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倭国神代記  作者: がばい
3章
28/53

人で無き者3

 身構えるタケヒコを中心に円を描きながら、塩土(しおつち)の翁が動き続ける。生き物の様に、複雑な動きを続ける天露之糸(あまつゆのいと)。その攻撃はタケヒコからしたら単調そのものだが、天露之糸(あまつゆのいと)の能力が問題だった天之羽張(あまのはばしり)といえども、天露之糸(あまつゆのいと)の先端に付いた針を打ち込まれれば、自らの剣が自らに襲い掛かる。ゆえに、タケヒコは先端に付いた針に注意しながら、左手に握った天之羽張(あまのはばしり)で防ぎ、針自体は細かな動きで避け続ける。

 右手には、倒れた兵士達が持っていた武器を握っている。ある者は剣を、ある者は矛を、ある者は弓を握って倒れている。それらをタケヒコは投擲(とうごう)武器として使う。次々に襲い掛かる天露之糸(あまつゆのいと)を防ぎ、避けながら、好機を見つけては、右手に握った武器を塩土の翁目掛けて投げつける。それは糸と糸の攻撃の間隙を狙う。投擲した武器を避けるために、塩土の翁が動きを一瞬だけ止める。投擲した武器が塩土の翁の横を通り抜ける。その一瞬をタケヒコは見逃さず、塩土の翁に接近する。すでに、右手には次の新たな武器が握られている。右手に持った武器を塩土の翁の眉間に振り下ろす。後転してそれをかわすと塩土の翁は再び円運動を始める。

 戦いは完全に膠着(こうちゃく)していた。

 タケヒコ「スクネ、何をしているのです。早く来てください」

 膠着する事は、目の前の男の名を悟った時から予想出来た。だから、タケヒコは一刻も早く膠着する様に仕向けた。打開するための切り札は、こちらが握っているのだから。

 円運動が加速する。自らへの攻撃が更に熾烈になる事をタケヒコは覚悟する。その攻撃に備えて身構えた瞬間だった。

 突然、塩土の翁の動きが完全に止まる。理由を察したタケヒコは、身構えたまま動きが凍りつく。音速で動く塩土の翁の円の間を、一人の女性が平然と入って来たのだった。

 その姿を見て、二人とも動きを止めていた。彼女はあの頃のように悠然と、慈愛に満ちた表情で塩土の翁に語り掛ける。

 ヒミコ「感謝いたします。どうやら、こちらの思い通りに行きそうです」

 何も塩土の翁は答えない。それなのにヒミコは語り続ける。

 ヒミコ「貴方が針を打ち込んでいらっしゃるのでしょう? それを使いましょう」

 まるで二人は本当に会話をしているかのようだった。相変わらず塩土の翁は無言のままなのに。

 ヒミコ「そのためにも……そろそろ、一旦お(いとま)しましょう」

 不覚にも、タケヒコは一歩も動けなかった。目の前に、夢にまで見た、ヤマトト自身がいたために。

 凍りついたタケヒコの横を突風が横切る。風を受けてタケヒコは我を取り戻す。


 風は矛を握り絞め、塩土の翁に襲い掛かった。

 スクネ「逃すか!」

 不意を突いたスクネの一撃が、塩土の翁の左肩に突き刺さる。あと少し力を入れていたら、左肩を貫き、切り裂いていたであろう一撃は、天之壽矛(あまのふぼこ)に絡みついた天露之糸(あまつゆのいと)によって遮られていた。

 塩土の翁「少しは、まともな不意打ちが出来るようになったな、スクナ」

 無言だった塩土の翁が名乗って以来、初めて口を開いた。

 スクネ「黙れ」

 天之壽矛(あまのじゅぼこ)を消し、絡みついた天露之糸(あまつゆのいと)からスクネが抜ける。抜けるとスクネはすぐさま天之壽矛(あまのじゅぼこ)を具現化させる。狙いは翁の左肩。空間歪曲の力で、背後から死角を付いて狙った。

