崩壊4
伊都国の街並みになだれ込んだ妖鬼が人々を次々に虐殺していく。ある者は体を真っ二つに切り裂かれ、ある者は臓器を喰いちぎられた。街には人々の喧騒の代わりに断末魔の叫びが木霊し、瓦礫が真っ赤に染まる。
妖鬼によって地獄と化した伊都国で、シンムは必死に剣をふるい続けた。剣の刃は真っ赤に染まり、ぼろぼろになった刃は切れ味を失っている。
シンム「おまえ等にこれ以上好き勝手にされてたまるか!」
突然強くなった妖鬼を一体倒すだけで、シンムには至難だった。それでも剣をふるい続ける。全身が汗と、帰り血と、自らの傷で覆い尽くされようとも。伊都国を守るために、伊都国の人々が逃れる時間を作るために、シンムに出来る事はそれだけだったから。
そんなシンムをあざ笑うかのように虐殺は続く。
ヤカモチ「シンム様、恐れながら、そろそろ撤退を。民も所定の場所へ向かっております」
近くに控えていたヤカモチが耳打ちをした。その表情はいつもの様に飄々としている。それがシンムには腹立たしくてたまらない。
シンム「全員、一人でも多く助けるんだ。そんな事も分からないはずないだろ!」
ヤカモチ「恐れながら……」
更に何か言おうとしたヤカモチの視線が一点で止まる。その視線をシンムも追い掛けた。二人の視線の先には子供が立っていた。
視線の先の子供がきょろきょろと首を動かしている。
ミケヌ「タケヒコさんは……よかった。いないみたいですね」
見た目はどう見ても子供だった。近くにいたヤカモチが気付かなければシンムはその子供を守るために、逃すために、戦っただろう。だけどヤカモチの次の言葉がそれをありえないものにする。
ヤカモチ「邪馬一国のアマンミケヌ」
邪馬一国、その名詞がこの地獄を作りだしている。そう考えるとシンムは怒りで頭が張り裂けそうになった。
シンム「ヤカモチ、手を出すな!」
剣をシンムは強く握り締め、ミケヌに飛び掛かろうとした。その瞬間、肩を押さえられて動きを止められる。
ヤカモチ「タケヒコ様が居られないなら、どうなさいますか?」
激昂から顔を真っ赤にしたシンムとミケヌの間に、ヤカモチが移動する。
ミケヌ「悪い事は言いません。そこにいるシンムさんを置いて、何処か他の所に行ってください。後は追いませんから」
馬鹿にしているのか、ミケヌは両手を頭の後ろに置いて、にこやかな表情で語っている。それがシンムの心を余計に逆なでする。
シンム「ふざけ……」
ヤカモチ「断ります!」
今まで聞いた事がない大声で、今まで見た事のない憤怒の形相で、怒りを爆発させて言いかけたシンムの言葉を掻き消す程の勢いで、ヤカモチは断言した。
ヤカモチ「シンム様……失礼ですが、離れていて貰えますか?。 ケヌはわたしが始末致します」
日頃ならシンムはすぐに反発していたはずだった。それなのに、シンムは勢いに気圧されたのか、日頃と反対の行動を取った。
シンム「なら、頼むぜ。おれ達は先に行ってるからな。おまえも絶対に後から来るんだぞ」
ヤカモチ「ありがとうございます」
伊都国の人々が逃れる川の方へとシンムは駈け出した。途中、途中で、人々に襲いかかる妖鬼と戦いながら、後ろ髪引かれる思いでシンムは駆けた。残虐だけが支配している街の中を。
川へとシンムが向かっている最中に、ヤカモチとミケヌの戦いは行われた。それはあまりにもあっけなく、戦いとすらも呼べないほどあっさりとしたものだった。
ミケヌ「そこどいてください。ぼくもすぐにシンムさんを追わないといけませんから」
笑顔でミケヌはそう言うと、右手で小剣を投げつけた。弓を構えもせず、ヤカモチは右手に矢を握り締め、小剣に向かって走り出した。次の瞬間、小剣はヤカモチの左手に突き刺さる。否、ヤカモチは左手で身を守った。鬼であるミケヌと戦う以上、ただの小剣に向かっていく方が安全だということをヤカモチは長年の勘によって理解していた。そして、右手でミケヌの首に矢を突き刺すべく接近する。
ミケヌ「たいしたものです。小剣を避けていたら、ここまでたどり着けませんでしたから。シンムさんは恵まれていますね」
ヤカモチ「無念」
