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倭国神代記  作者: がばい
2章
15/53

女王ヒミコ3

 巨大な社は多数のたいまつの火と月の光で照らされ、夜の闇に溶け込むことなく、昼間よりもその存在を際立たせていた。壮大さと、(みやび)さの双方において。

 巨大な社の中に入ると、ジョウコウは執務中なのか、筆を持って木簡(もっかん)に何か書いていた。

 ジョウコウ「何用だ」

 筆を置いたジョウコウが、シンム達の方へと顔を向ける。

 タケヒコ「カグヤ様が目を覚まされました」

 深々と頭を下げてから、タケヒコが簡潔だが正確に報告する。

 一通り報告を聞き終えたジョウコウが口元を緩める。狗奴国にやって来て以来、シンムが初めて目の当たりにしたジョウコウの笑顔だった。

 ジョウコウ「カグヤ、久しいな」

 カグヤ「ジョウコウ伯父様、お久しぶりでございます」

 ジョウコウ「あいさつがうまくなったな」

 カグヤ「もう、何歳になったと思っているんですか」

 二人が談笑しながら会話を続けている。横で聞いていたシンムは、若干の嫉妬を覚えながら二人の話に入っていった。

 シンム「姉貴知ってんのか? ジョウコウさんの事?」

 カグヤ「知ってるも何も……伯父さんだし」

 呆れたようにシンムを横目で見るカグヤ。

 ジョウコウ「我はお前達の父も……母も、よく知っておる。お前達の幼き頃も」

 何処か影のある遠い目をしながら、ジョウコウは語った。何度もシンムが見て来た、ジョウコウの瞳の奥底に潜む闇。その闇が影に隠れ、その一瞬だけ消えたようだった。その理由にシンムは興味が沸いたが、それも泡のように消える。心の奥底に引っかかっていたものを一つ思いだしたために。

 シンム「そういや、おれも姉貴も狗奴国で生まれたんだっけ……忘れてた」

 心底呆れた様な眼でシンムを見るカグヤ。鼻で笑うスクネ。そんな二人にすぐ反応するシンム。ひたすらに頭を下げ続けるタケヒコ。巨大な社の中のジョウコウの部屋で、シンム、スクネ、タケヒコ、カグヤの作り出した喧騒(けんそう)がわずかの間続く。その間、ジョウコウは天井を見上げていた。

 数分後、目線を下げたジョウコウの威厳に満ちた声が、喧騒を掻き消す。。

 ジョウコウ「タケハヤスクネ」

 スクネ「ああ」

 素っ気なくスクネは答えた。それでも、名を呼ばれたスクネはいつもと違い、姿勢を正している。そんな姿をシンムは初めて見た。これもジョウコウの威厳が成せる技なのだろうと思う。狗奴国の大王に対するシンムの敬意は自然と大きくなっていく。

 ジョウコウ「カグヤが目覚めた今、これからどういたす? この国を去るか?」

 その質問にわずかに考えるそぶりを見せた後にスクネは答えた。

 スクネ「考えていない」

 ジョウコウ「なれば、今しばらくこの国に居るが良い。その方が不自由はないはずだが?」

 その提案に満遍の笑みを浮かべてカグヤが真っ先に反応する。

 カグヤ「それがいいよ。どうせ、何処も行く当てないんだよね、きみ?」

 しばしの沈黙が部屋を包み込む。自然、スクネに注目が集まる。

 スクネ「……了解した」

 その答えの後、わずかな雑談の後、巨大な社を出て、シンム達は自宅へと向かった。


 巨大な社からの帰り道、シンムはこの狗奴国でもっとも嫌な奴と遭遇した。その嫌なやつは、感に(さわ)る笑みを浮かべ、二人の部下を携えて待ち構えていた。必然的にシンムの顔が引きつっていく。

 嫌な奴の名はアシハラシモリヤと言った。大王アシハラシジョウコウの実子であり、狗奴国の次期大王。容姿は整っているといって良かったが、シンムには気分の悪さを引き立たせているだけだった。