 その一撃を、塩土の翁はまたも天露之糸(あまつゆのいと)で防いだ。

 塩土の翁「負傷した場所を狙うのは良いが……単調すぎる、もう少し考えた方がいい、スクナ」

 スクネ「黙れと言っている」

 塩土の翁「名を変えて何がしたい」

 スクネ「それはおまえの方だ」

 スクネ「セイガ」塩土の翁「スクナ」

 二人は同時にお互いの名を叫んだ。睨み合う二人、一色即発の状況は瞬時に回避される。

 呆然とした状況から立ち直ったタケヒコが、塩土の翁の首筋に肘を落とす。肘を落とされた翁は倒れ掛ける。

 タケヒコ「この状況で一人に集中するとは……油断しましたね」

 いち早く気付いたヒミコが、塩土の翁の身体を支えている。

 ヒミコ「さすがタケヒコ……一瞬の隙すら許さぬ。だが、なぜ剣でなく肘を使う」

 確かにとは思う。それでもタケヒコにその考えは浮かばなかった。

 ヒミコ「タケヒコは優しすぎる。それでは……」

 そう言ったヒミコの眼が、何処か悲しげに見えた。

 タケヒコ「これで、ゆっくりと話が出来ます。あなたは二人にいったい何をしたのです? どうしてセイガとスクナの両方が存在するのです」

 ヒミコ「そなたに話すことなど、今はまだ何もない」

 冷徹な眼をして、突き放す様にヒミコは言った。

 タケヒコ「わたし達二人が同じ場にいるこの状況でなら、無理やり聞くことも出来ますが?」

 言葉に真実味を帯びさせるため、タケヒコが天之羽張(あまのはばしり)を構えて殺気を放つ。

 ヒミコ「果たしてそれが可能か……のう、タケハヤスクネ」

 その殺気を無視して、ヒミコはスクネの方に眼を向けた。黒いヒミコの瞳が、一瞬だけ紫色に輝く。それに、タケヒコは角度の関係から気付かない。

 その瞳に反応するように、スクネの瞳に色がなくなる。

 ヒミコ「勅命をくだす。わらわのために、しばし時間をかせげ、四魂(しこん)

