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倭国神代記  作者: がばい
3章
34/53

無意味な勝利2

 崖下の平野が一望出来る場所にタケヒコは立っていた。頭によぎるのは、現在、別の場所で一人戦っているシンム。現在、大王になるべく戦う相手は老獪な歴戦のお歴々。おそらく、誰一人余所者の就任などお認めになられないだろう。その状況下で、一人でも味方を作らないといけない。しかも、シンムの苦手とする交渉によって。出来れば手助けをしたかったが、実際には、その件で自分に出来る事は何もない。 そこまで頭を働かせてから、それ以上考えるのをタケヒコは止める。全身を戦いのために集中させ、眼前に広がる敵を見据える。両手に剣を握り、四魂(しこん)として、自らの持つ力を行使すべく精神を統一する。

 敵は妖鬼の大群。数は万を優に超えるだろう。辺りに味方は誰もいない。それは、タケヒコが本気で戦っても誰も犠牲が出ないことを意味する。それは、妖鬼達にとっての絶望を意味した。

 大声で静かに、タケヒコは通告する。同時に、すさまじいばかりの殺意を発しながら。

 タケヒコ「妖鬼達よ。現在、感じているであろう恐怖の本能に従い、退きなさい! これ以上の行軍は許しません!」

 崖下の敵が、妖鬼となる前、動物であった頃なら、本能がそれ以上の歩みを許さず、散開して逃げ出しただろう。だが、妖鬼達は恐怖が襲って来ても行軍を続ける。自らの意志はすでに奪われ、別の者の意志に従うしかなかった。


 通告を無視して行軍を続ける妖鬼達のために、タケヒコは黙祷を捧げる。一分後、目を開くと同時に崖下へ跳躍。

 平原に足を踏みしめる間もなく、タケヒコは再び地上寸前を跳躍する。両手に握られた剣が、左右の妖鬼の群れを分断する。妖鬼の大群が画材と化し、直線が描き出される。その直線は妖鬼達を黄泉へと誘う奈落。それを描き出す者は飛翔する。その手に握った剣を翼に変えて。

 そして、奈落にすべての妖鬼が落ちた。痛みも、自らの死さえも、感じる時間も与えられない程、わずかな間に。

 翼をたたみ、地上にタケヒコは降り立つと、最大級の殺気を放ち、天を睨みつけた。来たる真の戦いに闘志をたぎらせながら。

 その姿を、嬉しそうに雲の上から眺める者がいる。その者は妖鬼がいくら葬られようとも気にも留めない。妖鬼がいくら集まろうとも、四魂には何の障害にもならないことを知っている。まして、タケヒコは翼を広げ大地を飛翔している。その姿を見たいがために、妖鬼を準備しただけなのだから。その美しい姿の彩りとして、妖鬼がいるのだから。

 天を見上げたタケヒコは、自らを見下ろす者に向かって高々に叫ぶ。

 タケヒコ「タマモ、出て来なさい。いることはわかっています」

 その叫びに呼応して空から舞い降りて来る。かつて、伊都国を壊滅せしめた死の天女が、口元をほころばせ、悠々とタケヒコの目の前に降り立った。

 死の天女の名はアメノ タマモ。その者はうれしそうに語る。

 タマモ「ふふふ。そう、うっとりするぐらい、そう。あなたの翼は戦いの中でこそ、大きく、力強く、美しく、羽ばたくの」

 その表情にタケヒコは憤りを覚える。戦いとは言えない、一方的な殺戮(さつりく)。本来、存在してはならない程の圧倒的な力。

 だから憤りを覚える。妖鬼の命運を知っていたはずのタマモに。

 タケヒコ「やはりあなたが来ましたか。この国に、何をしに来たのです」

 憤りを、無理やり心の奥底に押し込めて、タケヒコは冷静に言葉を出した。冷静さを失えば、タマモを相手に戦えないから。自らの目的達成など不可能になるから。だから、心を落ち着ける。

