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倭国神代記  作者: がばい
3章
27/53

人で無き者2

 悲鳴を聞いてタケヒコが駆けつけた時には、すでに数十人の命が散っていた。

血だまりの中央に、殺気を放つ老人が一人立っている。

 タケヒコ「あなたは何者です」

 塩土の翁「塩土(しおつち)の翁という」

 タケヒコ「こんな愚かなことをして、許されると思っているのですか!」

 老人は、塩土の翁と名乗った男は何も答えない。代わりにぎょろりと目を動かして、殺気を放つ。その動作を見て、その殺気を感じて、不思議な既視感をタケヒコは覚える。何処かで会った事がある気がした。

 放つ殺気を徐々に増やしながら、塩土の翁は口元を緩めた。

 タケヒコ「わたしと戦う気ですか? なぜ戦おうとするのか分かりかねますが、元より、許す気はありません」

 手が動いた。一瞬でそれをタケヒコは見切り、指先に連動する糸を避けながら翁の懐に入る。天之羽張(あまのはばしり)を横に一閃する。その一瞬で終わるはずだった。何人も避けられないはずの速度で一閃したために。

 そして、避けられる以上に考えられない光景を、タケヒコは目の当たりにした。

 タケヒコ「防いだ!」

 不可避以前に、物質透過の力によって防ぐ事が不可能なはずの一撃は、網状に組まれた糸によって防がれていた。

 タケヒコ「剣が透過せずに……なぜ?」

 疑問の答えがタケヒコの頭によぎる。

 タケヒコ「防御など不可能なはずです。それが唯一可能なのは……まさか、天露之糸(あまつゆのいと)ですか!」

 無言で塩土の翁は殺気を放ち続けている。その顔をタケヒコは注視する。そして、記憶の中に似た存在を発見した。年を取り過ぎているが、容姿にはかつての面影がある。

 タケヒコ「セイガ!」

 老人は、かつての友は、ただ殺気を放つだけで何も答えない。

 タケヒコ「だとしたら、なぜあなた方が二人、別々に存在するのです」

 やはり塩土の翁と名乗った老人は、何も答えない。

 かつて、心からそれを望んだ日々があった。彼女がいて、カグヤがいて、友とその弟が側にいた。幸福と言って良かった日々。その日々の崩壊は、それも原因の一つだったのだから。

 だけど、友は何も答えない。代わりにぎょろりと目を動かす。その視線を追うと狗奴国の兵達が駆けつけて来たのが見える。よく訓練されているのだろう、兵達がタケヒコの予想よりも遥かに早く集まって来た。それだけに彼等は運が悪かった。

 タケヒコ「わたしに任せて離れてください! わたし達の戦いに巻き込まれます」

 駆けつけて来た兵達に、タケヒコの言葉に耳を貸した様子は見えない。それでも、これから起こる可能性を考え、タケヒコはそうならないためにも、言うしかなかった。

 駆けつけて来た兵達は、塩土の翁とタケヒコを囲むように布陣を取った。それを確認した塩土の翁が、指先で天露之糸(あまつゆのいと)を生き物の様に動かし始める。

 天之羽張(あまのはばしり)に針が刺さっていないのを確認してから、タケヒコも身構える。

 無表情な塩土の翁が腕を振り下ろす。腕の動きに合わせるように、天露之糸(あまつゆのいと)が縦に波を立てながら、タケヒコに襲い掛かる。その糸を天之羽張(あまのはばしり)で防ごうとした瞬間、糸が先端から無数に裂かれて、タケヒコに襲い掛かる。その糸の動き一つ一つに目をやり、タケヒコは反応する。一本ずつ剣で切り裂き、間に合わない場合は、自らの体で致命傷を避けながら受け続ける。

 攻撃が止んだ頃には、タケヒコは傷だらけになっていた。

 タケヒコ「あなたは本気で皆殺しに……」

 今起こった事は、すべて刹那の瞬間にすぎなかった。だから、何が起こったかも理解出来ないはずの兵達が、囲みを小さくして、傷付いたタケヒコを守るように背にする。兵達は間違いなく一流といってよい動きだった。

