人で無き者4
建物と建物の隙間、わずかに光が差す暗がりで、カグヤは倒されていた。両腕と両足を氷で拘束され、モリヤが馬乗りになっている。その顔には嫌な笑みを浮かべ、頬が紅潮していた。
先程、スクネと別れてシンム達三人を追い掛ける途上で、物陰から突如現れたモリヤに拘束され、連れ込まれていた。
モリヤ「やっと僕のものに出来る」
カグヤ「放して!」
目が血走っているモリヤが、嫌がるカグヤの髪に触れる。
モリヤ「なに、すぐによくなる。この僕に抱かれるのだから、感謝してもらいたいぐらいさ」
鼻息を荒くして、カグヤの衣服にモリヤが手をかける。
カグヤ「誰があなたなんかに!」
両腕と両足を拘束されているカグヤが、唾を吐きかけて抵抗を試みる。
モリヤ「うるさい!」
唾を吐きかけられたモリヤが、必死に叫ぶカグヤの頬を叩くと、叩かれた頬が赤く染まる。それを見たモリヤが、手を上げた本人が、気が狂ったように笑い声を上げる。
モリヤ「ぼくに逆らうからこうなるのさ。さぁ、分かったなら、ぐずぐずするな!」
最後の抵抗で、カグヤは必死に大声で叫ぶが誰にも届かない。
何かに取りつかれた様に胸元に焦点を合わせているモリヤによって、衣服が破り千切られる。
モリヤ「もうすぐ……もうすぐだ」
恐怖がカグヤを包み込んだ時だった。
声「目覚めよ」
その声の直後、カグヤは瞳から色が消え、ぐったりした様に顔を横に傾け、身動き一つしなくなった。
抵抗を止めて、あきらめたと勘違いしたモリヤが残りの衣服を破るべく、手を掛ける
悲鳴を上げる。ぐったりしたカグヤの口は、唇は、まったく動いていなかった。
やむを得ずイヨ達と別れた後、悲鳴の聞こえた方へと全力で駆けたシンムは、幸運にも、すぐにカグヤを見つける事が出来た。
二人を見つけると、モリヤが馬乗りになっていた。ただでさえ遣り切れない気持ちになっていたシンムは、迷わずモリヤに体当たりする。いろいろな感情をぶつけるかのように。
馬乗りになったモリヤを押し退けて姉に目をやると、まずカグヤの衣類が引きちぎられているのが目についた。更には、気を失っているのか瞳に色が無い。最早、制御など出来ない怒りと共に、シンムは腰から剣を抜く。
睨みつけるシンムを、同様にモリヤは恨めしげに睨み返してくる。
シンム「てめぇ、姉貴に何やってやがんだ!」
モリヤ「また馬の骨か! 馬の骨なら、馬の骨らしくしてればいいんだよ! そんな事もわからないのか!」
シンム「今度と言う今度は頭に来たぜ! ぜってぇぶった切ってやる! てめぇのせいで、見失っただろうが!」
気を失っている姉を背にして、シンムはモリヤと向き合う。激昂するモリヤは周りが見えなくなっている。二人はお互いに意識を集中させていた。怒りという感情をむき出しにしながら。故に、二人とも気づかなかった。否、仮に気づいていたとしても、何が起こっているのかまではわからなかっただろう。髪と瞳が紫色に染まるカグヤに、何が起こっているのかを。
かつて、伊都国で五百之御統之珠をタマモが使った時と似た様な光景が広がり始める。金色に輝く紫色の後光が広がって行く。
我慢の限界をとっくに超えているシンムとモリヤが、戦闘態勢に入る。
モリヤ「死ね、馬の骨!」
シンム「てめぇこそ、黄泉に送りつけてやる!」
二人が同時に跳びかかろうとした、その時だった。拘束している氷を簡単に砕いて、カグヤが起き上がったのは。
カグヤ「あまり目覚めがよろしくないな」
声はカグヤそのもの。それでも、響きと口調に、何処か男性的なものがあった。
シンム「姉貴?」
別人のようなカグヤの声の響きに、シンムは後ろを振り返った。
カグヤ「はて、辺りの雑音がひどいからであろうか?」
蝿でも追い払うかの様に、うっとうしそうにカグヤが手首を動かす。衝撃波が走る。衝撃波はシンムとモリヤに襲い掛かり、二人を吹き飛ばした。二人が同時に身を打ち付けられる。頭を強く打って、シンムは気を失った。
紫色の瞳をしたカグヤが、不満そうに辺りを見回す。
カグヤ「余が目覚めたと言うのに……四魂は何をしておる?」
