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倭国神代記  作者: がばい
3章
41/53

奇跡の女性

 実際には、千年前の記憶を呼び起こしていた時間は瞬きするほどの一瞬でしかなかった。しかし、スクネにはたった今、すべてが起こっているように感じられた。今この時間に、カグヤによって逃されたようにスクネは感じていた。それゆえに、溢れそうになる涙によって、頭がわずかながら混乱を来たしていた。混乱を鎮めるため、スクネは頭を振る。そして、現状をあらためて把握すべく目線を動かす。

 すぐにカグヤを見つけたが、それだけなら何も理解出来なかったかもしれない。しかし、タケヒコを見つけ、タマモを見つけた。二人共、青白く光る身体と、白黒に染められた身体に分かれていた。

 スクネ「白黒の身体は理解不能だが……青白いのは魂か」

 頭が混乱から完全に回復して、活発に動き始める。自らの身体を確認する。予想通り青白く光っていた。

 スク「さっきの記憶と同じ様に、魂だけの状態にされたのか……」

 それで完全に今の状況を理解する。状況が分かれば、行動に移るのみ。おそらく神と化しているのであろう、カグヤの背中をスクネは凝視する。

 スクネ「ならば、取る行動は一つだけ」

 千年前と同じ様に、スクネは魂を肉体に戻そうとしたが、元に戻らない。丁度その時、スクネに気付いたらしい神が、背中越しに語りかけて来た。

 神「気付いたか四魂スクネ。よい、見ておくが良い。天地創造の瞬間を」

 高揚しているのか、弾む様に言った神の両手が光り始める。そして、両手の上にあった(あし)の芽と、ひも状の物体が引き合い始めた。

 それを阻止せねばならないとスクネは思いながらも、身体が自由に動かない。

 スクネ「止めろ!」

 叫んだ。身体が思う様に動かず、肉体に戻れないスクネに出来る事はそれだけだった。最早、どうにもならないであろうと言う諦めさえ、その叫びにはあった。

 だが、奇跡は起った。


 爪を突き刺されて負傷したイスズの肩に、自らの衣服のすそを破って応急手当てを終えると、イヨは立ちあがり、カグヤの胸倉を、神の胸倉を掴んだ。

 イヨ「カグヤさん、なぜイスズちゃんを攻撃したんですか!」

 驚愕の表情を浮かべる神の両手から、(あし)の芽とひも状の物質が消え、世界が色を取り戻し、元の姿に戻る。

 神「世界の時間を、事象を、全て止めたはず。芸術品、汝はなぜ動け……」

 そこまで言って、神が今までに見せた事のない怒りの表情を見せる。同時に起こった衝撃波を受け、身体中に奔る激しい痛みと共に、イヨは弾き飛ばされた。

神「さては、この世界の物ではないな! なぜあるかは聞かぬ、壊れろ、粗悪品!」

 怒れる神は、イヨを串刺しにすべく両手の爪を伸ばした。死を覚悟して眼を閉じるイヨ。

 イスズ「あぶないですぅ、イヨちゃん」

 声を聞いてイヨは眼を開いた。そこに広がっていた光景は、イヨを助ける為に割り込んで来たイスズの胸を、神の爪が串刺しにしていた。

 イヨ「イスズちゃん?」

 怖々とイヨはイスズに近づき、抱きしめる。抱きしめた手が血の色で真っ赤に染まる。

 苦虫を潰した表情を神は見せながら、指先をイヨに向ける。

 神「塵が、失敗作ごときが、余の邪魔をしおって。今度は外さぬ」

 倒れたイスズを抱きしめながら、イヨは神をにらみ付けた。それが更に気に障ったようで、神は眉間にしわを寄せる。

 神「気にくわぬ眼を向けおって、神を前にしたら、おびえた眼を見せ、そのまま壊れろ!」

 激昂する神の爪がイヨ目指して伸び始める。しかし、神の爪は今度もイヨの身体まで到達しなかった。



 指を動かしスクネは身体の感覚を確かめる。矢を受けた肩に痛みが奔るが、他には何も異常が無い。

 スクネ「あとの問題はおまえの存在だけだ、神」

 戦うべき敵を、スクネは睨みつける。その敵は、一人では勝ち目などありえない敵。まして、丸腰ならなおさら。だから、少しでも勝率を上げるべく、否、勝つ可能性を作り出すために、スクネは声を掛けた。

 スクネ「タケヒコ、タマモ、早く起きろ。こいつを排除する。それが……おそらくカグヤの望みだ」

 その時だった。激昂する神の爪がイヨ目指して伸び始めたのは。

 阻止すべく駆けるスクネに、タケヒコが天之壽矛(あまのじゅぼこ)を投げる。受け取ると同時に、、スクネは爪を斬り落とした。

 スクネ「これ以上、おまえの好きにはさせない」

 顔に手を当てて、神は狂ったかのように笑いだす。そして、笑いが止まると、冷めた眼をしながら大声を上げた。

 神「もうよい、消えろ!」

 右手を前に出し、手首を垂らしながら神が空高く舞い上がって行く。上空高くで制止すると、神の全身が赤い光を放ち始め、赤い光は五本の指先に収束していった。

 神「神の怒りに触れた事を悔やみながら、消滅せよ!」

 五本の指先から赤い色の光が線となって放たれた。五本の線は、途中で一本となり、スクネに襲いかかる。それをスクネは避けようと思ったが、背後にいるイヨに気付き、受ける方を選ぶ。恐らく受け切れないだろうことを、スクネは感じながら矛を構えた。

