悲しき兄弟2
毎日、スクナは必死にカグヤの看病を続けた。兄のセイガには心配の必要はないと言われていたが、一向に目を覚ます気配はなかった。看病をしながら思い出すのはいつも同じ日だった。
その日、スクナは一人で森の奥にうずくまっていた。気が沈み、人の気配に、いつのまにか後ろに立っていたカグヤに、スクナは気付かなかった。
カグヤ「こんな所に一人でどうしたの?」
スクナ「カグヤ……なんでもない。ただ、ここにいたいだけ」
カグヤ「そっか、ならわたしもここにいるね」
そう言ってからカグヤは隣に腰を下ろした。そうして何も語らず、ただ側にいた。
二人でそうしていたら、いつしか日が沈み、星が空を照らし始めた。夜空に広がる満遍の星を指差しながらカグヤが沈黙を破る。
カグヤ「空を見てみて。お星様がいっぱいだよ」
スクナ「星? それがどうしたって……」
気が沈んだままのスクナには星など、どうでもよかった。そんなスクナに元気な声は語り続ける。
カグヤ「ヤマトト様から聞いたんだけどね。嫌なことがあった時に、うつむくなら下でなくて上を向いてうつむきなさいって」
スクナ「上を?」
上を向くと、星空が一面に広がっていた。だからといって、気が沈んでいるスクネには何の感傷も沸かない。それでも、カグヤの声は確かに心に響いていた。
カグヤ「そうだよ。まぁ、ヤマトト様も他の人の受け売りらしいけどね」
スクナ「上を向いてうつむけと、言った人の名前は聞いた?」
カグヤ「確か、クメだっけ? 違う名前だったような……よく覚えてないよ」
スクナ「そうか……なら、いいや」
それからしばらく二人で空を見上げていた。そうしていると、スクナは気が滅入っていたのが次第にどうでもよくなって、重かった口が自然と語り出した。
スクナ「今日失敗して、兄さんに助けられたんだ」
カグヤ「うん、それでどうしたの」
スクナ「昔から、おれが何か失敗しても、兄さんが後で何とかしてくれた。このままそれが続くのかな」
カグヤ「だとしたら、それはそれでいいと思うよ。そのかわりに、スクナはスクナで出来ることがあったら、それでセイガを手伝ったらいいだけだよ」
スクナ「おれの出来ること?」
カグヤ「そう、結局なんだかんだ言っても、別人なんだし。それでおあいこだよ」
確かにカグヤはおれと兄さんを別人と言ってくれた。そして、何よりもおれをおれとして見てくれたのが、嬉しかった。
結局、一年近く経ってからカグヤは目を覚ました。そして、カグヤから遠ざけられた。それは、兄さんと身体を共有しているのが問題だと思っていた。兄さんはヤマトトさんに心引かれていたから、と。
それを遂に、スクナはセイガにぶつけてしまった。
スクナ「なんでなんだ!」
セイガ「他の女だったら問題ねぇ。そのとき、おれが邪魔なら消えてもいい。だが、絶対にカグヤはだめだ」
血相を変えて兄さんは言った。今は、身体をスクナが主として使っている、だから本当は血相など存在しない。それでもスクナには表情を一変させているのが、手に取る様によくわかった。
スクナ「なんでさ。兄さんはヤマトト様が好きなんだろ。だったら、おれだって……」
セイガ「おまえに嘘はつかねぇ。確かに、ヤマトトのことを、そう思ってるかも知れねぇ。色事ぐらいおまえの自由にさせてぇが……カグヤはだめだ」
スクナ「なんでさ、なんでおれだけ。この身体がおれだけの物だったらよかったのに」
セイガ「そうかもな。だが、それは関係ねぇ」
そう振り絞る様につぶやいたセイガの声色は、同じ身体でなければ聞こえないほど、弱弱しかった。
同じ相談を、スクナはタケヒコにもしたが、答えは同じだった。だから、兄さんが眠っているときに、スクナは他の誰にも見つからないように注意しながら、カグヤと会うようにした。
ある日、スクナは募る思いを愚かな行為と共に、カグヤにぶつけた。それが絶望への幕開け。それが罪の始まりとなった。
スクナ「なんでさ! おれが一人じゃないからか?」