無慈悲な紫色の瞳。暗黒さえ美しいと思えるほどの瞳を見たモリヤが、恐怖に怯え、尻もちをついたまま後ずさりするが、背後の建物がそれを阻止する。
モリヤ「あ、あいつはなんなんだ」
気味が悪いほど鮮やかな紫色に光る髪をしたカグヤが、モリヤの声に耳を澄ます。
カグヤ「はて、耳障りな雑音がまだ聞こえるな」
すでにカグヤはモリヤなど見ていなかった。正確には、今のカグヤに取って、モリヤの存在は路上に落ちた石ころにすぎない。
そんな事など分かるはずもないモリヤが、震えながら気を失っているシンムを指差す。
モリヤ「ぼ、僕はなにもしゃべってない。そうだ、そこの馬の骨がうるさいから」
耳を貸す事もなく、再び衝撃波がモリヤを襲う。それを左手でモリヤが受け止める。受けた左手が、一瞬にして肩からもぎ取れて、その場に落ちた。
不思議と血は一滴も流れず、モリヤは痛みも感じていなかった。
恐怖でモリヤが自分を見失う。そのモリヤが、助かりたい一心で、場に現れた人物を求めた。
ジョウコウ「……モリヤ」
その人物は狗奴国の大王。その人物は倭国最強と呼ばれる男。
モリヤ「ち、父上、助けて」
険しい顔でモリヤ、シンムの順に、ジョウコウは見回してからカグヤに目を止める。
ジョウコウ「愚かな……カグヤを襲ったのか」
青白い顔をしながらも、ジョウコウの眼に強さと鋭さが宿る。肩で息をしながらも、対面するカグヤに向かって殺意を放ち始める。最後の生気を解き放つかのように。
カグヤ「やはり雑音がひどい。どれ、調律してやろう」
目を閉じて、カグヤが手をかざす。指を、音楽でも奏でるかのように動かし始める。指が動くたび、場に声が、音が木霊する。その音はこの世のものとは思えない。音の数だけ惨たらしく死ぬ姿が、惨たらしく死んだ自らの姿が、場にいる者達の脳裏に映し出される。自らが死ぬたびに、全身を強烈な痛みが襲う。耳を塞ぎ、目を閉じても繰り返された。永劫かと思える死は続く。
ジョウコウ「くだらない、幻覚だ」
都牟刈之太刀を抜いて、ジョウコウが声を斬り払う。音が斬り裂かれる。
丁度その時だった、シンムが目を覚ましたのは。
シンム「今……何か遭ったよな?」
打ち付けた頭を触りながら、シンムは置き上がる。
モリヤ「い、いやだ・もう、死にたくない……死にたく」
耳を塞ぎ、眼を閉じ、縮こまってモリヤは震えている。
頭を抱えてもだえ苦しむモリヤ。剣を構えて殺気を放つジョウコウ。そして、その二人を楽しげに見ながら笑みを浮かべるカグヤ。
カグヤ「実に愉快。余の調律の邪魔を、よもや失敗作にされようとは」
ジョウコウ「カグヤは消えたか?」
品定めするかのように、ジョウコウは睨みながら聞いた。
カグヤ「邪魔だけでなく、奏上まで? これは、愉快、愉快。特別に答えてやろう。余も、岩戸の隙間から顔を出しておるだけ。ゆえに、この芸術品の魂もまだ消えてはおらぬ」
心底愉快そうにカグヤが笑う。その眼には、ジョウコウを新しい玩具とみなし、興味の色を宿らせていた。馬鹿にしたように手を叩きながら。
ジョウコウ「なればカグヤに変わるがよい……変わらぬなら、斬り捨てる!」
都牟刈之太刀を上段に構えながら、ジョウコウは脅す様に言った。それが、ただの脅しなどでない事を悟ったシンムが声を上げる。
シンム「何言ってんだ! 姉貴を斬るだと? ふざけてんのか?」
近くに落ちていた自らの剣をシンムは握り締める。
カグヤ「愉快、愉快、愉快。斬る? 余を? 実に愉快、ゆえに、斬らせてやろう。余を愉快にさせた褒美をとらす、斬りたいだけ斬るがよい」
手を叩くのを止めると、カグヤは両手を広げながら無防備に歩み出した。
ジョウコウ「カグヤ……逝くがよい」
両手を広げるカグヤが、ジョウコウの前に歩み寄る。目を閉じたジョウコウが都牟刈之太刀を振り下ろす。次の瞬間、金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
姉を守るために、シンムは慌てて割って入り、剣を受け止めた。
シンム「あんた、姉貴を本気で殺そうとしやがったな!」
ジョウコウ「シンム……邪魔をするな」