 モリヤ「うるわしのお姫様」

 独特の高音で、上機嫌にモリヤが声を出した。

 シンム「何で、よりにもよってこんな日に」

 モリヤ「父上お気に入りの元王様は、僕に何か含みをお持ちのようで」

 汚いものを見る様な嫌な視線を、モリヤに向けられる。見るのも嫌だが、それ以上に馬鹿にされるのはもっと嫌で、シンムは睨み返した。

 シンム「含みって、そんなの山程あるぜ」

 タケヒコ「申し訳ありません、モリヤ様」

 嫌な奴に向かって、タケヒコが頭を深々と下げる。

 モリヤ「気にしてくれて良いよ、タケヒコ。けど、今日は最高の日だからね。無礼も見逃して上げるよ」

 シンム「おれはたった今、最悪な日になったけどな」

 睨みつけながら、シンムはわざと聞こえるように言い返した。目の前の嫌な奴は、初めて狗奴国で会った日から嫌味ばかりだった。必然的にシンムが嫌な奴を、アシハラシモリヤを好きになれるはずもなく、今日までに、大嫌いになるには十分すぎた。

 嫌な奴を知らないカグヤが首をひねりながら、興味なさそうなスクネに話しかけている。

 カグヤ「スクネ、あれ誰?」

 嫌な奴をスクネは一瞥(いちべつ)しただけで何も答えない。

 わざとらしくモリヤが両手を広げる。その動作でシンムは気分の悪さに拍車が掛けられていく。

 モリヤ「そう言えば、姫様には自己紹介がまだだったね。驚き、敬うがいい。僕は、今の所はこの狗奴国の次期大王アシハラシモリヤ。まぁ、僕の代になったら、倭国は全部僕の物になるから、倭国の大王になるんだけど。決まっている事実だから、今からそのつもりでいてほしい」

 カグヤ「タケヒコ……この人、頭だいじょうぶなの?

 頭に指を当てながら口にしたカグヤの言葉が聞こえなかったのか、尊大なモリヤの自己紹介は続く。

 モリヤ「僕は才能にあふれていてね。生まれてこの方、何をやっても負けたことが無いのが数多い自慢の一つさ。もちろん、この顔も自慢。顔と一言にいっても、目、鼻、口、耳など部品一つ一つが完璧な上に、それらが奏でる調和がまた完璧と、自分で言うのも何だけど美しすぎる。他にも、この天才的な頭脳が……」

 自己紹介が続く中、面倒そうに「ふぅ」と漏らしたスクネが歩き出す。その歩みを強引に、タケヒコが制止する。それで「ふぅ」と漏らしながらもスクネは歩みを止めて、近くに立っている木にもたれかかった。

 話がひときしり続いた後、ふっと我に返ったように、モリヤが額をつまんでから大げさに両手で髪を搔き上げる。

 モリヤ「……おっと、話が少しだけ脱線しすぎたようだね」

 シンム「おまえの存在が一番脱線して……」

 眉間をひくりと動かしているシンムの言葉は最後まで声にならない。言葉はモリヤの高音に、モリヤの言動に掻き消される。

 モリヤ「そろそろ本題に入ろうか、お姫様。まぁ、光栄な事だから喜んでくれていいけど、僕の后に決まったから。かしこまる必要はないよ。なんせ后だからね」

 シンム「なっ、何言ってやがんだ!」

 拳を振り上げてシンムが殴りかかりそうになったが、タケヒコに止められる。にやけながらシンムの目の前をモリヤは通り過ぎると、カグヤの目と鼻の先で立ち止まった。

 モリヤ「元王様には、何も関係ないから気にしなくていいよ。で、婚姻の儀はいつにするかい? 僕としては早いほうがいいと思うからさ。今この場で、仮の婚姻でもするかい?」