矢をミケヌに突き刺そうとした時、すでに右腕には矢も拳も無かった。かまいたちによってヤカモチの右手は切断されていた。
ミケヌ「ヤカモチさんのことは、一生忘れません」
笑っていたミケヌの表情が一瞬だけ真面目な表情に変わる。小剣をミケヌは握り、ヤカモチの胸へと近づける。
一つの命が風前の灯と化した時に、タケヒコはたどり着いた。
気配を完全に殺した状態で、ミケヌの背後をタケヒコは取っていた。そして、わざと気配を放つ。その時ミケヌに生じたわずかな隙を縫ってヤカモチが小剣から逃れ、ミケヌを突き飛ばす。突き飛ばされたミケヌは簡単に倒れ込まず、殺気をタケヒコに向けながら転がり、タケヒコと間合いを離してから立ち上がった。
ミケヌ「やっぱり来ましたか?」
タケヒコ「どうやら、間に合ったみたいですね」
ミケヌ「そのようですね。ぼくには困るんですけどね」
最大限の警戒をミケヌに示しながらも、タケヒコの視線は自然とヤカモチの失った右手にいく。その視線に気付いたヤカモチが面目なさそうに静かな声で言った。
ヤカモチ「タケヒコ様、この様な醜態を晒してしまって申し訳ありません」
痛みからからか、ヤカモチは息苦しそうにしながらも自分の手で応急処置を施していく。
タケヒコ「ヤカモチさん、シンム様はどうなされました?」
取り敢えず、タケヒコの見立てでは命には別状はなさそうだった。ゆえに、タケヒコは現状で優先すべき事象の話を振った。
ヤカモチ「先に行かれました」
無防備に、タケヒコはミケヌに背を向ける。まるでそこには誰もいないかのように。
タケヒコ「そうですか。でしたら、わたし達もすぐに向かいましょう。」
敵であるミケヌに背を向け、敵であるミケヌを無視した様に、タケヒコは動く。右手を失ったヤカモチに肩を貸そうとした。
ヤカモチ「ご迷惑はかけません」
肩を貸そうとしたタケヒコの行為を、ヤカモチがすまなさそうな表情で否定する。
タケヒコ「ヤカモチさんは、これからもシンム様に必要な方ですから」
小剣を握ったミケヌは、無防備になったタケヒコに殺気を放っている。それに気付き、タケヒコはミケヌに目をやった。
ミケヌ「ぼくも連れて行って貰えますか?」
にこやかな表情に戻して、ミケヌは気軽に言った。
タケヒコ「すみませんが、今はあなたと話している時間がありません。それに戦ったとしても……結果は、あなたには分かっていると思いますが」
ミケヌ「そうですか。でも、今度は違うかもしれませんよ」
そう言ったミケヌの目を見た。何かを決意した目をしていた。恐らく、死を覚悟している。そんな目をしている者をタケヒコには無視する事は出来ない。
タケヒコ「ヤカモチさん、大丈夫ですか?」
ヤカモチ「よしなに」
呼び寄せた兵士に支えられながら、ヤカモチが川の方へ向かう。その背中が見えなくなってから、タケヒコはミケヌと向かい合った。
タケヒコ「申し訳ありませんが、今度は一瞬で終わります。代わりに、わたしの実力の一端をお見せしましょう」
殺気をタケヒコが放つ。殺気に当てられたミケヌの額から汗が噴き出し始める。
ミケヌ「意外に対した事ないですね」
歯を食いしばりながらミケヌは言った。恐怖から立っているだけで辛い事が分かるほどに汗をかいている。それでも表情にはミケヌは決して出さない。その強さにタケヒコは心底感心しながら、同時に自らの強さが嫌になった。精神的な強さを見せるミケヌを圧倒的な力の差で粉砕してしまうことになるのだから。
腰に挿した剣、千金丸にタケヒコは手を掛け、すり足でゆっくりとミケヌに近づく。横からタケヒコの動きを見た者がいたならば、あまりのゆっくりな動きにじれったさを覚えただろう。だが実際には、信じられないほどの速度でタケヒコは動いていた。故にミケヌは一歩も動けるはずなかった。迫り来る剣撃を前に成す術なく、斬られるはずだった。千金丸と銘づけられた剣が一閃される。しかし、戦いは終わらない。自らが生み出した風で、ミケヌは自らを吹き飛ばしてそれを避けたために。
ミケヌ「危ない所でした。でも今のいったい何ですか?」
タケヒコ「今のを……人であるあなたが避けれたのですか?」
