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倭国神代記  作者: がばい
1章
3/53

鬼と妖鬼2

 妖鬼(ようき)の情報を聞いてからすぐさまタケヒコはシンムと合流していた。

 街を守る門から数里ほどの場所で、迎え撃つ準備を整え待ち構えていた。いく刻か経過した後、妖鬼の群れがタケヒコの目に入る。群れの中央には巨体をした頑丈そうな男が一人、巨大な棍棒を持って地をふみつける様に歩いていた。

 タケヒコ「あの方は確か……」

 初老を迎えたばかりの男、弓兵を指揮するヤハズ ヤカモチが答える。

 ヤカモチ「敵はマヒトツナガスネだと思われます。妖鬼は二十体ほどのようです」

 耳でヤカモチの情報を聞き流しながら、タケヒコは体の大きなナガスネを凝視する。頭を回転させ、ヤカモチの(おに)としての能力に考えを巡らし、それ以外についても熟考する。

 鬼は妖鬼と同じように、巫女から印を彫られることによって生まれる存在。印を彫られることによって、風を操る能力、火を生み出す能力など新たな能力を得られた。ただし、代償として寿命を差し出さねばならず、三十ぐらいまでしか生きることが出来なかった。

 考えを巡らすタケヒコの頭を制止するかのように、ナガスネが妖鬼の群れの前に出る。その姿から想像出来る通りの低く野暮ったい声で、片言に大男は口を開いた。

 ナガスネ「メイレイ オマエラコロセ イワレタ」

 大男と同じ様にシンムが前に出る。挑発するのだろうと予想出来たが、タケヒコに止める気はなかった。

 シンム「おまえ、ナガスネとか言うんだろ。命令で来たんだったら、おれが新しい命令してやる。カ エ レ」

 ナガスネ「メイレイ デキナイ ヒミコサマ イガイ オデニ」

 シンム「それなら、おれが今だけヒミコになってやる。命令を聞いてさっさと帰れ」

 この辺りでタケヒコは見ていられなくなり、顔を手で隠した。

 ナガスネ「ヒミコサマ チガウ オマエハ バカ タダノ」

 シンム「何だと!。どっちが馬鹿か、今すぐに教えてやるから、ぜってぇそこ動くなよ」

 正面に立つナガスネの言葉にシンムが顔を真っ赤にして応戦する。それを見て、タケヒコはため息まじりに、「やはり止めればよかった」と、少しだけ後悔した。

 タケヒコ「シンム様、そこを動かれないでください。わたしが相手をしてまいります」

 シンム「おれがあの馬鹿を張り倒してやるから、タケヒコは兵達を指揮して、他の雑魚共を頼むぜ」

 制止するタケヒコを無視するかの様に、シンムは顔を眉間をひくりをさせながら言った。鼻息が荒く、今にも飛び掛かりそうな勢いでいる。仕方なく、無理やり制止しようかと考えるタケヒコを余所に……

 ナガスネ「オデ バカ チガウ オマエ バカ」

 シンム「また言いやがった。ぜってぇ後悔させてやるからな」

 ナガスネ「オデ コウカイ シナイ バカ シヌダケ」

 シンム「うるせぇ。てめえみたいな口だけの奴を馬鹿って言うんだよ。馬鹿でないなら、拳で語りやがれ!」

 とうとう剣を握り締め、シンムはナガスネに飛び掛かった。冷静さを失っているシンムが巨大な棍棒で身体ごと簡単に弾き飛ばされる。尻から地面に落ちたシンムに、ナガスネがとどめの一言を言った。

 ナガスネ「ケン コブシ チガウ バカ オマエ」

 シンム「似たようなもんだろうが。いちいち、上げ足取ってんじゃねぇ!」

 それを見てタケヒコは思わず下を向き、ため息を漏らした。とはいえ、頭は冷静に状況を考える。

 タケヒコ「シンム様が先に挑発を始めましたのでしょうに……。もっとも、この一騎打ちでしたら、丁度よい剣の訓練と……なによりも精神の鍛錬になるでしょうが」

 ヤカモチ「一騎打ちなど……王をお止めならなくてよろしいのですか、タケヒコ様」

 至極もっともなヤカモチの意見を聞き流しながら、ナガスネの背後にいる妖鬼の群れを、タケヒコは一望する。数はそれほどでもない。

 考えがまとまり、結論を下す。あとは、すみやかに行動に移るだけ。

 タケヒコ「一騎打ちでしたら大丈夫でしょう。仮にそうでなくても、何かが起こってからでも遅くはないと思います。もっとも、釘だけはさすがに刺しておきますが」

 ヤカモチ「かしこまりました。それでしたら、わたしは剣兵も率いまして、妖鬼の群れを何とかいたします」

 タケヒコ「そちらの方はお願いします」

 目線を追ったのか、ヤカモチの新たな提案は、タケヒコの考えと一致した。故に、了承する。


 手を上げてヤカモチが近くにいた兵を呼びよせ、何か指示を送る。指示を受けた兵から兵へ、そして全体へと指示が行きわたる。兵達はシンムとナガスネの二人から妖鬼を引き離すように戦い始めた。

