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倭国神代記  作者: がばい
2章
20/53

収穫祭前夜

 収穫祭の前夜。

 巨大な社の中にある閉ざされた一室。机も椅子も装飾する物は何もない。床すらもない部屋。豪華さとは無縁の部屋に、狗奴国の中心人物達が集結していた。

 当初は緊張するとシンムは思っていたが自分でも意外なほど自然体でいた。

 ジョウコウ「アシハラシ マサノリ、イナバ ハルモチ、カカシ ショウセン、イブキ シンム……全員揃ったようだな」

 円を作って土の上にじかに座す男達の中央で、ジョウコウが一人一人の顔を見ながら名を告げた。一人だけ名を呼ばれて無い男がいたが、誰も気にしてはいない様子だった。

 名が呼ばれるたびに、シンムはそれぞれの顔を眺めた。興味深そうに見ている者、いぶかしそうに見ている者、あきらかに不快そうに見ている者など、それぞれが表情ゆたかに見返して来た。

 各々の名を告げ終わったジョウコウが腕を組んで座り、円に加わると、真っ先にショウセンと呼ばれた人物が口を開いた。

 白髪交じりで、片目に眼帯をつけていて、顔を横断する深い傷が印象に残った人物だ。

 ショウセン「ジョウコウ殿、その横におられる御仁はどなたかのう?」

 ジョウコウ「邪馬台国が国の一つ、伊都国の王イブキ シンム」

 シンム「よろしく」

 お辞儀をしながらも、シンムは無愛想に挨拶をした。無愛想だったのは、緊張した訳でも、含む事があるわけでもなかったが、慣れ合うつもりもなかったから。

 癖なのか、何度も頷きながらショウセンが言葉を口にする。

 ショウセン「やはりシンム殿であったか……話は(うかが)っておる。さぞ、つらきことがあったであろう」

 同情なら必要ないと思ったが、シンムは口には出さず簡単に「いや別に」とだけ言った。先程と同様にショウセンが「うむうむ」と言いながら、何度も頷く。

 頭髪が年のためか失われているハルモチと呼ばれた老人が、次に口を開いた。

 ハルモチ「シンム? はて……どなた様じゃったかのう?」

 シンム「じぃさんには今日初めて会ったぜ」

 ハルモチ「そうじゃ、そうじゃ。シンム殿はずっと昔に亡くなられたのじゃった。うっかりしておった」

 左手で何度もひたいを叩きながらハルモチは言った。

 ショウセン「亡くなられた方とは違う方ですぞ、ハルモチ殿」

 どう答えたらいいのかわからないシンムを助けてくれた訳ではないのだろうが、ショウセンがハルモチの言葉に答えた。

 ハルモチ「なるほど……それで目の前のシンム殿はわしに何用ですかな?」

 シンム「別にじぃさんに用事があるわけじゃねぇ」

 呆けているのかとシンムは内心思ったが、それを声に出すわけにもいかないのでそう答えた。

 ハルモチ「呼び出されて用事がないとは……はて?」

 シンム「おれが呼び出してもねぇ!」

 ハルモチ「そうじゃったような、そうでなかったような……」

 ショウセン「お呼びになられたのは親方様ですぞ、ハルモチ殿」

 またも出されたショウセンの助け船に、シンムは内心で感謝する。

 ハルモチ「そうじゃ、そうじゃ……マサノリ殿、何用ですかのう?」

 あまりにも不毛な会話にシンムは心の中でため息をついた。とはいえ、瞬時に心を引き締める。ぎょろりと睨みつけられたために

 その人物は大柄で大きな顔、手入れしていないのかぼさぼさの無精髭で、右の耳の耳たぶに噛み蹴られたような痕があった。そして、あからさまに敵を見るかのように、シンムを睨み続けている人物だった。

