はじまり
処女作ですが頑張って書いてますのでよろしくお願いします。
もしも、神がわたし達を愛しておらず、わたし達が生きていることを気にも留めておらず、わたし達の世界を遊具のように扱っていたのだとしたら、どうしますか。まして、神に棄てられた者は、どうしたらよいのでしょう。
きっと、わたし達は路頭に迷い、ただ忘れ去られて行くしかないのでしょう。それはとても悲しいことです。
もしも、わたし達の神が欺瞞に満ち、傲慢そのもので、冷徹な心しか持たれていないのなら、祈りを捧げるに足るお方なのでしょうか。まして、神に大事の者を奪われた者は、どうしたらよいのでしょう。
それでも祈りを捧げ続けて、神の愛にすがりつくしかないのでしょう。それは、とても辛いことです。
獣道すら存在しない、人が踏み込むのを拒否するかのように木々が生い茂る森。その奥深くに少し開けた場所があった。そこには泉があり、天を覆う木々の葉の間から月の光が漏れていた。
泉のほとりにある切り株に、男が一人、腰掛けて詩を詠んでいる。白く染まった髪は老人のようで、色も、つやもなく、筋肉はやせ細り、切れ長の目の中にある黒い瞳は死人を思い起こさせる。その肌は青白く、生を感じさせなかった。ただ、詩を詠む声だけがその男が生きている事を物語っていた。
いと思ふ いとしの君に 木漏れ日で
出会ふた事も いと悲しかな
女「セイガ」
詩を詠んでいた男に近寄る女がいた。ふんわりとした漆黒の髪は、夜に星空をより美しく見せるためだけに闇が訪れるかのように整った美しさを強調する。その深紅の瞳は、もしも水が赤かったならばこのような色をしているのだろうと連想させるほど透けていた。
男は駆け寄ってきた女の方に目を向ける。女はそっと語りかけた。
女「遂にこの日が訪れました。わたし達のすべてが始まったあの日以来ついに・・・」
興奮気味に女はそこまで言ってから、自らのはやる気を抑える。星空に輝く月の光が女を避けて照らしたかのように表情が消える。
女「二人の出会いは、わたし達の時と同じ様に致しましょう。セイガ、またあちらへ戻ってもらいます。ですが、必ずあなたを取り戻します。そして、あの頃のように共に戦い、今度こそ・・・」
辛そうに女は言った。そして、セイガと呼んだ男に手を差し伸べ、近くにいたもう一人の男の元へ誘導する。男はセイガと呼ばれた男と瓜二つだった。しかし、人とは思えないほどに鮮やかな色をしていた。
倭国大乱と呼ばれた戦いがあった。それは、今より十四年前に起きた。奴国、伊都国、対馬国、一支国、末慮国、不繭国、宗主国である邪馬一国の連合国家である邪馬台国。倭国大乱はその全土を巻き込み、国の存在そのものを脅かした戦いとなった。
倭国大乱は伊都国のイブキ親子を首謀者とした乱だったが、ヒミコと呼ばれる巫女の登場によって沈められた。
倭国大乱後に女王へと就任したヒミコは、敗れた伊都国をイブキ一族が引き続き統治するのを認め、幼きイブキ シンムが継承する事を決めた。それには当初、各国の王達は拒否の姿勢を見せた。それでも、最終的にヒミコの思い通りに決まった。それだけでなく、各国の王達は邪馬台国全体で行う政治、あるいは軍事の決定権などすべてをヒミコに委譲した。結果的に倭国大乱は邪馬台国を女王ヒミコの独裁国へと代え、それを機に、ますます国は繁栄していった。
今再び、伊都国に不穏な空気を感じた女王ヒミコは、タケハヤ スクネを呼び出した。
切れ長の鋭い目で、目立つ事を嫌うかのような黒い衣装に身を包んだタケハヤ スクネと呼ばれる男は、女王の前でも媚びへつらう姿勢すらまったく見せずに、ぶっきらぼうに立っていた。
ヒミコ「スクネ、元気にしておったか」
スクネ「命令は」
そう言ったスクネがヒミコの背後の闇に目を一瞬向けた。
ヒミコ「そなたは相変わらずせっかちな男よ。久しぶりに会うたと言うのに」
言葉こそ親しげだが、その言葉一つ一つに感情は一切感じられない。女王ヒミコの闇を連想させる黒い髪、濁った血を連想させる瞳、恐怖と言う名の面が、ただ言葉のみを発しているようだった。
ただ、スクネもまた、一切の表情を見せる事無くヒミコの言葉に応じる。
ヒミコ「……まあよい。それが今のそなたであったな。命ずる伊都国に赴き、王であるイブキシンムを亡き者にせよ」
スクネ「やり方は」
ヒミコ「それは、そなたの自由にするが良い。場合によっては、国そのものを亡き者にしても問題ない。力に制限もかけぬゆえ」
スクネ「了解した。すぐに終わらせる」
簡単な確認を済ませると、スクネは挨拶も何もせず、ヒミコの前から立ち去った。他の誰かがそれを見たとしたら、無礼と言う言葉が頭をよぎったであろう。だがしかし、当の本人達はまったく気にするそぶりを最後まで見せなかった。
