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倭国神代記  作者: がばい
3章
33/53

無意味な勝利1

 巨大な社の前に集まる猛者達。静かだが、いっさいの緩みを許さない張り詰めた場で、一人の声が響きわたる。

 ショウセン「大王アシハラシ ジョウコウ様の遺言により次の大王にアシハラシ シンム様が就任なさる。異論のあられる御方はおられるかな」

 主無き席の隣に立つカカシ ショウセンが、正面に座する三十人程の者達に、物腰は柔らかでありながら、力強い声で語る。

そ の隣で、シンムは座して目を見開き、狗奴国の誇る歴戦の猛者達を見回す。手前から順に位の高い者達が座していると、タケヒコから(あらかじ)め聞いていた。その顔を見る。一番手前には良く見知った顔が並ぶ。その後ろには、何度か見覚えのある顔もありはしたが、ほとんど知らない者ばかり。ある者は目を閉じ、ある者は見るからに怒りを抑え、ある者は品定めするように凝視していた。その表情から分かるのは、明らかに一人も歓迎している者はいないだろうという事実だった。

 侮蔑(ぶべつ)激昂(げっこう)が渦巻く沈黙を破り、先頭に座する者が発言する。

 マサノリ「先に聞いておく! カカシ老はどう思っておる。余所の負け犬の下にわし等が着くことを」

 怒りの色を見せる眼をぎょろりとさせながら、マサノリは言った。

 ショウセン「中立ですな。大王になられた方にわしは仕える。じゃから大王がおらぬ今は中立ですな」

 静かに力強くショウセンは答えた。その答えが気に入らなかったのか、元々真っ赤にしていた顔を、更に真っ赤にさせてマサノリは睨みつけて来た。

 マサノリ「わしは、狗奴国の大王に強者がなる意外は気に食わん。負け犬、おのれはなにが出来る」

 シンム「やれることは全部やる」

 眼を見会わせて、シンムは即答した。本気で、最初から思っていた故、考える必要性がなかったために即答したのだが、マサノリの怒りを煽るには十分だった。

 マサノリ「即答しおったな。勝負しろ。わしにその言葉、嘘でない事を示せぃ。従兄は最強だった。おのれも実力なり、才なり、見せろ!」

 シンム「いいぜ。それで認めてくれんなら」

 自分でも信じられない位、シンムは冷静だった。少し前ならマサノリの大声に触発されて、我を忘れていたはずなのに。

 マサノリ「表に出ろ! カカシ老見届けぃ。他の奴等は道を空けろ!」

 激昂と共にマサノリが叫ぶ。通路が、叫びに呼応して左右に動く人々によって開けて行く。出来上がった通路を、マサノリは言葉にならない声を荒げ、大地を踏みつけて歩いて行く。

 静かに、シンムは後ろから付いて行った。


 二人は対面して戦いの合図を待つ。両者の手には木刀が握られ、両極端の表情を見せる。怒り狂うマサノリと、涼しげなシンム。

 二人を見据える位置に立つショウセンが確認する。

 ショウセン「お二方とも、準備はよろしいですかな」

 マサノリ「早くしろ! わしはそんなもの、いつでも出来ておる!」

 シンム「おれは……いいぜ、いつでも」

 自分でも不思議な状態だった。対面するマサノリに集中しつつも、シンムは周りの景色がよく見えた。殺気を受け、飛んで逃げる鳥達。風を受けてざわめく草花。好奇の眼で見る観客達。そのすべてが感じられた。

 高々と上げた手を、ショウセンが下ろす。

 ショウセン「始めなされよ」

 勝負は一瞬で着いた。開始と同時に突進して来たマサノリの木刀を、シンムは振り下ろそうとした瞬間に弾き飛ばした。弾き飛ばした木刀がマサノリの背後に転がる。信じられないものを視た様にマサノリは目を見開き、自らの頬を一回叩いた。

 勝敗を見届けたショウセンが声を出す

 ショウセン「決まりましたな。よろしいですかな、マサノリ殿」

 決着がついた事を、驚くマサノリにショウセンが確認する。

 マサノリ「この男、従兄の技を……最早、わしに文句など言えるか!」

 吐き捨てるようにマサノリは言った。

 シンム「これからたのむぜ、叔父さん」

 木刀をシンムは横に置いてから手を差し伸べた。

 マサノリ「好きにしろ!」

 差し伸べた手が弾かれる。そして、マサノリはその場に座り込み、背を見せてぶつくさ言っている。

目をシンムはショウセンに向けると、こくりと頷かれた。だから、それ以上何も言わず、シンムもマサノリに背を向けた。


 席に戻ると、ショウセンは改めて他に意見が無いかを求めた。先程と違い、今度はどよめきを見せている。それは侮蔑でなく、明らかに動揺の色が濃かった。どよめきの中、ショウセンの声が響き渡る。ただ黙って、シンムは目の前の猛者達を見つめながら意見を待った。

 ショウセン「他に、どなたも異論があらぬのでしたら、大王にシンム様が就任なされてよろしいのですな」

 最初から目を閉じ、たまに首を横に落としては頭を振って意識を保っていた、最前列に座すもう一人の男が手を上げる。

 明らかに眠りかけていたその男は、いつの間にか目を開き、精気に満ちた表情をしていた。

 ハルモチ「ショウセン殿、意見を述べさせて貰ってもよろしいかな?」

 その男は初めて会った際に呆けている様にしか見えなかったイナバ ハルモチだった。

 ショウセン「今日は調子がよろしいようでなによりですな。ハルモチ殿、何かありますかな」

 うむと頷くと、全身をハルモチはシンムに向けて来た。その礼儀正しい態度に、シンムも背筋を伸ばす。

 ハルモチ「シンム様と申されたな。このハルモチ、先々代よりこの国に使えさせて貰っておるが、余所者が大王に就任なさるのは初めてでの……単刀直入に言わせて貰いますが、信用も、信頼も、出来ませぬ。とはいえ、故親方様の言は存外には出来ぬ」

 真摯に言ったハルモチの言葉が、シンムの心に突き刺さる。当然の論理、それだけに反論が出来ない。乏しい自らの言葉や知識で反論しても、どうにもならないと悟ったから。

 ショウセン「つまり、どうなされたいのですかな?」

 言葉に詰まったスクネを察したのか、ショウセンが口を挟んだ。言葉を口にしたショウセンに向き直して、ハルモチが言う。

 ハルモチ「一時的に、大王の座をシンム様が預かると言う形には出来ませぬかな? 今後どうするにせよ、時間も必要であろう」

 真摯なハルモチの言葉に賛成するかのように、頷く者が多数表れる。そのしぐさを見てショウセンが賛同者に挙手をうながす。

 結果は満場一致だった。

 ショウセン「どういたします、シンム殿? 何か意見があられましたら、申されてはいかがですかな?」

 シンム「何もねぇ。それでいいんなら、それで認めて貰う」

 本心でないことをシンムは言った。本当はこの提案は望外。無視されるか、失笑を買う位ならまだしも、内部分裂の可能性が一番高い事を、タケヒコから聞かされていたから。だから、これ以上の条件など望めるはずなかった。

 ショウセン「ふでしたら、一年ほど様子を見ましてから、正式に就任でよろしいですかな?」

 そのショウセンの提案に対する答えは全員同じだった。

 一同「意義なし」

 終わると、シンムに緊張していた実感はなかったが、大量の汗が噴き出た。自分としては、望外の結果を得た事に安堵しつつ、全員の退席を待ってから、シンムもその場を後にした。

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