 マサノリ「わしがイナバ老を呼ぶわけがなかろう!」

 体格から連想される通りの低く鈍い声でマサノリは言った。すぐさま助け舟をショウセンが出す。

 ショウセン「マサノリ殿あまり激昂なされるな、ハルモチ殿に悪気はない」

 マサノリ「そんなことは分っておる!」

 恐らく、今までもずっとこんな感じだったのだろうとシンムは内心で思う。

 ジョウコウ「ハルモチ、とりあえず今日の所は聞いておけばよい」

 ハルモチ「親方様がおられましたか……」

 本気で驚いた様にジョウコウを見るハルモチを見て、シンムは「この国だいじょうぶか?」と、疑問が脳裏によぎった。

 場の空気を変えるためだろう、わざとらしく一度咳をしてから、ショウセンが頭を軽く下げて提案する。

 ショウセン「親方様、本題に入っていただけますかな」

 モリヤ「その前に父上! なぜこの場に、何処の馬の骨とも知れない奴がいるのです?」

 最初に名を呼ばれていなかった人物が初めて口を開いた。極力目を合わせない様にしていたアシハラシモリヤが口を開いたため、シンムは危うく嫌悪感を顔に出しそうになった。

 父であり、狗奴国の大王であるジョウコウがモリヤを一瞥(いちべつ)する。

 ジョウコウ「シンムが参加する事はあらかじめ伝えてあったはずだが?」

 マサノリ「従兄! なぜに保護しているだけの奴が、この場にいるのかモリヤは聞いておるのだ!」

 明らかに不満げな顔でシンムを睨みつけ、指差しながらマサノリが大声で言った。その声を受け流すようにショウセンが答える。

 ショウセン「今日は邪馬台国の件であろうから、そのため元邪馬台国の人間をこの場に呼んだのじゃろうて」

 マサノリ「カカシ老には聞いておらん! 従兄に聞いておる!」

 更に大声をマサノリが張り上げると、今度はハルモチが口を開いた。

 ハルモチ「はて……そうじゃったかのう?」

 マサノリ「イナバ老にも聞いておらん!」

 怒声をマサノリが張り上げる。

 ハルモチ「そんなに怒る事もなかろう、ツネヒサ」

 ショウセン「ツネヒサ殿は十六年前に亡くなられたであろう」

 ハルモチ「そうじゃ、そうじゃ」

 相変わらず焦点のずれたハルモチの言葉に、やはり今までと同様に助け船を出したショウセンが答える。

 マサノリ「話が進まん! とにかく従兄から説明願おう!」

 腹立たしさを紛らわすためか、両手で地面をおもいっきり叩いてから、マサノリは鼻で息をしながらジョウコウを見た。

 ジョウコウ「マサノリ、シンムをこの場に呼んだのは邪馬台国の情報の提供のため、ならびにその方等に顔を覚えてもらうためだ」

 静かで、それでいて全ての声を遮断するかのような強さを持った声で、先程のショウセンの言葉を補足する様に、ジョウコウは語った。

 舌打ちをしてから、モリヤは汚いものを見る様にシンムに横眼を向ける。

 モリヤ「なんで僕たちがこんな馬の骨の顔を覚えないといけないんだい?」

 腕を組んだままジョウコウがモリヤを一瞥する。

 ジョウコウ「とにかく覚えておけばよい。近々、必要に迫られる」

 ショウセン「必要に迫られるとは……情報を提供してもらう事から推測して構わぬのかのう」

 自分の考えをショウセンが述べる。

 ジョウコウ「何のために、その方等を呼び寄せたかを考えれば分ろう」

 マサノリ「あの女狐、捕まえて思う存分なぶりつくしてくれる!」

 その会話を聞いたマサノリが突然嬉しそうに、豪快に笑い声を上げた。同時にシンムが思った事をそのまま口にする。

 シンム「じゃあ、ついに邪馬台国に攻めるのか?」

 モリヤ「なにが「ついに」さ。馬の骨が聞かれもしないのに口を開いていい場だと思っているのかい」

 シンム「なんだと!」

 明らかに侮蔑するモリヤの視線と言葉に耐えきれず、思わずシンムは声を張り上げた。すぐにショウセンがぎろりと片眼を光らせるようにシンムを見る。

 ショウセン「シンム殿、おとなしくなされよ。場をわきまえなされ」

 マサノリ「従兄、こんな負け犬から得られる情報など知れとるだろう」

 笑い声を止めたマサノリがまたも指を差しながら言った。笑うのを止めたはずなのに何処か笑っているような口調で。それがあざ笑いである事は明らかだった。だから、シンムはその言葉に反応してかっとなった。