 タマモ「ふふふ。お久しぶりかしら、タケヒコ。来た理由は公的な用件が二つ、私的な用件が一つって所かしら」

 人差し指を頬に当てながら、こちらの反応を楽しんでいるのか、タマモは舐める様な視線を見せ、口元を緩め、ゆっくりとタケヒコの回りを一周した。

 タケヒコ「あなた方にカグヤ様は決して渡しません」

 タマモ「ふふふ。あなたには悪いのだけど……真布津鏡(まふつかがみ)も、器も、両方持って帰らせてもらうわ。それがタケヒコの為だと思うし」

 不可思議な事をタマモは口にした。奪ったはずの真布津鏡(まふつかがみ)を持って帰ると。顔に出さないよう気をつけながら、タケヒコはその意味を自らに問う。

 妖艶な笑みを見せるタマモを、タケヒコは見つめながら、色々な可能性を自らに問う。言葉巧みにこちらを何らかの方向へと誘導している可能性、ヒミコから何も知らされていない可能性、本当にそれが事実である可能性などを。

 楽しそうにタマモは言って来た。

 タマモ「どうするのかしら? 戦う? 神器同士の戦いになるかもしれないけれど……そうなると、手加減まったく出来ないわね。この辺り一体全部吹き飛ぶわよ」

 心の中で疑念が渦巻く。もしも、真布津鏡(まふつかがみ)の件を何らかの理由でタマモが知らないのなら、若干の勝機も見えて来る。だから、タケヒコは駄目で元々と思いながら、言葉を口に出した。

 タケヒコ「お互いに神器を使わなければ問題ありません」

 タマモ「タケヒコの言葉は尊重したいのだけど……それは約束出来そうにないわね」

 その言葉を聞いて、内心で笑いながら、それを悟らせない様にタケヒコはすぐ行動に出る。

 タケヒコ「でしたら、使う暇を与えないだけです」

 駆け寄り、間合いを詰め、タケヒコは右手に握った天之羽張(あまのはばしり)を振り下ろす。後ろに飛び退き、タマモが避ける。次手に移る。左手に握った小金丸(こがねまる)で、タマモの着地よりも早く、身体目掛けて突きを入れる。突きは、天詔琴(あまのりごと)と銘付けられた弓で払い退けられるが、更に流れるように天之羽張(あまのはばしり)を下から跳ね上げた。一本の矢が落ちる。投げつけられた矢を弾き飛ばしたために。

 間合いは元通りに戻っていた。

 タマモ「いきなりとは酷いわね。女性にはやさしくしなさい」

 タケヒコ「今の攻撃で、半歩近づくつもりでしたが……」

 本心をタケヒコは口にした。出来得る限り、真布津鏡(まふつかがみ)の件を悟らせないためにも、タケヒコはそれ以外の事は本心を口にする。

 タマモ「ふふふ。その左手に握っているのが天之羽々斬(あまのはばきり)だったら、うまくいったのでしょうけれど……そんな玩具でどうする気かしら?」

 決してタマモに考える時間を与えない。玩具とタマモが言った小金丸(こがねまる)を一閃する。

 タケヒコ「これはこれで業物ですよ。キサラギ様に作っていただきましたから」

 タマモ「キサラギが創ったと言うの!」

 そして、話題を極力逸らすために、タケヒコは小金丸(こがねまる)を打った者の名を出した。それは功を奏し、予想通りタマモが食らいついて来た。

 タケヒコ「あなたならキサラギ様が作る物が何か御存知のはずですが?」

 タマモ「それが新しい神宝(かむたから)とでも……」

 警戒したのか、タマモが飛行呪で空高く舞い上がろうとする。当然、タケヒコはそれを阻止する。小金丸(こがねまる)を背中に隠し、タマモの死角から呪を砕く。

 剣の間合いの外からの攻撃に、タマモが警戒を更に強める。

 タマモ「今のは……空間歪曲? その剣に、天之壽矛(あまのじゅぼこ)と同等の力があるということかしら?」

 タケヒコ「さすがですね、今の一撃で気付くとは。問いにはお答えは出来かねますが……ただ、あなたに間合いを与えるつもりは一切ありません」

 その言葉がやぶへびになったのか、タマモが恐れていた言葉を口にする。

 タマモ「タケヒコがそこまで神器の使用にこだわるなんて、そんなにこんな国が大事かしら?」

 タケヒコ「五百之御統之珠いおつのみすまるのたまを使用する時間など与えないと言ったはずです」

 タマモ「ふふふ。そうやって剝きになったあなたも素敵よ」

 天之羽々矢(あまのはばや)天詔琴(あまのりごと)に掛け、タマモは前転しながら跳躍する。丁度、タケヒコの頭上で逆さになると、天之羽々矢(あまのはばや)を放った。放たれると同時に、天之羽々矢(あまのはばや)の力で一本の矢は百本に増え、天詔琴(あまのりごと)の力で百発百中と化した矢が、頭上から降り注ぐ。頭上から降り注ぐ矢のすべてをタケヒコは天之羽張(あまのはばしり)で弾く。弾く際、一部の矢をタマモに向けて弾き飛ばすが、それらは弓で防がれた。

