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アイナ  作者: 烏口泣鳴
24/32

当主の使命は

 鼻から血を垂らすサクラの姿を見て、アイナは溜息をついた。

「なんかさ、サクラのそういう情けない所はなんとかならないの?」

「な、情けない?」

 サクラは一度自分の体を見下ろし、後ろを向いたりしたあと、

「どこがですか?」

 と真顔で聞き返した。

「あ、気づいてなかったんだ」

「いえ、気付いてないも何も……私、情けないですか?」

 アイナは一瞬口元に手を当てて考えた後に、

「まあ、それなりに」

 そう答えて、未だ鼻血が垂れ続けるサクラの顔を指差した。

 サクラは慌てて袖で鼻血を拭い、澄ました顔で高らかに謳った。

「そんな風に思われていたとは。これは……これは名誉を挽回するしかありませんね!」

 真剣に意気込んでいるサクラだが、アイナの反応は冷たい。

「……はあ……まあ、無理の無い様にね」

「はい! いつかとっても格好良い所を見せて、アイナ様に惚れ直させます!」

 口と胸を突き出して意気込むサクラの前で、アイナは聞こえない様にぽつりと呟いた。

「……普段の言動で汚名を返上しようよ」

 小さな声だったためその言葉はサクラへと聞こえなかった。サクラは意気込みを崩すことなく、熱い思いをぶちまけ続けていた。

 幾重にも重なる本棚に反響して、幾重にも重なって響き渡るその熱意を、アイナは嬉しい様な空しい様な微妙な表情で聞き続けた。


「ちょっといいかな?」

 ほうっておくといつまでも続きそうなサクラの決意表明を、アイナは一言で打ち切った。

「え、はい! なんでしょう?」

「うん、正直もうお腹が一杯なのと──あと、今日の目的を忘れないで欲しいんだけど」

 サクラが茶化した様子で問いかける。

「目的ってなんでしたっけ?」

 ピシリと空気にヒビが入った。

 笑みのままなのになぜか迫力のある表情を浮かべるアイナの圧力に、サクラは成す術もなく屈した。

「いえ、本当は覚えています。すみません」

「うん、じゃあ続き」

「と言われましても、私が話せる事はもう話してしまった様な……何かありましたっけ?」

「私に言われてもって言いたいところだけど、肝心な話を忘れてるよ」

 サクラは不思議そうに首をかしげる。

 本気で分かっていないサクラに腹を立てながら、アイナは言った。

「今日は私が家を継ぐ為の話なんだろ? 確かに皆の事や家の事を知れたのは嬉しかった──あとちょっと悲しかったけど、本来の目的は私に継ぐべき使命を教える事なはずだ!」

「あ、なるほどぉ」

 感心した様にサクラは頷いた。

「サクラ?」

 ドスの利いた声を発しながらアイナはほほ笑んだ。

「あ、いえ、確かにそうだなぁって……でも……」

 サクラは言いよどんだ。この上でまだ何かあるのかと、アイナの苛立ちが高まる。

「でも、何?」

「あの……正直に申しますと──何それ? って感じなのですか」

「は?」

 アイナの拳が固く結ばれた。

 サクラは全力で首を振ってアイナの想像を否定する。

「いえいえいえ、違うのですよ? その、別に意地悪をしているわけではなくてですね。その使命って何なんだろうっていう根本的な問題──というか疑問があるわけで……」

「……………………」

「だってですね。私が知ってるのはさっき話したのが殆どですし……この家の当主が果たすべき使命なんて聞いたことが──まずあるのかどうかも分かりません」

 サクラの言が本当である事を察して、アイナは諦めた様に言った。

「…………じゃあ、サクラはなんだと思う? 当主の使命って」

 困惑しつつサクラは予想を語った。

「そうですねぇ。かつての使命である実験場としての整備でしょうか? うーん、でも別にこれといって何かしていませんしねぇ。もう荒れ放題で今のこの地はかつてほどの整った場とは言えませんし。後は領民を守り、育むとか? っていっても、今の当主は何かしてるわけではありませんし……。うーん、やっぱりあれじゃないでしょうか?」

「何?」

「この家を存続させる事」

 アイナは口に手を当ててしばし思案した。そして、頷く。

「ふむ、なるほど。分からなくはないね。けど、根拠は?」

「今の当主が何をしているかって言うのを考えると、領内の町と交流、家を維持する為の資金稼ぎ、家でのんびりの三つに分けられます。最後は別にして、他の二つは家を存続させる為っていう理由で括れると思うんですけど……」

「ちょっと飛躍してない?」

「そうでしょうか? ですけど、使命って意味を見出そうとするとそれぐらいしかない様な──」

 サクラがそこで言葉を切った。その顔に不快感を募らせて拳を握る。

「いえ! っていうか、よく考えてみればやっぱり使命なんてないんですよ! どうせあいつの事ですからちょっと誇張して、偉そうぶってみただけですよ! 絶対!」

 アイナはまたも思案して、頷いた。

「確かにそれもありえるね」

「でしょう?」

 アイナに呼応する様に、サクラも深く深く頷いた。

「大体ですね。そういう引き継ぎというのは当主とその後継ぎの間で交わされる物なはずです。一介の使用人には荷が重すぎます。ですから、せめてその使命とかいうの位は私からではなくあの馬鹿から聞いてください」

「そうだね。分かった。…………一つ聞きたいんだけど、そもそもなんで父さんはこの話をサクラに頼んだんだろう?」

「意気地がないからです。さっき話した通り、あいつが秘密を軽々しくばらさなければ、一部の悲劇は回避できたわけで。それに対して負い目があるのでしょう。自分の事を信頼しているアイナ様に話して、失望されるのが怖いんですよ。まったく! それこそアイナ様の信頼を裏切っていますよね?」

