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倭国神代記  作者: がばい
2章
14/53

女王ヒミコ2

 伊都国崩壊から一年の月日が経とうとしていた。


 狗奴(くな)国は邪馬台国のような連合国家でなく、一人の絶対的な大王(おおきみ)アシハラシジョウコウによって統治された大国。総人口三十万人とまで言われるその大国は、邪馬台国からちょうど北東の方に存在した。現大王の即位後、急速に発展を遂げ、邪馬台国と()国を実質的に二分する国家となった。

 狗奴(くな)国の中央に位置する山々に囲まれた天然の要害の地に、名も無き神を祭るために建てられた大きな社があり、大王アシハラシジョウコウはそこを拠点として使っている。


 伊都国から落ち延びたシンム達は、そのすぐ近くに居を貰い生活していた。居は大陸から訪れた人々が建てた住居で、柱を使った伊都国においては社などの一部しか存在しない住居だった。そこは、かつて人質となって狗奴国に来た、父イブキコジロウが暮らしていた場所だった。


 精悍(せいかん)な顔つきの初老を過ぎた男が椅子に座し、目を閉じて語っていた。男の名はアシハラシジョウコウ。狗奴国の大王にして、倭国最強とも言われる男。静かにジョウコウは木刀を構え、身動き一つせずに、相対するタケヒコの動きを待っているシンムに語りかける。静かだが、はっきりとした威厳に満ちた声で。

 ジョウコウ「構えたら動くな。眉一つ動かさず。汗もかかず。ただ感じろ。大気の熱を、大気の振動を、大気の流れを、大気の音を、大気の匂いを。目で、耳で、鼻で、肌で、ただ感じろ」

 言われた通り、木刀を正面に構えたままシンムは動かない。正面には、今なお一本も取った事のないタケヒコが、同じ様に木刀を構えている。

 木刀を振り上げタケヒコが(にじ)みよる。木刀を正面に構えたままシンムは動かない。

 更にタケヒコが滲みよる。両者の間合いに入るまであと一踏み。木刀を正面に構えたままシンムはまだ動かない。

 最期の一踏みをタケヒコが動く。それでもシンムはまだ動かない。

 木刀がシンムの頭上の直前で止まる。

 タケヒコ「勝負ありです、シンム様」

 シンム「……今度は遅すぎた?」

 木刀を構えたままシンムは座しているジョウコウに目をやった。呆れた表情も、残念そうな表情も見せず、ジョウコウはただ口にした。

 ジョウコウ「まだ、体得出来ておらぬようだな」

 そして、椅子から立ち上がり、シンムが心から尊敬する男は去っていった。

 狗奴国に落ち延びて以降、毎日のように剣を、政治を、軍略を、タケヒコから、ジョウコウから、シンムは習い続けた。伊都国の落ちた日以降、シンムは一心に打ち込み続けた。大嫌いだった勉学でさえも。


 狗奴国に落ち延びた日、シンムはタケヒコと共に、巨大な社でアシハラシジョウコウと面会した。あまりにも巨大な社を目にした時、シンムはその大きさに驚愕したが、社の中でアシハラシジョウコウに会うと、巨大な社でさえ小さく感じられた。

 目の前に、狗奴国の大王アシハラシジョウコウが椅子に座している。そこには圧倒的な存在感があった。邪馬一(やまい)国で幼い頃、ヒミコに一回だけシンムは会った事があるが、すべてを見透かされているように感じたのとは違い、そこに座すだけで、威圧されているようだった。横に居るタケヒコは深々と頭を下げ、土下座のような姿勢のままでいた。

 ジョウコウ「伊都国が落ちたか……」

 天井を見上げてジョウコウはそう呟いた。彼の唯一の友が、命を欠けて守ろうとした国の落日の報を聞いて。

 タケヒコ「ジョウコウ様、どうかお願いでございます。シンム様をこの国に置いてくださいませ」

 頭を伏せたままタケヒコは懇願している。天井からシンムへと、ジョウコウが目線を移す。その眼は威厳に満ちている、そんな眼のはずなのに、その眼を見たシンムにはなぜか懐かしさがこみ上げて来る。会った事などなかったはずなのに。

 ジョウコウ「その方が、伊都国の王イブキシンムだな」

 シンム「ああ、そうだぜ」

 気軽にシンムは答えた。最初に感じた威圧感は、いつのまにか何処かへと消えていた。すぐさまタケヒコがシンムに注意を促す。笑ってジョウコウがそれを制止した。笑い声にすら威厳があるようにシンムは感じた。