シンム「いくらあんたでも」
剣を受け止めたシンムは、本気でジョウコウを睨みつけた。師である男は、父と名乗った男は、唯一の姉を本気で斬ろうとしたから。
カグヤ「つまらぬ。余の芸術品を失敗作が斬るのも愉快であったのに……やはり、先に雑音は消しておくのであった」
広げていた両手をカグヤは下ろすと、右手の指先をシンムの心臓付近に向ける。
カグヤ「壊れよ」
凍りつく様な声でカグヤは、目の前のシンムをつまらなさそうに見ながら言った。
シンム「姉貴?」
あまりにも冷たい声を聞いたシンムは、ジョウコウの剣から守った背後のカグヤを見た。そこには恐怖そのものが立っているかのようだった。
凍りつくような声で言ったカグヤの右手の爪が一寸ほど伸びる。爪よりも早く動いたジョウコウに、シンムは突き飛ばされる。爪は伸び続け、二〇寸程の長さまで伸びた。
倒れたシンムが気付いた時には、真っ赤に染まったカグヤの爪が、ジョウコウの左わき腹から右肩へと突き抜けていた。
シンム「ジョウコウさん?」
爪でその身を貫かれたジョウコウの顔は、なぜか笑っている様だった。少なくとも、シンムにはそう見えていた。
カグヤ「所詮は失敗作か……余を結局、失望させる」
爪を元の長さに戻すと、カグヤはつまらなさそうに言った。侮蔑するように、汚いものを見るように、ジョウコウに目を向けながら。
シンム「姉貴何したんだ? ジョウコウさん?」
混乱するシンムに、理由を、状況を説明する者など誰もいない。
ジョウコウ「逃げよ、シンム」
今までにシンムが見た事のない優しい笑みを、ジョウコウが浮かべている。苦痛からか、実際には表情が歪んでいるのに、シンムにはそう見えていた。
カグヤ「目障りだ」
言葉と共に、カグヤから衝撃波が奔った。その衝撃波で、近くにいたシンムとジョウコウは吹き飛ばされた。
モリヤ「ば、ばけもの。いやだ、これ以上死にたくない。ははは、ははははははは」
耐えきれなくなったモリヤが狂ったように笑いながら逃げ出す。それに目を一瞬だけカグヤはやるが、興味なさげで、気に留めようともしない。代わりに、モリヤの逃げた方向へ、カグヤが語りかける。
カグヤ「遅すぎるな、それに余と臣の謁見の場としてはせますぎる」
そう言って広げたカグヤの指先から赤い光が放たれ、赤い光を受けた建物が消滅する。建物が消えたお陰で、シンムも二人が駆けつけて来るのが見えた。
やっとで駆け付けて来た二人に向かって、カグヤは語りかけていた。
カグヤ「ようやく出迎えか、四魂?」
駆けつけて来たスクネは品定めするようにカグヤを見た。
スクネ「おまえは」
天之壽矛をスクネは構えて、矛先をカグヤに向ける。すでに状況は最悪の事態と化しているとスクネは判断を下す。
カグヤ「四魂、余に述べる事はないのか?」
尊大にカグヤが言い放つ。
タケヒコ「カグヤ様、もし聞こえるのでしたら、カグヤ様自身の意識を取り戻してください?」
目の前のカグヤに語りかけていながら、もっと遠くの別人に語りかける様にタケヒコは言った。
スクネ「言うだけ無駄だ。やる事は理解しているな」
何も答えず、辛そうな表情でタケヒコが頷く。それを合図に、スクネとタケヒコが同時にカグヤへ飛び掛る。二人の行動に動じた様子も見せず、カグヤは両腕を高く掲げると一気に振り下ろした。二人は、スクネとタケヒコは、カグヤの目の前でうずくまった。
立ち上がろうとスクネはもがくが、立ち上がる所か指一本動かない。何か見えない力に押さえつけられている。それはまるで、何か重いものでつぶされているような感覚だった。
タケヒコ「重力を……変えたのですか」
同様にもがいているタケヒコが言った。
カグヤ「このたわけが。余がこの場にいるであろう。遅れたのを恥じる気持ちを表すのならば、その姿こそふさわしい。余が寛大でなければ消しておる。相違あるまい? 弁明はあるか?」
うずくまってもがくスクネとタケヒコの表情を楽しむ様に、カグヤが覗きこむ。
シンム「姉貴! さっきから冗談もほどほどにしろ! なんでジョウコウさんを!」
立ち上がったシンムがカグヤに詰め寄ろうと一歩踏み出す。