 カグヤ「ひょっとして、わたしに言ってるの?」

 大げさな動作でモリヤが辺りを見回す。

 モリヤ「他に誰か、この場にいるとでも言うのかい?」

 カグヤ「やっぱりわたしに言ってるんだ……でも、あなたの嫁にはならないよ」

 首を振りながらカグヤは言った。

 モリヤ「今なんと言ったのかい? 僕の完璧な耳が聞き間違いをして、断られたように聞こえたのだけど……変だなあ」

 カグヤ「聞き間違いじゃないよ。そう言ったんだし」

 モリヤ「照れているのかい? まぁ、いいさ。今から僕の家に行こうか。返事はそこでいいさ」

 手をモリヤが掴むが、すぐにカグヤが振りほどく。

 カグヤ「行かないよ」

 モリヤ「行かない? 強情だなぁ。僕も手荒な事は否だったのだけど。まぁいいさ、事後承諾でも。お前達、姫様を連れて来い!」

 命令を受けた二人の兵士がカグヤの腕を取ると、強引に連れて行こうとする。

 カグヤ「何するの! 放さないと酷いんだからね!」

 振りほどこうとカグヤが暴れるが、兵士に強引に制止させられる。そして、あごにモリヤが指先を当てて、カグヤの顔を斜め上に持ち上げる。

 モリヤ「姫様が悪いのさ。僕の誘いを一時の気の迷いから断ろうとするからさ」

 目を閉じたモリヤの唇がカグヤにせまる。我慢の限界にシンムは達し、殴りかかろうとした。すぐさまタケヒコに腕を掴まれ、阻止される。

 タケヒコ「シンム様は手を出さないでください。わたしが止めますので……」

 スクネ「邪魔だ」

 二人の横をスクネが通り抜け、モリヤの左頬を殴る。続いて、カグヤを捕まえている兵士のみぞおちに拳をぶつけて気絶させる。更に、もう一撃モリヤに浴びせるようとするが、間一髪の所でタケヒコが間に入って止めた。

 タケヒコ「これ以上は止して下さい!」

 シンム「そうだぜ、タケヒコ。だいたい、そいつが悪いんだろうが」

 我慢の限界に達していたシンムは、スクネに同調したというよりも、今にも加勢しそうな勢いで言った。

 モリヤ「く、来るのか?。ぼ、僕はこの国の次期大王だぞ」

 左頬にあざを作ったモリヤが、尻もちをついたまま後ずさる。そんなモリヤにタケヒコが手を差し出して起き上がらせる。

 タケヒコ「モリヤ様、申し訳ありませんが、今の内に、この場を離れて貰えますか?」

 頭を深々と下げながらタケヒコは言った。

 モリヤ「な、なんで僕が離れないといけないのさ。そいつに罰を与えればいいだけだろ!」

 あざが出来た左頬を触りながら、モリヤは顔を真っ赤にして言った。

 タケヒコ「モリヤ様……離れてもらえますか」

 深々と頭を下げたタケヒコから殺気が放たれる。その殺気に当てられたモリヤが転がる様に尻もちをつく。

 モリヤ「わ・分かったよ。特別に離れてやる」

 怯えた表情を見せながら、モリヤは言い捨てた。

 タケヒコ「ありがとうございます、モリヤ様」

 気絶した二人の兵士をタケヒコが起こすと、その兵士に抱えられてモリヤはその場を離れて行った。



 一年にも及ぶ眠りからカグヤが目覚めてから数日後、邪馬台国から使者が狗奴国に訪れた。使者との謁見の際、タケヒコが呼び出される。謁見の最中、使者からは目視する事の出来ない場所で、タケヒコは見守る。使者はクレハイスズ、女王ヒミコの義娘(むすめ)スメイヨ、女王ヒミコの妹を名乗るビミファと言う名の女性だった。

 その三人の内、ビミファを見た時、タケヒコは一瞬心臓が止まりそうになった。その女性はタケヒコのよく知る女性と瓜二つだったから。


 三人は正座したまま深々と頭を下げた後、中央に座したビミファがうやうやしく話を切りだした。

 ビミファ「大王に会えた事、光栄至極にございます。わたしは邪馬台国女王ヒミコの妹でビミファと申します。両隣に居るのは付き添いのスメイヨとクレハイスズと申す者です。イヨ、イスズ、大王に挨拶を」

