鬼と妖鬼3
崩れ落ちた瓦礫が山を作り、無くなった天上から日の光が入る。
スクネ「さっきの謝罪代わりだ」
カグヤ「助けてくれたの? ありがとう」
スクネ「カグヤ、死にたくなければおれから離れるな。敵は空から狙っている」
天からカグヤを隠すように手を広げて、スクネは天を睨みつける。
カグヤ「うん、わかった。離れなかったらいいんだよね。そのかわりきちんと守ってよ」
天から脅威が降りて来る。美しい白銀の髪に、艶やかな眼、くっきりとした眼鼻立ち、妖艶な美しさを持つ女性。その妖艶な姿に、空気すら凍りつくかのような寒気がスクネの肌を冷やす。降りて来たのはアメノ タマモ。一体一で戦っても勝てるかどうかは運頼みになる相手。まして、今はカグヤを守りながら戦うしかない。
そして、その勝算が皆無に等しい事が頭を駆け巡る。
天を浮遊する脅威が笑みを浮かべる。
タマモ「ふふふ。さすがスクネ。でも、あなたにはもっと活躍して信用してもらわないと困るのよ。わたしの為に」
轟音を聞いて駆けつけたのだろう、兵士が数人やって来た。その中の指揮官と思われる兵士が口を開く。
兵士「カグヤ様、お怪我はございませんか。ないのでしたら、早くこの場をお離れください。この者はわたし達におまかせください」
号令と共に、兵士達が剣を突き付けるがスクネは気にも留めない。目を、全身を、脅威に対してだけ集中させる。
あからさまにスクネに敵意を見せている兵士達を、カグヤが言葉で制止する。
カグヤ「この人はきっとだいじょうぶだよ。敵じゃない。わたしをさっき助けてくれたし、守ってくれるって」
兵士「ですが……その者は王を暗殺に来た者と聞いております。とても味方とは思えませんが……」
カグヤ「わたしがだいじょうぶと言ったらだいじょうぶなの! いい?わかった? だから、わたしのことよりも自分の身を守る事に専念して」
スクネ「カグヤ、くだらない会話はやめろ。今は戦いに、タマモに集中しろ。そうしなければ、一人残らず死ぬことになる」
耳に入って来た不毛としか思えない会話に、スクネはいらつきを覚え、口を挟んだ。それでも目と意識は、タマモから決して逸らさない。否、カグヤを守る以上、それ以外の事を気にしている余裕など、スクネにはなかった。
タマモ「ふふふ。姫様は正義の味方さんの言うとおり、おとなしく隠れていなさい。でも……周りに散らかっている失敗作は、別に今のままでもかまわないわよ。面倒だからさっさと壊れてくれた方が、わたしも楽でいいわ」
余裕の笑みを見せるタマモの言葉一つ一つが、スクネの全神経を刺激する。必然的に、矛を握る手に力が入る。
タマモ「ふふふ。本気でわたしと戦う気かしら、スクネ? そういえば、あなたとは戦う機会、千年前もあまりなかったかしら」
スクネ「そのために攻撃して来たのだろう」
タマモ「あたり。さすがスクネ、失敗作と違って賢いから、話が早くて助かるわ」
言葉と共に弓をタマモが構える。
カグヤ「あの人、矢を持ってないよ。さっきので、きっと撃ちつくしたんだよ」
背中にタマモが背負った空の箙を見たカグヤが言った。その言葉に、タマモも、スクネも耳を貸さず、場の緊張は最高潮に達する。
タマモ「一にして百なるもの天之羽々矢」
スクネ「全員ふせていろ」
空の箙からタマモが矢を取りだす。その矢を即座に射って来る。次の瞬間、一本しかなかったはずの矢が百本に増加して、天から降り注ぐ。逃げ場のないほどの矢が雨となって降り注ぐ。
冷静にスクネはそれに対処する。
スクネ「零にして無に等しきもの天之壽矛」
そう呟くとスクネは、天之壽矛と銘付けられた矛を頭上で回転させる。矛の軌道は円となり、その円は盾となり、降り注ぐ矢を防ぎ続ける。
百本の矢全てを、スクネは一歩も動かずに叩き落した。
カグヤ「なんで、矛の間合いに入ってもいない矢まで落とせたの? あの人、矢を生み出したの?」
当然の疑問をカグヤが口にする。その問いにスクネは答えない。否、正確にはそんな余裕がない。すでに次の攻撃の準備に入っているタマモに備えるために。
タマモ「ふふふ。天之壽矛の能力を使ってまで守るわけね。今ので本当は、回りに散らかっている失敗作を壊すつもりだったのだけど……少しだけ予定がかわったみたい」