 タケヒコ「させません」

 赤い色の光が、スクネの頭上で止まる。火花がスクネの頭上で散っている。よく見ると、タケヒコが投げた天之羽々斬(あまのはばきり)の刃が、消滅と引き換えに赤い光を受けていた。

 神「そちまで余の邪魔をするか、四魂タケヒコ!」

 冷めた視線を、神がタケヒコにも向ける。

 タケヒコ「あなたの味方になった覚えも、臣になった覚えもありません!」

 神「好きにせよ。余に歯向かう者すべて消滅させるまで」

 右手をスクネに向けたまま、今度は左手を神はタケヒコに向ける。再び赤い光が全身を包む。

 タマモ「そう、良かったわ。わたしには歯向かう気なんか、最初からなかったのだし。わたしは、あなたをひざまずかせたいだけ!」

 いつの間にか神の背後まで跳躍していたタマモが、至近距離から矢を放つ。

 神「愚かな。余に、四魂タマモの矢ごときが通用するわけなかろう」

 赤い光を中断させて、神は手で矢を払いのけようとする。

 タマモ「天之羽々矢(あまのはばや)が通用するとは、思ってないわ」

 笑みを浮かべるタマモ。矢は払いのけようとする神の手を貫き、神の胸を貫いた。矢は五百之御統之珠いおつのみすまるのたまだった。

 致命傷のはずだった。なのに、神は倒れるどころか、動揺すら見せず、冷酷に言い放った。

 神「だから、愚かと言ったのだ」

 矢に貫かれた神の手が、胸が、再生する。再生を終えると、神はタマモの背後に転移した。そして、赤い光が全身から放たれ始める。

 神「四魂タマモ、そちも消えよ」

 スクネ「おまえがな」タケヒコ「あなたが消えなさい」

 赤い光を全身から放つ神に向かって、スクネとタケヒコは同時に襲いかかった。瞬速の動きで二人は神を斬り刻む。だが、そのたびに神は再生する。かつて、カグヤが小魚を治癒したのと同等かつ圧倒的に上回る力で。

 天之羽々斬(あまのはばきり)の刃を消滅させた赤い光が放たれるのは時間の問題だった。だが、幸いにも赤い光は収束する。

 神「無駄に力を使いすぎた。四魂、しばし命を堪能するがよい。余はすぐにそち達を消しに戻ってまいる」

 そう言って神はその場から消えた。


 地上に着地したスクネとタケヒコの二人は、神の消えた空を見上げていた。

 スクネ「あれに勝てるのか」

 タケヒコ「勝つのは不可能です」

 その言葉の意味を、スクネは理解している。それでも聞き返した。

 スクネ「なぜ、そう思う」

 タケヒコ「あなたも分かっていられる通り、仮に器を壊しても、未来でわたし達の誰かが降臨させるだけです。あれは、その日までのわずかな間の眠りに入るだけですから。ですから、わたし達に出来る事は……」

 スクネ「それまで神を眠らせる事だけか」

 見上げた空をスクネは見つめる。最早、空には誰もいない。

 スクネ「タマモは何処へ行った」

 タケヒコ「そう言えば、さっきまでいたはずですが……」

 いつの間にかタマモも消えていた。本気で探そうかともスクネは考えたが、イヨの声が聞こえたためにそれを止めた。

 地面が真っ赤に染まっていた。介抱するイヨの全身も真っ赤に染まっていた。

 イヨ「しっかりして、イスズちゃん。すぐに治るから」

 涙を流しながら、イヨは横に寝かしたイスズの手当てをしている。最早、助かりようがない傷をイスズは負っていた。

 口元を緩ませ、イスズが無理に笑顔を作りながら言った。

 イスズ「ヤマタノオロチを貸して欲しいですぅ。早くしないと、イスズちゃん死んでしまいますぅ」

 イヨ「大丈夫だから、ぜったいに助けるから。だから……一人にしないで、イスズちゃん」

 ぼろぼろと落ちる涙が、イスズの流す血と混ざりながら、大地に流れて行く。

 かすれる声でイスズは言った。

 イスズ「イヨちゃん、お願いですぅ。イスズちゃん、ミケヌさんといっしょに、イヨちゃんを……」

 その言葉に、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているイヨは答えない。代わりに左手をタケヒコに差し出す。差し出された左手に、タケヒコはヤマタノオロチを手渡した。

 そして、イスズはヤマタノオロチの光と供に、微笑みながら目を閉じた。

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