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倭国神代記  作者: がばい
4章
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届かぬ手

 狂喜乱舞しながら、タマモが大空を縦横無人に飛び回っている。

 タマモ「後は大量の血だけ。それなら、すぐにでも手に入れられる。高貴な者の血とはよく言ったものね。高貴さなら、これ以上ないでしょう。なにせ、神の血なら」

 神器として力を解放した五百之統之珠いおつのみすまるのたまは、全ての力を失い、元の姿に戻る。勾玉は青紫色に輝き、管玉は純白色で、それを結ぶ紐は浅黒い。しかし、現在タマモの手にしている五百之統之珠いおつのみすまるのたまの勾玉は、赤紫色に輝いていた。

 タマモ「スクネの血を受けて反応した時に、もしやと思ったのだけど。ふふふ、これさえあれば」

 大量の血を得るために、タマモの目指す場所は邪馬一国。途中何かに当たったような気もしたが、気にもならなかった。嬉しい、ただそれだけがタマモの感情を支配していた。そんなタマモが急に表情を引き締める。

 邪馬一国の上空で待っていた人物が、殺気をみなぎらせていたために。

 塩土の翁「やはりここに来たな、タマモ」

 タマモ「どうやって、帰って来たのか知らないけれど……土偶じゃないみたいね、セイガ」

 待ち構えていたのは、傷だらけのスクネに似た男。四魂の一人ツクヨ セイガ。

 塩土の翁「その名の奴は、この世界が必要ねぇだとよ。おれは塩土の翁、それ以外じゃねぇんだ」

 タマモ「いいわ、なら聞きましょう、塩土の翁に。わたしに何か用かしら?」

 嬉しさを押し殺し、タマモはいつもの様に冷静さを取り戻す。そして、恐らく近くに潜んでいるのであろうヒミコを探す。二人がかりで堂々と来られたのなら、ヒミコなどものの数に入らないが、不意打ちならそういう訳にいかないから。

 土偶に宿っていた時と違い、セイガはかつてのような態度で接して来た。昔から好きになれなかった、馴れ馴れしい態度で。

 塩土の翁「五百之統之珠いおつのみすまるのたまを渡しな。おれ達も必要でな」

 タマモ「断ったら、どうする気かしら?」

 塩土の翁「最初っから、そのつもりだろうが」

 相変わらず人を馬鹿にしているかのように、頭を掻きながらセイガは睨みつけて来た。この仕草も、タマモは嫌いだった。

 タマモ「ふふふ。この国といっしょに、殺してあげる」

 塩土の翁「神との戦いで、傷ついたその身体で、おれと戦えるのか?」

 タマモ「殺した後に、その答えを教えてあげるわ」

 天之羽々矢(あまのはばや)を次々にセイガへ向かってタマモは放つ。矢は全て網状になった天露之糸(あまつゆのいと)によって遮られる。全ては想定内。必要なのはセイガの意識を天之羽々矢(あまのはばや)へ集中させる事。切り札で、確実に仕留める為に。

 塩土の翁「あれと戦って傷ついた直後だ。おまえに勝ち目はねぇ。よこしな」

 タマモ「そうかしら?」

 塩土の翁「言っとくが、五百之御統之珠いおつのみすまるのたまを矢には使わせねぇ」

 図星だった。だから、この男は嫌いだった。昔から、昔から、何もかも自分から奪っていく。そして、今も奪おうとしている。

 だから、生まれて初めて奇跡にタマモはすがった。

 タマモ「わたしの願い、ここで失うわけにはいかないのよ! 五百之御統之珠いおつのみすまるのたま、少しでいいから、わたしを強くしなさい」

 奇跡が起こる。五百之御統之珠いおつのみすまるのたまがわずかに輝く。

 最大の勝機を得て、タマモは嘲笑する。

 タマモ「神器の力がわずかでも使える以上、勝ち目が無くなったのはあなたかしら、塩土の翁さん」

 塩土の翁「わりぃが、今のおまえには……それでも不可能だ」

 タマモ「ふふふ。強がりかしら?」

 塩土の翁「それも違うな。タマモ、わりぃが、おまえには最初から勝ち目がねぇんだ。恨むなよ」

 タマモ「寝言を!」

 叫びと共に、タマモは天詔琴(あまのりごと)天之羽々矢(あまのはばや)をつがえた。五百之御統之珠いおつのみすまるのたまが紫色に輝く。その光景に絶望したのかセイガが目を閉じ、口元を動かす。

