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倭国神代記  作者: がばい
3章
36/53

降臨1

 全速力でタケヒコは駆ける。景色は早い流れの中に溶け続け、その形を留めない。

 かつて、伊都国の街並みを守る大きな門があった場所で、タケヒコは立ち止まった。待ち伏せを警戒して、注意深く辺りの気配を察知する。少なくとも、タケヒコの敵となり得るほどの気配はない。

 タケヒコ「予想通りこの国で降臨の儀を……急がねばなりません。神の降臨がなる前に、何としても阻止せねば」

 かつて合った大きな門の先には、廃墟と化した伊都国が広がる。遠くに、タケヒコ達が暮らした館の更に向こうに、薄く輝くもやの様な光を見つけた。薄く輝くもやの様な光を、千年前の記憶と照合する。結果は、最悪の事態が近づきつつあることをタケヒコに突き付ける。

 狗奴国を出たのが僅か数時間前。夜の闇の中、星の動きが時間の経過を物語る。

 タケヒコ「もう少し早く来たかったのですが」

 再びタケヒコは動き出す。時間的余裕が、もうほとんどないから。

 駆けながら、シンムから預かった物を手に取り確認する。預かったそれには、小金丸(こがねまる)の刃を付けた。それは、シンムがイヨより預かった(つか)。それは、タケヒコが手にした切り札。

 タケヒコ「あとは、キサラギ様の力を信じましょう。わたしの天之羽々斬(あまのはばきり)と、完全に同じ力があることを」

 主より預かった柄を大事に握り締めながら、かつて暮らした街並みを、タケヒコは駆け続けた。絶望を止めるために。


 数時間前。

 天之羽張(あまのはばしり)で斬ったモリヤを弔う。簡素な墓を、狗奴国の街はずれに作った。参列者はタケヒコとシンムの二人だけ。元皇太子にしては寂しすぎる葬儀。

 黙祷を故人に捧げてから、タケヒコは告げた。

 タケヒコ「シンム様、わたしがこのまま向かいますことを、どうかお許しください」

 黙祷を終えたシンムが振り返る。

 シンム「姉貴の所へか?」

 タケヒコ「スクネも、今は邪馬一国に居るはずです。ですが、向かうとしたら……」

 行き先を、タケヒコは告げようかと迷ったあげく、結局は言葉を濁した。

 暗い表情のシンムが、重たそうに口を開く。

 シンム「よくわかんねぇけど。五百之御統之珠いおつのみすまるのたまとかいうやつとか、ヒミコとかが関係してんだろ、姉貴と」

 タケヒコ「今、聞きたいですか? カグヤ様の話を」

 愚かな事を口にしたとタケヒコは思う。説明している時間などあるはずもなく、説明していいかどうかも、判断に迷っているのだから。だがそれは、次にシンムが口にした言葉で杞憂に終わる

 シンム「いや、いい。時間ねぇだろうし。それに、おれが聞いてもどうにも出来ねぇ事がよくわかった」

 タケヒコ「もし……いえ、帰って来たら、その時にすべて話します」

 嘘をタケヒコはついた。本当は生きて再び、シンムと会えるとは思っていない。もう二度と狗奴国に戻れないと思うからこそ、こぼれ落ちる時間を使って、モリヤを弔ったのだから。

 シンム「ああ、待ってるぜ。そういや、イヨから預かったんだけどよ。この変な御守り、効果あるかどうかしらねぇけど、渡しとくぜ」

 懐から、シンムが刃のない柄を取りだす。

 タケヒコ「イヨ様から預かられたのでしたら、シンム様が持たれて……それは!」

 その御守りは、イヨから預かったという御守りは、シンムが懐からだした柄は、天之羽々斬(あまのはばきり)と呼ばれた剣の柄だった。千年前の戦いの折、天之羽々斬(あまのはばきり)の刃は折れ、刃は二つの剣として生まれ変わっていた。都牟刈之太刀(つむがりのたち)と、小金丸(こがねまる)と銘打たれた剣に。