カグヤ「ちがうよ……でも、だめだよ」
スクナ「何が違うって言うのさ!」
力づくでカグヤを押し倒し、スクナは衣服に手を掛けた。はげしくカグヤは抵抗して来たが、四魂であるスクナにとって、抑えるのは簡単だった。
スクナ「カグヤだって、おれのことを好きなんだろ!」
カグヤ「好きだよ……でも、だめだよ」
涙を溜めているが、スクナは止めない。
スクナ「好きなら……」
力を込めてカグヤの衣服を千切り取った。次の瞬間、スクナの頬に痛みが奔る。
いつの間にか、ヤマトトが目の前に立っていた。
ヤマトト「スクナ、あなたは何をしているのです!」
スクナ「ヤマトト……」
怒るヤマトトの顔を見て、スクナはその場から逃げ出した。行く当てもなく、出来得る限り遠くへと逃げ出した。
逃げ出した先でタマモに出会った。
タマモ「スクナの方かしら? ふふふ、血相変えてどうかしたのかしら?」
スクナ「おまえには関係ないだろ!」
一瞬、頭に血が上り、むしゃくしゃしてタマモに当たった。そして、すぐに頭が冷める。冷めると辛くなって逃避行に戻ろうとした。
タマモ「確かに、わたしには関係ないでしょうけれど……何かあったのなら、力でも、知恵でも、好きな方を貸してあげるわよ」
その一言でスクナは足を止めた。
タマモ「真布津鏡」
耳元でタマモがささやく。そのささやきはあまりにも甘美で、耳を放せなくなる。頭が「聞くな」と叫んでいるにもかかわらず。
スクナ「神器で何を?」
タマモ「嫌なことがあったのなら、真布津鏡でなかった事にすればいいの。もし、それでも不十分なら……神にすがるしかないわね。わたし達の主に」
スクナ「でも、真布津鏡を覚醒させるには、先に五百之御統之珠を……」
タマモ「その心配はいらないわ。あなたが高貴なる者の血を手に入れたら、わたしが覚醒させてあげる」
スクナ「そんな人、どこに? まさか!」
優しいほほ笑みを浮かべた黒髪の女性が頭に思い浮かぶ。彼女なら、兄さんが惹かれたあの人なら、その資格は十分だから。
タマモ「ヤマトト……と言いたいけれど、あなたには無理でしょう? だから別の人、名前はクメ。別名シンムとも言われているらしいわ」
スクナ「クメ。別名シンム」
その名をスクナは心の中で反芻した。一度、何処かで聞いた名の気がするが、思い出せない。
タマモ「赤の他人すら無理かしら? だったら、嫌われ者として、生き続ける気かしら?」
スクナ「嫌われたまま……カグヤに?」
その言葉が決定的だった。良心は一瞬で消え去り、ありえないはずの未来を想像した。そのためには、全てが許される気がした。
愚か以外の何ものでもない考えだった。
スクナ「その人は今どこに?」
一通り聞き出してから、スクナは眠りに付いた。再び目を覚ますと、目の前に「話がある」と書かれた、兄さんからの手紙があった。それを破り捨てる。
スクナ「どうせ何も無かった事にするんだ。にぃさんに説教される必要もない」
そして、タマモから聞いた人物のいる場所へとスクナは向かった。
立ち尽くす、スクナの目の前には血まみれの遺体が転がっている。その遺体はクメと呼ばれた男。最早、この場には何もする事は無いはずなのに、一歩も動けない。ただ、何かが崩れ落ちたような気がした。誰かに肩を叩かれた。肩を叩いた者を反射的に串刺しにする。我を取り戻した時には、数人の死体で周辺は真っ赤に染まっていた。
人を殺したのは初めてでは無いはずなのに、スクナは泣きたくなった。それでも、なぜか泣けない。だから、スクナはその場を逃げるように去った。
スクナ「何も無かったんだ。おれは何もしていないんだ。そうなる、すぐにそうなるんだ」
逃げながら、スクナは自分に言い聞かせ続けた。逃げついた先で、五百之御統之珠を渡すために、タマモを待った。
いくばくか経って、タマモはやって来た。そして、タマモが口にした言葉は、スクナを絶望させた。
タマモ「ふふふ。ありがとう、と言いたいけれども……まだ、終ってないみたい」