本気でタケヒコは驚いていた。今の一撃を、恐怖で立ちすくんでいるミケヌが避けられるはずなどないと確信していたから。仮にそうでなくても、人には避ける事など不可能な速度で一閃したはずだった。
ミケヌ「一瞬では終わりませんでしたね」
タケヒコ「まさかあなたも魂魄強化を……」
ミケヌ「それはなんですか?」
目を見る。澄んだ目をしていた。死を覚悟はしているだろうが、死を望んでいる様には見えない。焦っている様にも見えない。そんな目を見て、タケヒコは不安を一蹴する。
タケヒコ「すみませんでした。いくらなんでも一撃で終わらせようとは失礼でした」
ミケヌ「あんまり評価して貰っても何もあげられませんよ」
次の攻撃で、タケヒコはミケヌとの戦いを本当に終わらせるために集中力を高める。緊張が頂点に達し、タケヒコが一歩だけ踏み出した時だった。上空からミケヌの背に矢が襲いかかった。
その矢をタケヒコは何処からともなく現われた刃に七支の枝を持った剣で、ミケヌごと一閃した。矢が両断され、地面に落ちて消滅する。
タケヒコ「タマモ! あなたは……あなたはあくまで、魂魄強化を行うというのですか!」
空を見上げてタケヒコは叫んだ。視線の先にはタマモが微笑を浮かべながら弓を握っている。その姿を確認して、タケヒコは千金丸を腰に納め、刃に七支の枝を持った剣を牽制するようにタマモへ向けた。
微笑を浮かべたままタマモが舞い降りて来る。ぱっと見ただけなら、天女が天上から舞い降りたかと思わせるほどの美しさをタマモは持っている。だがタケヒコに取ってタマモは天女などでなく、最大にして最悪の敵でしかない。自然、七支の剣を握る手に力が入る。
タマモ「ふふふ。お帰りなさい、タケヒコ。あなたにはその姿の方が似合っているわよ」
言葉の代わりに、タケヒコは苦虫を潰した表情で応えた。本当はこの七支の剣を、この天之羽張を抜く気はなかったから。
七支の剣に、天之羽張に一閃されたミケヌは呆然と立ち尽くしていた。身体には傷一つない、それがミケヌを呆然とさせていた。
ミケヌ「何が今起こったんです? それに、タケヒコさんのあの剣はいったい」
視線をミケヌは七支の剣に向けていた。
空からタマモはゆっくりと舞い降りて来ている。地上に降りて来る前に、タケヒコはミケヌを何とかしようと思い、無駄だと承知しながらも告げた。
タケヒコ「ミケヌさん、この国から。否、邪馬台国からも出来うる限り遠くへと離れてください。体なら心配いりません。触れていないのですから」
ミケヌ「いったい何をしたんですか?」
タケヒコ「その疑問には答えられません。ただ、あなたに触れなかったのは、わたしがこの剣で人を斬りたくなかった、それだけです」
ミケヌ「……それだけですか?」
呆然としたまま、ミケヌは動きそうにない。このままいけばタマモとの戦いにミケヌは巻き込まれるだろう。その前に斬ろうかとタケヒコは思った。だが、それが出来そうにない。それならばと、タケヒコは動いた。
タケヒコ「場所を変えます!」
タマモ「ふふふ。いいわよ」
他に誰もいない場所へとタケヒコは走り出した。走りながら何度かタマモを確認する。ゆっくりと舞い降りながら、タケヒコの後を着いて来ている。途中、タケヒコの殺気に当てられた妖鬼が怯えながら襲いかかって来たが、天之羽張で傷一つ与えずに倒していた。
街の中でかつて、稲作の為の田があった場所でタケヒコは立ち止まり、空から降りて来るタマモを待った。
弓を持った天女は、微笑を浮かべながら舞い降りていた。
伊都国の裏門までシンムはたどり着いていた。日頃は使う事などない開かずの門。裏門の先には川を渡るための橋が木々に隠れた見えにくい位置に掛けられている。そこを開放していた。
シンム「戦えない奴からどんどん逃がすんだ!」
妖鬼から辛うじて逃れた人々が門を通っていく。いつ襲ってくるかもわからない妖鬼を警戒しながら、シンムは兵達に指示を出していた。
そんなシンムを能天気な口調の声が呼び止めた。振り向くと女の子が一人で無邪気そうに立っている。
イスズ「伊都国は心配しなくてもだいじょうぶですぅ」
シンム「おまえ誰だよ?」