 やりきれない思いが心に圧し掛かる。本当は、恐怖で逃げ出して欲しかったから。

 兵士「タケヒコ様を援護しろ!」

 隊長とおぼしき者の合図によって、兵達は一斉に塩土の翁に襲いかかった。

 無常にも、塩土の翁が腕を振り下ろされる。必死にタケヒコは口を動かして制止したが、言葉は兵達の雄たけびにかき消される。

 圧倒的な塩土の翁の前に、兵達は一人残らず死に絶えた。

 タケヒコ「セイガ! 本当にあなたならば、殺さずともよかったはずです。殺人が目的ではなかったのでしょう」

 息絶えた兵達を見ると、タケヒコは胸が痛む。目の前の男を、四魂の一人ツクヨ セイガを相手にすれば、助ける事が不可能に近い事は、始めから分かっていたはずなのに。

 無言の塩土の翁をタケヒコは睨みつけた。そして、息絶えた兵達の一人から剣を譲り受け、強く握り締める。

 タケヒコ「こうなった以上、あなたにも代償を支払っていただきます」

 凍てつく殺気を放ち、タケヒコを中心に円を描く様に動き始めた塩土の翁を睨みつけた。目の前の老人を、かつての友を、倒す事を心に誓いながら。



 招かれざる客人がカグヤの所に訪れた。窓際で膝を立てて座していたスクネは、臨戦態勢に入る。

 カグヤ「あなた……初めて見るけど、誰なの?」

 恐る恐るカグヤが来客に声をかける。

 ヒミコ「確かに、今世(こんせ)では所見であったな、失礼した。邪馬台国の女王ヒミコと呼ばれている」

 軽く会釈をしながら客人は名乗った。優雅という言葉が似合う仕草。その挙動一つ一つが品に溢れていた。

 警戒を強め、スクネは天之壽矛(あまのじゅぼこ)を握る。

 カグヤ「あなたがヒミコなの?」

 スクネ「カグヤ、下がっていろ。おれが相手する」

 一瞬で二人の間に、スクネは割り込んだ。

 ヒミコ「戦いに来た訳ではない。カグヤと話し合いに来た」

 天之壽矛(あまのじゅぼこ)に目をやりながらも、動揺する所か、ヒミコは思わず吸い込まれそうな笑顔を浮かべる。

 カグヤ「話し合い? わたしと?」

 首をかしげながら、カグヤが興味といぶかしさの交じった眼をヒミコに向ける。

 ヒミコ「戦いを、悲劇を、いい加減に終わらせたくはないか?」

 カグヤ「悲劇を終わらせるって……でも、どうやって?」

 ヒミコ「神の力でこの世界から悲劇そのものをなくす。そのために手伝って欲しいことがある」

 カグヤ「神様の力? わたしに手伝えること?」

 興味の色を濃くしながら、カグヤがヒミコを見つめる。

 スクネ「それ以上口を開くな、ヒミコ」

 興味を持ち始めたカグヤを御するのは無理と判断して、スクネはこれ以上の会話を止める為、天之壽矛(あまのじゅぼこ)をヒミコの胸を突き刺した。手ごたえはない。目の前のヒミコは幻体にすぎなかった。

 ヒミコ「何の備えもなく、スクネ、そなたの前に一人で現れるほど、わらわは自惚れておらぬ。この間も言ったが、そなたと正面から戦って勝てるとは、始めから思っておらぬゆえな」

 天之壽矛(あまのじゅぼこ)で貫いたヒミコの身体が揺らめく。その身体を見たカグヤが部屋の中をきょろきょろと見回す。

 カグヤ「幻体? でも、生の声が聞こえてるよね?」

 ヒミコ「カグヤ、そなたの想像通りこの部屋の中にいる。もっとも、正確な場所は教えられぬが」

 気配を探ると、確かに、カグヤ以外にも誰か存在した。それでも見つける事が出来ない。この狭い部屋の中で、ヒミコは気配を消す所か、強くしていたためカグヤと気配が交じり、正確に特定出来なかった。

