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倭国神代記  作者: がばい
3章
37/53

降臨2

 祭壇の中央に座すカグヤに濃い紫色の光が吸い込まれていく。否、正確には、そう見える様に収束を始める。

 最早、手遅れになりつつある状況を理解して、タケヒコは刺さった天露之糸(あまつゆのいと)の針を抜き、天之羽張(あまのはばしり)を祭壇目掛けて投げつけるべく振り上げた。

 タケヒコ「させません!」

 右手を振り上げたタケヒコの耳元に、ヒミコがそっとささやいた。

 ヒミコ「もう遅い、神は降臨する。スクネが正気を取り戻したなら、二人で協力して、カグヤの右脳に植え込んでいる紫色の呪を狙え。天之羽張(あまのはばしり)なら身体を傷一つつけずに出来るであろう。その後のことは、イヨに呪を持たせている」

 タケヒコ「ヤマトト、いったい何を……」

 咄嗟の事にタケヒコが捻りだせた言葉はそれだけだった

 ヒミコ「イヨとイスズ、二人を保護してやってくれ」

 それ以上ヒミコは何も答えず、呆然とするタケヒコに対して、無防備に背を向けた。その動きに呼応して、隠れていた塩土の翁が姿を見せる。その両腕には、全身傷だらけのツクヨセイガが抱かれていた。両腕でそっと塩土の翁からセイガを受け取ると、ヒミコは転移呪を使い、その場から消えた。消えると同時に、塩土の翁はただの土くれとなり、崩れ落ちた。

 事態がまったく飲み込めず、タケヒコは立ち尽くしていた。


 収束を始め、紫色の光が縮小していく。両目を同時に見開き、スクネとタマモが言葉を重ねる。

 スクネ タマモ「弥栄いやさかえに立ち栄え(つかま)(たてまつ)らしめ(たま)へとかしこ(かしこ)もうす」

 最後の祈りの言葉が刻まれると、紫色の光はカグヤの頭上に一点となった。すべての世界が一点に集まるかのように。一点に集まった光が弾け、濃い紫色の光は金色に輝く紫色の光となり、カグヤに降り注ぐ。その光景はあまりに美しく、そして、恐怖に満ちていた。


 金色に輝く紫色の光の中心に立つ、かつてカグヤと呼ばれた者が口を開く。森羅万象を作り出し、生きとし生きる物すべてを産み出した圧倒的な存在、神と一言で呼ばれる世界を超越した存在が。

 神「降臨の儀、大儀であった、四魂。余が降りた今、(けが)れた世界に終わりを告げ、共に新たな世界を創り出そうぞ」

 光が消えてカグヤだった者の姿が(あら)わになる。紫色の髪、紫色の瞳、紫色の唇、かつて草原を連想させたカグヤの姿は、絶望的な美しさをしていた。

 祈りを終えたタマモがうやうやしく口を開く。

 タマモ「恐れながら申し上げます。新世界の創造よりも、この世界の回帰こそ成すべきであると思われます」

 神「何故それを望む? 回帰であろうとも、新世界の創造であろうとも、原初から始めることに違いないであろう」

 タマモ「この世界にはまだ価値があると思われます。原初からやりなおせばこそですが」

 うやうやしく口を開いたタマモは、明らかに言葉を選んでいた。口にする言葉一つ一つ次第で、神の行動が決まる可能性があるから。すなわち、タマモにとっての未来が決まる可能性が高いから。

 タマモ「この世界は本当に些細な事を修正すれば、貴方様の好まれる通りになると思われます」

 神「この世界に何を望む? 回帰を望む以上は、変化が望みであろう? よもや、四魂ほどの者が、再び原初から今この時までを、同様に繰り返したいわけではあるまい」

 タマモ「千年前の戦いで、天人を敗北させた者を、この世界から消滅させてください」

 神「はて、天人を消し去ったのはそちではなかったか? 解せぬ事を申す」

 タマモ「わたしは、天人たる者達が敗者として、その後の世界に存在するのが許せなかっただけです」

 神「あらためて問うが、天人が仮に勝利したとして、如何様な意味があると?」

 タマモ「御前の作られたる天人が、失敗作共に敗れ去ったという事実自体が、恐れながら(けが)れと思われます」

 神「それを(けが)れと申すか。なれば必要ない。天人どもは所詮、余の玩具にすぎぬ。玩具も(ごみ)に埋まれば塵にすぎぬ。塵が増えたなら、それを燃やして新しく作ればよいだけ」