 そして、片割れの小金丸(こがねまる)をキサラギより受け取る際に、タケヒコは言われた。

 キサラギ「もし剣の柄があれば、元に戻るぜ……これ」

 今日まで暇さえあれば柄を探し続けたが、結局は、千年前から見つける事が出来ないでいた。

 だからこそ、タケヒコはその柄を見て心底驚いた

 シンム「この刃のない柄が何か、知ってんのか?」

 手に握った柄を見ながら、シンムは聞いて来た。

 タケヒコ「わたしが遠い昔に失っていた物です。まさか、イヨ様が持っていらしたとは……しかし、なぜ?」

 シンム「よくわかんねぇけど、見つかってよかったな」

 受け取るかどうか、タケヒコは躊躇した。その柄を、御守りとしてイヨがシンムに渡したらしいから。それでも、結局は受け取った。少しでも力が欲しかったから。

 大事に柄を受け取ってから、シンムに頭を下げる。それは、柄を渡された礼、今まで世話になった礼、恐らくこれが最期になるという詫び、全てを込めて頭を下げた。

 そして、それ以上は何も言わずに、その場を後にした。


 再び一つに戻った剣を握りしめて、タケヒコは駆ける。

 タケヒコ「必ずや、どの様な形であれ、お返しいたします。今は、この剣の力がどうしても必要ですので」

 駆けながらタケヒコは決意する。必ずや絶望を止めて、柄をシンムに返す事を。例え、自らの命が燃え尽きようとも、それだけはたがえない事を。


 伊都国の街の奥にある小高い丘の上、かつて、小さな社のあった場所に祭壇は築かれていた。その中央にはカグヤが座している。虚ろな表情をしたカグヤの斜め前に、タマモとスクネの二人が、それぞれ五百之御統之珠いおつのみすまるのたま真布津鏡(まふつかがみ)を両手で支え、うやうやしく方膝を付いていた。

 少し離れた位置で座しているヒミコに、男が頭を膝の上にして横になっている。その男の顔色は信じられないぐらいに青白く、目を閉じ、身体中のいたる所にひび割れたような痕があり、一見すると死人にしか見えない。だが実際には男は生きている。男はツクヨセイガ。千年前、神によってこの世界から追放された男。

 その二人を見るように、塩土の翁が横に立っている。

 ヒミコ「この世界に残りの魂が維持できなくなる前に、この肉体が崩壊してしまう前に、事を成せそうです。仮の身体とはいえ、このような土偶に閉じ込めたこと謝罪します」

 やさしくセイガの顔に手で触れるヒミコの言葉に、土偶は何も答えない。当然だった。新しく創った塩土の翁の土偶には、呪を入れていないのだから。呪がなければ、セイガの魂の欠片がなければ、ただの人形なのだから。