 ジョウコウ「話し方なぞ気にしなくてよい、タケヒコ」

 タケヒコ「申し訳ありません」

 頭を下げたままの姿勢で、タケヒコが更に頭を下げる。顔は地面にめり込みそうですらあった。日頃から低姿勢とはいえ、一見すれば卑屈にさえ見えるタケヒコの姿を、シンムは初めて見た。

 視線をジョウコウに戻す。目と目が合う。二度と逸らす事を許されないような強さの視線が帰って来た。

 ジョウコウ「シンムよ、何のためにこの国へ来た? そして、何を望む?」

 シンム「来たのは生き場のなくなったみんなのためと……仇を討ちたい」

 目を見て、シンムは力強く言った。自分でも不思議なぐらいジョウコウの前では素直になれた。

 ジョウコウ「仇とは誰の事を指す?」

 シンム「アメノタマ……ちがう! 邪馬台国!」

 ジョウコウ「なればシンムの仇は国そのものか?」

 シンム「そうだ!」

 ジョウコウ「なれば聞こう。その仇を討つのに何が必要だ?」

 シンム「……全部。ありとあらゆる力が全部欲しい!」

 ジョウコウ「力か……具体的には?」

 シンム「政治力、腕力、軍事力、他にもあるかもしれないけど……わからない」

 考え付く限りの力をシンムは述べた。自然と言葉が熱くなる。それと同時に怒りもこみ上げて来ていた。伊都国を滅ぼした者達への怒りが。

 椅子からジョウコウは立ち上がると、シンムの両肩を力強く掴んだ。痛いぐらいに掴まれた肩から、熱いものがシンムの心の中へと入って来る。

 ジョウコウ「なれば我が与えよう」

 ほんの一瞬だがシンムは我を忘れていた。肩から入って来る熱いものが爆発しそうだったために。

 ジョウコウ「其の方の言った力を、我が与えると言うのだ。ただし……死んでも知らんがな」

シンム「力をくれるって言うんならなんでもする!」

 心からの思いだった。自分には何もかもが足りないから。今の実力のままでは、仇を討つ事など夢想にすぎないから。

ジョウコウ「よかろう……その言葉、ゆめゆめ忘れるでない!」

 その会話の後、シンムは退出を言い渡されて、一人退出した。


 一人ジョウコウの部屋に残ったタケヒコが、地面を向いたままの姿勢で、助けを求める様に具申する。

 タケヒコ「ジョウコウ様、恐れながら申し上げます。置いていただけたのはありがたいのですが、シンム様の望まれているのは」

 ジョウコウ「言いたいことはわかっておる。シンムが純粋な力を望んでいる事であろう」

 タケヒコ「お分かりでしたら、なぜそれを与えると……」

 ジョウコウ「破滅に向かうのなら……その時はタケヒコ、おまえが死を与えてやればいい。簡単であろう」

 タケヒコ「わたしが? 何を申されます、ジョウコウ様?」

 威厳がジョウコウから失われる事はない。だがその威厳の中に、優しげな色を見せながら、シンムの去った方向を見ていた。

 ジョウコウ「あの者は……今、復讐者と貸す事をやめれば、心が砕け散る。そういう目をしていた。自らの死を望む目を」

 タケヒコ「それは……」

 ジョウコウ「しかし、復讐者としてではあるが、純粋な力を求めるその心を制御できれば、あの者は本物の王になれる」

タケヒコ「シンム様を信じろ……と?」

 それ以上はタケヒコも何も聞けなかった。椅子に腰かけたジョウコウが目を閉じ、退出の合図を出したため、部屋を出て行くしかなかった。


 狗奴国でジョウコウに会ったその日から、シンムは毎日、誰にも起こされずに起きるようになった。起きると最初に自らの右頬を殴る、悲しみを忘れないために。左頬を殴る、怒りを噛み締めるために。そして、朝食を摂るとすぐに、ジョウコウに与えられた課題をこなす。伊都国で王と言われた頃、あれほどまでに嫌った勉学にも、文句一つ言わずに力を入れた。昼食を摂り終わると、体力の基礎訓練。崖を上り、頂上に着くと反対から走って崖の下に戻る。最初の頃は一日一回で限界だったが、今は一日に十回は行う。それが終わると、その日、最も死に近づく。組み手で、タケヒコに徹底的に叩きのめされる。