大地に足を踏みしめる。すぐに、スクネは呪と呼ばれる数々の奇跡を可能とする勾玉の付いた首飾りを外した。
呪は描かれた文字によって効力が違った。「火」なら炎を起こし、「雷」なら落雷を発生させる。ただ、呪は誰にでも使える代わりに、一回使うと効力を失う代物だった。
その呪を使って、スクネは邪馬一国から空を飛行して、伊都国までやって来た。勾玉に描かれていた「飛」の文字が消え、役割を終えた飛行呪が灰色の石ころになる。
目の前に広がる伊都国の門に、スクネは目を向けた。
伊都国。すべての集落を合わせると人口三万人を超える邪馬台国第二の都市。都市の中央の周囲は塀で覆われ、塀の南西には川があり、その付近にも集落があった。また、北には高くそびえる山々が連なり、東以外からの出入りを困難にしている。東側には塀の間に門があるが、普段は開かれ、誰でも出入り可能となっている。東の門を潜り抜けると中央に大きな道が存在し、その左右には、倭国大乱時に焼き尽くされたのが嘘のように、建物が乱立している。中央の道をまっすぐに向かうと、ひときわ大きな建物にたどり着く。王であるシンム達の住まう住居であり、この国の政治を執り行う中枢となっている。そして、その先には祭事用の社が二つ、山脈の手前にある小高い丘の上に小さな社、そのふもとに大きな社が建っていた。
伊都国の街に入ると、スクネは暗くなるのを待ってから行動に出た。闇夜にまぎれて標的の元へ向かう。その間、誰にも見つからないように細心の注意を払って向かったが、仮にそうでなくても、決して発見されることはなかっただろう。なぜなら、人が目視出来得る速度を越えて、スクネは動いていたのだから。
建物に侵入してすぐに、赤い布を頭に巻いた男を見つける。その男は女王より命じられた標的。背後から、音も立てず、スクネは空気と一体になり、殺気を完全に消して標的に近づいた。そして、自らへの確認のために、標的の名を呼ぶ。
スクネ「おまえがイブキシンムか……」
シンム「おれは確かにシンムだぜ。そう言う、てめぇは誰なんだ? 知りもしない奴に、おまえ呼ばわりされたくねぇ」
スクネ「……死んでもらう」
シンム「そう言われて「はいわかりました」とか答えるわけねぇだろ。馬鹿じゃねぇのか」
スクネ「おまえがどう考えようとも関係はない」
シンム「こっちに関係があんだ、ごんべぇさん!」
場には標的が一人だけ。武器はその横に立て掛けてある剣のみ。任務遂行には何一つ支障がない事を、スクネは再確認する。
シンム「今度は黙りやがって。喧嘩を売りに来たんなら、その喧嘩買ってやるぜ!」
横に置いてあった剣を手に取り、シンムが振り向き様に斬りかかって来た。それを予測していたスクネは、その剣激を右手に持っていた矛で簡単に弾き、そのままの流れで矛先を眉間の先に突きつけた。
スクネ「これで終わりだ」
シンム「ふざけんな、これぐらいで終わってたまるかってんだ!」
スクネ「じっとしていれば一瞬で楽になる。でなければ、苦しむだけだ」
憎まれ口を叩きながら、シンムは弾かれた剣を拾うため手を伸ばしたが、手が届くより前に、スクネは剣を蹴り飛ばしす。それでも、あきらめた様子をシンムは見せない。別に恐怖を与えるのが目的ではないため、スクネは気にせず、止めを刺すために矛を引いた。
その刹那、矛先の前に、横から剣が割って入って来た。
剣の持ち主が、その口調からは想像も出来ないほどの殺意を放ちながら話しかけて来た。横から入って来た男は金色の長髪をした、長身の、整った容姿の、スクネもよく知った男だった。
長身の男「邪魔をしてすみませんが……あなたにシンム様を殺させる訳にはまいりませんので」
スクネ「フツヌシタケヒコか……障害は何者であろうと排除する」
タケヒコ「あなたの好きなようにさせる気はありません」
対峙する二人の間に、シンムの声が割って入る。
シンム「タケヒコ、下がってろ! こんな奴、おれ1人で戦える」
タケヒコ「シンム様、申し訳ありませんが、それは出来かねます。わたしは彼に用事がありますので」
剣を拾い上げていたシンムが更に何かを言おうとしたが、無言の圧力をタケヒコから感じ取ったのか、結局、剣を引いた。その間も、標的であるシンムの首を斬り落とす好機をスクネは狙っていたが、目の前のタケヒコから感じる殺意がそれを許さなかった。
タケヒコ「あなたに聞きたい事があります。ですからあなたには悪いですが、全力で倒させてもらいます」
スクネ「おまえには無理だ」
タケヒコ「そうですか。案外やってみないと分からないものですよ……ツクヨセイガ」
スクネ「その名を出すな、タケヒコ」