 シンム「負け犬っておれの事かよ!」

 モリヤ「他に誰が居るって言うのかい?。情けない国の王様」

 汚物でも見る様な視線でモリヤは言った。

 シンム「情けない国って伊都国の事かよ!」

 本気でシンムは怒り狂いそうになった。父や母が守ろうとした、愛すべき人々と作った国を馬鹿にされたから。

 シンム「ふざけんな、てめぇ。なんにも知らないくせに勝手な事言いやがって」

 ジョウコウ「黙れぃ、シンム!」

 眉間にしわを寄せながらジョウコウが怒声を上げる。有無を言わせぬジョウコウの怒鳴り声を聞いて、シンムは下を向いた。息が出来ないほどの悔しい気持ちを閉じ込めながら。

 モリヤ「元、王様はおとなしくしているんだね」

 マサノリ「よく吼える負け犬だわい」

 嫌な笑みを見せながらモリヤが言うと、それにマサノリが続いた。あまりの悔しさでシンムの握り締めた手から血が滲む。

 マサノリ「ショウセン、ぬしはこの負け犬をどう思っておる」

 ショウセン「わしに親方様の来客を評価する資格などございますまいて」

 首を横に振りながらショウセンは答えた。

 モリヤ「評価? くだらない。こんな馬の骨なんか負け犬で十分」

 マサノリ「まことにそうじゃわい」

 気が狂いそうなほどの屈辱に耐える為に唇を噛みしめながら、シンムはうつむいたまま嫌味なモリヤと大笑いするマサノリの声を聞いた。

 ジョウコウ「静かにせぃ!」

 マサノリ「従兄、黙るのは構わんが、その前にこの負け犬をここからつまみ出してよいかのう?」

 気分よさげに笑いながらマサノリは言った。静かに、日が陰るような声でジョウコウが言葉を返す。

ジョウコウ「マサノリ、その負け犬の祖父に煮え湯を飲まされたのは誰だったかを思い出してみろ」

 マサノリ「従兄、古い話を持ち出すな」

 ジョウコウ「古い話? その方にとってどれ程の月日までが新しく、どれ程の月日までが古いか、具体的に聞かせぃ!」

 その途端、今までの威勢が嘘の様に、マサノリが下を向き、言葉にならない声だけになる。それで、急に雲行きが変わったのに気付いたモリヤが言葉を差し込む。

 モリヤ「父上、僕も叔父上の意見に賛成です。馬の骨がこの場にいても、なんの役にも立たないでしょう」

 ジョウコウ「モリヤ、呼ばれもせずにこの場に来て置きながら、くだらない言葉しか出ないのなら、この場を立ち去れ」

 モリヤ「なら聞きますけど父上。この僕が呼ばれてないのに、なんでそこの馬の骨は呼ばれてるのさ」

 ジョウコウ「シンムをこの場に呼び寄せた理由は先に述べたが? よもや、聞いていなかったわけであるまい」

 モリヤ「うそだ! そいつを呼んだのは別の理由があるに決まってる!」

 ジョウコウ「モリヤ、なればその理由とやらを述べぃ」

 雲行きがどんどん変わっていく。それに伴いモリヤの表情から笑みや余裕が隠れていく。遂には、モリヤが感情をあらわにする。

 モリヤ「理由なんかわかりきっているだろ!」

 ジョウコウ「我が言った以外の理由など知らんな。モリヤ、この場で言えぬならこれ以上、その話を口にするな」

 モリヤ「父上はそんなにこいつがいいのかよ!」

 ジョウコウ「聞いていなかったのか? これ以上くだらない話をこの場に持ち出すなと言うておる」

 モリヤ「どこがくだらないって言うんだ!。父上は僕をないがしろにする気だろ」

 ジョウコウ「今すぐこの場を立ち去れぃ!」

 遂に稲妻が落ちた。轟音が鳴り響き、自らの頭上に落ちたわけではないのに、シンムも一瞬身体を震わせた。

 モリヤ「なぜ僕が消えないといけないのさ!」

 ジョウコウ「マサノリ、こやつをつまみ出せ」

 汗が引く様な冷淡な声で、ジョウコウは言った。

 マサノリ「従兄、何もそこまで……モリヤにはわしから」

 先程までのマサノリの大声が嘘の様に弱弱しい声で言った。その声にジョウコウは耳を貸そうともしない。

 ジョウコウ「ショウセン、モリヤをつまみ出せ」

 言葉をわめき散らしているモリヤをショウセンは羽交い絞めにして外に連れ出した。その際ジョウコウはモリヤをいっさい見ようともせず、無言で目を閉じていた。

 その後会議は再開されたが、シンムの頭の中には伊都国を侮辱された言葉だけが駆け巡り、話題の内容が頭に入ってこなかった。

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