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アイナ  作者: 烏口泣鳴
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私の誕生日

 全てが真っ白だった。

 光。それがこの場所を表す端的な一言だ。

 目がくらんでしまうほど、その世界は光り輝いていた。

 空も周りも全部、余すところなく煌びやかで、そこにいる人達もなんだか光っていた。

 そこに加わったのはほんの少し前。文明が盛衰するよりも遙かに短い時間の間に、私はこの群れに加わる事になった。

 そう私が。

 ……私。私。私。私。……ふふ、そう、まさしく、まぎれもなく私自身が。アイナと名付けられた私自身が──


   ☆ ☆ ☆


 料理をあらかた片づけた頃に、リーダーが声をかけてきた。

「どうだい? お腹はいっぱいになったかな?」

 こくりと頷いた。

 リーダーもなぜか同じように頷くと、更に言葉をつづけた。

「それじゃあ、体の方はどうだい? もう元気になった?」

 またお互い頷き合う。

「それじゃあ……」

 そこでリーダーは唐突に言葉を切って、目を近付けてきた。


 ざわり、


 と空気が変わる。

 いきなり恐怖が湧きあがってきた。

 目を見つめているだけで死にたくなるほどの重圧がのしかかる。

 直感する。殺される、と。

 何か間違えればその瞬間に殺される。そう感じさせる目だった。

 いや、その目を見ているだけで、死よりも更にひどい結果が待っていると感じさせる目だった。

 リーダーの眼が何かおかしな物になった訳ではない。

 むしろ平静で透明な目だった。

 それでもその目を見た瞬間、明白な死を感じさせる何かがそこにあった。

 リーダーはゆっくりと言葉を紡ぐ。さらなる重圧を与える為にゆっくりと。


「まずは君が僕の家にいた理由を教えてもらおうか」

「…………う……あ」

 完全にのまれてしまって声をうまく出せない。

 出せても何を喋ればいいのか分からないので結局言葉を話せない。

 早く何か喋らないと殺されそうなのに、何もしゃべることができずに焦りが加速する。

「あ、あの、え……っと、それは」

 それでも少しずつ頭の中で整理がついてきた。

 自分がなぜ、どうやってあの場所にいたのか。

 言葉にすればひどく単純で、とても明快な答えだ。

 ──分からない。

 それが出しうる最高の答えだ。

 決して最良ではない。そんなことを言えば殺されてしまう。リーダーの目を見ているとそんな気がした。

 それでも、なぜあの場所にいたのかという問いに対して、正直に答えればそうなってしまう。なぜならそれまでの記憶も、生まれた理由もなにも知らされていないからだ。記録に問い合わせても答えが返ってこない。

 だから、分からないというのが、導き出される結論だ。

 答えるとすればその答えしかないが、答えれば殺されてしまう。嘘をつくという選択肢はない。拙い嘘などすぐに見破られてしまうだろう。かといって、答えないとやっぱり殺されてしまう。

 分かりやすい選択肢だ。どちらにも死と書かれたカードが目の前に掲げられている。選ばないと殺される。

 分かりやすいが、いや、分かりやすいからこそ選ぶことができない。


 間近に迫った死を前に何も答える事ができず、時が流れる。

 何も答えられないという重圧と、何かを答えなければならないという焦りから頭が発狂しそうになった時、唐突に横合いから声をかけられた。

「お待ちください、旦那様」

 見るとそこには先ほどお風呂に入れてくれた黒い人が立っていた。

 その人はまっすぐにリーダーを見つめて立っていた。

「どうした?」

「どうしたもこうしたもありません、このドS」

「ええ! なんでいきなり」

「こんな小さい子を責め立てて……変態め」

「だって一応無断で侵入してきたわけだし、事情を……」

「だってもさってもありません。この子が悪意など持っているはずがありません」

「いや、それにしても、とにかくなぜあそこにいたかの理由をだね」

「この子の目を見れば分かります。何も知らされずにあの場所に放り出されたに違いありません」

「いやいやいや、そういう憶測で物を……」

「とにかく……これ以上この子を責め立てる事は、たとえお天道様が許してもこの私が許しません」

「ちょっと待ってくれよ」

「拒否します」

「話すら聞いてくれない……あ、そうだ、ソフィー! ソフィー! 君からサクラに言ってくれよ」

 リーダーが泣きそうになりながら、横を向いて懇願する。

 そこには一人の人が座っていた。その人は先ほどからほとんど動かずにじっと座っていた。寝ているのかもと思ったが、時折思い出したように動くので、寝てはいないらしい。

 その人の服装は周りと少し違っていた。特に赤い色合いが目を引いた。

「奥様……」

 黒い人がぽつりと呟いた。

 よく見ると周りにいる人も皆、赤い人の事を懇願するように見つめていた。

 そんな中で赤い人は一度首をかしげると、ゆったりとした調子で口を開いた。

「私は、うん、かわいいと思うわよ? その子、欲しい」

「「「ですよね、奥様!」」」

 赤い人が言葉を発した瞬間、周りから重なった声が投げられた。

 ただ一人、目の前にいるリーダーだけは頭を抱えてうずくまっていた。

 と、赤い人が体を寄せてきた。

「ねえ、あなたがあそこに来るまでの事を教えてくれない?」

 そう言われてもまともに答えられない事はさっきの通りだ。

 でも、なぜか今はどんな事を言っても大丈夫な気がした。

 だから素直にこう答える。

「分からない」

 言ってから赤い人の顔を見るが、危険な様子はない。やっぱり大丈夫だった。

「そっか」

 赤い人は僅かに首をかしげる。

「じゃあ、あなたは自分についてどこまで知ってるの?」

「……自分? 自分って何?」

「え、自分って……あなた自身の事よ?」

 そう言われても分からない。言葉の意味は分かるけど、はっきりとしたイメージが湧かない。

 どこからどこまでが自分なのか、その境界が分からない。

 人は細胞の集まりだけれど、その細胞の一部が離れたら、それらは自分足り得るだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。

