れて行くぜ」

 ショウセン「お願いいたします」

 混戦を抜け出して、最早、壁とは言えない兵士達の前にシンムは躍り出た、そして、混戦に参加しようと前進を続ける妖鬼の群れの前に立ち塞がる。

 シンム「ここから先には行かせねぇ」

 都牟刈之太刀(つむがりのたち)を振り回し、妖鬼の前進を拒む。さすがに全部は拒みきれない、それでも一心不乱に、シンムは剣を振り回し続けた。



 呪の輝きが消える。天之羽張(あまのはばしり)で発動させた呪は、ヒミコが、ヤマトトが用意した転生呪。

 怒りの表情を見せながら、神が爪をスクネから抜くと、蹴り飛ばして、吐きすてるように怒声を浴びせる。

 神「何をした。管理者の魂を、余と供に同居させるとは、汚らわしい。それがどれ程、愚かな行為だと思っておる!」

 正直、スクネにも何をしたのかよく分かっていなかった。頭部に埋め込まれている呪の事を、タケヒコから聞きはしたが、それが何かまでは分からなかったから。それが、神の「管理者の魂」という言葉で、スクネには何をしたか理解出来た。

 仰向けに倒れ込んだスクネは、神の呼ぶ所の管理者の名を口にした。

 スクネ「元々、カグヤの身体だ」

 転生呪は神の器として、神の身体となったカグヤの身体に再び、カグヤの魂を宿した。四魂や神と同様に、過去の記憶を失わないままに。

 神「違うな。余の芸術品を管理していただけの魂。勘違いも、はなはだしい」

 スクネ「カグヤはどうしている」

 両腕と両足が思う様に動かず、スクネは立つ事が出来ない。出来るのは、すぐ近くにいるカグヤの姿を見るだけ。

 草原の様だった緑色の髪は、いまだ紫色のまま。大きな瞳もいまだ右目は紫色のままだった。それでも一か所だけ、左目だけが緑色の澄んだ瞳に戻っていた。

 神「管理者など、すぐに消し去る。少し待っておれ」

 消すと言っている神が何をするのか分からない。ゆえに、止めようにも、何も出来ない。そのもどかしさがスクネの心を覆う。



 目を覚ますとカグヤの目の前にはスクネがいて、自らの爪がスクネの左腕に突き刺さっていた。訳の分からない現実。更には、鮮明に思い出される過去。間違いなく今まで記憶になかった過去。狗奴国でジョウコウを自らが殺した事。かつて伊都国を壊滅させた事。更に不繭国(ふまこく)壊滅の原因を作った事。それらの過去がカグヤの胸を締め付ける。

 そして、今もスクネを殺そうとしている。

 カグヤ「スクネを、わたしがなんで殺そうと……誰か、助けてよ。わたし、自分で何をしているのかもわからないよ」

 自らの口は思う様に動かず、カグヤの言葉は声にならない。

 神「消えろ。おまえは、存在意義を失っている。苦しみたくなければ、消えろ。目障り以外の何者でもない」

 わずらわしそうに神が語りかけて来た。

 カグヤ「あなた誰?」

 神「余はこの芸術品の本来の所有者である。管理者にすぎぬおまえは、余の邪魔にしかならぬ、消えろ」

 カグヤ「わたしが消える?」

 あまりにも唐突に、あまりにも突然に、色々な事を突き付けられて、カグヤにはどうしたらいいのか分からない。

 そんなカグヤをあざ笑うかの様に、神は続ける。

 神「意味がわからぬなら、そこで見ていろ」

 そう言い放つと、神はカグヤの身体を使ってスクネの右腕を黒い爪で貫いた。左腕と同様に、スクネの右腕が黒く濁る。

 神「四魂スクネ、命令である。声高々に呻き声を上げよ。それで消滅だけは許してやる」

 口が勝手に動いてスクネを苦しめている。自由に動く左目が見たのは、睨み返して来るスクネの目。思わずカグヤは目を背けた。

 神「これが、四魂スクネの、おまえに対する現在の気持ちだ。これ以上恨まれたくなければ、消えろ」

 カグヤ「スクネがわたしを……恨んでる?」

 思いたくもない、考えたくもない言葉を、カグヤは聞かされた。聞きたくなくて耳を塞ごうにも、塞げない。手も、足も、自由に動かない。それも当然、神は魂だけの自分に直接語りかけて来ているのだから。