弓につがえた矢をタマモが引き絞る。第二射に備えてスクネも身構える。
その時、女の声が響き渡った。声の主はヒミコ。巫女が使い得る精神感応の力を使い、ヒミコは脳へ直接語りかけていた。
しかし、その強力の力ゆえに、その声の美しさゆえに、スクネ達には空間全体が響いているように聞こえた。
ヒミコ「タマモ、ナガスネがタケヒコに敗れた。気付かれる前に連れ帰って来てほしい」
タマモ「ふふふ。面白い冗談ね! わたしにあんな物を持って帰れと? あなたもあんな物にもう用はないでしょう?」
ヒミコ「それはそなたの考える事でない。あの者にもまだ役はある。それに……今はまだ知られたくない」
タマモ「わたしに命令でもする気かしら? でも……あなたの気持ちも理解してあげる。いいわ、そのかわり、これは貸しにしとくけれどいいのかしら?」
ヒミコ「かまわぬ」
二人の会話の間隙をスクネは探したが見つからず、結局、タマモに手を出せなかった。
カグヤ「誰と精神感応の力で話しているのか知らないけど、そんなところに、いつまでもいないで降りてきなさいよ! さっきみたいに矢を降らせてくる気! だとしても無駄なんだから!」
天を浮遊するタマモに、大声でカグヤは言った。
タマモ「ふふふ。なにもできないお姫様が言う事でもないわね。あなたには悲劇の女主人公になってもらっても問題ないのだけれども……こちらも用事が出来たから、今日は見逃してあげる。感謝なさい」
弓につがえた矢を消すと、タマモは再び空高く舞い上がり始めた。それを見たカグヤが叫ぶ。
カグヤ「そうやって逃げるんでしょうけど、逃がさないんだから! スクネ、おねがい!」
スクネ「去るのなら、攻撃する理由がない」
タマモ「だそうよ? スクネ、また会いましょう。お姫様も、生きていたら会いましょう」
そう言い残してタマモは去っていく。一応、タマモに意識を残しつつも、スクネは矛を消すと、適当に座れる場所を探した。
悔しがって地団太をカグヤが踏む。
カグヤ「なんか頭にくるよ。なにが「お姫様も生きていたらまた会いましょう」だよ……って、あの人が行った方向シンム達の所だよ! スクネ、追うよ!」
何かに気付いたカグヤが、タマモの去った方向を指差しながら大声を出した。
スクネ「なぜ追う必要がある。少なくとも、今はおれたちにこれ以上は害を加えない。だから、ヒミコはあからさまに聞こえるように精神感応の力を……」
座るのに丁度好さそうな瓦礫をスクネは見つけた。
カグヤ「いいから一緒に来るの!。いい?わかった?。わかったなら行くよ」
スクネ「あ、ああ……」
瓦礫の上に座ろうと、腰を下ろしかけていたスクネの左手をカグヤが掴んだ。そして、スクネは強引に引っ張られ、言葉の勢いに呑まれて仕方なく共に向かった。
轟音が轟いて以降、カグヤを助けに行こうとシンムは躍起になっていた。なのに、ナガスネが街への方向を塞ぎ通れない。あせりの色だけが、シンムの心に広がっていく。
シンム「邪魔だ……どいてくれ! 姉貴のところに行かせてくれ!」
強引に通ろうとして無防備になったシンムを、ナガスネの棍棒が狙う。間一髪のところで、タケヒコに飛びつかれて回避した。
タケヒコ「シンム様、落ち着いてください。カグヤ様はだいじょうぶです。ですから、この場をなんとかしましょう」
起き上がり、シンムは再び強引に行こうとして、タケヒコに手を掴まれて制止させられる。
シンム「何でそんな事がわかるんだ! タケヒコ、いくらおまえでも適当なこと言って」
タケヒコ「心配いりません! 考えあってのことです。ですから、このナガスネを一刻も早く何とかしましょう」
掴まれた手をシンムは強引に引き剥がす。そして、大声で祈るような気持ちでシンムは言う。
シンム「タケヒコ、本当だな? 信じるからな! 嘘だったら、ぜってぇ許さないからな!」
目の前のナガスネを睨みつける。早く蹴りを付けるために。
タケヒコ「ええ……だいじょうぶです。カグヤ様はおそらく無事です。タマモが何を考えてあの様な行動に出たのかは分かりかねますが……スクネに敵対行為を取りましたから」
シンム「なんか言ったか?」
背後でタケヒコが「ええ」の後に、小声で何か言ったようにあったが、ナガスネが丁度吼えたのもあって、シンムにはよく聞こえなかった。