イスズ「イスズちゃんですぅ。イスズちゃんと呼んで下さい。他の呼び方は許さないですぅ」
地獄と化した伊都国で能天気きわまりない言葉。少しだけシンムは頭に来たが、今は取りあっている暇などあるはずない。だから追い払うように言った。
シンム「ふざけんな。おまえらと遊んでいられるか」
イスズ「イスズちゃんふざけてないですぅ。変な事言わないでください」
仕方なくシンムは剣を抜く。この伊都国を地獄にした張本人。普段なら怒り狂ってすでに襲いかかっていただろう。実際、アマンミケヌに会った時は怒りでどうかなりそうだった。それが、能天気な口調の為か、それとも他の理由からか、そこまでの怒りを覚えはしなかった。
剣を構えて裏門の方へシンムは目を向ける。人々が絶えず通っている。決して巻き込むわけにはいかない。更には、時間を掛けるわけにもいかない。ならばと思い、シンムはいっきに間合いを詰めるべく動き出した。
間合いを詰めようと近づくシンムに炎が飛んで来る。それを避けながら観察も怠らない。この時、日頃からは考えられないほどにシンムは冷静だった。よくよく見ると、イスズの指先から炎は飛んできている。だから、その指先の動きに注意を払いながらシンムは動いた。
頬をふくらませながら、イスズがとんちんかんな事を口走る。
イスズ「動かないでほしいですぅ。動くと当たりません!」
シンム「当たりたくねぇ!」
そう言い終わるや否や、シンムは封印呪の首飾りをイスズ目掛けて投げつけたが、当然の様にあっさり避けられた。ほんの一瞬前に見せたシンムの冷静さは、早くも何処かへと消えていた。
シンム「おまえこそ動くんじゃねぇ」
イスズ「こんな首飾り、イスズちゃんいりません」
シンム「いらなくても貰ってもらうからな!」
イスズ「むむむ。それならイスズちゃん本気だしますぅ」
第三者から見れば子供の遊び以外に見えない会話が続いた。この場にタケヒコが入れば頭を抱え込む様な会話の後、イスズが懐から小袋を取りだした。
お手玉か何かで使うような小袋を次々にシンムに向かって投げつける。単純に投げつけられるそれを、シンムは簡単に避ける。
シンム「何をしてぇのかしらねぇけど、避ければ何にも意味ねぇだろ」
イスズ「これからわかりますぅ。覚悟して下さい」
気付いた時にはシンムを囲むように小袋が落ちていた。その小袋に向かってイスズが指先から炎を飛ばした。次の瞬間、小袋から噴き上がった火柱にシンムは包まれた。
イスズ「これでイスズちゃんは勝ちましたですぅ。ですから、負けたので言う事を聞いてください」
シンム「こんな火ぐらいどうしたって言うんだ!」
多少の火傷を我慢しながら、シンムは火柱を突っ切ってイスズに斬りかかろうとした。その瞬間、業火がシンムを包み込む。焼死。イブキシンムの死。伊都国の王の死。最早、勝敗がすでに決した中で、それを否が上でも伊都国に突き付ける事によって、戦いの終結が告げられるはずだった。
業火にシンムが包まれようとした瞬間、その行動にあきれながらもスクネはシンムの服を天之壽矛で貫くと、自らの後方に放り投げて火柱の中から脱出させた。
どすんと音を立てて、シンムが尻から地に打ち付けられる。顔を真っ赤にしたシンムがスクネに何か言おうとするが、横になっているカグヤに気が付き、怒声の内容が若干変化する。
シンム「いてて。てめぇ、いきなり何す……姉貴、どうしたんだ?」
スクネ「気を失っているだけだ」
シンム「気を失っているって……おまえが何かしたのか!」
答える気にもスクネはなれなかった。それが余計に勘違いさせたのか、シンムは声を強くして吠えた。
シンム「答えろ! おまえが姉貴に何かしたって言うんなら絶対に許さないからな!」
ちらりとシンムを白い目で見ただけで、スクネは何も答えない。それが癇に障って、シンムは怒声を強める。その声に起こされたのかカグヤが目を覚まし、スクネの代わりに答えた。
カグヤ「違うよ、シンム。スクネじゃないから気にしないで」
シンム「スクネじゃないって……だったら誰が!」
怒声をスクネは完全に無視していた。そんなスクネを無視するように、緊張感のかけらもない口調で、緊張感のかけらもない言葉が続く。