 イヨ「お初にお目にかかります。スメイヨと申します」

 礼義通りの挨拶だが、イヨの動きと言葉の自然さから、堅苦しさなど微塵も感じさせない。

 イスズ「イスズちゃんですぅ」

 礼義など何処かに置き去りにして、イスズは挨拶した。

 ジョウコウ「ヒミコの義娘(むすめ)のイヨと、鬼のイスズは知っておるが……ヒミコに妹がいたとは初耳だな?」

 冷やかに、ジョウコウはビミファを見ている。疑い、軽蔑、そして、憎悪を隠そうともせず瞳に宿らせて。並みの者なら動揺して何も言えなくなってしまうだろうが、ビミファは動じた様子など微塵もみせない。

 ビミファ「それはとても喜ばしき事にございます大王」

 ジョウコウ「喜ばしいとは?」

 ビミファ「大王ほどのお方にも、わたしの存在を知られていない事がわかったからです」

 ジョウコウ「我が知らぬ事をなぜ喜ぶ」

 ビミファ「最早、役目を終えた故に申し上げますが。わたしは姉であるヒミコの身代わりを今まで勤めてまいりました。最も、今回大王にお目通りした事によって、その役を終えましたが」

 さらりとビミファは言ってのけた。表情は当然の事、態度からも嘘を言っている様には見えない。それでも、冷ややかに見るジョウコウの眼差しがより冷たさを増す。

 ジョウコウ「我が、身代わりがいた事に気付かなかった事を喜んでいるわけか?」

 ビミファ「恐れながら、その通りにございます」

 ジョウコウ「場をわきまえぬ奴よ」

 ビミファ「この程度の事でお怒りになられるお方ではないと踏みましたが? それに、むしろ姉に影武者がいると言う情報を得た事をお喜びになられると思いますが?」

 お互いに目を会わせる。その瞳の交叉(こうさ)にいっさいの情など誰も感じないだろう。あるのは、明らかすぎる腹の探り合い。

 ジョウコウ「まぁ良い。わざわざ、表舞台に戻ってまでここに来た用件は?」

 謁見が始まってから一回も動かさなかったまぶたをジョウコウは動かすと、「わざわざ」の部分を強調して問うた。

 ビミファ「こちらの用件は簡単です。イブキシンムならびにその従者達を、わたし達に手渡して貰いたいのです」

 ジョウコウ「引き渡したら、こちらに何を貰える?」

 ビミファ「お渡しするものはございません」

 ジョウコウ「なれば、伊都国から来た客人達を、ただで寄越せと言うのだな? 狗奴国が預かっている要人を」

 ビミファ「結果的にはそうなると思います。ですが彼らは重罪人、それ相応の罰を受けるべきだと思われますが?」

 ジョウコウ「重罪人のう……」

 まぶたが潰れてなくなるのではないかと思えるほどジョウコウが目を見開く。威圧しているのは誰が見ても明らかだったが、ビミファには通用しない。

 ビミファ「その通りでございます大王」

 ジョウコウ「仮に邪馬台国でそうだとしても、我が国には何の関係もない。少なくとも、我と交渉したければ、それなりの物を準備するのが道理であろう」

 ビミファ「されど大王、重罪を起こすような者達をかくまっていても良いことはないはずです。場合によっては、邪馬台国と同じ事態にもなりますがよろしいのですか?」

 そう言ってビミファはほんの一瞬だけ殺気を放った。

 その殺気に反応してしまい、タケヒコは一歩だけ踏み出した。恐らくビミファは自分の存在に気付いているのだろう、視線はジョウコウに向けたままだが、踏み出した瞬間、口元が少しだけ緩んだのが見えた。

