平穏の中で3
収穫祭の事をタケヒコは話していた。他人事でしかない話だったので、スクネには大して興味が湧くはずもなく、いつものように片膝を立て、窓際の壁に寄りかかって座りながらタケヒコ達の会話を聞き流していた。
タケヒコ「もうすぐ収穫祭が行われますが、シンム様はどういったものかご存じですか?」
シンム「収穫祭? いくらおれでもそのくらい知ってっけど、あの巫女が祈りをささげるやつだろ?国でもやってただろ?」
何を考えるでもなく、窓際で片膝を立てて座りながらスクネは部屋の中の三人を眺めていた。収穫祭の話を聞いたシンムは「何でそんな事を聞くのか」といった感じで、タケヒコを見ている。その隣でカグヤは興味津津といった顔つきだった。
収穫祭の話は続く。
タケヒコ「国で行っていたのとは規模が違います」
シンム「規模が違う? 祭りに規模とかあんのか?」
タケヒコ「その日になればわかりますよ」
首をひねっているシンムに笑顔でタケヒコはそう告げると、カグヤの方を向いた。
タケヒコ「ジョウコウ様が祭り日に、カグヤ様に手伝って貰いたいことがあるとのことです」
カグヤ「手伝うって何するの?」
タケヒコ「手伝うとは言っても難しい事をやってもらうわけではありません。巫女として、カグヤ様に祈りをささげて貰うだけです」
カグヤ「あれ、わたしがするの?」
タケヒコ「この国には巫女も少ないですし。それに、カグヤ様以上の方は、この国にはおられませんから」
難しい顔をしてカグヤが何か考え始める。その表情が何を指すのかを確信した様な笑顔で、タケヒコが言った。
タケヒコ「当然、カグヤ様にはこの国の祈りの内容を考えてもらわないとなりません」
カグヤ「あれ、やっぱり考えないといけないの……」
嫌そうな顔をカグヤがする。口に出してはいなかったが「面倒だよ」と、続けている様だった。
興味津津な表情から嫌そうな表情に一瞬で変化する。そういったカグヤの表情の変化を、ぼんやりと眺めているだけで、スクネは時間がつぶれた。それは、最近のスクネの日課ともなっていた。
収穫祭の話は続く。嫌そうな顔をしたカグヤの望みを断つように、タケヒコは断言してから言葉を続けた。
タケヒコ「当然です、カグヤ様。もっとも、この国では二人で祈りを捧げていただくので、一応は半分でだいじょうぶですよ」
カグヤ「二人って事は、もう一人はだれなの?」
タケヒコ「カグヤ様と同様に巫女として素晴らしい方です」
カグヤ「この狗奴国には巫女自体少ないし、わたしが一番なんだよね?」
タケヒコ「ええ……確かにそうなのですが。たまたまなのですが、現在この国におられるので」
きょとんとしているカグヤを押しのけてシンムが話に割り込んだ。
シンム「姉貴みたいなのが二人もいるのか?」
にやけながらシンムが言った。今まで窓際で黙って眺めていたスクネだが、思わず言葉が漏れた。
スクネ「おまえの好きな意味で取ってろ」
シンム「なんだと!」
怒ったシンムが立ち上がろうと片足を立てて腰を浮かせた。それを視認したが、スクネは無視して外に目をやった。朝早いせいか、外に人通りはまったくない。
シンム「無視かよ!」
目を部屋に戻すと、怒鳴るシンムをカグヤが手を掴んで阻止していた。
カグヤ「二人ともそこまで! 話が進まなくなっちゃうよ」
不満そうにシンムが腰を下ろす。それを見ていたタケヒコが、何か感動した様に声を震わせて言った。
タケヒコ「カグヤ様が喧嘩になりそうな事態に参加されず、逆に止めていただけるとは……」
カグヤ「タケヒコ、それどういう意味だよ!」
口を膨らませてカグヤが抗議する。にやけながらシンムがタケヒコの言葉に賛同の意を示す。
シンム「どう言うも何も……いつもなら喧嘩煽るのが姉貴だろ?」
カグヤ「わたしがいつ喧嘩を煽ったって言うの!」
シンム「何時って……ついこの間だって煽ってただろ!」
