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アイナ  作者: 烏口泣鳴
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出会い

 雨の中、群れのリーダーは言った。

「我が家へようこそ、お嬢さん」

 するとその言葉に反応したように、周りの人が動き出した。

 そして瞬く間にその場を光が包み込んだ。

 事態が飲み込めず混乱していると、傍らに立つリーダーが言った。

「目をつぶっていた方がいいよ。眩しくなるからね」

 その言葉を理解すると同時に瞼を落とす。

 次の瞬間、瞼を突き抜けて強烈な光が襲いかかってきた。

 あまりの強さに平衡感覚が薄れていく。

 危うく倒れそうになったところを支えられたため何とか倒れずに踏みとどまった。

 やがて膨大な光が薄れていく。

「もう目を開けても大丈夫だよ」

 リーダーの言葉に従って目を開けると、そこにあったのは雨の中の風景とはまったく別の場所だった。

 どうやら世界が一瞬のうちに変わってしまったらしい。

 この世界には雨が降っていなかった。空は晴れている。ただ空がやけに近くて、光が色々なところから出ていた。

 それから少し暑い。冷えていた体がちりちりと痛くなるほどに。

 どこだろう、ここは。

 振り向いてリーダーにその問いをぶつけようとしたが、先に口を開いたのはリーダーだった。

「さて、まずは食事と行きたいところだけど、その前にお風呂に入ってもらうよ?」

 質問の呼吸を逃してしまった。

 とにかく思考を切り替えて、リーダーの言った言葉の意味を理解する。

 つまり食事は後回しにするという事だろうか。

 早くご飯を食べたかったが、それは与える側の要望だ。無暗に拒否する事は出来ない

 お腹の空き具合もまだなんとか耐えられるだろう。

 そう判断して了承しようとしたのだが、

「…………っ」

 掠れて発音する事ができなかった。

 どうやら体の調子が低下しているからのようだ。先ほどから、視界が明滅し、世界が揺れ動いているのはそのためなのかもしれない。

 これはいけない。情報を伝達できず、相手に不信の念を与えてしまうかもしれない。

 すぐさま記録に問い合わせて、肯定の意を示す伝達方法の中で、声を必要とせず簡単な方法を模索する。

 しかる後、『頷く』という回答が得られた。

 首を縦に振るだけの簡単な動作だ。これなら練習せずとも簡単に行う事が出来るだろう。

 さっそく頷いてみた。

 顔をあげて、リーダーの反応をうかがう。

 と、その表情には理解の色があった。

 通じた事に喜んでいると、リーダーが声を上げた。

「サクラ! この子を頼む!」

 その声を皮切りにして、隣の空間が歪んだ。

 唐突に懐かしい雰囲気を感じた様な気がした。

 しかし、その感情に疑問を感じる前にそこから一人の人が現れた。

 その人は見た目が他の人とは違った。

 形は他の人と同じようなのに、色合いが黒い。特に頭が黒かった。頭だけだがリーダーと同じような色合いだ。

 リーダーだけ特別に色が違うのかと思ったが勘違いだったらしい。あるいは新たに現れた人もこの群れの中では高い地位にいるのだろうか。

 現れた人はリーダーに向かって頭を下げた。

「頼むと言われましても、どうすればいいのかを具体的に示していただかない事には」

「え、君、そんなマニュアル人間じゃ無いだろ? なんで急に」

「私はどうせ家事をするしか能のないロボットですので」

「何で急に!? 君はちゃんとした意思をもった生命体だから!」

「冗談です。健康診断をして、応急処置を施した後、体を洗って服を着せればいいんでしょ着せれば」

「あってるけど、なんか途中から刺々しくなってるし! なんでそんな不機嫌なの?」

「いえ、ただ、こんな小さな女の子を、しかも裸の女の子を連れ込みやがって。このロリコンめ! と、いう事でございます」

「待てえええ!」

 そこで突然、新しく現れた方の人がこちらへと視線を動かした。

 何か言っているリーダーを完全に無視してじっと視線を向けてくる。

「では、早速体内を調べさせていただきます」

 その人の両眼に違和感を覚えた。その瞬間、体内に何か異物が入り込んだ。

 異物がぐにゃりぐにゃりと体内に侵食していく。

 抗いがたい不快感を覚えたが、逃れようにも両肩をしっかりと抑えられていて逃げる事はできない。

 そのまま不快感に耐えていると、やがて両肩に置かれた手の感触が消え去った。

「終了しました」

 その声と共に体内の異物感も消失する。

「とりあえず当面の問題は体温と栄養補給ですね。これをお食べ下さい」

 手が差し出される。その手には草が乗っていた。

 これは何だろう。なんだか怪しい。

 記録に問い合わせてみるが、そんな種類の草は無いと返された。

 はっきり言えば怪しすぎて食べたくなかったが、そう言うわけにもいかない。

 ふらふらと揺れる私の体は間違いなく食物を欲していたからだ。

 意を決して草を手に取り、口に入れる。

 入れた途端、口の中に熱が生まれた。草を中心に口の内が暖かくなっていく。

 口の中の熱は徐々に広がり、飲みこむと共に全身に行き渡った。

 同時に今まで明滅し、揺れ動いていた世界がはっきりと映り始めた。

「どうでしょう? 完全な治癒とはいきませんが、栄養と体温はある程度確保できたと思いますが」

 ふらついていた体が完全に立ち直る。これが栄養と体温を得たからなのだろうか。

 それならば謎の草はいい効果を与えてくれたことになる。

「はい」

 言葉まで出た。これも謎の草のおかげだろうか。

