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倭国神代記  作者: がばい
3章
26/53

人で無き者1

その日も朝からシンムはイヨ達の所にいた。それが、それだけが日課となっていた。

この間の祭りの日の話になって、タケヒコの料理の話に及ぶと、シンムは姉であるカグヤの料理の話にも飛んだ。

 シンム「姉貴、料理すげぇ上手なんだけどさ、面倒臭がって全然作らないんだぜ」

 イヨ「カグヤさんはそんなに料理がお上手なのですか?」

 目を丸くして驚くイヨ。この場にカグヤがいたなら、怒って実際に料理を作って見せたかも知れないと思いつつ、シンムは会話を続けた。

 シンム「ああ、タケヒコが作った美味い方ほどじゃないけどな」

 イスズ「むむむむむ。ドドドドドーンな人のごはんは、難しいからイスズちゃんもう欲しくないですぅ」

 不味い方を思い出したのか、イスズが舌を出しながら苦い顔をする。

 シンム「タケヒコは料理好きだからよく作ってたけどさ。あいつ、自分に味覚がない事にまったく気付いてねぇし」

 イヨ「あの美味しくない方は、もうさすがに……」

 やはりイヨも苦い顔をしながら言った。

 シンム「タケヒコの不味い方は冗談じゃねぇ。確か、前にその話したら「味はついてます」とか言ってたな。だいたい姉貴が料理覚えたのも、タケヒコの料理から逃げるためだったっけ」

 話をしていていると、舌にタケヒコの料理の味を思い出して、シンムも苦い顔をした。確かに、美味しい方は最高だった。それなのに、それを一瞬で忘れさせてしまうほどの味を思い出して。