 タマモ「でしたら、新世界の創造を、やはり成されるのですか?」

 神「当然。回帰に意味は見出せぬ。この世界の穢れすべてを落とすよりも、破棄した方が早い」

 タマモ「どうしてもこの願い、お聞きとげられませぬか?」

 そう言ったタマモの表情に、わずかな陰りが生まれる。うやうやしい態度こそ変わらずにいたが。

 祭壇の中央に座す、元カグヤで会った者、今は神と呼ばれるものが、断を下す。

 神「くどい、余の降臨によってこの世界の目的は達せられた。よって、意味を成したものに、新たな意味を見出すなど無意味」

 タマモ「でしたら……力づくで叶えさせるまで、ひざまずきなさい!」

 態度を一変させ、タマモは天之羽々矢(あまのはばや)を神に向かって次々と放った。そして、次々に一本の矢が百本の矢となり、何人も避けようがない程の矢が、神を覆い尽くす。

 矢によって覆いつくされた空間に向かってタマモは言葉を発した。

 タマモ「新世界の創造も、現世界の消滅も、わたしには興味が無いの。あるのは回帰。世界を、タケヒコ達と共に駆け抜けた過去への回帰。わたしから幸福を取り上げた、あの忌々しき女に出会うよりも前への回帰。そのために、あの女に手を貸してまで、神を降臨させたの。だから、願いをかなえなさい!」

 神「残念ながら、余にはまったく興味がわかぬ」

 声はタマモの背後から聞こえた。頭を掴み上げられ、タマモが宙高く放り投げられる。上空で今度は足を掴まれる。天詔琴(あまのりごと)で、タマモが神に向かって放った矢が神を追尾して来た。そのすべてを、神はタマモの身体を振り回して迎撃する。矢の迎撃が終わると、タマモを地上に叩き付けた。叩きつけられた際の衝撃で、タマモの身体が(まり)のように弾み、神との間合いが僅かながら開く。苦痛に口元を歪めながらも、タマモは再び矢を放つ。矢は神に一本も届かず、全て衝撃波で叩き落とされた。

 倒れ込むタマモに神は近づき、頭部を踏みつけると、つまらなさそうに言い放つ。

 神「こうも一方的では面白くない。後は好きにせよ、四魂スクネ」

 そう言いながら、神はタマモの腹を一回蹴り飛ばすと、無防備に背を向けて、跪いたスクネの目の前に立った。

 神「いかにした、四魂。はて、なぜ動かぬ?」

 うやうやしく跪いたままスクネは何も答えず、身動き一つしない。目を細め、神は首をひねると、スクネを見下しながら額に手を当てる。

 神「記憶を自ら封じておるか。よい、余が新たにくれてやる、以後は余の慈悲深さに感謝し、一心不乱に尽くすが良い。そして、余の無限大の愛を受け続けるが良い」

 額に当てた神の手が輝きを放つ。それに伴い、スクネが立ち上がる。立ち上がったスクネは、神に向かって頭を下げた。

 神「四魂スクネ、記憶は得られたか?」

 スクネ「御前の力で記憶をいただきました。感謝の言葉もありません」

 神「よい、臣に優しくするのも余の勤め」

 スクネ「御前の御心に、ただ甘えるわけにも参りません。何か御命令くださいませ」

 満足そうな笑みを神は見せながら、スクネに命じた。

 神「四魂スクネ、四魂タマモを屈服させよ」

 スクネ「了解しました、直霊(なおひ)

 その名をスクネが口にした瞬間、神は怒声を飛ばしながらスクネを殴り飛ばした。

 神「二度とその名を口にするな! 臣下如きが口にして良い名ではない!」

 スクネ「了解しました、御前」

 命を実行すべく、スクネは拳を強く握り、タマモに滲み寄る。降臨した神によって痛みつけられていたタマモが起き上がり、天詔琴(あまのりごと)を構える。動きは鈍いが殺意は強い。