 ヒミコ「(うた)を詠っていただけますか? あなたが真に記憶する、唯一のこの世界の記憶を、あの森で(うた)ってくれた(うた)を」

 悲しい笑みを浮かべながら、ヒミコが呪を土偶の中に入れる。土偶が、塩土の翁が(うた)う。千年の間、ヒミコの拠り所であり続けた(うた)を。

 塩土の翁「いと思ふ いとしの君に 木漏れ日で 出会ふた事も いと悲しかな」

 その(うた)をヒミコは何度も聞いた。当初は、そのたびに涙で濡れたが、今は一滴も出ない。代わりに決意する。その(うた)を聞くたびに、前に向かう力を得られた。

 ヒミコ「魂を戻します。本来の肉体に。そして、帰りましょう。あの頃に、必ずや。だから、あと少しだけ待っていてください」

 優しくヒミコは言った。土偶に閉じ込めた魂と、崩壊しつつある肉体の両方に向かって。

 冷やかな眼をしながら、タマモがあざ笑う様に言葉を口にする。

タマモ「勝手に盛り上がっているみたいだけど……準備いいわよ。一応聞いておくけど、あなたの役目、分かっているでしょうね」

 少しだけ感傷的になっていたヒミコを、冷たい声が現実に引き戻す。

 ヒミコ「わかっておる、わらわが全ての妨害を遮断しよう。ゆえに、安心して始めよ。神の降臨の儀」

 その言葉が合図となった。

 スクネ「了解した」タマモ「当然でしょう」

 祭壇に座すカグヤに向かって、スクネとタマモの二人が目を閉じ、祈り始める。

 それは、ヒミコにとって希望の始まり。それは、タマモにとって願望の始まり。それは、すべての人々にとって、絶望の始まり。

 祭壇に座すカグヤに対して、タマモとスクネの二人がうやうやしく頭を下げる。そして、タマモが五百之御統之珠いおつのみすまるのたまを、スクネが真布津鏡(まふつかがみ)を天に掲げる。

 タマモ「()けまくも(あや)にゆゆしきかも」

 スクネ「()はまくもましてゆゆしきかも」

 祈りの言葉の始まりを、降臨の儀の始まりを、タマモ、スクネの順に、口にした。そして、同時に目を見開き、同時に祈りの言葉を口にする。

 スクネ タマモ「(みこと)御前(おんまえ)(つつし)(うやま)ひて(もう)さく」

 掲げた神器を二人は同時に下ろすと、再び目を閉じ、タマモ、スクネの順に祈りの言葉を捧げる。

 タマモ「今日を生日いくひ足日たるひの良き日と定め 御前(おんまえ)五百之御統之珠いおつのみすまるのたまをば(ささ)(たてまつ)りて (くに)御霊(みたま)授け(たま)へ (かしこ)(かしこ)みも(もう)さく」

 スクネ「常世(とこよ)の契りし良き日と定め 御前(おんまえ)真布津鏡(まふつかがみ)をば(ささ)(たてまつ)りて ()の世に御霊(みたま)授け(たま)へ (かしこ)(かしこ)みも(もう)さく」

 祈りの言葉に応えるように、二つの神器、五百之御統之珠いおつのみすまるのたま真布津鏡(まふつかがみ)が、淡い紫色の輝きを発する。


 その光景をヒミコは目で追いながら、意識は別の場所にやっていた。

 ヒミコ「現れたか・しかし、相変わらず一手遅い。それでは勝てない」

 祭壇のある丘の下に、ヒミコは罠を張り、今か今かと、四魂最後の一人を待っていた。降臨の儀を止めようと駆けつけて来るのが明白だった、タケヒコを。



 小高い丘の下、薄く輝く光の中、すでに始まっている降臨の儀。それを見てタケヒコは一切躊躇せず、うやうやしく座しているスクネを、背後から天之羽張(あまのはばしり)で貫いた。

 異様な手応え。土を貫いた時に感じる手応えだった。

 タケヒコ「これは土偶! では……この祭壇は偽物!」

 驚き、天之羽張(あまのはばしり)を引き抜いたタケヒコに、スクネの形をした土偶が口を開いた。 声は、よく知った女性の声だった。

 ヒミコ「やはり来たな、タケヒコ。しかも、予想通り男であるスクネを貫くとは、ありがたい」

 タケヒコ「ヒミコ、今すぐ降臨の儀を止めなさい!」

 ヒミコ「今更、止めるわけ無かろう、たわけた事を……それよりも、自らの身でも心配した方がいい」

 言葉に呼応するように、タケヒコの背後から大男が飛び出す。地面から飛び出した大男は、両腕でタケヒコの頭を掴むと、上空へ放り投げた。

 ナガスネ「うがぁぁぁぁぁ。メイレイ オマエ コロス」

 タケヒコ「ナガスネ!」

 大男はかつて伊都国で見た、マヒトツ ナガスネだった。

 地上でタケヒコの落下を待ち構えるナガスネを見て、天之壽矛(あまのじゅぼこ)を握る。着地の瞬間を狙って、ナガスネが突進して来た。そのナガスネの心臓を、天之壽矛(あまのじゅぼこ)の持つ空間歪曲の力を使って貫く。異常な手ごたえ。心臓を貫いたはずのナガスネは突進を止めない。仕方なく、タケヒコは体当たりを受け入れ、突き飛ばされた。直撃を受けた胸部に痛みが奔る。