 戦場に一騎打ちのための空間が出来上がる。


 作られた空間にタケヒコは残り、シンムの一騎打ちを見届ける事にした。何かあった時のためにも。

 タケヒコ「シンム様、くれぐれも鬼の能力だけはお気をつけください」

 シンム「鬼道って……どう見たって、こいつ若くは……」

 タケヒコ「シンム様、油断は……」

 シンム「わかってるって、封印呪を首にかけて、鬼道を封じればいいんだろ?」

 任せると言いはしたが、タケヒコはシンムとのやり取りで不安になって、更に念を押そうと思ったが、それを止めた。集中を始めたシンムの邪魔をしないために。

 全神経を集中させて、ナガスネとの間合いを詰めるべく、すり足でシンムがにじみ寄る。今度は簡単に飛び掛かったりなどせず、タケヒコが教えた通りに動いていた。

 安心出来るかと思ったが、シンムの次の言葉がタケヒコを心配にさせた。

 シンム「今度こそ覚悟しろよ、この大馬鹿やろう!」

 そんなタケヒコの不安を余所に、一騎打ちは始まる。


 首を慌ただしくタケヒコは左右に動かし続ける。一騎打ちの状況、兵達の状況、全体の状況を常に把握するために。

 剣や矛を持った歩兵が妖鬼の爪や牙による攻撃を防ぎ、弓兵が確実に妖鬼を一体ずつ仕留めていく。徹底的にタケヒコ達が仕込んだ戦術。他の士官達と共に、妖鬼との戦いにそなえて兵達を調練し続けた成果が結果としてあらわれる。

 幸いにも、兵達は統率された動きで戦果をあげていく。その点で安心を得ながらも、心配の種と化している一騎打ちにタケヒコは目を戻す。


 力任せにナガスネが棍棒を振り回す。そのたびにシンムの体が宙を舞う。否、自ら剣で棍棒を受けると同時に後ろへ飛んで衝撃をそらす。

 毎日のように、シンムがくたびれて動けなくなるまで、タケヒコは防御方法を教え続けた。故に、条件反射にまで昇華された受けの防御が、ナガスネに致命傷を許さない。

 とりあえずは大丈夫だろうとタケヒコも内心では思う。それでも、このままではいずれは……

 タケヒコ「シンム様、早く封印呪を首に掛けて下さい」

 シンム「わかってる、だけど近づけねぇんだって。意外に、こいつつえぇしよ」

 剣と棍棒が火花を散らすたびに、シンムが弾き飛ばされる。傍目にはシンムが押されているように見えるが、実際には双方とも決め手に欠け、互角の戦いを繰り広げていた。

 責めあぐねるシンムを見ながら、タケヒコは自分が一人で教えられることの限界を感じていた。

 タケヒコ「わたしのやり方は人には無理ですから……しかし、妙ですね?。ナガスネさんは鬼の能力を使う気配が見受けられません。何か目的でもあるのでしょうか……」

 そこまで考えて、タケヒコは心当たりを思い出す。否、本来は、最初にタケヒコは心配すべきだったのだが。

 タケヒコ「いけません。シンム様、戦いを止めてカグヤ様の所へすぐに行ってください。恐らく、この妖鬼達は陽動が目的です」

 そう言うが早いか、タケヒコは一騎打ちの間に割って入った。そして、ナガスネに向かって小金丸という銘の曲線を描いた剣を抜き放つ。

 シンム「今、なんて言った? よく聞こえなかったけどよ……さっさとこいつを倒して戻れば問題ないだろ」

 当然の疑問をシンムが口にする。人ならば、常識で考えるなら、シンムは決して間違ってはいない。だがタケヒコの心配は人の常識など意に介さない。だから、叫ぶ。

 タケヒコ「ここはわたしがなんとかしますから、早く戻ってください。カグヤ様が危険です」

 それが現実になってしまう前に、この戦いを終わらせる。そのためにも、シンムを遠ざけたかった。出来得るなら、永遠に見せたくない自らの本当の力を見せないためにも。

 しかし、その思いは何処にも届かない。


 時機を見計らったように強烈な轟音が響き渡った。その轟音と共に、タケヒコの表情から完全に余裕が消える。何が起ったのかわからず、轟音が響いた方向に向かってシンムが大声を張り上げる。