 拳を一瞬だけ弱めると、いっきにスクネは駆けた。矢が一本飛んで来るが、勢いが弱く、簡単に避ける。間合いを無にして、タマモの懐に拳を放つ。最初の拳は寸前で避けられる。間髪いれず、二撃目を放つ。かすかに手ごたえがあったが、浅い。三撃目を放とうとした瞬間だった。背後で聞こえた音に気を取られる。致命的な隙が生じ、矢が襲い掛かって来た。回避不能。ゆえに、左腕を犠牲にして致命傷を逃れる。同時に、一歩だけ後ろに退き、タマモとの間合いを開く。そして、左腕に刺さった矢を引き抜き、応急手当てをする。

 背中越しに神の声が聞こえる。先程の、音の主に話しかけているようだった。

 神「ようやく参ったか、四魂タケヒコ。余という存在に対して、続けて遅刻とは、よくないとは思わぬのか」

 タケヒコ「あいかわらずの傲慢さですね。少しは神として自覚を持ったらどうです? そうなされば、わたしも遅刻などいたしません」

 神「傲慢? はて、傲慢とは四魂タケヒコの様に、余に対して剣を振り下ろし、一撃でも加えられると思うのが、傲慢ではないのか?」

 タケヒコ「そう思うのでしたら、傲慢ではなく事実だと、すぐに証明して見せます」

 天之羽張(あまのはばしり)を振り上げるタケヒコ。それが振り下ろされるよりも早く、スクネが腕を掴み、阻止する。

 神が激昂する。

 神「四魂スクネ、誰がタケヒコと(たわむ)れよと命じた! そちには、四魂タマモを屈服させよと命じたはず。勝手なことをいたすな!」

 怒声と同時に起きた衝撃波で、スクネはタケヒコと共に吹き飛ばされる。傲慢に満ちた無慈悲な言葉を神は続ける。

 神「四魂スクネ、罰として、そちが自ら封じた本当の記憶を取り戻させてやる。ありがたく受けよ」

 記憶が蘇る。忌まわしき、そして、スクネが自ら犯した罪の記憶。自己嫌悪に満ちた絶望の記憶。

 スクネ「カグヤをおれは……血の海を作っておれは……」

 頭を抱え込み、スクネはその場に両膝を付いた。罪の意識が、忘れらていた事実への絶望が、全身を支配する。

 甲高い神の笑い声が辺り一体に響き渡る。

 神「絶望せよ、それが余に(ほん)した罰。その(けが)れを洗い流し、世界を新しく創造するのが、余と臣の使命。それを認知せよ」

 タケヒコ「黙りなさい! 千年も昔の事実に、どれ程の意味があると言うのです!」

 笑い声を上げる神に、タケヒコが怒声と共に斬りかかる。瞬間、転移でそれを避けると、神はタケヒコに耳打ちした。

 神「千年如き、余には瞬きする時間すらない。それに、勝手に苦しんでおるのは四魂スクネ。余は、記憶を少し取り戻させてやっただけ。感謝こそされども、恨まれる筋合いはない」

 タケヒコ「中途半端に記憶を戻したのですか!」

 天之羽張(あまのはばしり)で神を払いのけながら、タケヒコが叫ぶ。

 タケヒコ「スクネ、思い出しなさい! 絶望だけが、すべてでなかった事を」

 嘲笑まじりに神が答える。

 神「それが何になる? どうせ、そち達は新たな世界に記憶を持ち込むこと等出来ぬ。なれば必要ないであろう」

 タケヒコ「世界を見捨てるなど、絶対にさせません!」

 神「四魂タケヒコ、そちがどうさせぬと言うのだ」

 言葉で返答する代わりに、タケヒコは両手に剣を握り締め、次々に剣撃を放った。剣撃は線で始まり、弧を描く。速度を増し続ける剣撃は、すぐに面となる。その凄まじいばかりの剣撃が最速になった時点で、待ち構えていたかのように神は動き出す。剣撃によって描かれる面を、何も無い空間を歩くようにゆっくり通り抜け、タケヒコの懐に入り、衝撃波で吹き飛ばした。