途端にカグヤが立ち上がり大声を張り上げた。
カグヤ「あんたねぇーー」
タケヒコ「結局こうなってしまわれるのですか……」
立ち上がったカグヤが腰に手を当て、シンムを見下ろしながら大声を張り上げる。それを見たタケヒコが下を向いてため息まじりにつぶやく。
そういった光景にスクネは既視感の様なものを感じる。気のせいだと思いつつも、懐かしさと哀愁を感じながら聞き流す。話に自分が参加しているのか、していないのかさえ曖昧なまま。
両手を頭の後ろにしてにやけているシンムが言った。
シンム「人間、簡単に性格が変わるわけ無いだろ」
その言葉にカグヤが大声で抗議する。
カグヤ「そう言うんだったら、シンムなんかいつまでたっても子供のままじゃない!」
シンム「それは姉貴もだろ!」
カグヤ「わたしのどこが子供だって言うの!」
いよいよ本格的に喧嘩になりそうな気配になった。いつも通り「このまま喧嘩に突入するだろう」と思いつつ、外にスクネは目をやった。二人の女性が玄関の前に立っている。
スクネ「誰か来たな」
喧嘩を始めた二人の興味が一瞬で移り変わる
タケヒコ「参られましたか……少しお待ちください」
会釈をすると、タケヒコは玄関へ向かった。
客人との会話もスクネは聞き流した。別に聞くつもりなどなかったのだが、朝早くゆえの静けさと、生来の耳の良さゆえだった。
客人の一人が訪問を告げる。顔までは窓際からは見えなかったが、声でイヨだとわかった。
イヨ「ごめんください」
イスズ「あんまり出て来るのが遅いと、イスズちゃんが火事にして強制的に出て来てもらいますぅ」
声が高く、子供の様な声が訪問の挨拶に続く。
タケヒコ「物騒な事はしないで貰えるとありがたいのですが」
訪問を告げた二人の声からほとんど間髪を入れずに、タケヒコの声は聞こえた。
イスズ「出て来るのが遅いですぅ。もっと早く出て来なさい」
タケヒコ「申し訳ありません。中が少し騒々しかったもので」
すぐに出て来たとはタケヒコは言わない。相変わらずだと内心思いつつ、スクネは部屋の中に目をやった。部屋の中のカグヤとシンムがなぜかにらめっこをしている。鼻で笑いそうになったのを堪え、スクネは窓の外に目線を戻して、ぼんやりと空を眺めながら玄関での会話を聞き流す。
呼び出された理由をイヨが尋ねる。
イヨ「呼ばれたから来ましたが……何か用事でも?」
タケヒコ「お願いしたい事がありましたもので。本来でしたら、こちらから出向くべきだったのでしょうが……」
イヨ「それはかまいません。そのお願いとは何でしょうか?」
タケヒコ「とりあえず中にお入りくださいませ。お引き合わせしたい方々がおりますので」
イヨ「……分りました。上がらせていただきます」
家の中にタケヒコは二人を招き入れた。
イヨ「失礼します」
儀礼通りの綺麗なお辞儀をイヨがした。その後ろからイスズがどたばたと入って来る。そして、部屋の中に入って来た二人を見たシンムが、顔を真っ赤に染めて眉間にしわを寄せる。
イヨ「失礼します」
シンム「なっ、なんなんだそいつら!」
タケヒコ「客人のイヨ様とイスズ様です」
部屋に入って来た二人を丁寧に、タケヒコが紹介した。
シンム「そんな事はわかってんだよ。そいつ等が、なんでここにいるのかって聞いてんだ!」
タケヒコ「わたしがお招きいたしました」
シンム「なんで、よりにもよってそいつ等を呼んだんだ!」
怒鳴り声を上げるシンムに、強い口調でカグヤが注意した。
カグヤ「失礼だよ、シンム」
言葉とは裏腹に、カグヤも複雑そうな顔をしていた。とはいえ、シンムと違い怒っているというよりも、困惑しているといった感じだったが。
シンム「何が失礼だ。そいつ等は……」
それ以上の言葉をシンムが続ける前に、タケヒコが丁寧に深々と頭を下げる。続く言葉が伊都国に関する事であるのは明白だったからだろう。