 シンム「姉貴ぃぃぃぃーー」

 悲鳴のようなシンムの叫びを耳にしながら、タケヒコも轟音が響いた方向を見ていた。

 タケヒコ「今の音は落雷呪。落雷呪を好んで使うのは……まさか、タマモが来たのですか!」

 焦りの表情がタケヒコに浮かぶ。心が最悪の事態に発展する可能性を否定させない。

 その時、戦場に空気も凍りつくような女性の声が空から落ちて来た。その声はタケヒコのよく知っている人物の声。

 声「そこにいるタケヒコ達を足止せよ、ナガスネ」

 タケヒコ「彼女の声!」

 声が止まるとナガスネの全身が焦げ茶色に変色していく。何者かの命を受けたナガスネが鬼の能力を使い始める。

 ナガスネ「チカラガ チカラガ うぉぉぉぉぉーーー」

 焦げ茶色に変色したナガスネがタケヒコに棍棒を振り回して来る。その攻撃をタケヒコは剣で受け流しながら左拳で正拳突きを浴びせた。何か硬い物を殴ったようだった。

 それでナガスネの鬼の能力を理解する。

タケヒコ「シンム様、ナガスネさんは肉体を岩か何かに変えたようです」

シンム「姉貴 あ・ね・きーー」

 助言に耳を傾ける余裕もないシンムは、ただ姉の身を案じ、落雷らしきものが落ちた方向に絶叫していた。



 外が慌ただしくなっている。いくつもの足音が聞こえ、スクネは何かが外で起こっていると感じていた。ほとんどすべての足音が外に向かう中、足音が一つだけ近づいて来る。とはいえ、スクネには興味もなく、結局は、横になったまま天井を見上げていた。

 牢の前で足音が一つ止まる。その足音の主が声をかけてきた。

 カグヤ「ひさしぶりだよね。会ってから少し経っているけれど、わたしのこと覚えてる?」

 声の主はトヨウ カグヤだった。横になったまま、身体ごと顔を声の主の方へと向ける。両手を腰に当てて、カグヤは満面の笑みをしていた。

カグヤ「覚えてないわけないよね。だって、初めてあった時に「カグヤか」ってわたしの名前をいきなり呼んだし。しかも、わたし命の恩人だし」

 内心でシンムは「恩人か、客観的にはそうかもしれないな」と思いながら、素直にスクネはそう感じた。最も、命乞いされたことには、特に感謝などしていなかったのだが。

カグヤ「ほんとにしゃべらないね、きみ。でもそれ失礼だよ、わかってる?。まず挨拶ぐらいちゃんとしないと。……って、わたしもしてなかったね。てへ」

 腰から手を離して、カグヤが丁寧にお辞儀する。

 カグヤ「はじめまして、トヨウカグヤと言います。本当はイブキカグヤじゃないといけないんだけどね、お母さんの姓をもらってトヨウと名乗ってます。こう見えても巫女なんだよ。すごいでしょ」

 お辞儀を終えると、胸を張って、自慢げにカグヤはそう言った。

 カグヤ「あとね。知ってると思うけど、この国の王であるイブキシンムはわたしの弟なんだよ。だから、殺す、なんて言ったらだめだかんね! もちろん、言わないで実行に移すというのもだめ! どっちかというと……そういう性格っぽいもんね、きみ。約束だよ。とにかく、次はきみの番だよ。挨拶ぐらい、もちろん出来るよね」

 いっきにカグヤはまくし立てた。まくし立てている最中も、表情がころころ変わる。おそらく感情が豊かなのだろうとスクネは思う。その表情の変化が、内心「くだらない」と思いつつも、目をなぜか離せなかった。

 カグヤ「名前ぐらいきちんと言わないと、またシンムに「ごんべえ」とか言われるよ。まぁ、あれ、わたしが教えたんだけどね」

 期待の眼差しをカグヤは向ける。それに反応してスクネは声を漏らした。

 スクネ「スクネだ」

 笑みがカグヤの顔いっぱいに広がって行く。

カグヤ「いま、話したよね? きみがまったく話さないって、タケヒコが言ってたよ。どういう聞き方をしてたんだろ? あ、ごめんね。途中で口挟んじゃった。わたしのわるい癖だよね。てへ。いいよ、続きをお願いします」