 タケヒコ「勅命? スクネが聞くとでも……」

 問いが終わるよりも早く、タケヒコは動く事になった。もし動かなければ、天之壽矛(あまのじゅぼこ)の餌食となっていたために。

 殺気を放ちながら、スクネが天之壽矛(あまのじゅぼこ)をタケヒコに向けている。

 タケヒコ「スクネ、何を!」

 驚いたタケヒコの言葉が終わるよりも早く、頭部目掛けて天之壽矛(あまのじゅぼこ)が振るわれる。それを、タケヒコが咄嗟に天之羽張(あまのはばしり)で払いのける。

 更なる攻撃を繰り出そうとしたスクネは、手に握った天之壽矛(あまのじゅぼこ)を落とし、頭を抱えて倒れ込んだ。

 倒れ込んだスクネの瞳には色が戻っていた

 ヒミコ「わらわでは、一瞬が限界。とはいえ……それでも十分すぎるか」

 何か思う所があるのか、倒れ込んだスクネを、ヒミコは複雑な表情で見ていた。

 タケヒコ「ヒミコ! スクネに何をしたのです。なぜ、あなたの言う事を聞くのです」

 倒れ込んだスクネと、それを見つめるヒミコを、交互にタケヒコは見合わせている。

 ヒミコ「しかし、使うつもりはなかった。タケヒコに、この場で会ってしまった事といい、さすがに全部が全部は、うまくはいかぬな」

 懐からヒミコが呪を取りだす。

 タケヒコ「待ちなさい、逃げられるとでも」

 転移呪を使い、この場から去ろうとするヒミコに、タケヒコが阻止しようと、襲いかかろうとした瞬間だった。

 辺りにカグヤの悲鳴が響き渡ったのは。


 悲鳴を聞いたスクネが、頭を押さえながら、()いつくばって、必死に立ち上がろうと始める。顔色はすぐれず、身体を支える両手は震え、今にも崩れ落ちそうになりながら。

 ヒミコ「スクネ、わらわの所に来い。場所は分かっておるであろう」

 起き上がろうと這いつくばるスクネに、ヒミコは毅然(きぜん)とした態度で言った。

 タケヒコ「そうはさせません、ここで終わらせます。鏡を、わたしに貸して下さい」

 真布津鏡(まふつかがみ)を受け取ろうと手を差し出したタケヒコに、ふらつきながらも立ち上がったスクネが首を横に振る。

 スクネ「カグヤが先だ」

 転移呪が輝きを放ち始める。

 ヒミコ「よいな、必ず来い」

 転移呪の輝きがヒミコと塩土の翁を包み込み、二人は消えた。呆然としながらタケヒコは、二人の消えた一点を見つめていた。

 立ち上がったスクネが頭を振りながら詰め寄り、倒れそうになりながらも、タケヒコの両肩を掴む。

 スクネ「早く……行くぞ。カグヤの悲鳴が聞こえたはずだ」

 掴んだ両手を振り解き、怒りの表情を浮かべるタケヒコが、倒れかかるスクネの衣服の胸元を強く握り締めて睨みつける。

 タケヒコ「あなたに聞きたいことが、山ほどあります」

 スクネ「話しはあとだ、手遅れになる前に急げ」

 タケヒコ「スクネ、なぜ鏡を渡さなかったのです。なぜわたしに攻撃を」

 スクネ「攻撃はわからない。とにかく、今は急ぐしかない、カグヤに何かがあったら……わかるはずだ」

 足に力は戻ってもスクネはタケヒコの手を力ずくでは振りほどかない。それに気付いたのか、そうでないのか、タケヒコの手から力が抜ける。

 タケヒコ「まさか、再びあれの力が暴走すると言うのですか……あの日の様に」

 スクネ「暴走ならまだましだ。今は神代(かむよ)だと忘れたのか」

タケヒコ「あれが一時的に目覚める可能性も……わかりました。仕方ありません、今は急ぎましょう。但し、鏡を今すぐわたしに渡しなさい!」

状 況を理解しながらも、怒りが収まらないのだろう。強い口調でタケヒコは言った。

 スクネ「了解した、受け取れ」

 鏡を渡すと、タケヒコがすぐに動き出す、それにスクネも続く。



 辺りには誰一人いない。例え誰かがいたとしても、近づいて来る可能性の非常に低い場所。崩壊した建物の瓦礫の上で、イヨは立ち止まった。

 後ろから追い掛けていたシンムも追い付き、立ち止まる。

 イスズ「イヨちゃん、どうしたですぅ?」

 立ち止まったイヨに、イスズが不思議そうに尋ねた。

 イヨ「イスズちゃん……少しだけ待って」

 追い付いたシンムを、イヨは大きな瞳で見つめている。

 シンム「てめぇ、なんで止まってんだ! 馬鹿にしてんのか」

 立ち止まり、シンムをしっかりと見据えるイヨに腹が立った。怯えも何もない、先程まで話をしていた時と同様の眼を見て、余計にシンムは腹が立った。

 イスズ「シンムさんはさっき「待て」って言ったですぅ。間違わないでください」

 シンム「間違いとか、そんなんじゃねぇ!」

 横からイスズが口を挟んで来たが、シンムはイヨを睨みながら、そちらには目を向けない。

 悲しそうで、それでいて強い意志を秘めた眼を、イヨは返してくる。

 イヨ「シンムさん……ひとつだけ、どうしても聞きたい事があります」

 シンム「なんだよ」