 半年程それを繰り返した後、ジョウコウから技の教えを受けた。

 ジョウコウ「動かすな! 頭で考えてから動いていたら遅いわ!」

 シンム「……頭を動かすな?」

 訳が分からずシンムは問う。

ジョウコウ「誰が、頭を動かすなと言ったか! 頭は別の事に使えぃ! 相手を前にしたら、体と頭は完全に切り離せぃ」

 シンム「切り離せ? じゃあ、どうやって動けばいいんだ!」

 ジョウコウ「ただ感じろ。大気の熱を、大気の振動を、大気の流れを、大気の音を、大気の匂いを、目で、耳で、鼻で、肌で、ただ感じろ」

 シンム「感じるって?」

 意味を理解出来ずに、シンムが問うと、頬を鞘で叩かれた。頬に激痛が走る。

 シンム「いてぇーー」

 痛みで上げた悲鳴を聞いて、ジョウコウが頷く。

 ジョウコウ「よもや、今、頭で考えてから痛みを感じたわけであるまい」

 シンム「当たり前だろ!」

 ジョウコウ「それが感じると言う事だ」

 技を教わる時、何度も叱られ、訳が分からず何度も食って掛かった。それが、シンムには幸せにさえ感じられた。

 一日の終わりに、伊都国崩壊の日以来、目を覚ましていない姉トヨウカグヤに会う。手を握り、復讐を誓って目を閉じる。それから床に入った。

 そうやってシンムは一年を過ごした。


 今日もタケヒコからぼろぼろになるまで叩きのめされた。変な話だが、それに慣れたせいか、痛みはあっても、当初の頃のように疲労で動けなくなることはなくなっていた。

 タケヒコ「シンム様、今からカグヤ様の所に行かれるのですか?」

 シンム「ああ。姉貴が寂しがるといけないからな……」

 会釈すると、タケヒコが巨大な社の方へと向かって行く。この後、ジョウコウに訓練の概要などを、毎日報告しているらしい。

 急に不安にかられて、シンムはタケヒコを呼び止めた。

 シンム「タケヒコ、姉貴……目を覚ますよな? 死んでないんだよな?」

 タケヒコ「カグヤ様は死んではおられません」

 断言するようにタケヒコは言った。何処から、その確信をタケヒコが得ているのか、シンムには分からない。それでも、不安を少し和らげるには十分だった。

 シンム「それなら、おれ行って来るぜ」

 少し何かを考えているような表情をタケヒコは見せた後に言った。

 タケヒコ「そうですね、わたしも今日はご一緒します」

 シンム「ジョウコウさんの所へ行かなくていいのか?」

 タケヒコ「報告には後から行かせて貰います」

 二人は眠るカグヤの下へと



 夢を見た。倭国大乱と呼ばれる戦い。そして、その最期に起こる、最も思い出したくない夢を……。

 幼いカグヤは泣きながら父コジロウを探した。母をすでに失っていたカグヤに取って、父も失うかも知れないという恐怖が心を覆っていた。妖鬼に襲われて地獄と化した伊都国の街並みを、散々歩き回って父を見つけた。

 幼いカグヤ「お父さん」

 コジロウ「カグヤ、どうしてここに?」

 父を見つけてカグヤが声を出すと、コジロウが驚愕と心配の交じった様な表情で駆け寄ってきた。

 幼いカグヤ「お父さん死んじゃ……やだ」

 コジロウ「だいじょうぶ心配いらないよ。お父さんは必ずカグヤも、シンムも、守って……そして、みんなが笑顔で暮らせる日を取り戻すからね」

 幼いカグヤ「うん……でも」

 涙が止まらない幼いカグヤの顔を、コジロウが(ぬぐ)う。

 コジロウ「だから、カグヤはお願いだから、タケヒコ君達といっしょに、避難していてね」

 幼いカグヤ「死んじゃいやだよ……お父さん」

 コジロウ「だいじょうぶだから、安心して待ってなさい」

 幼いカグヤ「うん」

 その時、空気が一変した様に一瞬だけ静かになった。カグヤはコジロウに「隠れていろ」と言われて、近くの瓦礫に身を隠した。

 そうしてすぐに男が現れた。周りにいた命を持つ者は、人も、妖鬼も、すべて息絶え、それを一瞬の内に行った死神が声を出す。

 塩土(しおつち)の翁「見つけた」

 声には抑揚が無い。それが幼いカグヤを余計に怯えさせた。

 コジロウ「誰か知らないが、今すぐにこの国から出て行け!」

 塩土の翁「見つけた」

 夢だとわかりつつも、カグヤは声を出す。出来得る限りの大声で。

 カグヤ「だめ! お父さん逃げて、その人と戦ったらだめだよ」

 夢の中のコジロウに声は届かない。幼いカグヤにも目をやったが、震えてただ見守っているだけ。悪夢は続く。

 自らの頭部に、糸の先端に付いた針を塩土の翁が突き刺す。針を確かに頭に突き刺したはずなのに、不思議と傷一つなく、一滴の血も流れていない。文章を棒読みするような塩土の翁の言葉が流れる。