 タケヒコ「あばらが一本ぐらい持っていかれましたか。それにしても……彼も土偶とは」

 ヒミコ「それだけではない。今の状況で、痛手をあばら一本で済ませるそなたを、相手にするのだから」

 天之羽張(あまのはばしり)で胸に穴が空いたスクネの土偶が言った。邪馬台国の女王の声で。

 ナガスネ「メイレイ コロス」「メイレイ コロス」

 周囲の地面からナガスネ達が次々に飛び出した。百体のナガスネ達がタケヒコを取り囲む。百体のナガスネ全てが鬼の刺青をしていた。

 ヒミコ「かかれ鬼達。タケヒコを釘付けにせよ!」

 穴の空いた土偶の命令を受け、鬼達は四体ずつ順に、四方から襲い掛かった。

 攻撃は激しいが、タケヒコに取っては苦戦するほどでなく、簡単に迎撃する。しかし、数は一向に減らない。的確に急所を攻撃しても、土偶である彼等には急所その物が無い。両足を切り落としても、周りにある地面からすぐさま両足を作り出す。鬼達は、タケヒコをすり抜けるとすぐに最後尾に入った。

 今のままなら、永遠に同じ状況が繰り返される。それがヒミコの意図だろうとタケヒコは察する。

 タケヒコ「これ以上の時間稼ぎはさせません」

 それなら、やる事は単純。これ以上時間を使わせないように、タケヒコは中央を突破した。ここで予想外の事が起こる。追ってくると思っていたナガスネ達が、立ち尽くして眺めるだけでその姿勢すら見せない。

 内心、タケヒコはいぶかしく思ったが、それ以上考えるのを止めて先を急ぐ。

 目を丘の上に向けると紫色の光が見えた。

 タケヒコ「少し時間を掛けすぎました」

 偽の祭壇を後にして、紫色の光へと駆ける速度を上げるが、すぐに壁の様な物にぶつかり、前進を拒まれた。間髪を容れず、背後から炎が飛んで来る。それは簡単に避けたが、背後からは次々に炎が襲いかかって来る。後ろに目を一瞬やると、炎は偽の祭壇にいるタマモが放っているのを確認する。本物なら問題だが、偽者と分かっているため、確認だけで済ませる。

 炎を避けながら、前進を拒んだ空間をタケヒコは観察する。

 タケヒコ「見えない壁ですか?」

 手で触れてみると、壁がそこにある様な感触を得る。時間は賭けられない。だから、壁を天之羽張(あまのはばしり)で一閃する。まったく手応えがない。上空を見上げると星空が輝いている。その間も、背後から襲って来る炎を避け続ける。足元に落ちていた小石を拾い、空高く投げた。小石が、壁のあると思わしき場所よりも向こう側に落下する。それを確認すると同時に、タケヒコは壁を飛び越えるべく跳躍した。

 着地したタケヒコの目の前には、胸に穴が空いたスクネの土偶が立っていた。

 タケヒコ「これはいったい、どういうことですか……」

 ヒミコ「鬼達、襲いかかれ!」

 再び、四方からのナガスネ達の攻撃が始まる。反射的にナガスネ達を切り刻むべく、タケヒコは天之羽張(あまのはばしり)天之壽矛(あまのじゅぼこ)を縦横無尽に振るった。

 タケヒコ「少しだけ考えますか」

 徹底的にタケヒコは切り刻む。粉微塵に刻まれ、ナガスネ達の再生速度が落ち、わずかな時間が出来る。そのわずかな時間で、タケヒコは結界に閉じ込められている事を悟る。そして、結界の破壊方法を導き出し、少しだけ躊躇する。