 仕方なく、細心の注意を払ってヒミコを探しながら会話をする。

 スクネ「何をしに来た」

 ヒミコ「先程、話し会いに来たと言ったであろう? 聞いておらなかったのか?」

 スクネ「戯言(たわごと)はいい。なぜ、話し会いに神が出てくる」

 ヒミコ「それも言ったはず。神の力で戦いを終わらせると」

 スクネ「まだ言うか」

 天之壽矛(あまのじゅぼこ)を思わず振り回したが、ヒミコの身体は揺らめくのみで、相変わらず手ごたえはない。

 カグヤ「きみは、少し黙ってて!」

 今度はカグヤが間に割って入る。

 カグヤ「神様の力でどうなるの?」

 ヒミコ「神がこの世界に降臨し、人々を桃源郷へ導く。桃源郷には争いも、いがみあいもない。あるのは幸福のみ」

 カグヤ「それが神様?」

 瞳の色がカグヤから消える。

 スクネ「聞くな、カグヤ。桃源郷など存在しない。こいつの言っている事はすべてでたらめだ」

 叫ぶスクネの声が次第に小さくなっていく。大声で叫んでいるはずなのに。

 ヒミコ「神はこの世界の創造者。桃源郷は」

 虚ろな表情をしたカグヤが、ヒミコの言葉に続いていく。

 カグヤ「新たな世界」

 二人は抑揚もなく、たんたんと言葉を発していく。

 ヒミコ「五百之御統之珠いおつのみすまるのたまの目覚めと、四魂(しこん)の出現が神代(かむよ)の訪れを告げる」

 カグヤ「神代(かむよ)は……四魂(しこん)から開放された力が器を満たす事で始まる」

 ヒミコ「神代(かむよ)において、神の器が神を向かえる準備を始める。器に反応して、真布津鏡(まふつかがみ)が輝きを放ち始める」

 カグヤ「神代(かむよ)は……四魂(しこん)の存在が、世界の(ことわり)が、器の破壊を許さない」

 ヒミコ「神の器が夢を見る。その夢の中で、人の知識の代わりに神の知識を得る。人の経験の代わりに神の力を得る。人の感情の代わりに神の愛を得る。神の器が人の生を終えることによって、天之岩戸(あまのいわど)が開く」

 祈るような思いで、スクナが二人の会話に言葉を挟み込む

 スクネ「何も答えるな。すべてヒミコの与太話だ」

 声を振り絞ってスクネは言った。その声は最早、音を立てていなかった。

 カグヤ「……天之岩戸(あまのいわど)