イスズ「もう! イスズちゃんを無視して話を進めないでほしいですぅ」
ため息交じりにスクネは天之壽矛を縦と横に払う。天之壽矛の空間歪曲の力が奇跡を起こしだし、届くはずのない攻撃がイスズに襲いかかる。それで終わるはずだった。
天之壽矛の刃がイスズを切り刻む寸前、イスズをかばう様にイヨが飛び出した。
イヨ「危ない、イスズちゃん!」
意味のない行動のはずだった。意味があるとすれば、わずかばかりのイスズの延命の代償に、イヨが切り刻まれる。それだけのはずが、空間歪曲の力が消え、天之壽矛はむなしく空を切った。
今起こった事態に困惑したスクネは、天之壽矛に目をやった。天之壽矛に異常はない。次に、スクネは疲れた表情で状況を見守っているカグヤに目をやった。きょとんとして目を返して来ただけで、何かをした様子など見当たらない。ほんのわずかの間にスクネはそこまで考えていた。
そんなスクネの真実など、シンムにわかりようはずもなく、スクネが素振りしているようにしか見えなかった。だから背後からスクネの肩を掴んで怒声を上げた。
シンム「ふざけんな、こんな時に何やってんだ、おまえ! そんなところで矛なんか振っても当たるわけないだろ、そこどいてろ、おれが戦う!」
舌打ちしたスクネがシンムの手を振り払い、イヨに向かって駈け出した。
スクネ「あっちの女から先に始末する」
標的をイヨの心臓に定めたスクネが、天之壽矛を構える。
イスズ「イヨちゃん、何で出て来たんですか。約束が違いますぅ!」
心配そうに見ているイヨに、イスズが口をふくらませて抗議している。一見しているだけなら微笑ましい二人を死の刃が襲う。
スクネ「死ね」
寸分たがわずにスクネは心臓目がけて突いた。かばおうとしたのか、イスズが動く仕草を見せるが、それよりも遥かに早くスクネの矛先がイヨの心臓へ襲いかかる。確実に突いた天之壽矛の一撃で、イヨの命は終わるはずだった。しかし、またもむなしく天之壽矛は空を突く。使用してないはずの空間歪曲の力が発生したため、心臓を貫くはずの矛先は、イヨの背中の後ろの何もない空間を貫いた。
予想外の事が起こり、わずかに動揺したスクネが突き飛ばされる。
イスズ「イヨちゃん、しっかり手をギュッとしてて欲しいですぅ」
横からスクネを突き飛ばしたイスズは、すぐにイヨを背負うと逃げて行った。
その行方を置き上がったスクネは見ているだけだった。
シンム「なんで追わないんだ!」
怒声を上げるシンムをスクネは無視して、疲れた顔をしているカグヤに話しかけた。
スクネ「……カグヤ、身体は大丈夫か」
カグヤ「うん。ありがとう、もうだいじょうぶだよ」
誰が見ても、大丈夫そうには見えない表情でカグヤは言った。
スクネ「そうか」
簡潔にそう言うと、スクネは街を暴れ回っている妖鬼に目をやった。
スクネ「あれを鎮めて来る」
カグヤ「……お願いね」
あまりにも簡単そうに言ったスクネの言葉に、当然の様にカグヤも答えた。二人にはそれで十分だったが、一人、それでは不十分なシンムが声を大にする・
シンム「一人で何が出来るんだよ!」
その言葉を無視して、スクネは歩き出す。
シンム「おまえ、人の話し聞けよ!」
スクネ「そこまで声を張り上げてよく疲れないな」
かちんと来て、シンムは背後からスクネを殴ろうと拳を振り上げたが、振り上げたこぶしを力なく下ろした。
シンム「……ヤカモチ」
正面からヤカモチが歩いて来る。右手を失い、応急手当に使用したと思われる真っ赤に染めた布を左手で押さえながら、兵士に支えて貰っていなかったら、今にも倒れそうにふらつきながら、ヤカモチが歩いて来るのがシンムの目に入った。
街を暴れ回る妖鬼に圧倒的な力が、天之壽矛を持ったスクネが襲いかかる。
効率よく、スクネは一撃毎に数体の妖鬼を貫いていく。天之壽矛による空間歪曲の力で、遠くであろうと近くであろうと関係なく、目に入った瞬間にスクネは貫いた。急所を確実に貫き、いっさいの余計な時間をかけない。圧倒的なスクネの力によって、伊都国を蹂躙していた妖鬼は短時間で全滅した。