 塩土の翁「己にして他と同一なるもの」

 言葉と共に、針と逆の先に付いたコジロウの剣がコジロウの胸を突き刺した。当時は何が起こったのか理解出来なかった。それが今のカグヤには理解出来る。天露之糸(あまつゆのいと)の能力を使ったのだと。

 捕らえたものを自由に一回だけ操る事の出来る力、それが天露之糸(あまつゆのいと)のもう一つの力。

 父コジロウは天露之糸(あまつゆのいと)に捕らえられ、塩土の翁の意のままに操られたのだとカグヤには理解出来た。なぜ理解出来るのかまでは、カグヤにも分からないが、不思議と確信を持って理解していた。

 コジロウ「まだだ……まだやれる」

 胸に突き刺さった己の剣を抜き、コジロウがふらふらとしながら立ち上がる。地面には血の海が出来ていた。

 瓦礫の陰に隠れていた幼いカグヤは、それを見て泣きながら声を出した。

 カグヤ「お父さん……大丈夫?」

 コジロウ「カグヤ、逃げろーー」

 絶叫が辺り一帯に木霊する。

 塩土の翁「邪魔者は……消せと命令されている」

 視線を、塩土の翁は幼いカグヤに向ける。天露之糸(あまつゆのいと)が生き物の様に動きながら、幼いカグヤに襲いかかる。糸の先に付いた針が、幼いカグヤの眉間に迫る。

 それを夢で見ているカグヤは目を閉じたかった。だけど、それは出来ない。悪夢はその大詰めを迎える。

 糸の針は、カグヤを助けようと身体を張ったコジロウに何度も突き刺さる。その度に血が噴き出す。それでもコジロウは剣を振り上げて、塩土の翁に斬りかかる。無力な幼いカグヤを守るため、幼いカグヤの逃げる時間を稼ぐために……。

 コジロウ「この子だけは……この子だけは奪わせない!」

 カグヤ「お父さん、お父さん? いやだよ……死んじゃいやぁぁぁぁぁぁーー」

 夢は一旦そこで途切れる。この夢に続きはない。この夢はあくまでも父であるコジロウの死の記憶。


 夢は、カグヤの記憶している悪夢から、記憶にない新たな夢へと変わる。新しい夢に現われたカグヤも泣いていた。

 夢の中のカグヤ「いやだよ……もういやだよ」

 声「どうしたのです、カグヤ?」

 優しい声が聞こえる。その声に導かれて、絶望の中に希望が生まれるような光がさす。悲しみは消えない。それでも涙を止めるには十分だった。近くにいた女性に、夢の中のカグヤが目を向ける。

 夢の中のカグヤ「ヤマトト様は悲しくないのですか? みんな、次々に死んで行きます……」

 まただとカグヤは思う。この夢も、何度も見て来た。嫌な夢ではないが、なぜか辛かった、そんな要素など何もないはずなのに。

 その女性の顔は、あいかわらず暗がりの中にあるようで分からない。それでも分かる事がある。その女性が美しいという事。そして、その女性の表情。

 その女性が優しい頬笑みを浮かべている。

 ヤマトト「確かにみなさんが旅立たれるのは悲しい事です。ですけど……」

 何を言われているのか理解出来ず、首をひねる夢の中のカグヤ。

 ヤマトト「人は大人になると子を作り、血を残します。そして生まれた子もまた繰り返していく」

 夢の中のカグヤ「そんな事わかってるよ。でもそれがどうしたって言うんだよ。今そんなの関係ないよ」

 ヤマトト「では血と同じ様に、夢は? 希望は? 意志は? 思いは? 人の心は紡いでいけないのでしょうか?」

 きょとんとした表情で、夢の中のカグヤが女性を見つめる

 ヤマトト「わたしは紡いでいけると信じます。ですから、わたしを信じてくれた、この国の人々すべての心を紡いで生きて行くつもりです。そして、みなさんの心を次代に紡いで行くためにも、生きているわたしが悲しんでばかりいられません」

 夢の中のカグヤ「でも……わたし、そんなに強くなれないよ」

 ヤマトト「カグヤ、あなたは今この場でなら、涙を流して良いのです。どうせなら思いっきり泣きなさい。でも、それで終わり。あなたもまた、公然と泣く事が許されないのだから」