 神「分からないのなら、続けるだけ。次は右足」

 動けないスクネの右足をカグヤの爪が貫く。右足が黒く濁る。痛みを堪える為に、スクネは歯を食いしばっている。

 神「声を出さぬのは、さすが四魂スクネ。次は左足だ」

 カグヤ「消えるから……わたしが消えるからやめてよ」

 相変わらず口は自由に動かない。それでもカグヤは心から叫んだ。もうこれ以上、スクネを自分が傷つけたくないから。

 カグヤ「わたしどうしたらいいの?」

 神「簡単なことだ。心から念じればよい。その証拠に、すでに消えかかっておる」

 魂だけのカグヤは消えかかっていた。緑色に戻っていた左目も、次第に紫色に変化し始めている。

 カグヤ「スクネをこれ以上傷つけないで……これ以上恨まれることはしないで」

 泣きたかった。実際に泣いていた。ただ涙だけが、カグヤの思いを裏切っていた。

 神「早く、消えろ。目障りだ」

 そう言って、神がスクネの左足を貫いた。消えかかる中、カグヤは唯一動く左目で、恐る恐るスクネを見た。最期にもう一度だけ見たかったから。

 ついさっきまでと違い、スクネは微笑んでいた。かつて、伊都国で何度も見た夢の中のスクナと言う人物と同じように。

 スクネ「何をすればカグヤを、おれは助けられるのか分からない。まして、両手両足が動かなくなったいまは尚更だ。だから聞いてくれ、愚かな男の言葉を」

 耳が、カグヤの思い通り聞き取っているのかは分からない。それでも、カグヤには確かにスクネの言葉が聞こえる。

 スクネ「カグヤ、おれはかつて、おまえを襲った。それを無かったことにするため、罪を重ねた。そんなおれを、おまえは最後に救ってくれた。そして転生後も、偶然とはいえ、弟であるシンムを殺しに行った先でおまえに会った」

 カグヤ「やめて……わたしは恨んでなんかないから」

 言葉は声にはならない。伝えたいのに、最期なのに、自分の体なのに、思う様に動いてくれないから。

 笑みを浮かべるスクネの言葉は続く。

 スクネ「おれは……それらすべてから逃れる為に、スクナを他人だと思い込み、罪の記憶から逃げ、すべてをスクナに(なす)り付けていた」

 カグヤ「スクネが悪いわけじゃないよ」

 抱き締めたかった。消えたくないと心からカグヤは思った。それでも消えなければ、スクネを自分が苦しめる。

 スクネ「千年もかかって、セイガの言葉もやっと理解出来た。それでも……」

 カグヤ「スクネ」

 見ているだけしかカグヤには出来ない。それが辛く、せつない。

 スクネ「おれは千年経っても、どうやら変わらないらしい。消えるなカグヤ……好きだ」

 カグヤ「わたしも……」

 ほんの一瞬でもいい、身体を自由にして欲しいとカグヤは思った。その思いなど神の言葉にかき消される。

 神「くだらぬ茶番など、いいかげん止めろ」

 爪がスクネの心臓目がけて伸び始める。

 消えたくないと思った事を、カグヤは後悔する。だから、それだけは止めて欲しい。すぐ消えるから、スクネを殺すのだけは止めて欲しいと思った。

 その時だった。奇跡の光がカグヤを包み込む。その光は、伊都国で降臨の儀の際に発せられた光だった。


 自由になった身体でカグヤは駆け寄って、思いっきりスクネの身体を抱きしめた。涙を流しながらも、口元は微笑んでみせた。

髪の色は大平原を連想させるような鮮やかな緑色に戻り、その大きな瞳は上質の宝石のように、緑色に輝いていた。

 抱きしめたスクネの両腕、両足がすでに腐れかかっている。治癒するが治らない。

 抱きしめたスクネも微笑む。

 スクネ「カグヤか」

 カグヤ「ありがとう、スクネ。でも、出来ればもっと他の時に、さっきの言葉を言って欲しかったよ」

 スクネ「そうか、すまなかった」

 カグヤ「もういいよ。きみだとひょっとしたら、ずっと、言わなかったかもしれないし」

 スクネ「そうだな」

 目に涙を溜めながら、カグヤは出来得る限り明るく話した。

 身動き一つ取れないスクネが聞いて来た。

 スクネ「神は何処へ行った?」

 カグヤ「帰ったよ。千年前のわたしの身体に」

 スクネ「そうか……奴にはすべての仮を返したいが、この身体では無理か」

 そう言いながらもスクネは戦うだろう。でも出来ればこれ以上はと、カグヤは思う。

 カグヤ「スクネは十分戦ったよ。後は、わたしとタケヒコが何とかするよ」

 スクネ「おまえが戦えるのか?」

 カグヤ「神の力が少しだけど使えるみたい。でも、スクネの両腕と両足はこれ以上悪化させないのが精一杯で、治せないよ」

 無言でスクネが微笑む。そして、抱きしめたスクネの身体の筋肉に緊張が奔る。おそらく立ち上がろうとしている。そうさせまいとカグヤも抱きしめる腕に力を入れた。

 カグヤ「お願いだから任せてよ。スクネはゆっくりと……」

 そこまで言いかけて、カグヤは言葉を続けるのを止めた。目の前に黒髪の美しい女性が現れたために。

そして、その女性は一言だけ言って消えた。

 ヤマトト「あなた達の力が、今すぐ必要です」

 その女性が消えると同時に、辺りは白い光で包まれた。

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