スクナ「終っていないって、高貴な者の血は手に入れて来ただろ!」
目の前のタマモに怒声を散らす。怒声如きで怯むはずなく、タマモは妖艶な笑みを浮かべる。
タマモ「その後にも、することがあるでしょう。忘れたのかしら?」
スクナ「それはおれがしなくても……」
もう一つの血。すなわち、大量の血を手に入れて来いとタマモは言っている。こんなに辛いスクナに、更に辛い事をして来いと言っている。
耳元でタマモがささやく。
タマモ「あいにくと……わたしには他に用事があるの。それとも、このままの状態にしておくかしら? わたしはそれでもいいわよ」
スクナ「このままの状態……」
タマモ「ふふふ。あなたの自由にしなさい」
笑いながらタマモは去っていった。五百之御統之珠を強く握り締め、スクナは今にも泣きそうな顔をしていた。
結局、スクナは人々を殺して血を手に入れた。殺した人々は、クメが居た場所の辺りに住み着いていた人々。女、子供関係なく、一人残らず殺した。そして、最後に辺り一体全てを燃やしつくした。燃え上がる炎を見ながら、スクナは自らに言い聞かせる。
スクナ「すべて燃えてしまえ。どうせ何もなかったんだ」
泣けない代わりにスクナは笑った。気が狂う程に辛い現実を忘れたいと思って、笑い続けた。
覚醒した五百之御統之珠をタマモに渡して、代わりに真布津鏡をスクナは受け取った。
そして、笑いながらタマモは言った。
タマモ「ふふふ。その神器でどうする気かしら? この世界すべての時間を戻せるわけではないのに?」
スクナ「真布津鏡の力では無理だって、騙したのか!」
天之壽矛を抜いた。怒りで我を失いかけていたスクナは、本気でタマモを殺す気だった。
タマモ「人聞きの悪い言い方ね。言ったはずよ、神器の力で無理なら、神にすがればいいと」
スクナ「神とかそんな奴、本当に存在しているわけないだろ!」
口元を歪めているタマモの首筋に、天之壽矛を突き付ける。
タマモ「だったら、わたしを殺して、ここで止めるかしら? 別に、わたしはそれでも構わないわよ」
その言葉を聞いてスクナは殺意がいっきに薄れた。ここで止めれば、罪だけが残るから。ここで止めれば、あの頃を取り戻せないから。
スクナ「本当に神が……」
タマモ「いるわ。器の存在も気に入らない場所で確認したし」
スクナ「神の器?」
タマモ「そう。それと、あなたにとって、いいことを教えてあげる。あなたの思い人は、あなたのしたことを忘れているはずよ。そう、何も無かったかのように」
スクナ「あれが無かったことに……」
あの事をカグヤが忘れているならと思い、スクナは少しだけ元気が出た。
タマモ「ふふふ。とりあえず帰りなさい。どうせ、すぐに会うことになるから」
聞いた事が事実か確かめるため、カグヤの所へと、スクナは恐る恐る向かった。確かに、タマモの言ったことは正しかった。
ただし、カグヤはスクナの行為を忘れた訳でなく、スクナそのものを忘れていた。
カグヤ「あなた誰?」
他人を見る様にカグヤは見ていた。その眼を見て、スクナは心が壊れそうになっていた。
スクナ「おれが誰だかわからないのか?」
カグヤ「誰だか知らないけど……近寄らないで!」
その時、あまりの絶望にスクナは逃げ出すことさえ出来ず、その場で気を失って倒れた。心は粉々に砕け散ってしまった。
その日から、スクナはまったく表に出なくなった。
目の前に広がる荒野。そこに残る大量の頭骸骨。それを見れば、誰がやったかセイガにも理解できる。こんな事を短時間で出来る者など、隣にいるタケヒコと自分を除けば二人しかいない。そして、頭蓋骨には明らかに矛で貫かれた跡がある。誰がやったか、答えは明白だった。
セイガ「だから、言ってんだろうが。おれもスクナが何をして、何を考えているのかわからねぇんだ。もう何日も会ってねぇし」
タケヒコ「ですが、この光景は間違いなく……」
セイガ「天之壽矛と、天露之糸で、暴れまわったんだろうな、スクナの奴が」
苦渋の表情をセイガは浮かべる。
タケヒコ「いったいなんのために?」