 タマモ「死ぬ覚悟みたいね。いいわ、一瞬で殺してあげる」

 塩土の翁「おまえ程の奴が、冷静さを失いすぎたな。それだけ嬉しかったんだな」

 かつて、タマモに取っての世界はタケヒコの側だけだった。振り向いて貰えなかったが、それでも良かった。でも、それを失った。あのヤマトトとか言う女と、目の前のセイガによって。だから、全てを戻す。あの頃に。

 五百之御統之珠いおつのみすまるのたまで強化した必殺の矢を、タマモは放とうとしたが、身体がいう事を聞かない。いつの間にか、天露之糸(あまつゆのいと)の針が背中に刺さっていた。

 目の前にセイガが迫る。そして、本当にすまなさそうに言った。

 塩土の翁「わりぃな、おまえのために祈っていた。死んでくれ」

 タマモ「一体いつの間に刺したの……」

 塩土の翁「おまえが喜んで、飛び回っている間にな」

 胸元に掛けていた飛行呪が天露之糸(あまつゆのいと)で貫かれる。飛行呪が砕け、身体が落下を始める。そして、意識が次第に朦朧として行く。地上が近づいていることを背中で感じるが、何も出来ない。そんな時、突然、何者かが手を伸ばしてくれた。

 手を伸ばしてくれたのは、夢にまで見たタケヒコだった。

 タケヒコ「タマモ」

 タマモ「タケヒコ、もう少しで手が届き……」

 最期の力を振り絞って、タマモは手を伸ばし、タケヒコの手を掴もうとした。しかし、伸ばした手から逃げる様に、タケヒコの姿が消える。眼から涙が一滴落ち、タマモの意識はそこで完全に途絶えた。



 冥福を祈りながら、タマモの落ちて行った辺りをセイガは見つめる。隣にはヒミコが寄り添っていた。

 塩土の翁「本当にやるのか?」

 ヒミコ「他に方法があるのなら……よいのですけれど」

 塩土の翁「おまえが治めて来た国なんだろ、この邪馬一国は」

 ヒミコ「その通りです。そして、滅びる日を迎えました」

 塩土の翁「わかった。タマモの葬送には丁度いいだろ」

 天露之糸(あまつゆのいと)をなびかせながらセイガは降りていった。わずかな沈黙の後、国中のいたる所で泣き声が上がる。そして、最期には国中から全ての声が消えていった。

 悪夢の様な仕事を終え、セイガはヒミコの元へ戻ると、五百之御統之珠いおつのみすまるのたまを見せて頷いた。

 一部始終を見ていたヒミコが呪を懐から取り出す。爆炎呪が邪馬一国を跡形も無く消し去った。

 塩土の翁「少しだけ休むか?」

 表情に変化はない。それでもセイガにはわかる。いつもの表情の下でヤマトトの心が、今にも崩れ落ちそうなほどに辛くて、泣き叫んでいる事を。

 ヒミコ「わたしが休むなど、絶対に許されません。仮に、誰かが許してくれたとしても……わたし自身が絶対に許しません!」

 塩土の翁「なら無理を押し通せよ。いっきに最期まで行くぞ」

 ヒミコ「お願いします。貴方様にも迷惑かけます」

 塩土の翁「おれはいい。おまえがいなければ、この世界に戻って来れなかっただろうし……おまえがいなければ、戻って来ても仕方なかった」

 ヒミコ「その言葉だけでわたしは十分です。行きましょう、伊都国へ。奇跡を起こしに」

 二人は寄り添いながら空を飛び、伊都国へと向かった。

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