 神「それが四魂タケヒコの本気か? 余を、失望させるでない。純粋な戦闘では、そちは最強でなかったのか?」

 タマモ「その通りよ!」

 いつの間にか、神の背後に回り込んでいたタマモが矢を放つ。天詔琴(あまのりごと)の力によって放たれる対象に向かって追尾する矢を、神はスクネの頭を掴み持ち上げて、その左腕で防ぐ。寸分たがわず、先程の傷口と同じ所に矢は突き刺さった。

 神「さすが四魂スクネ。余の恩に報いるため、その身を犠牲にするとは……よい臣下を余は持った。しかし、その左腕をタマモの矢を防ぐために使うのは、少し勿体なくはないか?」

 そう言いながら、神はスクネを振り回すと、タマモ目掛けて放り投げつけた。動きの鈍いタマモはそれを避けそこない、腹にそれを受けて吐血した。

 神「すばらしい。余の言葉をすぐに理解して、その身を武器と使うとは、四魂スクネの名にふさわしい奉公よ」

 転移で近づくと、再び神はスクネの頭を掴みあげる。

 神「褒美を取らす。その傷、治してやろう」

 傷口を(えぐ)りながら神は矢を抜く。鮮血が吹き上げ、スクネは絶叫する。愉快そうに神は笑った後、スクネの傷を治癒の力で塞いだ



 目覚めたイヨは呆然とした。記憶する限り、確か邪馬一国で義母(はは)であるヒミコに会っていたはず。そのはずが、目の前にはイスズしかおらず、その上どうやら、今居る場所は邪馬一国でもなさそうだった。訳がわからず混乱する。少し経って、混乱した脳が機能を回復した後、改めて考え治してみても分からない。考えるだけ無駄だと脳が判断し終えると、改めて冷静に辺りを見回してから、イスズを起こした。

 イヨ「起きて、イスズちゃん」

 イスズ「ちょっと待ってて欲しいですぅ。イスズちゃんノビノビしたいですぅ」

 起きたイスズが眼をこすりながら背伸びする。

 イヨ「寝ぼけてないで、起きてイスズちゃん」

 イスズ「イヨちゃん……おはようですぅ」

 目をこすりながら起き上がると、イスズは首を右に左に動かして辺りを見回す。

 イスズ「ここ、どこですぅ? イスズちゃんこんな所に来た覚えありません。イヨちゃんが運んで来たんですか」

 イヨ「違うよ。わたしも目が覚めたらここだったから」

 イスズ「じゃ、あイスズちゃんとイヨちゃんを誰かが拉致したんですか! まかせてほしいですぅ、その人イスズちゃんが今からボーボーにしますぅ」

 イヨ「それも違うと思うけど……えっ? あの紫に光っているの何?」

 話しながらふと目を逸らすと、イヨは紫色の輝きに気付いた。つられてイスズもイヨと同じ方向に目を向ける。

 イスズ「きれいですぅ。あんなにきれいなの、イスズちゃん初めて見ました」

 イヨ「イスズちゃんはそう思うの? わたしは怖いよ、あの光」

 紫色の光が、イヨには混沌のもやに見えた。恐怖と絶望の象徴にさえ感じられた。

 イスズ「イヨちゃんが怖いのはいけません。すぐにスタコラサッサと動きますぅ。こう見えても、イスズちゃんとっても早いんですぅ」

 胸を張って自身の程を見せるイスズを横目で見ながら、イヨはすでに正反対の行動を決めていた。

 イヨ「あっちの光の方へ行こう、イスズちゃん。怖いのは怖いけれど、何かがあるのも確かだろうし」

 イスズ「怖かったらまかせてほしいですぅ。イスズちゃんがイヨちゃんを守りますぅ」

 イヨ「お願いね、イスズちゃん」

 二人は紫色の光を目指した。途中、何度か突風みたいなものが吹いた。それは神の起こした衝撃波の残り香の様な物だったが、それだと気付くはずもなく、二人は駆けた。

そして、二人のたどり着いた先には見知った人物達が倒れていた。



 治癒したスクネを、神は倒れ込んだタマモの上に放り投げた。自分に圧し掛かるように倒れているスクネを、タマモが横に押し退ける。日頃のタマモならば、たいして苦労もしない行為のはずが、身体に受けた痛手が、それを困難にさせた。丁度その時に、イヨとイスズの二人は現れた。