出された名を聞いてスクネは怒りがこみ上げ、感情的になってしまった。そして、その勢いに任せて、タケヒコの心臓目掛けて矛を突く。矛は簡単に避けられ、反対にタケヒコの剣が喉元にせまる。一瞬、感情的になった事を後悔しながらも、とっさに首を動かして、それを避ける。首筋を斬られてわずかに血がにじむ。すぐさまスクネは反撃の蹴りを放つが、後ろに飛び退かれ、タケヒコに避けられる。
間合いが開き、二人は向かい合った。
タケヒコ「やはり、やりますね。なるほど、さすがに実力は拮抗しています」
向かい合うタケヒコの言葉を聞きながら、切られた首筋の血をスクネはぬぐう。二人の力は完全に五分と五分。故に、このままでは戦闘は膠着して、何事も無ければ戦いは長引くだけ、そして、最後には相打ちになるだろう。それはそれで、スクネには構わなかったのだが、任務が頭によぎる。ならば本気になるしかない。それでも確実に勝てる相手でないが、自分達が本気で戦えば巻き込まれた者の命はないだろう。それで任務は果たせる。そこまで考えて行動に出ようとする。
しかし、場に似つかわしくない声に出鼻を挫かれる。
声に目をやると、大草原を連想させる緑色の髪と、大きな明るい緑色の瞳をした、綺麗というより、かわいいといった感じの女だった。
女「騒がしいけど何かあったの?。また、シンムが何かした?」
スクネ「カグヤか、ここに……」
その女を見た瞬間、なぜか安堵感と罪悪感が同時に、スクネへ襲いかかって来た。
カグヤ「えっ? この人……どっかで……」
驚いたように、カグヤが目を丸くする。
タケヒコ「カグヤ様、こちらに来てはいけません。すぐに、この場を離れてください!」
シンム「姉貴、何で来こっちに来たんだ!」
慌てたようにカグヤへ、シンムとタケヒコが声を掛けた。それによって、一瞬の隙がタケヒコに出来たにもかかわらず、スクネは動けない。まるで、待ち人に出会ったような奇妙な感覚に陥ったために。
それでも首を振り、無理やり奇妙な感覚を捨て、冷静になる。機を逸した事だけは後悔したが。
スクネ「これ以上の障害は任務の支障になる……ならば」
三人を見据えながらスクネは矛を構えた。
タケヒコ「いけません。本気を出す気です。二人とも離れてください。ここは、わたしがなんとか致しますから」
大声でタケヒコが叫ぶ。
本当はシンムだけを暗殺して消える予定だったが、スクネはその案を断念した。代わりに自らの矛の力を使い、その場にいる者すべてを殺す案に移行する。
その瞬間、記憶にない光景が目の前に広がった。
男は全身傷だらけで、更に疲れきったように肩で息をしている。よく見ると、男の身体を何かが貫いていた。その何かは血の色に染まっていた。男は紫色の髪をした女に何かを叫び、顔を涙で濡らしながら、剣で女の身体を貫いた。女が何か口にしているが、聞こえない。そして、女の髪の色が一瞬だけ変わったかと思うと、目の前が真っ白になった。
たった今、視た光景が何なのか、スクネは自分でもわからなかった。それについて考える間もなく、現実に引き戻されたから。
タケヒコ「戦いの最中に集中を乱すとは、あなたらしくないですね? あなたともあろう者が、千年の間に戦いを忘れましたか? それとも……」
意識が戻った時には、タケヒコの剣がスクネの目の前に突き出されていた。戦いの合間に、戦い以外のことに気を取られた自らを恥じつつも、敗北を悟る。
スクネ「……殺せ」
観念したスクネは担当直入に言った。元々、その覚悟はしていたから。
殺気こそ放ち続けるが、タケヒコは剣をひくりとも動かさずに、質問して来た。
タケヒコ「あなたに聞きたい事があります。彼女の目的をお聞かせ願えませんか? 正直、わたしには計りかねますので」
スクネ「早く殺せ、話す事など何もない」
タケヒコ「彼女が、人に刃を向け始めた理由を聞きたいのです。話せば……命は取りませんと言いましたら?」
スクネ「答えは同じだ……殺せ」
他にも何かタケヒコは質問して来たが、スクネはそれ以上何も語らず、目を閉じ、殺される瞬間を待った。しばらくして、タケヒコは質問をあきらめたのか、ため息をすると言った。
タケヒコ「わたしの記憶するあなたと若干の違いはありますが……やはり、わたしの問いには答えてくれませんか。仕方がありません。あなたには悪いのですが、死んでもらいます。それで、少なくともこの時代は人の代でいられるでしょうから」
スクネ「……」
剣が振り上げられる音が聞こえた。なぜかその音にほっとした様な安息感を感じながら、最後の瞬間を待った。
カグヤ「だめぇぇぇぇぇぇ」
そして、剣が振り下ろされるよりも早く、カグヤの声が世界を覆う。少なくとも、スクネにはそう感じられた。