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倭国神代記  作者: がばい
2章
19/53

平穏の中で4

 絞め落とされて気絶していたシンムは、人里離れた場所でたたき起こされた。

 シンム「ここどこだ?」

 起きると見慣れない風景が広がっていた。訳が分からず辺りを見回す。辺りには何もなく、荒れた平野が広がっている。地面に生えた草花すらも枯れた様にしおれていた。

 スクネ「……地獄と化した地だ」

 遠い目をしながら、何処か影のある表情でスクネは言った。そんなスクネをシンムは初めて見た。それだけに、スクネの言葉に違和感を覚えた。

 シンム「地獄? 何言ってんだ?」

 遠い目をしたスクネは何も答えない。代わりに、別の人物の声が背後から聞こえる。

 タケヒコ「スクネ、その表現は若干違います。「地獄の方が良かったと思える所」と、言われた方が正しいですよ」

 シンム「どういう意味だ、タケヒコ?」

 いつの間にか背後に立っていたタケヒコの言葉に、シンムは困惑しながら聞いた。冗談を言っているようには見えなかったから。

 タケヒコ「今日から、スクネも組み手に参加します」

 シンム「二対一でやるのか?」

 タケヒコ「その通りですシンム様。わたしとシンム様対スクネで組み手します」

 シンム「こっちが二人で訓練になんのか?」

 ますますシンムは困惑した。明らかにタケヒコは本気で言っている。そして、その意味がシンムにはまったく理解出来なかったから。

 タケヒコ「訓練になるかどうかよりも、死なないで済むかどうかの方が問題になるかもしれません」

 シンム「タケヒコの本気とやり合う時の様に?」

 タケヒコ「いつもの精神的に死にそうになるのと違って、物理的に死なずに済むかどうかの問題です、シンム様。それに……」

 シンム「それに? どうかしたのか?」

 一瞬、何かに躊躇(ちゅうちょ)したのかタケヒコは言葉を詰まらせた後、振り絞るように言葉を続けた。所見なら誰も気づかないぐらいに眉を歪めながら、何処か辛そうに

 タケヒコ「そろそろタマモの事を考えると……わたし達の本当の意味での本気を体験して貰わないといけなかったもので」

 スクネ「了解した」

 まったく真意が理解できないシンムを余所に、スクネは納得した様に言った。

 シンム「本当の意味での本気?」

 タケヒコ「これ以上無駄な事ばかり考えていると、一瞬で死にますよシンム様。とにかく、すぐに意味は分ります」

 シンム「無駄な事も何も、意味わかんねぇ……」

 話を続けようとするシンムの視界からスクネが消える。右肩が何者かに叩かれた。ほんのわずかの後、左肩を同じように叩かれた。

 そして、姿をスクネが見せると無愛想に告げた。

 スクネ「すでに二度死んでいる。伊都国で生き残ったのは奇跡だな」

 タケヒコ「いきなりは無理ですよ」

 呆然(ぼうぜん)とするシンムを余所に、タケヒコが苦笑している。

 シンム「……何がどうして、どうなってんだ?」

 タケヒコ「たった今、シンム様をスクネが背後から攻撃したのですよ」

 シンム「さっきの肩を叩かれたやつか?」

 タケヒコ「そうです。今から、それを本気で避けながら、スクネに反撃をして欲しいのです。わたしがスクネと組み手をする中で」

 シンム「タケヒコとスクネが組み手? 意味が全然わからねぇ」

 タケヒコ「わたしと戦っていたらスクネの手加減も散漫になりますから……打ち所が悪いと死にます」

 シンム「それより、そんな余裕がスクネにあるのか?」

 タケヒコ「現状では……余裕がないのはシンム様と共に戦うわたしの方ですよ」

 話はそこまでだった。そして、シンムはタケヒコが言った「地獄の方が良かったと思える所」の意味を理解させられる事になった。

 スクネ「話は終わりだ。本気で行くぞ」

 またたく間にスクネが視界から消える。軽く頭を下げると、タケヒコも同じように視界から消えた。二人の動く速度が速すぎて視界に捕らえられないだけだったが、シンムにとっては文字通り「消えた」に等しかった。