 思わず目をシンムは逸らす。目を見合わせる事が出来ずに逸らしたのだが、それに気付かれるのが嫌で、シンムはそっけなく答えた。

 大きな瞳を瞬き一つせず向けながら、イヨは言葉を口にする。

 イヨ「あなた方が起こした反乱の事です。どうしても、なぜあなた方が、そんな事を起こしたのかがわかりません」

 シンム「反乱って……ふざけんな。そっちが勝手に攻めて来たんだろ」

 瓦礫の破片を強く蹴飛ばした。怒りを何かにぶつけたくて。

 蹴られて跳んだ瓦礫の破片を目で追ったイヨが、表情をわずかに歪める。大きな瞳に、何処か悲しそうな色をにじませながら、イヨは話を続ける。

 イヨ「被害を最小限で留める為と聞いています」

 シンム「本気であれだけのことやっといて、そんなこと言ってんのか!」

 イヨ「確かに、結果的に、伊都国に対してはやりすぎでした……」

 シンム「あれが、あの地獄が……やりすぎで済むと思ってんのか! 何人、死んだと思ってんだ!」

 あの日を、伊都国が絶望に沈んだ日を、シンムは忘れた事はない。あの日、何も出来なかった自分に、腹が立たなかった日もない。

 その思いが、シンムの心に溢れて来た。

 イヨ「それについては……わたしからは言葉もありません」

 悲しみと苦しみの色を、イヨの瞳が強くする。

 イスズ「むむむ。イヨちゃんをこれ以上怒るなら、イスズちゃんがぜったいに許さないですぅ!」

 頬をふくらませて、イスズが腕を振り回す。

 イヨ「怒られてないから、心配しないでイスズちゃん」

 イスズ「わかったですぅ」

 明らかな作り笑いではあったが、イヨの笑顔を見てイスズは引いた。頬をふくらませて、うつむき加減に。

 作り笑いを止めたイヨの表情が引き締まる。

イ ヨ「シンムさん達は、不繭国(ふまこく)が壊滅した事は御存知ですか?」

 そう言ったイヨの大きな瞳が、嘘を許さないと訴えかけて来た。

 シンム「それは聞いたけどよ。てめぇ等がやったんだろ」

 イヨ「とんでもありません。お義母(かあ)様が行かれた時には、妖鬼の大群が好き放題暴れ回っていたと」

 シンム「化け物共を、おれ等が送り込んだっていうのか!」

 訳のわからない言い掛かりに腹が立った。まして、その言い掛かりで伊都国を地獄にされたならと思うと、シンムの心に、我を忘れそうな程の怒りが襲う。

 イヨ「当然、そう考えます。いえ、わたしもそう思っていました」

 シンム「ふざけんな。だいたい、誰が妖鬼とか言う化け物共を生み出すっていうんだ!」

 イヨ「当初は、カグヤさんが生み出して送り込んだと思っていましたが……」

 シンム「そんなわけねぇだろ!」

 大声で怒鳴った。目の前のイヨは、邪馬台国は、姉であるカグヤが全て悪いとでも言いたいのか、言い掛かりにも程がある。怒りで拳が動く。

 拳は結局、イヨの次の言葉で止まった。

 イヨ「わかっています。ここに来て、あなた方がそのような事をされそうにないことは、十分に理解出来たつもりです」

 シンム「なら、誰がやったってんだ」

 拳を引っ込め、歯を食いしばり、大声を無理やり引っ込めて、シンムは言葉を口にした。

 頭をイヨが深々と下げる。

 イヨ「それを確かめるためにも、逃してもらえませんか?」

 シンム「逃すも何も……てめぇ、おれを人質にして逃げ出したんじゃねぇか。勝手なこと言ってんじゃねぇ」

 イヨ「シンムさんは……何か変だと、おかしいとは思わないのですか? お義母(かあ)様は、絶対に何かを隠しています」

 シンム「そりゃあ、おれだってタケヒコとかが……」

 イヨ「だから、逃してください。それか、これ以上追って来ないでください」

 頭を下げたままイヨは上げない。正直、シンムにはどう答えていいのか、どう答えたいのか、自分の気持ちすら分からなかった。


 その時だった。悲鳴が、姉であるカグヤの叫びが響いたのは。

 頭を上げて、イヨが悲鳴の方向に目を向ける。

 イヨ「今のはカグヤさん? どこから……」

 シンム「こんな時に……なんで、姉貴が悲鳴を上げてんだ!」

 悲鳴の方向へ、シンムは身体ごと向き直る。

 シンム「行きたければ、さっさと行けよ!」

 投げ捨てる様にシンムは言った。

 イヨ「ありがとう。これ……持っていてください。幸運のお守りです」

 シンム「いらねぇ」

 そっけなく言い捨てたシンムの手を、イヨが握る。

 イヨ「早く行ってあげて下さい。また会いましょう」

 手を放すと、イヨはイスズと共に駆けて行った。

 一人になったシンムの手には、刃のない(つか)が握られていた。やけくそ気味にそれを投げつけようとして、途中で止める。

 そして、シンムは迷いながらそれを睨んだ後、懐に入れると、カグヤの悲鳴の聞こえた方向へ走り出した。


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