ナガスネ「チカラガ チカラガ うぉぉぉぉぉーーー」
シンム「さっきから同じ言ばっかり言いやがって。今黙らせてやるから、覚悟しやがれ!」
勢いよく威勢を張ってみたものの、シンムには実際どうやったらいいのか戦い方がわからない。迷っているとナガスネが棍棒を振り回す。それをシンムは受けて吹き飛ばされる。模写のような光景が繰り返されていた。
シンム「でさ、どうやったらこんな化け物……倒せんだ?」
タケヒコ「鬼の能力を封じてしまうのが一番いいのですが、ここまで強化されると、それもまた大変ですね。そうなると、こちらも鬼の能力を使えるといいのですが……使える人がいないですから」
何かつぶやきながら考え事を始めるタケヒコを見て、シンムは自らの行動を決める。そして、時間を稼ぐために、ナガスネへ跳びかかって行く。
少し経ってから、タケヒコが考え事を止め、眼で合図して来た。
シンム「何か考え付いたか? このでかぶつを何とかする方法」
タケヒコ「ええ、だいじょうぶです。ナガスネの動きをわたしが止めます。その間にシンム様が封印呪の首輪を掛けて下さい。鬼の能力さえ封じてしまえば、どうとでもなりますから」
信じられない位、タケヒコは簡単に言った。手が付けられないほどの強さを見せる、ナガスネの動きを止めると。
シンム「「止めますので」って……こんな化け物みたいなやつ、止めれんのか?」
タケヒコ「それは問題ありません。どうやら身体を硬くしただけのようですので、動きを止める位なら可能です」
内心で「本当かよ」と思いつつも、シンムはその言葉を信じる。
シンム「なら、任せるからな? おれも今度はきちんと首輪を掛けてやる。さっさと姉貴の所に行くんだ!」
タケヒコ「ええ。まかせて下さい。この位なら……本気は必要ありませんから」
僅かにタケヒコが殺気を放ち始める。その殺気に呼応してナガスネが咆哮する。
ナガスネ「チカラガ チカラガ うぉぉぉぉぉーーー」
その間に、シンムは封の字が書かれている呪の首輪を握り締めて、タケヒコとナガスネの戦いに巻き込まれないようにわずかに距離をおいた。
タケヒコ「では、あなたには申し訳ないのですが、少しだけ本気にならせて貰います。ですから、先にあなたに謝っておきます、すみません」
殺気を放ちながら頭を下げるタケヒコ。馬鹿にされたと思ったのだろう、咆哮しながら、ナガスネがタケヒコの頭上目掛けて棍棒を振り下ろす。横に動いてタケヒコがその一撃を避けたために、棍棒が地面を叩き、大きな音が打ち鳴らされる。そして、タケヒコが小金丸と銘づけられた剣を一閃するとナガスネの腕に傷が入る。傷は浅い。棍棒を払うべく、振りかぶったナガスネの眉間を、タケヒコが蹴飛ばす。その反動で後ろに飛び退く。そして、咆哮と共に、タケヒコの着地点に目掛けてナガスネが突進する。着地と同時に剣を地に突きたてると、タケヒコは突進して来たナガスネの両手を掴み、腹部を蹴り上げ、(巴投げで)投げ飛ばした。
投げ飛ばされたナガスネが、今度は自らの身体で地面を打ち鳴らす。
タケヒコ「今です、シンム様! 首に封印呪を掛けて下さい」
シンム「タケヒコ! あとはまかせろ」
立ち上がろうとするナガスネの首に、シンムは背後から近づいて封印呪を掛ける。直後、頭突きを胸に喰らい、シンムは飛ばされた。
呪の力で、ナガスネの強化が解けていく。
ナガスネ「ナクナル チカラガ ナクナル オデカラ」
シンム「よっしゃあ。これで、だれが馬鹿か決定したも同じだぜ。やっぱ、おれじゃなくてこいつだった」
もがくナガスネを見ながら、シンムはそう口にした。
タケヒコ「シンム様、まだその様な事を気になされていたのですか」
シンム「うるせぇ。おれにとっては重要な問題だ!」
呆れ気味につぶやいたタケヒコの言葉に、シンムは本心からそう反応した。それを聞いたタケヒコが顔に手を当てて、何か小声でつぶやく。
タケヒコ「あとから、改めてお話しする必要がありそうですね。ですが、とりあえずこの戦いに決着を付けてしまいましょう」
封印呪の首輪をはずそうとして、もがくナガスネに近づくと、タケヒコが目を閉じ、頭を下げる。そして、タケヒコから表情が消える。
剣を振りかざし、タケヒコが止めの一撃を振り下ろそうとした瞬間、一本の矢が飛んで来た。剣はそれを弾くために振り下ろされる。