 タケヒコ「やはり、あの偽者のカグヤ様を殺すしかないのでしょうか……恐らく、イヨ様と思われるのに」

 襲い掛かる炎を避けながら、カグヤに近づく。少しだけ躊躇したため、本来、神速であるはずの剣は、人の行い得る速度で振り下ろされた。人の領域で振り下ろされた剣よりも早く、炎がタケヒコを襲う。直撃を受け、衝撃によって剣が逸れる。間髪いれず、炎の追撃が入る。それは簡単に跳躍してタケヒコは避けた。

 着地すると、またもスクネの土偶が待ち構えていた。

 ヒミコ「時間は刻一刻と過ぎて行く。いかにする? 前進を止めて、わらわと語らいでもいたすか?」

 タケヒコ「何を言っても無駄です。今度こそ結界を破壊します」

 ヒミコ「呪の位置が特定できたのか?」

 タケヒコ「必要ありません。イヨ様を中心に結界を張っているのでしたら……対象を葬るまで」

 それしかないと思う。確かにヒミコの言う通り、結界は呪で作られる。ゆえに、呪を破壊すれば結界も崩壊する。だがそれを探している時間はない。

 ヒミコ「イヨは、わらわが眠らせているだけでも?」

 タケヒコ「黙りなさい! あなたがイヨ様を巻き込み、そして、あれを降臨させようとしているのでしょう!」

 激しい怒りを覚え、タケヒコは声を反射的に荒げた。かつての彼女ならありえないはずの行動。自らは安全な場所にいながら、他の者を危険に晒すなど。まして、義娘(むすめ)を晒すなど。そして、タケヒコには、そのイヨを助ける余裕などなかったから、怒りで声を荒げた。

 ヒミコ「呪は、イヨの胸にかけてある。それを破壊すれば、そなたを縛る結界は消える。信じるかどうかは自由だ」

 土偶の言葉を聞いて、タケヒコは目をイヨの胸に向ける。確かに、白く輝く呪が首に掛かっていた。それを見て、タケヒコに疑念が浮かぶ。

 タケヒコ「あなたは何がしたいのです!」

 ヒミコ「ナガスネ、タケヒコを阻め!」

 合図と同時に、ナガスネ達がタケヒコを取り囲む。取り囲んだナガスネが、一体だけ襲い掛かって来た。襲って来たナガスネを斬らず、投げ飛ばす。そして、タケヒコは剣を持ちかえる。天之羽々斬(あまのはばきり)という銘の剣に。

 タケヒコ「これ以上、無駄な時間稼ぎなどさせません。消し飛んで貰います」

 天之羽々斬(あまのはばきり)の力を発動させるべく、タケヒコは祈る。

 タケヒコ「封にして我になるもの」

 天之羽々斬(あまのはばきり)の刃が青白く輝く。投げ飛ばしたナガスネを一閃する。同時に爆発が起こる。剣に封じられた力が剣に宿り、己の力に変える剣。それが天之羽々斬(あまのはばきり)

 天之羽々斬(あまのはばきり)が一閃される(ごと)に爆発が起る。爆発はナガスネ達を一体残らず吹き飛ばした。再生などかなわないほど粉々に。

 ヒミコ「予定通り、イヨから柄を受け取っておったか」

 タケヒコ「消えなさい!」

 湧き上がる怒りを叩きつけるように、スクネの土偶に、天之羽々斬(あまのはばきり)を振り下ろした。爆発と共に土偶が消える。

 次なる目標をタケヒコは見据える。偽の祭壇に座す、偽のカグヤ。その胸には呪が掛けられていた。両手に天之羽張(あまのはばしり)を握り、偽のカグヤに詰め寄り、横に呪を一閃する。呪だけが真っ二つに斬れ、地に落ちる。