セイガ「知らねぇが……今回ばかりは、無理やりにでも聞きだすしかねぇな」
握りこぶしに力が入り、血が滴る。これをスクナがやった以上、自分にも責任がある。だから、場合によっては自分が責任を取る。そう決意しながら、セイガは帰路についた。
帰りながら、タケヒコがもう一つの問題についても話してきた。
タケヒコ「ヤマトト様に、カグヤ様のことを、いつまでただの記憶喪失で通す気ですか?」
セイガ「さあな。だがよ。「カグヤは、実は神になっている真っ最中です」とか、嘘くせぇ事実を話すのか?」
タケヒコ「さすがに神の器の話までは……」
セイガ「だろう? だから、この話はおれ達だけで解決するしかねぇだろ。そのために、いろいろ調べてんだからよ」
タケヒコ「ですが、神に関する情報は長老たちが隠している可能性が高いと」
セイガ「だろうな。あいつ等が何処にいるのか分かれば、無理やりにでも聞き出すのにな」
不毛だと、セイガも思わないでもない。すべての神に関する情報を隠している長老達に聞く以外に、本当に神の情報を得る事など出来るのだろうかとも、思わないでもない。
だが、刻は情報を得る時間を、セイガ達に与えてはくれなかった。
天人達が遂に本気となった。否、タマモが解き放たれた。五百之御統之珠を使い、天人達を率いたタマモの前では、人はあまりにも無力すぎた。
それでも、最後の希望を、人々はヤマトトに掛けた。
深夜、盗み出したヤマタノオロチを握り、セイガは人が認知しえぬ速度で移動する。移動するセイガは、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。あるいは、怒った顔をしていたのかもしれない。とにかく、その両方の感情が、セイガを染めていた。
その日の昼下がり、鬼、ヤマタノオロチ、魂魄強化の事をヤマトトから聞いた。どの話も、四魂であるセイガにとっても、驚愕に値する話だった。
セイガ「天人の力を、誰でも使えるようにする呪はいい。だが他のは、どうなんだ」
ヤマトト「鬼の印による力は、本人次第でいくらでも強化できます。それこそ、場合によっては呪とは比べ物にならないぐらいに」
セイガ「そのかわり、十代の子供が、それ以上の成長と、寿命のほとんどを犠牲にしてだろ」
ヤマトト「鬼の印は、大人では、刻んだ瞬間に死を迎えるでしょう。妖鬼は、人以外の鬼です」
そう言ったヤマトトに、意志の揺らぎは見られない。なぜか、セイガはその表情に寂しさを覚えつつ話を続ける。
セイガ「妖鬼も、それはそれで、意志を大事にするおまえらしくないがな。だが、それ以上に問題なのは残りの二つだろ」
ヤマトト「ヤマタノオロチは、八人の犠牲と引き換えに、最強の妖鬼を生み出します」
セイガ「魂を縛り付けんだろ? 黄泉にも行けなければ、転生も不可能だぜ?」
問いただすセイガに、ヤマトトは何も答えない。代わりに背を向ける。あの日、ヤマトトに会って以来、話しの途中で背を向けたのは初めてだった。
ヤマトト「……魂魄強化は」
セイガ「そいつは、いっさい薦めねぇな。いますぐ、知識ごと消し去った方がいい」
その言葉に、ヤマトトが一瞬だけ言葉を詰まらせているのがよくわかる。それでも、ヤマトトは言葉を続けた。
ヤマトト「魂の燃焼による強化……もし燃え尽きてしまったら……世界からの消滅」
セイガ「燃え尽きなくても、次の転生まで、時間がかかりすぎるだろ?」
ヤマトト「出来れば、使用したくありません」
セイガ「だったら、おれとタケヒコを本気で戦わせて貰えればいらねぇぜ?」
その言葉を、ヤマトトは振り返り、目と目を見据えながら、はっきりとした口調で否定する。
ヤマトト「それは止めておきましょう。それをすれば、この戦いそのものが意味を成さなくなります。あくまで天人には、人々が自ら挑まなければ」
セイガ「まぁいい。どちらにしろ、使うのは鬼までにしとけ。最後に苦しむのはヤマトト……おまえだぜ」