 イヨ「逃げ出したい気持ちはよくわかります」

 頷きながらイヨは言った。

 シンム「料理を覚えてから一時、姉貴が作ってくれてたっけ。まぁ、結局めったに作らなくなったけどさ」

 姉の料理をシンムは思い出す。確かに上手だった。当初、タケヒコに教わっていた時は不安にもなったが。

 イヨ「カグヤさんが作られなくなってから、料理はフツヌシさんに戻られたのですか?」

 心底心配そうな顔をイヨがしている。

 イスズ「イスズちゃんはドドドドドーンな人が毎日ごはん作って来たら、消し炭にしますぅ」

 本当に火を出しそうな手振りでイスズが言った。

 シンム「いや、ちょうど、タケヒコもいろいろと忙しくなってさ。結局は、別の奴が来て作るようになったんだ」

 懐かしさを覚えながらシンムは言った。

 イヨ「忙しく? 何かあったのですか?」

 シンム「妖鬼が定期的に現れて国を襲うようになったからさ。それもナガスネとか言う奴が伊都国に来やがって、終わったけどさ」

 きょとんとするイヨの質問に答えながら、ふと、苦々しさがシンムの脳裏に蘇える。あの頃の、己の未熟さと共に。

 イヨ「ナガスネさんが、妖鬼を? 何時頃の事でしょうか?」

 シンム「一年位前だぜ」

 初めて聞いた話しだといわんばかりに、イヨが首を捻っている。それで、隣のイスズに目を向けると予想だにしない答えが帰って来た。

 イスズ「イスズちゃんはそんな人聞いたことありません」

 机を両手で叩くと、イスズが自信満々に胸を張る。

 シンム「知らねぇ? じゃあ、鬼は五人いたって聞いたぜ? 他には誰がいたってんだ?」

 イスズ「まずイスズちゃん、それとミケヌさんに、タマモさん……あれ?」

 親指から順に、指を一本づつ折って数えながら、イスズは名前を挙げていった。そして、中指を折った所で首をかしげた。

 シンム「三人? 二人もたりねぇだろ」

 思わず突っ込みを入れたシンムの言葉に、首をかしげて、うなり声を上げながら必死に考えているイスズに、イヨが助け船を出す。

 イヨ「ナガスネさんと、もう一人はスクネさんです」

 シンム「スクネ、そういやそうだったっけ」

 無表情で、自分を殺しに来た日をシンムは思い出す。今考えたら「生きているのが奇跡だな」と。

 イヨ「ついこの間は塩土(しおつち)の翁という名前に変えてましたけど」

 誰とイヨが言ったのか、シンムにはよく聞こえなかった。頭を抱えていたせいだろうか。それで、今度は二人の会話に耳を澄ました。

 イスズ「名前を変えてた? イヨちゃん誰ですぅ?」

 イヨ「誰って……ミケヌさんといっしょに会ってたよ、邪馬一国で。確か二年近く前だったと思うけど」

 イスズ「ミケヌさんといっしょに? 誰とですぅ?」

 イヨ「塩土(しおつち)の翁さんと」

 やっぱりよく聞こえない。仕方がないのでシンムは聞き返した。

 シンム「さっき、スクネが名前変えてたとか言ってたけどさ、何て名前だ?」

 イヨ「だから塩土(しおつち)の翁さんです」

 妙な名前を付けたなと、シンムは内心で思いながら、いつも片膝立てて座っているスクネの顔を思い出す。すると、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、言葉を口にした。

 シンム「だからとか言う変な名前、よくスクネの奴付けたな。あいつ、何考えてんだ?」

 馬鹿だろうと思い、今度スクネに会った時に、からかってやろうとシンムは決めた。そんなシンムを余所に、イヨが珍しく顔を真っ赤にして声を張り上げる。

 イヨ「二人とも何を言っているのですか! スクネさんの名前は、「だから」でなくて、「塩土の翁」です!」

 何を言っているのか「スクネさんの名前は「だから」でなくて」以降が、シンムにはよく聞こえない。同じ様に聞こえなかったのか、イスズがイヨの肩を軽く叩いて尋ねる。

 イスズ「イスズちゃん、イヨちゃんの言っている事が分かりません。イスズちゃんでもわかるように言ってほしいですぅ」

 シンム「おれもわかんねぇ。何言ってんだ?」

 同意して、シンムも質問を繰り返した。二人の目線が、何を言っているのかわからないイヨに集中する。

 イヨ「何で、わからないのですか……」

 目を点にして、イヨが独り言を言い始めた。話しかけてみても、まったく反応がない。仕方がないので、シンムはイスズと二人で別の会話を始めた。そして、しばらくして。

 イヨ「ちょっと、待ってください。やっぱり変です」

 いきなり大声をイヨが出した。

 イスズ「イヨちゃんどうしたんですぅ。そんな大きな声出さなくても、イスズちゃん聞こえますぅ」

 うるさそうに両耳を指で押さえながら、イスズが隣に座るイヨに言った。いつもなら、イヨが一回詫びの言葉を入れそうだが、それもなく、自分の言葉をつづり始める。

 イヨ「鬼になった人が、倭国大乱の時に一人亡くなったと聞きました」

 突然の大声にすこし驚いたシンムの質問に、イヨが何かを訴える様に、何かを思い出す様に、丁寧に一言一言を口にする。

 シンム「一人死んだって……どうかしたのか?」

 イヨ「鬼は欠員が出ても、本来は次の方を見つけてすぐに新しく入ってくるのです。その証拠に、三年前に起こった不繭国(ふまこく)壊滅の時に二人亡くなりましたけど、イスズちゃんとミケヌさんが就任しました」