タケヒコ「シンム様、逃げてください」
祈る様な叫びをタケヒコが上げた。
カグヤ「しばし待つがよい四魂。まだ雑音が残り、余達の語らいの邪魔をしているようだ」
一歩踏み出したシンムにカグヤが目を向ける。景観を壊すだけのゴミでも見るような眼で。
タケヒコ「早く、お逃げください、シンム様」
祈るタケヒコの声は届かず、シンムが更に一歩踏み出すと、カグヤの瞳が深淵に続くかのような紫色に輝く。直視したシンムが震えだす。震えが足に来ると、体中から力が抜け、その場に座り込んでしまった。
全身が震えているシンムに向かって、カグヤが左手をかざす。するとシンムは震えが止まり、気を失った。そして、カグヤの左手から黒い渦巻きが出現する。
カグヤ「壊れぬまま黄泉に送られること、幸運と思え」
冷酷にカグヤは言い放った。
タケヒコ「や、やめてください」
乞う。辛そうにタケヒコが乞う。絶望と化したカグヤに、タケヒコはシンムの許しを乞うた。その情けないまでの乞いは届かない。
カグヤ「却下する。余が寛大でいられるのは四魂に対してのみ」
無慈悲にカグヤは断を下した。
その間、スクネは考え抜いていた。状況を打破する手段を。
カグヤ「喜び、敬え、祈れ、失敗作」
紫色の瞳のカグヤには何の慈悲もなく、黒い渦が少しずつシンムに近づき始める。
その時、声が何処からともなくスクネの頭に聞こえた。
声「鏡を使え。あれを傷付けぬなら……時は戻せる」
一瞬、スクネは躊躇するが、その声を信じる。迷っている暇はなかったから。他に何一つ方法が思い浮かばなかったから。
実行に移す事に決めたスクネが、真布津鏡を持つタケヒコに声を掛ける。
スクネ「仕方ない。鏡を使え、タケヒコ」
タケヒコ「鏡を?」
スクネ「重力を、この空間を、元の時間に戻せ」
理由を察し、頷くタケヒコ。解放の時に備えて、次の行動に向けてスクネは頭を切り替える。刹那の時間さえも無駄にする事は出来ないから。
タケヒコ「大神のこと知るそのいみな八尺鏡なる」
渾身の力を振り絞り、タケヒコが懐に締まっていた真布津鏡を取り出す。そして、真布津鏡にスクネが写し出されるように向ける。その身を封じている重力の中、最期の希望にすがるようにタケヒコが神器の力を解放するための言葉を紡ぐ。
鏡に映し出されたもの全ての時間の法則を自由に操れる神器が、金色に輝く紫色の光を放ち始める。
金色に輝く紫色の光は、スクネを包み込んだ。空間の時間が逆流して、重力が元に戻る。
間一髪だった。黒い渦がシンムのたどり着く寸前に、自由を得たスクネが、カグヤを抱えて空高く跳躍したのは。
周りに誰もいない、障害物も何もない所に、スクネは着地する。同時にカグヤが腕の中から逃れる。
逃れたカグヤが目を細めながら言葉を口にする。
カグヤ「真布津鏡の使用を許した覚えはないが?」
スクネ「おまえの許しなど必要としない」
カグヤ「まぁ、よい。余は慈悲深い。して、このような場所で何をする?」
向き合うカグヤが周りを見回しながら言った。そのカグヤにスクネは質問した。答えは帰って来るかわからないが、助ける為の情報を少しでも得ようとして。
スクネ「ひとつ聞くが」
カグヤ「よい、許す。余が答えてやろう」
スクネ「その身体は、今、誰の物だ」
カグヤ「四魂には残念であろうが、余は降臨したわけではない。ゆえに、今はまだ管理者の物である」
スクネ「カグヤはどうしている」
カグヤ「芸術品の管理者の魂など気にしてどうする?」
スクネ「カグヤはどうしていると聞いている」
カグヤ「答える必要を認められんな」
確証はない、それでもカグヤの無事を確信してスクネは天之壽矛を構え、臨戦態勢に入る。それを気にするでもなく、カグヤが語りかける。
カグヤ「はて、矛を構えて余に立ち向かうか? それならそれでよいが……ゆめゆめ、四魂ともあろう者が余を失望させるでない」
無言でスクネは駆けた。目の前の敵を倒すために、絶望と化したカグヤに向かって。
カグヤ「余に勝てるかどうか、余が教授してやろう、参れ」