 それ以上、何もスクネは言わなかった。最も、名前すら口にする気は当初なかったはずだったのだが。

 カグヤ「ひょっとして終わり? 名前しか言ってないよ、きみ。いくらなんでもそれはひどいよ。普通は姓も言うものだし、あと、少しぐらい自分の事を紹介ぐらいしてよね。わかった?」

 言われている事の真意が理解出来ず、スクネはわずかに混乱する。理解不能、それでも目だけは離せない自分が、更に不可思議だった。

カグヤ「うーーん。と言っても埒が明きそうにないから、わたしが質問するから、それに答えてね。ちなみに質問は三つだよ

 内心「よっとで本題か」と思いつつも、スクネはどこか寂しさを覚えていた。何が寂しいのかも理解出来ず、そういった心情の変化に自分でも驚きながら。

カグヤ「では、質問その一。あなたの生まれた国はどこですか? わたしは狗奴国(くなこく)で生まれたんだよ、知ってた? まあ、小さい時しかいなかったから、記憶が曖昧なんだけどね。でもね、今の狗奴国(くなこく)の大王アシハラシジョウコウって人はわたしの叔父さんなんだよ。すごいでしょ」

 内心「生まれた国に何の意味がある」と思いつつ、スクネはカグヤの眼を見る。

 カグヤ「きみは、どこどこ? 邪馬台国の一部だろうから、うーん、やっぱ都の邪馬一国(やまいこく)? それとも、案外この国だったりして」

 まったく理解出来ないが、カグヤは眼を輝かせていた。その眼を見ていると、催眠にかけられたかのようにスクネは言葉を口に出してしまう。

 スクネ「おれに生まれた国などない」

 カグヤ「これも教えてくれないか。まぁ、いいや。しゃべってくれたし。じゃあ、質問そのニ。あなたの好きな食べ物は何ですか? ちなみに、わたしはりんごが好きだよ。小さい頃にお父さんとお母さんが、いっぱい、いっぱい取ってきてくれたんだよ」

 スクネ「そんな無駄な質問はフツヌシタケヒコに聞くといい。あの男が知っているらしい」

 カグヤ「えぇぇぇぇ! タケヒコが知ってるの? なんでだろ?。うーん、あとで聞いてみよう」

 笑顔、驚き、思考、次々に表情を変えてから、遂に表情が真剣そのものになる。

 カグヤ「質問その三……」

 三つ目の質問をしようとすると、カグヤは頭を下に向け躊躇しているようなしぐさを見せる。声にも今までのような元気さがなくなる。表情と態度にあからさまな変化を見せるカグヤに、スクネは身構えて言葉の続きを待った。

 そして、意を決したようにカグヤが恐る恐る口を開く。

カグヤ「ツクヨスクナって、だれか知ってる?」

 その名を聞いてスクネは深い悲しみや絶望、羞恥心や罪悪感、他にも色々な感情が込み上げてきて、目の前が真っ白になった。そして、その名に対する怒りと憎悪で感情が一色に染まる。

スクネ「おれはスクネだ! 二度と……二度と、その名を口にするな!」

 怒声。感情を爆発させてスクネは声を張り上げた。驚いたのか、カグヤの目が大きく見開かれ、泣きそうな表情になる。

 怒りで我を忘れているスクネは言葉をまくし立てる。

 スクネ「二度とその名を口にするな! もう一度口に出してみろ。すぐに、その場で殺してやる!」

 カグヤ「ごめん。でも、そこまで怒らなくていいじゃない! わたしだって……わたしだって……なんでこんな事聞いたかわからないんだから!」

 涙を流し、身体を震わせながら、カグヤは逃げるように去って行こうとする。その姿を見てスクネの頭が急激に冷える。

スクネ「……待て……」

 思わず漏れたスクネの言葉にカグヤが踏みとどまる。

 カグヤ「まだ何かあるなら早く言ってよ。わたしだって、わたしだって」

 背中を見せたままカグヤは振り絞るように、泣きそうな声で言った。続ける言葉がスクネにはない。なぜか本人すら分からずに反射的に止めて、スクネ自身が動揺している位なのだから。

 仕方なく、他に言葉も思い浮かばず、スクネは謝罪の言葉を出そうとした、その時だった。

スクネ「突然怒鳴ってすまなかっ……ふせてろ!」

 轟音と共に天井から瓦礫が落ちてくる。拘束具と牢の格子を力ずくでスクネは壊し、落ちてくる瓦礫からカグヤを守る。それはまばたきするほどの一瞬で行われた。

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