タケヒコ「申し訳ありませんが、お願いしたい事がございましたので、わたしがお呼びしました」
イスズ「めんどうだけど来てあげたですぅ。だから感謝してください」
言葉を止められたシンムが、胸を張るイスズを恨みがましく睨みつける。一色即発しそうなほどにシンムは顔を歪ませ、握りこぶしは怒りからか震えていた。
タケヒコ「ありがとうございます、イスズ様」
場の空気を変えようとしているのか、タケヒコは笑顔で言ったが失敗に終わる。
シンム「タケヒコ、こんな奴に感謝なんかすることねぇだろ!」
罵声を浴びせる様に、シンムは指差しながら怒声を上げた。
イスズ「むむむ、エッヘンな人のその態度はひどいですぅ。イヨちゃんからも何か言ってやってください!」
争いの場にならないように、タケヒコが努力したのもむなしく、シンムの言葉によってイスズが不快感をあらわにする。そんな二人を余所に、イヨはカグヤとスクネの顔を大きな瞳を丸くして、交互に凝視している。
怒り狂いそうなシンムをなだめると、タケヒコがカグヤとスクネを紹介した。
タケヒコ「申し遅れました。この方はシンム様の姉上で、トヨウカグヤ様でございます。その隣は付き人のタケハヤスクネと申します」
カグヤ「トヨウカグヤだよ」
イヨ「カグヤ?」
丁寧にカグヤは名乗った。途端にイヨの目がカグヤだけを見据える。瞳が飛び出るかと思えるほどに眼を見開きながら。
スクネ「タケハヤスクネだ」
続いてスクネも名乗った。外を眺めながら目を合わせる事もなく、そっけない声だけで。
イスズ「イスズちゃんですぅ」
二人が自分の名を告げると、イスズがつられる様に名乗った。続いて簡単に頭を下げてイヨが挨拶する。
イヨ「邪馬台国の女王ヒミコの義娘スメイヨです」
挨拶が終わるとイヨは絞り出すような声で言った。
イヨ「なんで……なんで、こんな所に居るのですか?」
驚いているのは誰の目にも明らかだったが、それが何に対してか誰も分からず、部屋にいるスクネ以外の誰もが目線をイヨに向けた。そう、頭から湯気が出そうなほどに怒りの色を見せているシンムさえも。
イスズ「イヨちゃんどうしたんですぅ?」
イヨ「わるいけど、イスズちゃんは黙っていて!」
イスズ「……はいですぅ」
誰もが思った問いを、口に出したイスズがしゅんとなる。
タケヒコ「イヨ様、カグヤ様がどうかいたしましたか?」
しゅんとして縮こまってしまったイスズと同様の問いを、タケヒコは口にした。
イヨ「フツヌシさんも少し黙って……えっ?」
そこまで口にして、イヨは言葉をつまらせた。丸くしていた瞳がたちまち元に戻っていく。ようやくカグヤから眼を放したイヨが言葉を繕うように再開した。
イヨ「なんでこんな所に……スクネさんが居るのですか!」
明らかに話題を変えているが、タケヒコはそれに付き合った。
タケヒコ「……その事でしたか。元々、スクネがそちらの人間でした事は承知しています。ですが、今はこの国の人間です。まぁ、そちらにも思う所もあるでしょうけれど、この場は引いて貰えると助かるのですが」
すぐに、こくりとイヨが頷く。あまりにも簡単なその仕草が、先程の驚きがただ事でないことを何より物語っていた。それでも、誰もその事に触れない。答えてなどくれないだろう事は、火を見るよりも明らかだったから。
シンム「スクネは、おまえ等の所なんか糞っくらえってさ!」
睨みながら、侮辱するように、唾でも吐きかけるかの様な仕草で、シンムは言った。そんなシンムにカグヤは明らかに怒っている口調で言う。
カグヤ「シンムはちょっと黙ってなさい!」
シンム「なんで黙っとくんだ! こいつ等のやったこと、姉貴も知ってんだろ!」
我慢の限界が近いのか、それとも超えたのか、シンムは黙ろうとは決してしない。それどころか、放って置いたら今にも襲いかかりそうなほどのけんまくだった。