 女性に、夢の中のカグヤは抱きしめられ、その腕の中で涙をあふれさせる。

 夢の中のカグヤ「ヤマトト様……うん……いっぱい、いっぱい泣くよ」

 ヤマトト「ええ、泣きなさい……」

 そこで夢は終わりを告げた。そして、わずかな休演の後に同じ夢が繰り返される。それは永遠かと思える程続いた。



 月光が窓から照らす。眩しくなってカグヤは目を覚ました。

 カグヤ「夢を見た気がするけど……どんな夢だったっけ?」

 起きるとすぐにカグヤは「あれ?」と思った。しかし、それもすぐに忘れる。

 スクネ「起きたか」

 なぜか懐かしいと思えた声の方向を振り向く。すぐ近くで、壁にもたれながら片膝を立てて、スクネが座っていた。

 スクネ「薬草だ。口に入れろ、少しは楽になる」

 カグヤ「ありがとう……」

手渡された薬草をカグヤは受け取った。

 スクネ「果物は横にある」

 渡された薬草を、半分寝ぼけながらカグヤはいっきに口に含む。口の中で薬草から痺れた舌に空気を流し込んだかの様な味が広がる。あまりの苦さと、不味さに、たまらず絶叫した。

シンム「姉貴どうしたんだ!」

 絶叫と同時に、血相を変えたシンムが部屋に飛び込んで来た。その後にタケヒコが続く。

 タケヒコ「カグヤ様、目覚めはどうですか?」

 伊都国でそうであったように、タケヒコが会釈する。

 シンム「スクネ、おまえ姉貴に何しやがった!」

 スクネ「薬草を飲ませただけだ」

 シンム「嘘つくんじゃねぇ。眠ってた姉貴に、おまえ!」

 入って来るなり、シンムはスクネの胸元に掴みかかっていた。めずらしくスクネも為すがままになっている。

 痺れた舌を出しながら、カグヤはタケヒコと話した。

 タケヒコ「カグヤ様お目覚めですか?」

 カグヤ「……まずい」

 タケヒコ「あの薬草を直接飲まれたのですか?」

 カグヤ「うん……だめだったの?」

 タケヒコ「だめではないのですが、果物か何かといっしょでないと味が……変らしいのですが?」

 カグヤ「えっ、スクネ何にも……言ってた。もういいや……」

 横にあった果物を、カグヤは口直しに詰め込んだ。隣ではまだシンムが、スクネに勘違いして詰め寄っている。

 シンム「姉貴が起きないのをいい事に、くだらねぇ事しようとしやがって……覚悟しやがれ!」

 スクネ「何を言っているのか意味がわからない」

 シンム「おまえがやろうとした事を思い知らせてやる!」

 片腕を振り上げ、シンムは今にもスクネを殴ろうとしている。

 カグヤ「うるさーーい。タケヒコ、取りあえずシンム何とかして!」

 耳に手を当ててカグヤは言った。

 タケヒコ「分かりました」

 会釈をすると、タケヒコはシンムのみぞおちに拳を放った。口から泡を吹きながら前のめりにシンムが倒れ込む。

 カグヤ「いくらなんでも……ここまでやってだいじょうぶなの、シンム?」

 タケヒコ「心配は無用です、カグヤ様。シンム様は、これ位しないと、気を失いませんから」

 倒れ込んだシンムは口から泡を吹きながら、白眼でうめき声を上げている。

 カグヤ「だいじょうぶ、なんだよね。シンム、よかった」

 うめき声が止まり、シンムの目が白く染まる。

 スクネ「やりすぎだ」

 ぼそりと呟いたスクネの言葉を聞いたタケヒコが、慌ててシンムを起こした。

 シンム「あれ? 何してたっけ、おれ?」

 タケヒコ「カグヤ様のお目覚めを喜ばれておいででした」

 うやうやしく会釈するタケヒコ。その姿は明らかにいつもよりも丁寧だった。

 シンム「そうだったっけ?」

 不思議そうにシンムが首を何度もひねる。

 スクネ「便利な頭だな」

 シンム「便利?」

 鼻で笑いながら呟いたスクネの言葉を聞いたシンムが更に首をひねる。その様子を見たタケヒコが慌てて話を変えた。

 タケヒコ「とりあえず、続きはジョウコウ様に報告の後にでも」

 シンム「そうだな……」

 釈然としない様子で、シンムはそう言った。

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