 二人が消えた後に、タケヒコの声が聞こえた。

 タケヒコ「シンム様、集中してください。スクネを感じるのです」

 シンム「感じるって……何がどうなってんだ?」

 タケヒコ「右に跳んで下さい!」

 そうタケヒコに言われて、シンムは何がなんだかも分らないまま取り敢えず右に飛んだ。すると次の瞬間、シンムの立っていた場所にスクネが現われる。次にタケヒコが現われ、スクネの拳を受け止めていた。

 タケヒコ「今です!」

 なんとなく理解したシンムは、スクネを横から殴ろうとする。しかし、スクネとタケヒコはすでにその場にいなかった。背後で鈍い音が聞こえる。音に気が付いて後ろを振り向こうとすると、タケヒコから「かがんでください」だの、「次は左に」と言った指示が、この日何度も飛び交い続けた。

 この日、スクネとタケヒコの姿を、シンムは二度と目視する事はなかった。


 その日の夜。屋敷を出てすぐ近くにある小川のほとりに、星空の下、カグヤは座り込んでいた。昼間は洗濯などで人の多い小川も、夜には誰もいない。川を眺めながらカグヤは背後の暗闇に向かって話しかけた。

 カグヤ「……シンム、今何してる?」

 暗闇が声を返す。正確には、すぐ近くで気配を消して忍んでいたスクネが返した。

 スクネ「伸びて、寝ている」

 カグヤ「……そっか」

 それきりしばし沈黙する。何処かで鳴くこおろぎの声だけが響く。少し経ってスクネは姿を現して沈黙を破った。

 スクネ「起こして来るか」

 カグヤ「別にいいよ。シンム、今日かなりきつい事したんでしょ?」

 スクネ「……なぜそう考えた」

 カグヤ「なんとなく……かな。スクネも今日はいっしょだろうと思ったし」

 スクネ「何をやっていたか知りたいか」

 カグヤ「それも別にいいよ。どうせ言われたってわかんないだろうし……シンム、がんばってた?」

 スクネ「……あいつなりにな」

 カグヤ「明日も同じ事するの?」

 会話をしながらもお互いに顔を見合わせたりはしない。お互い、小川に写った顔に向かって話しかけていた。こおろぎの鳴く声も、時のながれすらも止まったような空間の中で会話していた。

 小川に写る何処か影のあるカグヤに向かって、スクネは答え返す。

 スクネ「それはあいつ次第だ。だがおそらく、明日もだろうな」

 カグヤ「シンムの事お願いね。あれでも弟だし」

 小川に写ったカグヤの表情がわずかに緩む。それでも影は消えない。

 スクネ「考えておく」

 カグヤ「またそんな言い方するし。もっと素直な言い方出来ないかな?」

 スクネ「言い方……例えば」

 カグヤ「うーん普通は「はい」とかだけど」

 スクネ「はい」

 カグヤ「あははははは。全然、似合わないね」

 本当におかしそうにカグヤは笑った。いつも通りの無表情のままスクネは黙り込む。横に立つスクネを見上げるようにカグヤは顔を向けた。

 カグヤ「ひょっとして怒った?」

 ちらりとカグヤを見てから小川に目を向けたスクネは、やはり黙ったままだった。

 カグヤ「やっぱり怒ってるし。感情出してないつもりだろうけど、まる分かりだよ」

 おそらく他に誰も、ひょっとしたらスクネ当人にすら分からない感情の変化を読み取ったようにカグヤは言った。

カグヤ「あっ、そういえばきみ「了解した」とかも言ってたよね?」

 スクネ「考えておく」

 カグヤ「治りそうにないね……あははははは」

 無表情のスクネを見て、カグヤは腹を抱えて力いっぱい笑った。ひときり笑った後で、カグヤは突如表情を一変させる。何処か悲しそうな笑顔を見せた後に、再び小川に顔を向けた。