 間を置かず、タケヒコは飛び上がる。今度はタケヒコがタマモの頭上付近に到達すると、天之羽張(あまのはばしり)を両手に握って急降下する。横に反転しながらタマモは避けると、弓を構えて矢を放った。今度は百本の矢が綺麗に一列に並ぶ。着地と同時に行おうとしていた攻撃をタケヒコは中断して、それを剣で受け止め続けながら前進するが、矢の圧力が速度を奪う。そのわずかな隙にタマモが距離を取る。

 間合いが広がりつつあるのをタケヒコは確認すると、前進を止め、片手を背中に隠し、空間歪曲の力でタマモを背後から攻撃する。その攻撃が弓によって防がれる。

 空間歪曲の攻撃を寸前まで見極めていたタマモが嘲笑する。

 タマモ「ふふふ。騙したわね。これ天之壽矛(あまのじゅぼこ)でしょう?」

 タケヒコ「騙したとは心外ですね。わたしは空間歪曲が、小金丸(こがねまる)の力と言った覚えはないですが?」

 露顕した以上、天之壽矛(あまのじゅぼこ)を隠す必要が無くなり、小金丸(こがねまる)を鞘にしまう。そして、天之羽張(あまのはばしり)天之壽矛(あまのじゅぼこ)を握って、タケヒコは滲みよる。少しでも間合いを狭めるために。

 鞘にしまった小金丸(こがねまる)にタマモが目をやる。

タマモ「もうなんでもいいわ。どうせそれ、キサラギが作っただけの剣でしょう? でも許してあげる。ここからが本番だから、お互い本気で舞いましょう。生と死の美しく、(はかな)い、尊き舞を」

 その言葉の意味を悟って、タケヒコは加速する。

 紫色の輝きが、タマモから周囲に放たれ始める。かつて、伊都国を滅ぼした光景が眼前に広がる。圧倒的な力による蹂躙の開始。

 最早、「間に合わない」とタケヒコが内心思い始めた矢先だった。絶望の始まりを告げる輝きの方向から、希望が飛来したのは。

 背後から飛来したそれにタマモは気付かない。紫色の輝きがそれの目視を防ぐ。

 それを手に取ると、タケヒコはすぐさま懐に隠した。

 タケヒ「(真布津鏡(まふつかがみ)。スクネ、帰って来たのですね。これがあるならば……」

 飛来した希望は真布津鏡(まふつかがみ)だった。

 タマモ「これでタケヒコも神器を使わないと勝てないわよ」

 タケヒコ「いいでしょう。ただし、あなたも覚悟なさい!」

 空へ向けてタマモが弓を引く。放たれた矢が遥か上空で一本の矢から百万の矢となる。そして、百万の矢は光速で上空からタケヒコ目掛けて降り注ぐ。

 あわてずに懐から真布津鏡(まふつかがみ)をタケヒコは取り出す。さも、ずっと持っていたかの如く。取り出した鏡が輝き始める。真布津鏡(まふつかがみ)の力で、タケヒコは空間の時間を遅くする。その空間に入った矢は止まった様に遅くなる。すべての矢が空間に入り、遅くなると、タケヒコは走り出した。更なる矢が放たれる。同様に時間を遅くした空間で止める。

 思惑に気づかれたのか、その動作を見たタマモが天詔琴を地面に突き立てる。そして、両手の指の間に八本の矢を握りしめる。

 感づかれた可能性を考慮に入れながらも、タケヒコは走る。背後からは遅くなった計二百万本の矢が迫っていた。

 八本の矢を天詔琴(あまのりごと)につがえたタマモは、やはり笑みを浮かべている。

 タマモ「このままだと、あなたも死ぬわよ。いいのかしら?」

 タケヒコ「このまま、わたしと共に行って貰います……黄泉へと」

 何としても、タマモの動きを封じ、二百万本の矢を自らと共に浴びせさせる。四魂をこの時代から二人消し去る。それが、神代(かむよ)を終わらせるための、タケヒコ最期の賭け。