 殺気を当てられたジョウコウには変化が見られず、ただ冷やかにヒミコを睨みつけている。

 ジョウコウ「あの者達が、この狗奴国に置いて反乱を起こすと?」

 ビミファ「わたしは反乱とは申しておりません。ただ彼らは重罪人と申しているだけでございます」

 ジョウコウ「ほぅ。その方の申す罪が、反乱の事を指すわけでないのなら何の事を指す?」

 ビミファ「それは、わたしの答えられる範囲の質問ではございません」

 ジョウコウ「答えぬか……なら他の質問をしようか。なぜこの国に、伊都国から客人が居る事を知っておる?」

 ビミファ「姉上の力は、大王が一番ご存知だと思われますが?」

 少し考えるそぶりを見せた後、ジョウコウは静かにぼやく様に口にした。

 ジョウコウ「知っておる。あの鏡の力もな」

 ビミファ「鏡とは何の事です、大王?」

 ジョウコウ「鏡とは自らの姿を映すために使う物であろう」

 ビミファ「それと力が、何の関係があるのですか?」

 ジョウコウ「すまぬな、いい間違えたわ。鏡でなく鬼の力であったわ」

 ちらりとジョウコウがイスズに眼を向ける。それがただの演出にすぎないのは明らかだった。鬼の力などジョウコウが恐れるはずないことを、ビミファと名乗った彼女は知っているはずだったから。

 ビミファ「失礼いたしました。大王が言葉を間違えられた事に気付かずご無礼を」

 それで、ジョウコウは確信したのだろう。立ち上がり、謁見を終わらせるべく、ビミファを見下ろしながら、反論を一切許さぬ強さを持った声で言った。

 ジョウコウ「良い。ヒミコの妹ビミファとか申したな。その方が帰ってヒミコに伝えぃ。我、十五年前と同じ過ち、犯す事さぬ……とな」

 空気を読み取ったビミファが頭をうやうやしく下げる。

 ビミファ「わかりました、確かにお伝え申します。しかしながら大王、わたしも主であり、姉であるヒミコ様からの命を成し遂げられずに、ただ帰る事は出来ません。ですから、その代りに、この二人を、この国に、しばらく留める事をお許し願いたいのですが」

 ジョウコウ「二人を留めるだと? それを了承して何の利が我にある?」

 ビミファ「大王におかれましては直接的な利はございませんでしょう。ですが、このイヨはヒミコ様の一族に連なる者でございます。またイスズにしても鬼です。もしもの時に、如何様にも使えると思われますが?」