タマモ「はずれ、残念ね。わたしはそんな物に興味ないのだけど……ヒミコが連れて帰れと言うから、タケヒコの思い通りにはさせられないの。ごめんなさいね」
天に悠々と浮かびながらタマモはそう言った。そのタマモをタケヒコが睨みつける。あきらかにナガスネに放った以上の殺気を放ちながら。
タケヒコ「タマモ、やはり先程の轟音はあなたでしたか。それにしても、なぜあなたは彼女の側に付いているのです?」
タマモ「ふふふ。あなたにその質問をする権利があると思って? 裏切り者の、あなたに」
余裕なのか、それとも馬鹿にしているのか、浮遊するタマモは横になる。それも手が届く程の高さまで降りて来て。
タケヒコ「権利の問題ではありません。彼女とあなたの方が、そもそも敵どうしだったはずですが?」
タマモ「まだ聞いて来るの? まぁいいわ。それならまた今度お話しましょう。お茶でも飲みながら、ゆっくりと」
タケヒコ「なぜわたしがあなたとお茶を飲む必要があるのです?」
不毛な会話をするタマモは楽しげだった。
シンム「タケヒコ、何を話してんだ?。あいつ敵だろ?。だったらさっさと倒しちまおうぜ!」
剣の切っ先を浮遊するタマモに向ける。その態度にも、その口調にも、シンムは無性に腹が立った。
タケヒコ「シンム様! 今すぐ出来る限り遠くに、皆さんと離れてください! この場は、わたしが何とかいたしますから」
帰って来たタケヒコの返答には、明らかに動揺の色があり、その表情には今日まで見たことない程の焦りの色があった。
タマモ「怖い怖い。無知な坊やは本当に怖いわ。本当に怖いから今すぐ壊してもいいのだけれど……特別に壊さないで上げる。だから、わたし達の会話に口出ししないことね」
シンム「坊やって、おれのことかよ! いいぜ!そんな簡単におれを殺せるならやってみやがれ!」
頭にきて、シンムは怒声を上げた。
タマモ「坊やは本当に死にたいようね? でもいいわ、特別に許してあげる。だって今日から始まったのだから。ふふふ。いきなり配役を一人減らしてもつまらないでしょう? 脇役としてあなたも舞台に上がってくるのだから」
余裕の笑みをタマモが浮かべている。
タケヒコ「シンム様、お願いですからこの場を離れてください」
願う様に、祈るようにタケヒコは言う。それがシンムには余計に腹が立った。少し位は自分よりも強いかもしれないが、何とかしてみせると強く思う。
シンム「何が始まったって言うんだ! 訳のわからねぇ事ばっか言ってねぇで、かかってきやがれ!」
威勢よくシンムは言った。いつ攻撃して来ても対処できる様に構えながら、こちらからいつでも仕掛けられる様に構えながら。
タマモ「ふふふ。もちろん、あなたのようなお馬鹿さんにはわからないでしょうとも、坊や」
シンム「馬鹿だと! てめぇ、今の言葉、訂正させてやる!」
剣を強く握りしめ、シンムは飛び掛かろうとして止めた。遠くから走ってくる者が目に入る。だから、中断して大声で叫ぶ。
シンム「姉貴! こっちに来んじゃねぇ!」
横目でタマモも、その者達に目をやる。
タマモ「ふふふ。時間切れみたいね。最期に無駄な失敗作と口を聞いたのは余計だけれど、有意義な時間だったわ。タケヒコ、また会いましょう」
軽い荷物を持つように大男のナガスネを片手で簡単に持ち上げると、タマモは天高く浮遊を開始した。
悠々と浮かぶタマモを包囲して、円になっていたヤカモチ達に、タマモを逃さないためにシンムは指示する。
シンム「逃がすか!。ヤカモチ、矢を浴びせてやれ!」
ヤカモチ「了解しました。総員……」
弓兵たちが矢をつがえて、浮上するタマモに一斉に向ける
タケヒコ「いけません、ヤカモチさん」
血相を変えながらタケヒコは制止した。その制止が聞こえたのか、弓兵達が攻撃を止める。
シンム「なぜだ! この場で、あいつ倒してしまおうぜ!」
制止された意味がわからず、シンムは食って掛かった。
苦しげにタケヒコが答える。顔色を信じられない程に青くしながら、はっきりとしない口調で。
タケヒコ「無理ですシンム様。あの高さでは届きません。それに……」
弱弱しく「それに」と言った後、タケヒコは何も言わない。ただタマモの消えた天を見上げたまま、立ち尽くしていた。