 タマモ「うれしいお誘いだけど……そこはあまり好きになれそうにないの、場所の変更を求めるわ。それ位は問題ないでしょう?」

 二種の強力な力を持つ天詔琴(あまのりごと)と呼ばれる神宝(かむたから)。一つはかつて伊都国を滅亡させた対象に必ず命中させる力。もう一つは、同じ様に伊都国で使用された、あらゆる物質を矢として放つ力。

 その天詔琴(あまのりごと)から、八本の矢が放たれる。矢はタマモが好んで使う雷撃呪。まっすぐに四本の矢が、わずかな時間的な誤差と共に飛来する。その四本すべてをタケヒコは天之羽張(あまのはばしり)で叩き落す。叩き落とす間に、残りの四本がタケヒコを追い越し、背後でその矢通しが衝突する。力と力の衝突により生まれた衝撃波が、一塊と化していた二百万の矢を瞬時に消滅させる。

 タマモ「ふふふ。わたしと消えれば神代(かむよ)が終わりを告げるとでも思ったのね。あなたにしては浅はか、周りに散らかっていた失敗作のせいで、鈍くなったかしら? わたしが片付けて上げたら、もう少しましな考えでも浮かぶかしら?」

 驚愕の表情を浮かべたまま、タケヒコは言葉を返さない。代わりに走るのを止める。

 突然、タマモが膝を曲げて前のめりに倒れる。倒れたタマモの背中に矢が一本だけ突き刺さっている。それは、タマモの放った天之羽々矢(あまのはばや)。それは、二人の戦いの合間に、気配を消して近づいたスクネが、タマモの背後から突き刺した矢。

 立ち止まったタケヒコの目の前で、倒れたタマモから五百之御統之珠いおつのみすまるのたまを、スクネがむしり取るのが見えた。

 それは、タマモにとってあまりにも突然訪れた死だった。


 すでに狗奴国の街並みが見え始めている。先程まで戦っていた地は、タマモを葬った場所は、視界に入れる事は出来ない。二人がその気になれば、街まで一瞬で戻れる距離に違いなかったが、二人はゆっくりと戻って来た。その間、一言も話さずに。

 沈黙をタケヒコが破る。勝利の余韻とは遥かな隔たりがある、苦渋の表情で。

 タケヒコ「スクネ、なぜ助けたのです。あのまま、わたしがタマモと共に消えていれば、神代も終わったでしょうに」

 責めるようにタケヒコは言った。自らの命よりも、神代を終わらせたかったから。

 スクネ「……二人では意味がない」

 簡潔だが、スクネの言葉の意味を察してしまったタケヒコは言葉に詰まってしまう。

 タケヒコ「そんなことは……」

 否定する言葉をタケヒコは必死に探す。しかし、そんな言葉は思い浮かばなかった。

 スクネ「くだらない奇跡にすがるのは止めろ。神代に入っている間は、何よりも強く神の命の影響を受ける」

 分かっているはずだった。神の降臨は、二人の四魂によって行われる。だから、タマモを道ずれにして、自害するつもりだった。四魂が二人死ねば、残るは二人。そして、スクネが神の降臨など望むはずがないと。だがそれは、神の命に背く事。そして、神の命は絶対の法則。それこそ、本当に奇跡を起こしてでも、神の命である降臨は行われる。今が神代である以上は。かつて、その事実を突き付けられたのだから。

 遣り切れない思いをタケヒコはぶつける。

 タケヒコ「しかし、それを言い出したら、最早どうにもならないではないですか」

 スクネ「ならない」

 そうスクネは言った。そう言い切った。

 最初からタケヒコには分かっていたはずの事実。それでも、わずかな望みを掛けていた行為を、否定され、天を仰いだ。

 次の言葉を出す前に、落ち着くために、タケヒコは一呼吸入れる。

 タケヒコ「あなたが戻って来たら、答えてもらう約束でしたね。この間、なぜわたしの邪魔をしたのです」

スクネ「天露之糸(あまつゆのいと)

 即答だった。本当なら、それは理解できる話。天露之糸(あまつゆのいと)の針の力なら四魂でも抗えないから。それでも疑問は残る。あの時セイガは気を失っていたはず。それに、スクネは明らかにヒミコの命に反応していたから。

 タケヒコ「確かに天露之糸(あまつゆのいと)の力ならば、あなたをも操れるでしょうが……色々とおかしいですね」

 スクネ「具体的には何処がおかしい」

 タケヒコ「それはですね……」

 言葉の続きをタケヒコは呑みこむ。見覚えのある二人が、街の外で揉めているのが目に入ったために。

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