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アイナ  作者: 烏口泣鳴
23/32

使用人達は主人を愛す

「続きをお願い」

「あ、はい。えっとですね。後は私達──つまりこの家で働く使用人の存在についてです」

 サクラが気を取り直して、説明を始めた。

「アイナ様もお気づきになっているとは思いますが、この家の使用人達は皆人間ではありません」

「うん、まあ、皆、普段から公言してるし」

 そう言って、この家の使用人であり、幼馴染でもあるセシルの姿を思い浮かべる。彼女の外見は生まれた時から十歳の人間に相当していた。現在では実年齢五歳にして外見年齢は十五歳である。少なくとも一般的な人間とはかけ離れているだろう。

「彼女達はあの事件の際にこの土地における魔力のバランスが崩れたせいで、千切れた魔力の残滓が寄り集まってできた存在です」

「つまり、突然現れるわけか。あ、もしかして私と同じ存在なのか?」

「いえ、あのー、アイナ様も確かに生まれ方は同じなんですけど、ちょっと違うんです」

 アイナの頭に疑問符が浮かぶ。

「んーと、簡単に言うとみんなは魔力の残滓から生まれたこの土地の子供で、アイナ様は大地の子供なわけです」

「うん、わけが分からない? 大地の子供って何?」

「文献によると大地は生命体を生み出します。生き物を育むという間接的な意味ではなく、もっと直接的な言葉通り大地の子供を。それは既存の色々な生命の形をとって荒廃した土地に生まれます。そして、そこにいるだけでその土地を整える事が出来るらしいんです。世界の修理屋さんと言った所でしょうか?」

「……それが私?」

 問われたサクラは自信無く呟いた。

「……多分」

「…………」

 慌ててサクラは言い訳を添えた。

「だって、あくまで文献に載ってただけで、その土地を治すっていう効果もとてもゆっくりしたものらしくて、五年程度じゃ分かりませんし」

 やはり自信無く答えるサクラに、アイナは呆れた。

「じゃあ、なんで私の事を大地の子供って言うんだ?」

「それは、まるで世界に溶け込むような魔力を持っているからです」

「うん?」

「あの、性質の違う魔力は干渉しあうんですけど、アイナ様の魔力は周囲と性質が違うのに、まったく干渉し合っていないんです。それは文献に書かれた大地の子供が持つ性質と同じで、だから多分そうなんだろうって」

「うーん、分かった様な分からない様な……それじゃあ、みんなは違うの?」

「はい、皆はその様な性質は持っていません。だからアイナ様とこの家の使用人は全く違う存在なんです。──それに」

 そこでサクラは言いにくそうに言葉を切った。アイナは訝しげに眉を寄せる。

 やがて、サクラは目に決意を込めてはっきりと言った。

「それに、アイナ様はこの土地の外に自由に出る事が出来ますが、この家の使用人はこの土地に縛られて外に出る事ができません」

「え?」

「先ほど申し上げた通り、みんなこの土地の千切れた魔力から生まれた存在です。そして、魔力は千切れようと離れ離れにはなれません。あくまで核となる魔力の近くにしかいられないんです。ですから外に出ようとすると、まるで透明な壁が聳え立っているように、向こう側へ行く事ができないんです」

「それはどういう」

「アイナ様、みんなが外の世界を渇望している事を知っているでしょう? それは全て、この土地から出られない反動で本能的に望んでしまっているんです」

「…………」

 軽い眩暈を覚えてアイナはよろめいた。

 アイナは思い出す。この屋敷の使用人には多かれ少なかれ外への憧れがあった。幼馴染のセシルも多分に漏れず外の世界を見たいと目を輝かせていた。とても嬉しそうに。アイナはそれに対していつもこう言っていた。