カグヤ「わたしね、夢をいっぱい……いっぱい、寝ている間に見たんだよ」

 スクネ「……夢か」

 カグヤ「そうだよ。ほとんど夢を見たって事以外は忘れちゃったけどね」

 スクネ「ひとつも覚えてないのか」

 カグヤ「うん? そうだね、少しぐらいは覚えてるかな」

 スクネ「どんなだ」

カグヤ「お父さんがね……わたしがりんごが大好きって言ったら「それなら今から取りに行こっか」って言ってね。いっしょに森に入ってりんごを取りに入ったまでは良かったんだけどね、一個もないんだよ。そしたらね「ごめん今の季節は生ってないの忘れてた」とか言うんだよ。わたしね、その時いっぱい泣いてしまって……お父さん、ずっと謝ってた。「ごめんな。今度生っている時にお母さんと三人でまた取りに行こう? ごめんな」って、ずっと謝ってたんだよ」

 一気にまくし立てたカグヤは一呼吸置いてから言った。

 カグヤ「お父さん、どじだったからね」

 夢の話を、スクネは真剣に聞きながら考え事をしていた。それに気付いたカグヤが苦笑する。

 カグヤ「あんまり深く考えるような話じゃないよ……」

 そう言って、またカグヤは苦笑した。しかし、スクネはカグヤにとっての真顔で問いかけた。

 スクネ「本当にあった話か?」

 カグヤ「うーん、どうだろう? 本当にあったっぽいけど……わたしも小さかったと思うし」

 スクネ「そうか……母親の夢は?」

 カグヤ「お母さんの夢? あれ?」

 スクネ「どうした?」…

 カグヤ「うーん…たぶん見たと思うけど覚えてないや。てへ」

 それをスクネは聞いた瞬間、誰がどう見ても真剣だとわかる顔に変わる。そして、自分でも信じられないぐらいスクネは恐怖を感じながら言った。

 スクネ「神は見たか」

 カグヤ「えっ? 神様? 何で?」

 困惑するカグヤの表情を見て、スクネは心底ほっとした。

 スクネ「……なんとなくだ」

 カグヤ「変な質問だよね。うーん、見てないかな」

 スクネ「見てないなら問題ない。母親の記憶はあるのか」

 ほっとしながらもスクネの恐怖心は完全には拭えない。それゆえに、鬼気迫る様な表情で、スクネは質問を続けた。

 カグヤ「お母さんの思い出ならいっぱいあるよ」

 そこまで言ってカグヤがはっとしたように眼を見開いた。

 カグヤ「今思い出したけど。さっきの夢、きっと事実だよ」

 スクネ「何か思い出したのか」

 カグヤ「うん。結局その後、わたし中々泣き止まなかったんだよ。そうしたら、お母さんに怒られたんだっけ。「いつまでも泣いていたってしょうがないでしょ」って……あれ?」