 シンム「それがどうしたんだ? 不思議でもなんでも……」

 イヨ「ナガスネさんがにわたしが初めて会ったのも三年前なのですが。問題は倭国大乱の時に死なれた方の中に確かナガ……」

 そこまでイヨは口を開くと、それ以上言葉を発さなかった。続きをシンムは催促したが、イヨは続きを語らずに沈黙したままだった。

 諦めて、シンムはしばらくの間イスズと二人で話をしていた。


 時々頭を抱えながら、一人考え事をするイヨが横目に見える。邪魔をするのも悪いので、シンムは声を掛けたりはせずに、イスズと話を続けた。

 シンム「でさ、おれ朝が苦手で、いっつも姉貴が蹴り起こしに……」

 言葉の途中で突然立ち上がったイヨに、シンムは羽交い絞めにされた。

 イヨ「動かないでください!」

 シンム「いきなり、何すんだ?」

 イヨ「すみません、シンムさんには、わたし達がここから出るための人質になって貰います」

 強い口調だが、何処か弱弱しいイヨの声が、背中越しに聞こえる。

 シンム「人質って……だいたいイヨ達は力を封じられてんだろ。しかも、呪の素材になる勾玉もここにはないはずだろ?」

 背中に何か付きつけられる。

 イヨ「これは鎌風(かまいたち)呪です。あなたの首を一瞬で落とす位の力があります。だから、勝手に動かないでください」

 シンム「鎌風呪? どうやったら、ここにそんなものがあるってんだ。呪に使う石なんかあるわけねぇだろ」

 イヨ「わたしにも封印呪を掛けられたので。それを消去して、書き換えました」

 シンム「消去? 書き換え? そんな事出来るなんて聞いた事ねぇ」

 イヨ「わたしにしか出来ないと、お母様に言われました。本当は転移呪が作れれば、このようなことしなくてもいいのですが……わたしには作れませんので」

 シンム「本気で言ってんのか?」

 なぜかわからないが、嘘であって欲しいという願いを抱きつつ、シンムはそう言った。答えは願いを裏切ったが。

 イヨ「本気です。イスズちゃん、こっちに来て、封印呪を消去するから」

 イスズ「はいですぅ。まかせてください。すぐに行きますぅ」

 手を上げてから元気よく返事をして、イスズが移動する。

 イヨ「シンムさん、お願いですから動かないでください。動くと、本当に使います」

 背中に当てられた呪を、イヨに強く押しつけられる。

 刃の刺さっていない柄をイヨは懐から取り出す。それをイスズの首に掛けられた呪に当てる、瞬時に呪はただの石となった。

 イスズ「イヨちゃんすごいですぅ。こんな事出来るなんて、イスズちゃん知りませんでした」

 封印呪を外されたイスズが無邪気に走り回って喜ぶ。

 イヨ「シンムさんも立ち上がってください。すぐ外に出ます」

 口調は柔らかい。まるで、外に遊びに行きましょうとでも誘っているかのように。だが現実は、呪を背中に押し付け、イヨは脅迫している。

 シンム「おれの首を落とすんなら、早く落とせばいいだろ!」

 得も言われぬ怒りと共に、シンムはそう言った。本心からの思い。

 イヨ「立ち上がってください」

 呪を持つ手は震え、イヨの言葉には何処か痛々しさがあった。それに、怒りに身を焦がしているシンムは気付かない。

 シンム「勝手にしろって言ってんだろ。どうせ今さら……どうしろってんだ」

 腕を組んでシンムは動かない。絶対に動かないという意志を全身で示す。やけくそ気味だが、本心から死んでもいいと思っていたから。

 イヨ「それなら……イスズちゃん、この家、燃やせる?」

 イスズ「燃やすのは出来ますぅ。でも火事になったら、イスズちゃん達も燃えてしまいますぅ」

 怖い話をしているのだが、それをイスズの子供のような口調の言葉がまったく感じさせない。それでも、イスズは女王ヒミコによって印が彫られた鬼の一人。その力は常人のそれとは、一線を画している。 その力の前では、こんな家など燃え尽きてしまうだろう。