 とにかくこれで再び相手と意思の疎通が図れるようになる。

「そうですか。では、洗浄に移りましょう」

「洗う?」

 人は頷いた。

「はい、少し汚れているので洗わせていただきます。食事はその後で。ロリコンは先に部屋へ行っていなさい」

「酷い! 僕は主人なのに」

「早く行け、変態」

「うぅ……」

 リーダーは他の人を引き連れてその場を去っていった。その目から水を流しながら。

 涙というらしい。人の機能はなかなか多彩だ。

「では行きましょう。浴室はすぐそこです」

 人と手を繋いで浴室へと歩く。

 言葉通り浴室はすぐ近くにあった。

 白い何かが廊下まで立ち込めている。

 入る事に躊躇して立ち止まろうとすると、容赦なく手を引っ張られた。

「それでは入浴をいたしましょう」

 そのまま白くて先の見えない未知なる領域へ引きずり込まれていく。


   ☆ ☆ ☆


 目の前には木製の扉。

 隣には黒い人。

 気がついたらここにいた。

 さっきほどまでの流れを思い出す。

 はっきり言えば嫌な経験だった。


 お風呂場に連れ込まれた後はなすがままだった。

 まずは温かい水(お湯というらしい)をかけられた。

 お湯をかけられた瞬間から体の内側を何かが這うような感覚を得た。言葉にすればくすぐったいというらしいその感覚は、命の危機は感じないものの、進んで味わいたいものではなかった。

 だから逃げようともがき続けていたのだが、人はそれを許さず、暴れ疲れたころには全身が湿っていた。

 次に人は石鹸という白い石を取り出した。それは擦る事で泡を発し、それによって汚れを落とすらしい。

 だがそんな事は抜きにして、とにかくその感触は最悪だった。

 とにかくぬるぬるしていて、体に塗りたくられるごとに、ぞわりぞわりと体を何かがかけぬけていく。しかもそれが目に入った時の痛さは尋常ではなった。

 当然嫌だったのだが、暴れる余力が残っていなかったため、甘んじてその感覚を受け入れ、必死になって耐えることしかできなかった。

 やがて石鹸が全身に塗りたくられると、お湯によって洗い流された。

 石鹸から解放された瞬間だけ、本気でお湯に感謝したのだが、次の瞬間にはそれを忘れて、お湯に恨みを抱く事になる。

 最後の仕上げは、お湯によって全身を温めることだった。

 お湯を体に触れさせるというのは最初と一緒だが、行為自体は全く違う。

 その体自身をお湯の溜まった容器の中に直接沈めるという荒技だった。

 入れられた瞬間に皮の表面がパチパチとはじけ、じりじりとした痛みが張り付いた。

 あまりの痛さに悲鳴をあげるが、人は何の反応も示さない。

「いーち、にー」

 と、人はただ数を諳んじ続けるだけだった。

 口から洩れる数が二百になり、ようやく湯船から引き揚げてもらった時には、肌の感覚がなくなり、頭がぐるぐると回るほどに体が茹り切っていた。

 立ち上がる元気もなく、人に抱きかかえられて更衣室へと場所を移される。

 その途中に意識を失って、気がついたらここまで連れてこられていた。


 なぜか体に布が巻かれている。

 疑問を持って、隣の人を見上げると、なぜか言葉を発するよりも早く意図を理解して、答えてくれた。

「それは服といいます。着る事に意味があるので、着ていてください」

 それだけ言うと、前を向いた。

 記録に問い合わせて服についての情報を得る。

 その中で特に印象に残ったのは、人のほとんどが何かしらの装飾をつけて暮らしているという事だ。

 今迄見た人はリーダーと隣にいる黒い人以外の全員が同じような格好をしていた。そういう種族なのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 ではリーダーと隣の黒い人はなぜ黒いのだろうと新しく疑問が生まれる。

 特に隣の黒い人は他の人と服は一緒だった。ただ服以外の所々が黒い。

 だが、その思考は中断させられた。

 目の前には木製の扉が隣の黒い人の手によって開かれたからだ。

 扉が開かれるにつれて隙間から光が漏れてくる。

 そして扉が開ききったとき、その先には小さな空間が待っていた。すごくさっぱりした空間だ。真中に一つのテーブルがあるが、それだけだ。

 周りには、テーブルを囲むようにして何人かの人がいる。そしてテーブルの先にはリーダーともう一人、別の人が立っていた。

 手を引かれて人とテーブルの間を歩き、そのままリーダーと向かい合う。

 リーダーは開口一番こう言った。

「改めて言うよ。ようこそ、我が家へ。色々抜きにして、とりあえず食事をとろうか」

 リーダーが指を鳴らすと、次々と人が現れて、手に持った食事をテーブルの上に並べていった。

 こくりと喉がなる。

「適当に食べていいよ」

 リーダーの声が降りかかる。

 目の前には幾つもの料理が並べられていた。

 事前に調べておいた食事の仕方によると、この地方では食器を使って食べるはずなのだが、食器はお皿くらいしかなかった。

 リーダーに振り返って尋ねてみる。

「……食べ……食べる方法は? ……フォークとか?」

「ああ、君はまだこちらの風習に慣れていないかなと思って手づかみで食べる料理だけにしたんだ。だから手で取って食べるだけ」

 気を使ってもらったらしい。使ったことのない用具を使ってもひどい有様になる事は目に見えていたので、それは素直にうれしかった。

 なぜかリーダーの言葉に違和感を覚えたが、今はそれを確認するよりも食事をとる方が優先だ。早速、目の前の料理に手を伸ばす。

 そしてそこから怒涛の栄養補給が始まった。

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