話を聞いて、セイガは少なくともヤマタノオロチと魂魄強化は使わせないつもりだった。だがヤマトトは、ヤマタノオロチを使う事を決心した。生贄の一人に、ヤマトト自らがなることによって。
それはセイガにとっての絶望を意味した。
セイガ「八人だろ。どうせ使うなら、敵から貰えばいいだろ」
だからセイガは駆ける。深夜、生贄に捧げる敵を捕らえるため。かつて、自らが所属していた天人のいる場所を目指して。
決戦の真っ只中、その時はやって来る。天人を率いるタマモによって、ヤマトト達、人の全滅は時間の問題だった。だから、すべてを掛けてヤマタノオロチが輝き出す。
しかし、それは希望などではなかった。
敵味方関係なく、真黒に染まった八つの頭を持った蛇は暴れ回った。
暴れ回るヤマタノオロチをヤマトトが辛そうに見つめている。
ヤマトト「あのヤマタノオロチはセイガ、貴方様が……」
セイガ「勝手にやった。だが、あんな化け物の制御なんか、どうせ出来なかっただろ」
ヤマトト「すべては、犠牲になった者達次第だったのです。力づく犠牲にさせられた者達では、あのようになるのは当然です」
責めるようでいて、それでいて悲しげな眼をヤマトトは向けた。その眼に耐えられず、セイガは目を逸らす。
セイガ「おれは……おまえに死んでほしくなかった」
ヤマトト「好意は受け取ります。ですけど、わたし自身が犠牲にならずに、他の方に頼むことなど出来ません」
セイガ「分かってる。だから、勝手にやった!」
本心だった。他の誰が死んでもセイガは気にしなかったかもしれない。だが、ヤマトトだけは違った。
悲しげな眼を向けながら、ヤマトトはそれ以上問い正さず、代わりに口にした。
ヤマトト「……ヤマタノオロチを、あの人達を、解放してあげて下さい」
セイガ「ああ。おれの責任だからな」
暴れ回るヤマタノオロチを、セイガは睨みつける。自分の責任を取るために、四魂として本気で戦う事を決意する。
苦労の末、タケヒコと共闘して、セイガはヤマタノオロチを倒した。
戦いはヤマタノオロチによって、人と天人の双方に多大な犠牲を出しながらも、遂に最終局面を迎えた。消耗したセイガとタケヒコを絶望へと誘う紫色の輝きが、空から舞い降りてきた。
最初、その光に気付いたのはヤマトトだった。
ヤマトト「あの光はいったい」
セイガ「光? 何の光のこと言ってんだ?」
きょとんとしながらヤマトトが指差した方向に、セイガは目を向ける。確かに、紫色の光が輝きを強くしながら、降りて来ていた。
それは絶望の光だった。
セイガ「五百之御統之珠をタマモの奴が使ったのか」
少し離れていた所で、ヤマタノオロチとの戦いで重傷を負い、横になっていたタケヒコが立ち上がる。
タケヒコ「セイガ、あの光は五百之御統之珠の……タマモがついに神器を持ち出して」
セイガ「休んでいろ……とは言えねぇな。よりにもよって、こんな時に」
疲れている身体に鞭打って、天之壽矛をセイガは構える。
肩で息をしながら立ち上がったタケヒコがヤマトトに滲みよる。
タケヒコ「ヤマトト様、一刻も早くこの場を立ち去ってください」
ヤマトト「出来ません。かつて、同じ様な会話をした記憶もありますが……わたしだけ、この場を立ち去るような事は出来ません」
タケヒコ「力ずくでも、今回ばかりは従わせて貰います」
いつになく強くヤマトトに迫っている。現状を考えれば、タケヒコの行動は当然のはずだった。それでもセイガは、不思議とそれがいまいましかった。ゆえに、次の言葉は反射的に出てしまった。
セイガ「なら、いいんじゃねぇか。今更どうにもならねぇことには違いねぇし、本人に逃げる気がねぇんだからしかたねぇだろ」
タケヒコ「セイガ、正気ですか? 神器の力を知らないあなたでもないでしょうに」
血相を変えてタケヒコは反論して来た。頭ではその反論を肯定しながらも、セイガの口はそれを大きく裏切る。
セイガ「うるせぇ。なるようにしかならねぇ」
その後の事はよく覚えていない。気付いた時には、牢獄に捕らえられていた。