 やけくそ気味にシンムは怒鳴る。内心で「やるなら勝手にやれよ」と思いながら。

 シンム「燃やしたって巻き込まれんだけだろ!」

 イヨ「あなたが座ったままでいる気でしたら……それを利用させていただきます」

 シンム「利用、おれを? どうせ、それが最初から目的だったんだろ。好きにしろ!」

 イヨ「外の監視の方々があなたを助けに来たところを……全滅させます」

 辛そうで、それでいて真実味を持った口調でイヨは言った。

 シンム「そんな事出来んわけが……」

 イヨ「イスズちゃんなら簡単に出来ます」

 火事の中で倒れて行く兵達の姿が、シンムの脳裏に浮かんだ。

 イスズ「まかせてほしいですぅ。イスズちゃん頑張りますぅ」

 腕を振り回しながら、イスズはやる気に満ちた表情で言った。

 シンム「仮にそんな事したって、タケヒコが来て、一瞬におまえ等の首が飛ぶだけだぜ」

 想像した際に出た結果がそれだった。それをシンムは強い声で脅迫気味に、背後のイヨに言った。

 イヨ「外にさえ出れば無差別攻撃で……一時的に混乱を起こさせて、飛行呪で逃げれば終わりです」

 呪を押しつける手が震え、イヨの顔は今にも泣きそうになっている事に、シンムは気付かない。

 シンム「そんな事出来るわけ……」

 イヨ「出来ます。呪は使用される前の物さえ手に入れれば、わたしが作るか、書き換えるかします。その少しの間だけ、イスズちゃんが何とかしてくれれば」

 シンム「おまえ本気で無差別攻撃なんかやる気か」

 イヨ「します。しないとお義母(かあ)様の下へいけないのならば」

 言葉に痛々しさがある事に、やっとでシンムは気付いた。それが余計にイヨの本気を表している様だった。自分の命に対しては投げやりになっている。それでも、自分以外の命が少しでも危険に去らされる事を、自らに納得させることは、シンムには出来なかった。だから、無言で立ち上がった。


 黙ってシンムは歩いた。背後にはイヨが呪を背中に当てている。その後ろには、イスズも続いていた。

外に出ると衛兵達がすぐに駆けつけて来た。

 背後のイヨ達を見て、剣を抜こうとする女士官。

 イヨ「動かないでください。動くと、この人を殺します」

 背後から聞こえるイヨの声に、先程あった痛々しさも、迷いの色もない。

 苦々しい表情を見せる女士官。

 イヨ「イスズちゃん、ちょっとでも動いた人がいたら……その人、燃やして」

 イスズ「燃やすのだったら、イスズちゃんに任せなさい。動かなくても出来ますぅ」

 後ろを歩いていたイスズが前に飛び出した。その動きに呼応するかのように、衛兵達も後ずさりする。

 シンム「約束がちげぇだろ」

 身体を燃やされる兵士達の姿が脳裏に浮かんで、シンムは声を上げた。

 イヨ「あなたは黙っていてください。イスズちゃん、動いた時だけでいいから」

 すぐにでも実行に移しそうな勢いのイスズを、イヨが制止したその時だった。一人の兵士が、女士官の制止を無視して飛び出して来た。

 兵士「呪などないはず。鬼も、封印呪で力を封じられているはず。誰が騙されるか」

 飛び出して来たへ死にイヨが指を差す。

 イヨ「イスズちゃん、あの人の足下燃やして」

 イスズ「わかりましたですぅ」

 飛び出して来た兵士の足元が燃え上がる。その光景を見た女士官が、驚愕の表情を浮かべる。

 イヨ「これでわかったはずです。わたし達が本気だと言う事が。そこを通していただけますか?」

 燃え上がる炎を見て、一歩後退する兵士達に向かって、イヨは言った。

 その時だった。遠くから大きな音が響き、建物が瓦解した。誰もが、何が起こったのか理解出来ずに混乱が広がる。ただ一人シンムには、その原因が何となく理解出来た。そんな事が出来る者など、他に思い浮かばなかったから。

 シンム「今のはタケヒコ? 誰かと戦ってんのか? まさか……タマモとか言う奴が来てんのか!」

 思わず声を出したシンムの言葉に、イヨが反応する。

 イヨ「タマモさんが? どちらにせよ好機のようです」

 この場にいる誰よりも早く混乱から復帰したイヨが、誰よりも早く行動に移る。

 イヨ「イスズちゃん目を閉じて、耳を塞いで!」

 再び大きな音が同じ方向から鳴り響く。今度は先程よりも手前から鳴り響いた。混乱が加速して、兵士達の注意が完全に音の方へと向けられる。

 呆然と、シンムもその方向を眺めていた。気付いた時には押し倒され掛けている最中だった。倒されながらもシンムは、イヨがイスズに言ったように目を閉じ、耳を塞いだ。

 鎌足呪とイヨが偽っていた催眠呪が光り出す。激しい光と共に、催眠音が流れる。同時にイヨはイスズの手を取って走り出した。

 イヨ「イスズちゃん走って!」

 シンム「待ちやがれ! 逃してたまるか!」

 催眠に掛からなかったシンムは起き上り、慌てて二人を追い掛けた。

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