「どうだろう……確かに悲惨な話ではあったと思うけど……」

「奥様は奥様で、あいつが気に病んでいる事に対して気に病んでいますし、それに、それに体が弱ってお子様を産む事も出来なくなってしまいましたし……私達の存在を含めて、どうにも今のこの家はあの事件に縛られてしまってるんです」

 彼方を見る様な眼でサクラは言った。

 昔を知らないアイナは不用意な事など当然言えず、また頷く事も、否定する事も出来ずに、ただ悲しげなサクラを見ている事しかできなかった。

 アイナの視線に気づいたのか、サクラは暗い雰囲気を取り払う様に、ぱっと笑顔を浮かべて語気を強めた。

「ですから! アイナ様の代になったら、そんな過去は払拭してください! 僭越ながら私もそのお手伝いをさせていただきます! 二人で! 明るく楽しい未来を築きあげましょう!」

 二人でを強調したサクラの言葉にアイナは頷いた。

「そうだね。暗い過去なんか無い方がいい。欲を言えば、父さんと母さんが生きている間にそんな過去は払拭したい。……サクラ! みんなで未来を照らし出そう!」

 みんなでの所を強調して、アイナは返した。

 アイナの言葉にサクラはそれと分かるほど気落ちした。それを見て、アイナはくすりと笑った。

「みんなで……ですか?」

「ああ、みんなでだ!」

 アイナは迷いなく、はっきりと言い切った。

 二人でじゃないのかぁと言いながら、サクラはがっくりと肩を落とした。

 吹き出しそうになるのを堪えながら、アイナはサクラへと歩み寄った。

 サクラも顔を上げ、二人の顔が向き合った。サクラのちょっと拗ねた顔を、その疑いの無い真っ直ぐな目を見て、アイナは自然とほほ笑む。

 この人はきっと本当になんの疑問も無く、どんな場所であっても、どんな時であっても、自分を信じついて来てくれるのだろう。そう思うと、アイナの胸は自然と熱く高鳴った。

「サクラ」

「なんでしょう?」

 僅かに不機嫌さを滲ませながらサクラは答えた。

 アイナは笑いながら言った。

「ありがとう」

「…………?」

 サクラはその言葉の意図がつかめずに、不思議そうな顔をしていた。

 それを言ったアイナ本人が何を言っているのか分からなかった。ただ、サクラの顔を見ていると自然とその言葉が浮かんできた。口にしてから、その一言の中に自分の中にある沢山の意味が込められている事に気づいた。

 この五年の歳月を思い出しながら、アイナはゆっくりと口を開いた。

「これからも一緒に……その、私と一緒に生きてくれると嬉しい」

 サクラは一瞬固まった後に、満面の笑みを浮かべて頷いた。

「こちらこそ」


 一しきり見つめあった後に、サクラが言った。

「目的は果たしましたし、そろそろ戻りましょうか?」

「あ、ちょっと待って」

 階段へと足を向けたサクラを制止して、アイナは床へと手をついた。

「アイナ様! 御気分が?」

「違うよ。ちょっと待ってね。折角ここに来たんだ。本を読んでいきたい」

 そう言って、アイナは真剣な表情で床に付けた手を見つめた。

「はあ」

 サクラは意図が分からずに生返事を返して──はたと声を上げた。

「駄目です駄目です! ここには危ない本も沢山あるんですから。ちゃんと準備をしてからでないと、本に意識を侵されますよ!」

 だがアイナは軽く首を振るだけだ。

「大丈夫。そういう防護のトラップは本を直接読まなければ大丈夫なのが多いし、知識事態に毒が混じっていても、人じゃない私なら平気なはず」

 そう言って軽くウインクを返した。

 言い返そうとしたサクラはそれに見惚れて思わず動きを止めてしまう。

 やがて大気が鳴動した。アイナが触れている床にぼんやりとした光が灯る。瞬間、まさに瞬きをする間に、その光が紐となって一気に床を駆け抜け、本棚を覆い、本を侵食し、壁を駆け上がって、広大な部屋を覆った。

 その光景に驚いているサクラの耳に、アイナの声が聞こえた。

「これを覚えれば少しは当主に近づけるのかな?」

 その言葉を合図に光の紐は空気へと解け、跡形もなく消え去った。

 何が起こったのか分かっていないサクラの前で、アイナはすっくと立ち上がり言った。

 サクラが問う。

「今、何をしたんですか?」

「うん? 本を読んだだけだけど?」

 至極当たり前のように言われて、サクラは黙り込んだ。改めて、アイナと自分が違うのだという事を思い知らされる。

「それより、サクラの言った通りだね」

「何がですか?」

「ほら、昔の実験記録。読まない方がいいって言っただろ? 確かにそうだった。意思を奪って操り人形にする薬、複数の人体を生かしたまま溶かし合わせる調度品の製法。そんなのまだ良い方で他にも……いや、とにかく人の体なんて材料にしか思ってないような人体実験ばっかりだったよ」

 心底嫌そうな顔で語るアイナだったが、やがてその顔は笑顔へと転じた。

「でも、他は面白かったし、参考になった。この辺りの歴史は興味深かったし、昔の冗談が収集された本とか、よく分からないのもあったし」

「それは何よりです」

「でも、やっぱり私が果たすべき使命がなんだかは……よく分からない」

「さっきも言いましたけど、それはあいつに聞けばいいんですよ。それよりも今度こそ戻りましょう? そろそろティータイムですよ? お菓子とお茶が逃げてしまいます」

「そうだね。行こうか」

 サクラはアイナの手を引きながら、アイナは欠伸を交えながら、二人は長く連なる螺旋階段を上って行った。

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