駆けながら、天之壽矛の矛先を手前にしてスクネは持ち替える。柄の部分をカグヤに突き出しながら、自らの持てる身体能力の全てを駆使して左右に払う。空間歪曲の力によって、前からカグヤのすねを、後ろからカグヤの後頭部を、天之壽矛の柄が襲う。表情一つ変えず、カグヤはその場にたたずんでいる。
柄は空気でも払ったかのように、カグヤを簡単にすり抜けた。
スクネ「攻撃を、その場に一瞬だけ転移してかわしたか」
何が起こったのかをスクネは瞬時に理解した。転移の力を使い天之壽矛の攻撃を避けたのだと。
カグヤ「気付くとは、すばらしい。さすがは余の臣たる四魂」
馬鹿にしたようにカグヤが手を叩く。
カグヤ「余に褒められてなお無言か? 仕方ない、四魂の喜ぶ顔が見たかったが……参れ」
間を図る。わずかの隙をスクネは探す。
カグヤ「四魂、参れと言っている。それとも、手立てがまったくないのか?」
図星だった。間違いなくカグヤがそれを分かっているとスクネは確信しながら言った。
スクネ「自分で確認しろ」
隙はまったく見つからない。それでも……
カグヤ「すばらしい。それでこそ四魂」
再び、カグヤの言葉が終わるよりも早く、スクネは接近する。頭部を狙った一撃は再び転移によって避けられてしまう。転移直後を狙いすまして、柄を横から払う。柄がカグヤの左手に直撃する。鈍い音と共にカグヤの左手の骨が折れる。嬉しそうに笑みを浮かべながら、カグヤは右手でスクネの頭を掴もうとしたが、スクネは後ろに飛びのいて逃れた。
カグヤ「この芸術品は、カグヤとか申す管理者の魂の物ではなかったのか?」
折れた手を見せながらカグヤは言った。
スクネ「それがどうした」
カグヤ「さすが四魂、なんの躊躇もなく左手を折るとは、しかし、恨まれはせぬのか?」
笑いながらカグヤは言った。本気でおかしそうに笑いながら。それでスクネも理解する。左手で受けたのが故意にすぎない事を。
予想通りの圧倒的な実力差を感じながらも、スクネは表情の表面には出さず、いつものように話す。
スクネ「おまえが気にする必要ない。それより早く、その左手を治したらどうだ」
カグヤ「治す? はて、余が治せると知っていながらこの程度の攻撃をするとは? さては、カグヤとか申す魂が目覚めるのを待っておるな?」
スクネ「おまえの好きに取れ」
心臓目掛けて、空間歪曲の力を駆使してスクネは天之壽矛を突いた。それを見越したようにカグヤは、スクネの目の前に転移する。転移してきたカグヤを蹴って払いの退けようとするが、それもあらかじめ察知していたかのように、簡単に避けられる。
笑みを浮かべるカグヤの右手によって、スクネは頭を掴まれ締め付けられる。
カグヤ「今度は避けられなかったな……どうする、もう一度遊ぶか?」
激痛がスクネの頭を襲うが声は上げず、カグヤを睨みつけた。
カグヤ「会話も出来ぬとは情けない。それでも余の四魂か?」
スクネ「これを待って……」
天之壽矛を天高く突き上げる。
カグヤ「何がしたい、四魂」
天高くを飛来していた物を、スクネは天之壽矛で受け取った。それから、天之壽矛の矛先を手の平の中に、カグヤには分からない様に空間歪曲の力で移動させる。そして、矛先に付いていた真布津鏡を受け取ると、カグヤの姿を映し出した。
スクネ「その身体が、カグヤの物なら鏡の力も通じるだろ」
カグヤ「鏡で時間を管理者が眠る前に戻し、管理者を起こすか……すばらしい! よい、特別に褒美をとらす。余に感謝せよ」
真布津鏡の力が発動する刹那の瞬間、カグヤの左手の爪で、スクネは胸を貫かれた。返り血を浴びたカグヤの瞳が、髪が、元の色に戻っていく。
自らの身体と意志を取り戻したカグヤが目覚める。
カグヤ「わたしいったい……スクネ?」
スクネ「カグヤ……か」
最後の力を振り絞り、スクネはカグヤが元に戻ったのを確認すると、真布津鏡の力を止め、わずかに口元を緩め、笑みの表情を作って気を失った。
力尽きてスクネは目を閉じた。そのせいでスクネは気付けなかった。まして、自らの爪がスクネの胸を貫いているのを見て動揺しているカグヤには、気付くはずもなかった。
手が、モリヤの左手が、真布津鏡を掴んで消えた事に。