 困惑した様にカグヤが首を捻っている。そんなカグヤに何か質問しようとスクネは思ったが言葉が出てこない。会話がとぎれ、こおろぎの鳴き声が二人を包み込む。

 次にこおろぎの鳴き声を(さえぎ)ったのは今日の朝方の話題だった。

 カグヤ「今日ね。本当はイヨやイスズに会って……正直言うと、わたしもシンムと同じ気持ちだったんだよ」

 スクネ「わかっている」

 朝と違ってカグヤは下をうつむいたりせず、スクネの足に寄りかかって来た。

 カグヤ「祭りの事、どうするか聞きに来たんだよね?」

 スクネ「否定はしない」

 カグヤ「分っては……いるんだけどね、イヨ達が悪いわけじゃないって」

 スクネ「ならどうする……やはり断るか」

 カグヤ「どうしたらいいと思う?」

 わずかに間を置いてスクネは返事をした。

 スクネ「自分で決めろ」

 カグヤ「突き放すよね……きみ」

 スクネ「なぐさめてほしいのか」

 カグヤ「やめとくよ。きみだと……なぐさめてくれるどころか、ぼろくそに言われそうだし」

 月の淡い光が二人を包みこむ中、抑揚のない声色で、お互いに小川に映った顔を見ながら話を続けた。

 スクネ「ここに来た時には、すでにどうするか決めていると思えたが……」

 カグヤ「なんでそう思うの?」

 スクネ「表情が考え事しているように見えなかった……それに」

 カグヤ「それに……なに?」

 スクネ「決めていたから、自分から話し掛けてきたのだろ」

 カグヤ「そうだね……そうかもしれないね」

 スクネ「もう一度聞く。どうする」

 カグヤ「やるよ」

 スクネ「そうか」

 最後は簡単な受け答えだった。再び二人は沈黙する。こおろぎは何処に消えたのか、鳴き声はいつのまにか無くなっていた。

 その日、結局二人はそれ以上何も会話せずに別れた。



 星の光り以外に明かりが何もない闇夜の中、カグヤの部屋の前に何者かがいた。気配は二人。一人は辺りを見張っている。もう一人がカグヤの部屋に侵入しようとしていた。

 半分呆れたようにタケヒコが声を掛ける。

 タケヒコ「まったく、モリヤ様も懲りないお方だ。あなた方も大変ですね」

 二人の歓迎されない来客が殺気を放ちながら、顔を見合わせた後にタケヒコを睨みつける。次に出る行動は明らかだった。だから、二人の侵入者が動くよりも早く、タケヒコが動く。二人の侵入者には何が起こっているのかを自覚する時間すら与えられない。侵入者の一人の左腕を右手で掴んだまま後ろに回りこむ。左腕の折れる音が聞こえる。そして、左手で首筋を強く打つ。すぐに二人目に取り掛かった。今度も左腕を右手で掴むとそのまま地面に投げ落とした。地面に激突する音と左腕の折れる音がする。二人とも一瞬の内に気絶させられていた。

 タケヒコ「起きた時にかなりの痛みを感じるでしょうが、きれいに折ったので後遺症はないはずです」

 そう言って、タケヒコが侵入者二人の応急手当てを始める。


 その場にスクネがたどり着いた時には、タケヒコが二人の手当てを終えていた。

 スクネ「やるなら、もっと徹底的にやった方がいい」

 タケヒコ「見ていたのですかスクネ」

 スクネ「見てはいない。だが」

 応急手当てされた左腕に目をやった。きれいに腕は折られているようだった。恐らく変に曲がったりしない様に注意しながら折ったのだろう。

 目線に気付いたのかタケヒコが苦笑いする。

 タケヒコ「本気でやらないとかなりの痛みを伴うでしょうから……それに恐怖も」

 スクネ「あまいな」

 タケヒコ「こんな事で非情さを見せても仕方ないでしょう」

 スクネ「この程度なら同じ事を繰り返すぞ」

 タケヒコ「モリヤ様はそこまで馬鹿じゃありませんよ」

 そう思いたいだけだろうとスクネは内心思いつつも、言葉には出さなかった。代わりに先程聞いたばかりの情報を口にする。

 スクネ「カグヤが祈りを受けると」

 タケヒコ「それはよかった。カグヤ様がお受けになるなら、シンム様も断れないでしょうし。実は、今日言い出せませんでしたが、祭りの前日にシンム様にはジョウコウ様とこの国のお偉方達の相手をして貰いたかったので」

 特に興味もない話題だったのでスクネは何も答えない。会話がなくなると、タケヒコは侵入者二人を両肩に担ぎあげた。

 タケヒコ「わたしはこの二人をモリヤ様の所にお返しして来ます……もし他に何かあったらお願いします」

 無言でスクネは頷いた。そして、何かあった時の事を考えながら自らの部屋へと向かった。もっとも、スクネが恐れる何かが会った時には、手立てなど何もない事を自覚しただけで終わったのだが。

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