 なぜなら大地の一部がはがれおちた存在だから。はがれおちたそれははたして自分であるのだろうか。

 分からないけれど、とにかく何かを答えようと思って、自然と口から答えが漏れた。

「自分って言うのえ……言うのは、良く分からない。でも、大地の一部がここにいる人の形をして……生まれた?」

 なんだか言葉がまとまらなかった。やっぱり話すのはうまくいかない。

 相手に伝わったのか確認してみたが、赤い人の様子を見るとあまり伝わってないように見える。

 そこで今までうなだれていたリーダーが突然間に割り込んできた。

「つまり君は大地から生まれた子という事かい?」

 そういう解釈もできるかもしれない。一応、頷いておく。

「なるほど、そしてあの場所に産み落とされたわけだね? 確かに大地を祭るこの土地にならあり得ない事もないか? それなら、侵入するまでに防衛機構が働かなかった理由もサクラと同じような気配がする事も、他の諸々の違和感についても説明がつくわけだ。……ふむ、信じよう。これで君の素性は確認できた。どうやら勘違いをしていたようだ」

 何だか必死な様子で周りの様子をちらちらと窺いながら早口で喋ったリーダーが手を差し伸べてきた。

 握手というお互いを認め合う行為だと記録が告げる。

「非礼を詫びよう。申し訳ない。最近物騒でね。少し気が張ってたんだ。できればさっきの事を許してほしい。そしてこれからお互いの友好を築いていきたいんだけど……」

 私は少し迷った後にその手を握り返す。もうリーダーの事を怖いとは感じなかった。

 そこにもう一つ手が重ねられた。

 顔をあげると赤い人がいた。

「ねえ、あなたの親は……これから育ててくれる人はいないわよね?」

 頷く。

「それじゃあ、私達の子供にならない?」

「子供?」

 と、リーダーが割り込んできた。

「いきなり? 一応貴族なんだし血筋とか──」

「いいじゃない。可愛いんだし。こんな子が欲しかったの」

「いや、まあ、別にかまわないけど……でも……」

「どちらにしても私は子供が産めないから、養子をとる予定だったんだから、いいじゃない」

「いや、それを言われるとこちらとしても辛いんだけど……」

「それにこの子は大地の子供なんでしょ? なら地を司り、地を治めるなんていう大層な肩書が付いたうちにはぴったりでしょ?」

「そうだけど……」

「皆だって賛成だよね?」

「「「はい」」」

「ほら」

「………………分かったよ。明日までに手続きをしとくよ、それでいいんだろ?」

「うん、ありがとう!」

「相手の運命をもてあそんでいるって事を理解してる?」

「大丈夫!」

「…………はあ」

 なんだかあれよあれよという間に話が進んでいった。いまいち流れが読めないが、養子というのは群れに加わって育ててもらうことだから、この群れに育ててもらえるのだろうか?

 悩んでいると、リーダーがこちらに向いた。

「さて、君抜きで話しちゃっけど、君の意思はどうだい? って言っても、今の君の状況だと選択肢があまりなさそうだけど……」

 確かにリーダーの言うとおりだ。この人たちに育ててもらう以外に道はない。

「養子になる。育てて欲しい」

「けってーい!」

 赤い人の声と共に、周りの人々が両手を上げた。

 なぜか皆で手をたたき合っている。

 その光景を見ていると、リーダーが近付いてきた。

「というわけで、君はこの家の子供になったわけだ。勿論、責任を持って育てるし、愛情を持って接しよう。ただ一つ、お願いがある」

「何?」

「この家の子供になった以上、いつかこの家を背負って立つ人間になってもらう。その為の教育もさせてもらうよ。つまり、ただご飯を食べて寝て過ごすだけじゃダメって事」

 群れのリーダーになれという事だろうか? なんにせよ、私には頷くしか選択肢がない。

 私が頷くと、リーダーも頷いた。

「それじゃあ、僕達の子供になったわけだし、プレゼントをあげよう」

「プレゼント?」

「そう、さっき君は自分って言葉に疑問を持ってただろう? 確かに自分とは何かっていうのはとても難しい問題だ。一生かかっても答えが出せないかもしれない。だから、理解の手助けとなるかもしれない物をあげるよ」

 なんだろう?

「名前って言うんだけどね。その人の事を定義づける物だから、少しは自分を実感できるかもしれないよ?」

 リーダーはそういうと、周りの人を呼び集めた。

「じゃあ、この子の名前を決めよう! 何かいい案がある人!」


 それから長い時間をかけて、とはいっても、一つの種が絶滅するよりはとても短い時間をかけて、名前が決定した。


「それじゃあ、自分の名前を言ってみて。さっき言ったように、私の名前は○○ですってね」

 少し緊張しながら息を吸い込んだ。

 そして、確かな個を手に入れる。


「私の名前はアイナです」


 それが私の生まれた瞬間だった。

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