 ジョウコウ「我に人質を残すと言うのか」

 冷やかな目の瞳に、ジョウコウが興味の色を宿していく。

 ビミファ「それは大王の考え方の問題でございます」

 ジョウコウ「おもしろい、許す。ただし……二人に言っておくが、無事に帰れるとはゆめゆめ思わぬ事だ。それで良きなら残るが良い」

 ビミファ「二人ともわかりましたね」

 謁見に同行して来て、最初に挨拶をしたきり、一切の言葉を発さなかった二人が頭を下げる。

 イヨ「しばらくお世話になります、ジョウコウ様」

 イスズ「い……イスズちゃんもイヨちゃんと居るですぅ」

 ビミファ「二人を、よろしくお願いいたします」

 深々とビミファが頭を下げる。頭を下げた動作にすら(みやび)さと美しさを宿しながら。その姿をジョウコウは凝視しながら、吐き捨てる様に許可の言葉を口にした。

 ジョウコウ「よかろう。好きにせぃ」

 ビミファ「ありがとうございます大王」

 ジョウコウ「他に用件は?」

 ビミファ「以上でございます」

 ジョウコウ「なれば、これで終わる。二人の住居は追って伝えるゆえ、今日の所はここにでも止まるがよい。ただし、ビミファと言ったな。その方は即刻、この国を離れぃ」

 ビミファ「わかりました。二人とも迷惑なき様に」

 頭を下げた姿勢のまま、ビミファは言った。そして、三人は部屋を後にした。


 三人が下がった後、一部始終を見ていたタケヒコは、ジョウコウに呼び寄せられた。

 ジョウコウ「その方はどう思う?」

 タケヒコ「あの応対の仕方も、何よりも容姿も、間違いなくビミファと名乗った者は……ヒミコだと思われます」

 先程見た容姿も、一瞬だけ放った殺気も、彼女そのものだった。間違えようなど、タケヒコに取ってあるはずもない。

 同様に怪しんでいたのだろう、ジョウコウも我が意を得たりといった表情をしている。

 ジョウコウ「やはり、ヒミコか。このまま帰ると思うか?」

 タケヒコ「このまま帰るとは思えません」

 それは断言できた。それにしてもとタケヒコは思う。

 ジョウコウ「狙いは鏡か……」

 タケヒコ「わたしも真経津鏡(まふつかがみ)だと思われます、ですが……」

 ジョウコウ「何かあるなら遠慮はいらぬ」

 少し間を置いてから、タケヒコは言いにくそうに口にした。

 タケヒコ「(おそ)れながら、それだけならば、タマモをこの国へ使わせば簡単な事のはずです」

 ジョウコウ「なるほど、思い当たる事は?」

 タケヒコ「カグヤ様は恐らく、まだ準備が出来ておりません」

 それだけで両者には十分だった。ゆえに話題は次へ移る。

 ジョウコウ「もうひとつ。他の二人は何のために来たと思う?」

 タケヒコ「その理由は、わたしにはわかりかねます」

 即答するタケヒコに目をやったジョウコウが「ふむ」と頷く。

ジョウコウ「ヒミコは今の内に殺しておくべきか……」

 タケヒコ「わたしが殺してまいります」

 命でもなく、問いでもなく、ささやきだと理解しつつも、タケヒコは即答した。

 目を閉じ、何か考え始めるジョウコウの答えが出るまでのわずかの間、沈黙が部屋を支配する。再び目を開いたジョウコウは厳しい表情で答えた。

 ジョウコウ「やはり、このまま泳がせておく」

 タケヒコ「彼女は……ヒミコは危険です」

 声の高さこそ普段通りだが、タケヒコの表情に陰りが生まれる。納得が出来ていないのは誰の目にも明らかなほどに。それを察したジョウコウが言葉を続ける。

 ジョウコウ「わかっておる。だが殺せば、タマモの動きが読めなくなる」

 タケヒコ「お言葉ですが、タマモといえども五百之御統之珠いおつのみすまるのたま単体で神の降臨は……」

 食らいつくようにタケヒコは言った。まるで、絶望から逃れるために祈りを捧げるように。

 ジョウコウ「異な事を申すな。我は全てを聞いておる」

 タケヒコ「しかし、あれの存在を、使い方を、タマモが知るはずが……」

 言葉を口にしながら、その言葉が願望にすぎない事をタケヒコは理解していた。理解しているが故に、ジョウコウの問いに答えるタケヒコの声は勢いを潜めていく。

 ジョウコウ「現に、あれは無かったのであろう?」

 タケヒコ「確かに、スクネは何も無かったと……ですが、どうやって?」

 ジョウコウ「知らぬ。しかし、そう考えればこそ、伊都国が落ちたのも理解出来るしな。とにかく、ヒミコはまだ泳がせておけ」

 タケヒコ「分かりました。ですが、誰が彼女を監視するのです? もし、よろしければ……わたしがいたしますが?」

 ジョウコウ「その儀にはおよばぬ」

 タケヒコ「お言葉ですが彼女を監視出来る者など……」

 ジョウコウ「その方には他に仕事があろう。それに、イヨとイスズの監視をしてもらいたい」

 タケヒコ「……分りました」

 不服気味にタケヒコは答えた。自らに課せられている、否、自らに課しているカグヤの監視と護衛。それを切りだされれば、他に答えようなどあろうはずもない。それでも、自分とスクネ以外に、彼女を、ヒミコを抑えられる者など考えられなかったから。

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