カグヤ「タケヒコ、抑えといて!」
タケヒコ「分りました、カグヤ様」
激昂するシンムを、タケヒコは羽交い絞めにして押さえつけた。それでもシンムは何かを言おうとしている。そんなシンムをカグヤがたしなめる。
カグヤ「シンムは少し頭を冷やしなさい」
羽交い絞めにされながらも、シンムは眉間にしわを寄せて睨みつけている。それでも、カグヤにたしなめられたのが原因か、少しだけ大人しくなった。
イスズ「エッヘンな人はうるさいですぅ」
耳に手を当ててイスズは言った。今度はイヨがたしなめる。
イヨ「イスズちゃん、お願いだから少し黙っていて」
イスズ「はいですぅ」
いじけたようにイスズは下を向いた。途端に場が静かになる。
カグヤ「よしっ、静かになったね。イヨさんだったよね?」
イヨ「はい」
静かになった場でカグヤとイヨの二人は向かい合った。先程、瞳が落ちそうなほどにイヨが目を見開いていた時とは違い、きちんとした対面の形を作りながら。
カグヤ「呼び方はイヨさんでいいかな?」
イヨ「わたしの事はイヨでかまいません、カグヤ様」
カグヤ「なら……わたしの事もカグヤでいいよ」
イヨ「さすがにそれは出来ません、カグヤさん」
カグヤ「ま、それでもいいよ」
訂正された呼ばれ方に、不本意そうにカグヤが納得する。場は此処まで来てやっとで本題へ移りかけたが。
カグヤ「それで、イヨ達をなんでここに呼んだの、タケヒコ?」
タケヒコ「それはですね……」
本題に入ろうとしたタケヒコが、誤って羽交い絞めにした手を緩める。
シンム「そうだぜ、タケヒコ! なんで、わざわざこんな奴等呼んだんだ!」
手が緩まった瞬間、シンムが怒りを爆発させた。静かになった場が、再び元の騒々しさに戻りそうになった。
カグヤ「シンム、さっきからうるさい! スクネ! タケヒコあてにならないから即交代」
眉間にしわを寄せて怒り声を上げるシンムよりも大きなカグヤの声が場を包み込む。
スクネ「とりあえず落としておく」
何となく聞き流していたスクネは、シンムを落とすべく立ち上がった。
カグヤ「なんだかわかんないけど、シンムがうるさくなくなるなら早くして。さっきから話が進まないよ」
返事と共に即動いていたスクネは、カグヤの言葉が言い終わるや否やシンムの首を絞めた。顔がみるみる青くなり、終には一言も話さなくなった。
急に心配になったのか、カグヤが怖々とした声でスクネに尋ねた。
カグヤ「……大丈夫なの?」
スクネ「死んでは無い」
なぜかカグヤは不安そうな表情を増した。
タケヒコ「気絶なさっているだけですよ、カグヤ様」
カグヤ「タケヒコがそう言うなら、大丈夫そうだね」
理由も分からない若干の不満がスクネを襲ったが、すぐにどうでもよくなり、気絶したシンムの横で壁に寄りかかって座した。
背を伸ばし、正座をタケヒコが組み直す。
タケヒコ「イヨ様にお願いしたことがあります、近々この国で収穫祭を行いますので、その時にカグヤ様と祈りを捧げて貰いたいのです」
イヨ「祈りですか……」
嫌がっているというよりは、考え事をしているといった感じで、イヨは言葉を詰まらせた。
カグヤ「タケヒコ……わるいけど、イヨと一緒には出来ないよ。みんなに……悪いから」
下を向いて、かすれたような声でカグヤは言った。横顔が明かに暗い。理由を察したタケヒコは、黙とうするように眼を閉じる。静かな場を完全な静寂が支配する。重い空気が音を押しつぶしているかのようだった。
イヨ「わたしは……受けさせてもらいます」
静寂を最初に破ったのはイヨだった。
イスズ「そうですぅ。イヨちゃんがダメならダメですぅ!」
イヨ「いえ……イスズちゃん、わたしは受けるっていったの」
イスズ「なんでですか! イスズちゃんは反対ですぅ」
口をふくらまして抗議するイスズに、イヨが苦笑いする。