 呪が地上に落下するよりも早く、タケヒコは見えない壁があった場所を通り抜ける。

 タケヒコ「本当に……罠も何もなかったのですか」

 いぶかしさを覚えながらも、タケヒコは立ち止まらず駆け抜けた。


 二つの神器から発せられる淡い紫の光の輝きは広がり続け、祭壇すべてを包むまで大きく広がった。その光の中で、タマモ、スクネの順に祈りの言葉が刻まれ続ける。

 タマモ「世を開き(たま)ひしより先に契りし世の定まれる(みこと)の限りに有りけむ」

 スクネ「世をあらた発足いでたつ為に御前(おんまえ)(ゆる)し求む願ひ(たま)ふ」

 タマモ「(あらた)な世に生まれで新な世に住ませ願ひ」

 スクネ「(あらた)な世に行く為に隈無(くまな)く見守り導き(たま)ひ願ふ」

 タマモ「(さち)を乞ひ(たてまつ)らく清き気高し血、国民おおみたから諸々(もろもろ)の血を(ささ)(たてまつ)る」

 スクネ「(さち)を乞ひ()(たてまつ)らく数百の時を捧げ奉る」

 祈りの言葉を一旦打ち切り、二人は瞑想する。



 急ぐタケヒコの目の前に、本物のヒミコが立ち塞がる。その背後には、降臨の儀が現在進行している祭壇。進行状況を目視する。祭壇の中央にカグヤが座し、すでにスクネとタマモは、それぞれの神器の力を開放し終え、濃い紫色の輝きが辺りを覆っていた。記憶通りならば、残りは最後の祈りを捧げるだけ。時間は残り僅かしかない。

 目の前の敵は、時間稼ぎのために立っているのだろう。決して強敵ではない。だが術中にはまれば、時間を取られる可能性はある。だから、タケヒコは目の前の敵を睨み、感情を心の奥に沈め、自らを人形と化した。瞳は無為に、両手に二本の剣を握り絞めるだけの人形、死神と恐れられていた頃に戻る。


 その間にも時は無常に過ぎて行く。

 タマモ「神道かみのみちを誠の道といただき持ちて」

スクネ「をのも各も持ち分くる職務つとめまにまいそしみ励み」

 祭壇の二人は、祈りと瞑想を繰り返す。


 心を完全に閉ざすと、ヒミコが口を開いてきた。

 ヒミコ「その姿、懐かしい。初めて会った時を思い出す」

 何もタケヒコは答えない。否、すぐさま応える。言葉でなく、瞬殺すべく両手に握り絞めた剣で。空間が十字に裂ける。手応えがない。間合いの外へと、ヒミコはいつの間にか移動していた。

 瞳を動かしタケヒコは情報を得る。それで気付いた。天露之糸(あまつゆのいと)を、ヒミコは自らの背に突き刺している事を。その力でヒミコは、わざと塩土の翁に操られる事によって、タケヒコに対抗している事を。四魂の力だけが四魂に対し得る。考えれば当たり前の事実だったが、タケヒコは少しだけ驚いた。

 しかし、すぐに次の攻撃に移る。手品の種がわかれば、それに対応すればいい。天露之糸(あまつゆのいと)を斬るべく、ヒミコの背後に回り込む。瞬間、衝撃を受けた。自分が置き去りにして来た偽の祭壇にいた二人を、タケヒコは忘れていた。否、忘れていたというよりも、ヒミコの力を完全に見くびっていた。転移呪をイヨに仕掛けていたなど、考え付きもしなかった。まして、イヨを触媒にして、イスズの炎だけを転移させて来るなど。