 二人に気付いたタケヒコが声を大にする。

 タケヒコ「二人とも、すぐにこの場を離れ、出来うる限り遠くへ逃げて下さい!」

 神「二人? 誰に向かって話をしている?」

 本当に気付いていないかのように、神は首を右に左に動かしてタケヒコの言った二人を探す。そして、タケヒコと同一方向を見ながら目を細め、注意深く探しているかのような表情を見せる。

 神「四魂、そち達以外に、他は誰もいないではないか。四魂タケヒコ、脳が錯乱でもいたしたか?」

 イスズ「イスズちゃんとイヨちゃんがここにいますぅ。カグヤさんの眼はポカーンですか!」

 手を振って、イスズが自分達の存在を訴える。片耳を塞ぎ、神が眉間にしわをよせる。

 神「騒音がする。先程までは無かったというのに……実にうるさい。このままでは、臣達もうるさくて叶わぬであろう? 余が調律してやろう」

 やって来た二人に向かって、神が人差し指と中指を向けた。その動作に気付いたタケヒコが駆ける。爪が伸び、二人に襲いかかる。間一髪の所で、イヨに向かって伸びた人差し指の爪をタケヒコが斬り落とす。しかし中指の爪には間に合わない。それでも、辛うじて軌道だけ逸らすことに成功し、爪はイスズの右肩を貫くだけで済んだ。

 イヨ「イスズちゃん大丈夫? いったい、何をするんですか……カグヤさん?」

 爪に貫かれて倒れかかったイスズを、イヨが慌てて抱きかかえる。

 イヨ「あなた誰ですか? 人ですか?」

 言葉に詰まったイヨが疑問を口にする。目の前にいる人物は、間違いなくカグヤにしか見えないはずだった。

 その疑問に、タケヒコが不審そうな表情を見せる。

 タケヒコ「イヨ様は……カグヤ様が他の誰かに見えるのですか?」

 神「四魂タケヒコ、何をしている。余がそち達のために雑音を消してやろうと言うのに……まて、そこに何がある」

 転移した神が覗き込むようにイヨの瞳を見た後、全身を品定めするように隈なく見回して言った。

 神「芸術品? はて、なぜに二つもある?」

 タケヒコ「今、何と!」 タマモ「何て言ったの!」

 同時にタケヒコとタマモの二人が絶叫する。


 愉快そうに神が笑い声を上げる。

 神「たまにはこのような趣向もよい。それに、よくよく見ると芸術品には違いないが、天之岩戸(あまのいわど)は持っていないようだな。余はこれが見られただけで満足した。そろそろ世界を換えよう、新たな世界も、余を楽しませる事を望む」

 ひとしきり笑った後、神は左の手の平を広げた。(あし)の芽が左手の上に現れる。右の手の平を広げた。黒く混濁(こんだく)し、ねじれた小さな紐のような姿をしたものが、右手の上に現れる。

そして、世界が色を失い、あらゆる景色が消え去り、ただの真っ白な平面が生まれる。地平線すらない、永遠に続く平面が。

 神「四魂、準備は整った。魂だけの姿に戻り、余の供をせよ」

 色を失った世界で、唯一変わらない神の言葉と供に、三人の身体から、青白い姿をしたスクネ、タケヒコ、タマモが出現する。

 神「はて、四魂セイガはいかがした? 何処にいようとも、この場に現われるはずだが……」

 少しだけ表情を厳しくしたかと思うと、次の瞬間には神は納得したように言った。

 神「忘れておった、余がこの世界から追放したのであったな。よい、そのうちどこかの世界で呼び戻そう。次の世界に、四魂セイガがいないのも面白いかもしれぬ」

 真っ白な平面の中で、カグヤの形をした神は世界の変換を開始した。



 意識が朦朧とする中、スクネは目の前で行われているのが、神が世界を換えようとしているという事実だけは、かろうじて理解出来た。それでも良いと思えるような気もした。

 この身に刻んでしまった罪が消えるのならと。

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