タケヒコ「ありがとうございます、イヨ様」
深々と頭を下げてタケヒコが礼を言った。
イヨ「別にフツヌシさんのためにお受けしたわけではありません。この国の神様が、少しでも喜ばれるならと思っただけです」
タケヒコ「……神……ですか」
イヨ「どうしたのですか?」
その言葉に何か思うところが合ったのだろう、タケヒコは一瞬だけ眉を引きつらせた。
タケヒコ「いえ、なんでもありません。それよりも、イヨ様もお受けされたのですから、なおさらカグヤ様にも受けてもらわないといけないのですが」
カグヤ「でも……」
表情が暗い。日頃の明るさが嘘の様にカグヤはうつむいている。
タケヒコ「亡くなったヤカモチも、他のみなさんも、イヨ様と祈りを捧げる事を、決してお怒りにはなられませんよ」
カグヤ「ごめん……やっぱり無理だよ」
うつむいたままカグヤは首を横に振った。
イスズ「イヨちゃんがダメじゃないのに、ダメなのはダメですぅ」
童女のような表情のイスズが、子供が駄々をこねる様に振る舞っている。両手で床を叩きながら、はげしく首を横に振る。
イスズ「イスズちゃんはイヨちゃんがこの人達といっしょに何かするのはイヤですぅ。でも、イヨちゃんの言う事を聞かないのはもっとイヤですぅ」
イヨ「どんな理由でも、賛成してくれてありがとうイスズちゃん」
にこりとイヨが微笑む。その頬笑みを見たイスズが満面の笑みを浮かべる。そんな二人とは対照的に、カグヤは暗い表情で下をうつむいていた。
そんなカグヤの姿を見ていると、スクネは不可思議な感情にさいなまれる。その感情をいつものように振り落とそうとしても、振り落とせない。そうしていると、自らの感情を制御出来ない事が原因か、スクネは苛立ちを募らせて行く。
恐らく今は無理だと判断したのだろう、タケヒコが話をひとまず締めに入った。
タケヒコ「カグヤ様、祈りの件は今すぐに結論を出されなくても結構ですので」
カグヤ「でも……」
暗い表情でカグヤはつぶやいた。そのつぶやきを聞いたイスズが顔をふくらませる。
イスズ「むむむむむ。まだイヨちゃんに逆らう気ですか!」
イヨ「逆らってはないから……」
ばつの悪そうな顔をしながら、イヨはイスズの肩に軽く手を置いた。
タケヒコ「カグヤ様が迷われるのは当然だと思われます。ですが……」
イスズ「当然じゃないですぅ。イヨちゃんがイイって言ったらイイと答えないとダメですぅ」
タケヒコ「ですが結論は急がれずに……」
イスズ「頭を早くコクンとしないとイスズちゃんが強制的にさせちゃいますぅ」
話を進められずにいるタケヒコが思わず頭を抱える。その原因を悟っているイヨが慌てて立ち上がる。
イヨ「フツヌシさん、わたし達はこれで失礼します。どうなるのかは後日教えてください」
タケヒコ「分りました、イヨ様。お受けいただき、真にありがとうございました」
儀礼通りの挨拶を、イヨとタケヒコの二人が簡単に済ませる。
イヨ「それじゃあ帰ろう、イスズちゃん」
イスズ「待ってください! まだコクンしてないですぅ」
イヨ「いいから……」
なぜか本気の眼をしているイスズの手を、イヨは無理やり掴んで帰っていった。出口までイヨ達を見送った後、タケヒコはカグヤに改めて話を振った。
タケヒコ「落ち着いてから、もう一度考えてみてください、カグヤ様」
カグヤ「分ったよ、一日だけ……」
タケヒコ「ありがとうございます、カグヤ様」
カグヤ「しばらく一人になりたいんだけど……」
タケヒコ「分りました。シンム様にはこのまま訓練に付いてもらいますので」
気絶したままのシンムをタケヒコが肩に担ぎあげる。
カグヤ「そうしてくれると助かるよ」
タケヒコ「では明日に……良い返事を期待しています」
深々と頭を下げてタケヒコは部屋を出た。続いてスクネも部屋を出た。部屋を出る際にちらりと見たカグヤの表情は暗いままだった。