 炎が背後に回り込もとうするタケヒコに襲い掛かって来た。激しい攻撃がタケヒコの行動を拒む。その間に、ヒミコが間合いを広げる。

 転移して来る炎は、全てヒミコの背後を守る様に飛んで来た。それにも驚きはしたが、タケヒコに迷っている暇は無い。


 刻一刻と降臨の儀は終わりへと近づく。

タマモ「一向ひたすら平和おだしき世を作り」

 スクネ「西東睦にしひがしむつなごみて)

 二つの神器の輝きが、陰りを見せ始める。


 いっきにタケヒコは間合いを詰めて、両手の剣を同時になぎ払う。首を狙った天之羽張(あまのはばしり)は避けられたが、腹を狙った天之羽々斬(あまのはばきり)に、浅いが確かな手応えが残る。攻撃の手を更に強め、踏み込み、天之羽張(あまのはばしり)で突く。身体を横にしてヒミコ避ける。一瞬の隙が出来る。その隙を見逃さず、タケヒコは天之羽々斬(あまのはばきり)を振り下ろした。その一撃によって、ヒミコの左肩が血で滲む。傷は浅い。天露之糸(あまつゆのいと)によってヒミコは、タケヒコの攻撃を寸前で避けていた。第三の斬撃、ヒミコの右足をかすめる。かすめるが、まだまだ浅い。浅いが、確実に、一歩一歩近づく。第四撃、脇腹。第五撃、第四撃目と同じ箇所。

 そして、避けようのない間合いまでヒミコを追い詰めた。

 タケヒコ「終わりです、ヤマトト!」

 ヒミコ「やはり、甘い!」

 懐からヒミコが取り出した氷結呪が輝きを放つ。その輝きに導かれて、大地が輝き、凍結する。瞬時にして、タケヒコの足が大地と共に凍りついた。

 足を凍らされたタケヒコに、炎が襲いかかる。その間にヒミコは後ろに飛び退き、間合いを離される。軸足の自由をタケヒコが取り戻す暇もなく、ヒミコが次手に移る。いくつもの呪がヒミコの周りを旋回する。連鎖による火力の増大。一つでタケヒコの身体を粉々に吹き飛ばせ得る爆炎呪の連鎖。

 ヒミコ「連鎖せよ」

 ひと塊りとなった爆炎が、足を凍らされて動けないタケヒコに襲いかかる。

 タケヒコ「愚かな。一つにしてしまえば、わたしには何の意味もない事を忘れたのですか」

 爆炎を、タケヒコは天之羽々斬(あまのはばきり)で斬り裂く。否、爆炎を天之羽々斬(あまのはばきり)に封じる。爆炎は一瞬で消え去った。


 二つの神器の発する輝きが消えると、タマモとスクネは祈りの言葉の続きを捧げる。

 タマモ「あまねく人々の福祉を増進いやまさしめんと、いたづさまを」

 スクネ「ぐしと思ほし(たま)ひ」

 祈りの度に、淡い紫色の光が色を濃くして行く。

 その光景が目に入り、タケヒコは千年前の状況と照会する。

 タケヒコ「時間がありません」

 記憶と照会すれば、時間が無い事が必然となる。ゆえに、すぐ行動に移る。足を無理やり大地から引き離すと、若干の痛みを感じたが、気にしている暇はない。

 動きを阻むヒミコとの間合いを一瞬で詰めると、タケヒコは右手に握った天之羽張(あまのはばしり)を振り上げた。今度こそ最後の一撃となるはずだった。しかし、右手が自らの意志とは無関係に、違う動きをする。よく見ると、右手には天露之糸(あまつゆのいと)の針が刺さっていた。爆炎の最中に刺されたのだろう。突き刺されてしまえば、四魂であるタケヒコであろうとも操られる。右手に握られた天之羽張(あまのはばしり)で、自らの左手に握った天之羽々斬(あまのはばきり)を弾き飛ばした。弾かれた剣が、タケヒコの背後の地面に突き刺さる。

 その直後だった。辺りを覆っていた紫色の光が収束を始めたのは。

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