 虚ろな表情のカグヤが浮遊を始め、ヒミコとの会話が続く。

 ヒミコ「問う。天之岩戸(あまのいわど)はどうしたら開く?」

 カグヤ「五百之御統之珠いおつのみすまるのたま真布津鏡(まふつかがみ)で岩戸を開く」

 浮遊したカグヤと同じ目線まで、ヒミコも浮上して行く。

 スクネ「姿を見せろ、ヒミコ」

 声が届かない事を悟り、スクネは天之壽矛(あまのじゅぼこ)を縦横無尽に振るう。それも次第に制限されていくのを感じながら。

 そんなスクネをあざ笑うかのように、二人の会話は続く。

 ヒミコ「問う。天之岩戸(あまのいわど)とは?」

 カグヤ「……私自身の心」

 ヒミコ「問う。天之岩戸(あまのいわど)が開くとどうなる?」

 カグヤ「……わたしが目覚める」

 ヒミコ「問う。そちは何者?」

 カグヤ「わたしは大いなる者。世界の創造者にして、世界を終焉に導く者。すなわち……」

 浮上したカグヤが言葉を続けようとした時だった。

 虚ろなカグヤの姿に、同じ顔をしながら、髪の毛の色と、瞳の色だけが違うカグヤの姿が重なる。血の涙を流しながら微笑んでいるカグヤの姿が。

 スクネ「やめろ! また……今世(こんせ)でも、おれにおまえを殺させる気か」

 最早、スクネは指一本すら動かせない。声は音にならず、誰にも伝わらない。だから、これは心の叫び。

 心の叫びがカグヤに通じたのか、瞳に色が戻る。

 カグヤ「わたしはシンムの姉で、トヨウカグヤに決まってるよ」

 そう言ったカグヤが気を失ったのか、横に倒れながら落ちて来る。あわててスクネは受け止めた。

 スクネ「カグヤと言ったのか……今」

 その瞬間、何が起こったのか理解出来ず、スクネは受け止めたカグヤを強く抱きしめながら、ヒミコを睨みつける。

 スクネ「ヒミコ、カグヤに何をした」

 意外にもカグヤはすぐに目覚めた。そして、状況を理解していないのか、頬を赤らめたカグヤが、スクネの胸を叩きまわす。

 ヒミコ「今世(こんせ)では、仲良くするがよい」

 そう言って、ヒミコは慈愛に満ちた笑顔を一瞬だけ見せて消えた。


 今までヒミコが存在した方向を睨みながら、スクネは横にカグヤを下ろした。

 カグヤ「まったく寝込みを襲うなんて、きみは……」

 顔を赤くしながらカグヤは口を動かしていた。

 スクネ「ヒミコはいったい何をしに来た」

 カグヤ「ヒミコ? 邪馬台国の女王の? そのヒミコがどうかしたの」

 その言葉を聞いて、驚いたスクネがあらためて問い返したが、カグヤは完全にヒミコの事を忘れていた。


 落ち着きを取り戻すためにも、スクネは呼吸を整えなおした。それで気付いた。家全体が呪の力で覆われ、幻覚を見させられていた事に。

 スクネ「完璧に隔離されていたか。どおりでヒミコがどこから話しかけて来たか分からないはずだ」

 カグヤ「隔離?」

 状況が呑み込めないのか、カグヤが目を丸くしている。

 スクネ「一応聞いておく、おまえはカグヤだな」

 カグヤ「そんなの当たり前だよ。他にわたしがいたら、たいへんだよ」

 声を大にしながらカグヤが抗議する。

 スクネ「……まったくだ、二人も必要ない」

 カグヤ「今、わたしが考えているのと違う意味で笑ったでしょう、きみ」

 声も、仕草も、すべてカグヤそのもの。それを見て、スクネはもう一度苦笑した。

 スクネ「捕まってろ、破壊する」

 左手でカグヤを抱きかかえると、右手に天之壽矛(あまのじゅぼこ)を握りしめて、縦横無尽に空間を切り裂く。激しい音と共に、空間が切り裂かれる。家が一瞬で瓦礫と化す。


 青空の下でカグヤは唖然(あぜん)とした顔をしていた。

 カグヤ「なんで……いきなり家壊したの?」

 スクネ「呪を切り裂いただけだ」

 カグヤ「呪? なんの事言ってるの?」

 スクネ「おそらく、外で今何か起こっているのだろう。家の中に、幻影呪と催眠呪で隔離されていた」

 目をカグヤから逸らして、少し離れた場所に目を向ける。殺気と殺気がぶつかり合う方を。

 カグヤ「それなら、理由を先に言ってくれたら……わたしが呪を解除したのに」

 スクネ「……ヒミコは向こうの力と力が衝突している所に行ったみたいだな。おれ達も行くぞ」

 カグヤ「ごまかそうとしているでしょ、きみ」

 呆れ気味にカグヤは言った。その後、更にカグヤが何か言おうとしたが止めた様だ。見覚えのある人物が目に入ったために。


少し離れた所を三人が通り過ぎていった。

 カグヤ「ちょっと待って……あれ、イヨ達だよね?」

 スクネ「そのようだな。どうする、連れてくるか」

 少し離れたところを、必死の形相でイヨとイスズの二人が駆け抜けていった。

 カグヤ「別にいいよ、急いでいる見たいだし」

 二人の後を追いかけるようにシンムも駆けて行く。

 スクネ「あいつも何をしている」

 カグヤ「やっぱ、なんか様子が変。わたし、あっちに行っていい?」

 気配を探る。少なくとも、スクネに取って脅威になりそうなほどの気配はなかった。むしろ、スクネがこれから行こうとしている場所の方が危険ですらあった。だから……

 スクネ「了解した。他にも誰かいるかもしれん、気をつけろ」

 そう言った瞬間、本気で驚いた表情をカグヤが見せる。なぜ驚いているのかスクネには理解できず、理由を聞いた。

 スクネ「どうした」

 カグヤ「きみに「気をつけろ」なんて言われると思わなかったよ」

 スクネ「勝手にしろ」

 カグヤ「うそうそ、ありがと。うん、きみも気をつけてね」

 三人の後を追ってカグヤが駆けていく。その後ろ姿を見てからスクネは動き始めた。殺気のぶつかり合う場所目指して。


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