 ──じゃあ、いつか皆で一緒に世界旅行にいこうね。

 真実を知った今にして、ようやくそれがどんなに残酷な事だったのかと思い知る。

「セシルは……セシルはその事を……」

「勿論知っています。かつてセシルが外に出たいと言い出した時にはっきりと伝えましたから」

 アイナは思わず目を瞑った。

「確かにセシルにとってショックな事でしたでしょう。ですけど、下手に希望を与えて、いざという時に絶望に落とすよりはマシだと思っています」

 アイナは黙りこくる。確かにサクラの言葉は正しいのだろう。だが、それを単純に正しいと割り切る事はどうしてもできなかった。

 落ち込んでしまったアイナを見かねて、サクラが取り繕う様に慰める。

「あ、あの、でも……セシルは、いえみんなもそこまで重く受け止めていませんよ? 私達が住む世界が一番だと信じていますから」

 そう言って、にっこりと心の底から幸せを感じさせる笑顔をアイナに向けた。アイナもつられそうになって、そこで気付く。

「私達?」

「はい、私達は外に出れませんけど、みんなこの世界が大好きです」

 曇りのない笑顔をアイナは真っ向から見据えた。

「なんで私達なんだ?」

 先ほどとは打って変わって、アイナは冷静な声でサクラへ問いただす。

「え?」

「なんでそこにサクラが入っているんだ?」

「だって私はこの家の使用人ですし」

 戸惑うサクラだが笑顔だけは崩さない。きっと一度に色々な事を頭に入れ過ぎて混乱しているのだろうと楽観視していた。だから少しでも安心させようとその笑顔だけは崩さない様に務めた。

 だが、その余裕は次の言葉で打ち砕かれる事になる。

「サクラは魔術で生みだされた人狼なんだろ? ならこの土地に縛り付けられる理由がないじゃないか」

 サクラの呼吸が止まった。笑顔が崩れ、驚愕のそれへと変わる。

「なんで……分かったんですか? 私がその人狼だって」

「いや、まあ、話の中で明らかにサクラが感情移入してたし、何より昔みたサクラの姿も狼だったから」

「……覚えていたんですか?」

「忘れられるか……まあ、その……ちょっとだけ怖かったし」

 突然サクラは力が抜けた様に崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。

「サクラ!」

 アイナが慌てて駆け寄った。だが、サクラはそれを手で制して自分でその状態を起こした。

 物憂げに眼を閉じながら、諦めた様に口を開く。

「大丈夫です。ちょっと緊張の糸が切れちゃって……ずっとどう誤魔化そうか、迷っていたものですから。でも、結局分かっちゃったんですね……アイナ様は逃げないんですか? 私、これでも幾つもの土地を消し去って、あなたのお父さんにこの土地に封じられた化物ですよ?」

「別に。サクラはサクラだし、何より──もし逃げるなら、五年前にサクラが本当の姿になった時に逃げてる」

「……そう……ですか。とり越し苦労だったのかな……あの時は姿だけだったけど、より深く私の事を知ったら、今度こそ本当にアイナ様に嫌われちゃう気がして……」

 ついには言葉にならず、泣き始めた。

 そんなサクラをアイナは抱きしめる。今までの五年間を──こうしていつも守ってくれたサクラとの思い出を噛みしめながら。

「もう嫌うとかそういうのは超えてるだろ。もっと私を信頼してくれ」

 アイナはより一層強く抱きしめる。

 その瞬間、サクラは顔を真っ赤にしながらアイナの手を振り払った。

 アイナがその行為に対して何かを言う前にサクラが猛烈な勢いで首を振り始めた。

「違うんです。違うんです。今のはアイナ様の余りの愛らしさが私の限界を──」

 なおも支離滅裂な事を言い重ねるサクラを、アイナは言葉で遮った。

「そういえば、なんでサクラってそうなんだ?」

「そう……とは?」

 アイナは軽く頬を染めると、消え入りそうな声で呟いた。

「んー、だから──私に優しくしてくれるというか。私の勘違いかもしれないけど、なんていうか、まあ、その過剰なまでに愛してると言うか……自意識過剰だって笑われるかもしれないけど」

「していますよ?」

 サクラの即答にアイナは目をしばたたかせた。

 驚いているアイナを見て、サクラは憤慨しながら声を荒げた。

「特別視していますよ! いまさらですか? 今までの五年間どれだけ──ああもう! 私の愛が伝わってなかったんですか?」

 早口でまくしたてるサクラに、アイナは思わず気圧された。明らかに様子がおかしい。じりじりと後ずさりながら、ふとサクラの腕を見ると、そこには針の様な毛が無数に生え始めていた。

 かつてサクラが狼へと変化した時の、自分の根源から来た様な恐怖が蘇る。

「今までずーっとずーっとアイナ様のお側でアイナ様に──アイナ様の為に生きてきたのに私のやってきた事は何一つとしてアイナ様に伝わってなかったんですか? 私が今までアイナ様を──」

「分かった! ちょっと待て! 落ち着け!」

 アイナはなおも言い募ってくるサクラを必死で押しとどめた。

 サクラもしばらく犬歯をむき出しにして荒く息を吐いていたが、やがて我を取り戻したようで、慌ててアイナから引き下がった。

「すみません、アイナ様! その不完全な魔術で生み出されたせいか、ときどき感情が暴走してしまう事が」

「……ま、まあ、気にしないよ。さっきも言った通り、もう五年も一緒だったんだ。ここまで激しく興奮されたのは五年前以来だけど」

 内心ではまだ心臓の鼓動が鳴りやんでいなかったが、サクラが変に落ち込まない様、アイナは努めて平静を装った。

 やがてアイナはサクラの言葉を噛みしめ、嬉しそうに笑った。

「まあ、でも嬉しいよ。私もサクラの事を愛してるから」

「え? ア、アイ、アイ……?」

 サクラの舌が空転した。その顔は下手なトマトよりも赤く染まっている。あまりの嬉しさにアイナを押し倒そうかと思い始めた時に、アイナの更なる言葉が耳に届いた。

「家族愛ってやつかな……変だね。私とサクラは違う生き物だって聞いたばかりなのに。少なくとも戸籍の上での家族である父さんや母さんよりも、サクラの方が……なんて言うか、家族って気がする」

「あう」

 期待が外れて悲しむべきなのか、アイナの信頼を喜ぶべきなのか分からず、泣き笑いの様な顔で立ち尽くすサクラ。その様子を訝しんで、アイナが不思議そうにサクラの顔を覗き込んだ。

 急にアイナの顔が近づいた緊張とやましい事を考えていた罪悪感でガチガチになりながら、サクラは話題のすり替えを行うべく、口を開いた。

「あ、あ、あのですね、それにもちゃんとした理由があるんです。アイナ様とあいつに対して特別な感情を抱いてしまう理由が!」

「私と父さんに?」

「はい! 前にも言った通り、私を生んだ魔術はそれを行った者の怨念によって引き起こされたらしいんです。その仮説が正しければ、その生み出された私もその怨念に影響されて、怨念の対象──つまり計画を阻止したあいつを嫌悪してしまうってわけです」

「なるほど。で、私の方は」

「私を生んだ魔術は伝承の中に出てくる化け物を喚び出すものです。そしてその化け物は伝承だと大地に還った世界の負が世界を滅ぼす為に具現化したものだって言われているんです。似ていると言えば似ているでしょう? まあ、世界に対するスタンスが真逆なわけですけど」

「つまり…………私達は姉妹みたいなものだって事か? ならサクラに家族の念を感じるのは必然なわけか」

「し、姉妹……」

「どうした、サクラ」

「いえ、姉妹っていいなぁと思いまして」

 白い眼を向けながら、アイナはぽつりと呟いた。

「…………サクラお姉ちゃん」

「はう」

 どさりと満面の笑みを浮かべたサクラが地面へと崩れ落ちた。

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