お城の中のお姫様
あるところに小さなお姫様がいました。お姫様のご両親はすでに亡くなっていて、お姫様は一人ぼっちでした。町の人々はお姫様を気の毒に思って、身の回りのお世話をしたり、プレゼントをあげたり、もよおし物を開いたりして元気づけようとしました。しかし、日が出ているうちは楽しくても、夜になると途端に寂しくなってしまうので、お姫様の心は沈むばかりでした。毎日毎日夜になると悲しくなってしまいますが、ご両親と約束をしたので涙だけは決して流しませんでした。
あるところに一人の男の子がいました。彼は三人しかいない小さなサーカス団の一人で、鞭をふるい動物をあやつることが得意でした。サーカス団は色々なところを回っていて、今はお姫様を元気づけるために、とある町に呼ばれていました。
サーカスが終わったあとに、町の人たちは男の子にお姫様に会ってくれるようお願いしました。男の子の年がお姫様の年と同じくらいだったからです。
男の子はかんきゃく席にいたお姫様のことを、一目みて好きになったので会うことに決めました。
男の子がお城につくと、そこにはさびしそうにしているお姫様がいました。
男の子はお姫様を楽しませようと、話し相手になることにしました。男の子はいままで回ってきた世界中のようすをお姫様に話しました。治める土地から外に出たことのないお姫様にとってその話はとてもめずらしく、時間をわすれてしまうほどでした。
お姫様は男の子のことをうらやましいと思いました。お姫様がそのことを男の子に言うと男の子は笑ってうなずきました。
「うん、ぼくは外の世界を見るために住んでいた村をとびだしたんだ。きみも外が見たいなら、ここを出てぼくといっしょに世界を見に行こうよ」
「わたしはお姫様だからここから出られないの」
それを聞いて男の子は困ってしまいました。なぜなら男の子はお姫様といっしょにいたいという心と世界を見て回りたいという心と、二つの心をもっていたからです。
でも男の子は、お姫様は高いご身分なので、自分といっしょにくらすようなことはないだろうと思いました。だからせめてこれからもお姫様に会うことができるように、こう言いました。
「ならぼくがきみのぶんまで外の世界を見てくるよ。そしてここにもどってきて、いろいろな国の話を聞かせてあげるよ」
男の子のことばを聞いて、お姫様は悲しく思いました。男の子とずっといっしょにいたいと思っていたのに、そうすることができないとわかったからです。それでも男の子が自分に会いにきてくれるというのがうれしくてお姫様はにっこりと笑いました。
お姫様が笑ってくれたので、男の子もうれしくなって、いろいろな国の話をつづけました。
男の子の話は夜になって二人が寝てしまうまでつづいて、夜がいつもさびしかったお姫様もその夜だけはぜんぜんさびしくありませんでした。
次の日の朝、お姫様は男の子をお城のあるところへつれていきました。そこにはたくさんの本がありました。お姫様にとってそこにある本はむずかしくてよく分かりませんでしたが、男の子は分かるようでおどろいたようすで本をよみはじめました。
それはまほうについて書かれた本でした。男の子はサーカス団の人にまほうについて教わっていたのでその本を読むことができたのです。
男の子がきょうみをもったことを嬉しく思ってお姫様は言いました。
「ここはひみつのへやなの」
そこは生きていたころのご両親が「ぜったいにほかの人におしえてはいけない」といっておしえてもらったひみつの部屋でした。ほんとうは男の子にもひみつにしなくてはいけないのですが、お姫様はいろいろなことを知っている男の子にこの部屋のことも知ってもらいたいと思いました。そうすればきっと自分のことも気にしてもらえると思ったのです。
いっしょにいることができないなら、せめてずっとわすれないでほしいと思ったのです。
やがて男の子はお城を出ることになりました。またべつの国にいかなければならないのです。
お姫様はとても悲しく思いましたが、ひきとめたりはせずに笑顔で見送りました。
男の子はお城を出るとサーカス団がとまっている宿へといきました。
男の子が宿につくとサーカス団の二人がけんかをしていました。男の子が帰ってきたことにきづいた二人はけんかをやめましたが、そのうちの一人が変なことを聞いてきました。
「お城の中にまほうの本はなかったかい?」
するともう一人が口をふさごうとしてまたけんかになりました。
男の子はしばらく考えて、お姫様に教えてもらったひみつの部屋のことを思い出しました。
「そういえば、お城の地下の部屋にまほうについて書かれた本があったよ」
すると変なことを聞いてきた男が部屋の外へと走っていってしまいました。
部屋にのこったもう片方の男が男の子に言います。
「あいつは城にあると伝えられる古の魔術書を狙ってやがったんだ。もし伝説が本当なら大変な事になるぞ。お前もついてこい。あいつを止めるんだ」
言っていることはよく分かりませんでしたが、男の子は言われるままについていきました。
お城のひみつの部屋にいくと、そこにはおそろしい顔で本をよむ男と床に倒れたお姫様がいました。
「遅かったな! これから俺が世界を変えてやる! そこで大人しく見てるといい!」
男はそう言って足もとのお姫様を男の子の方へけりとばしました。
三人の前で男はじゅもんをとなえながら、ふしぎな絵を描きはじめました。
その絵はじゅもんにあわせておどるようにゆらめいて、やがて一つの大きな動物の絵に変わりはじめました。
本を読んだ男の子は、その絵ができあがるとこの世界をほろぼしてしまうおそろしいまものが生まれるということを知っていました。そしてそれをふせぐためのかぎがお姫様のくびにかかっているくびかざりだということを知っていました。
男の子は倒れているお姫様をだきおこしました。
そのからだはとてもつめたくなっていました。まほうをつかうためには人のいのちがひつようで、お姫様は男によっていのちをうばわれてしまっていたのです。
お姫様はもう声を出すこともできませんでした。
「ごめん、ぼくのせいでこんな」
お姫様は首をふってなにか言おうとしましたが、声を出すことができませんでした。
「それからもう一つごめん。あの人を止めるためにきみのくびかざりを使わせてもらう」
お姫様はうなずいてなにか言おうとしましたが、声を出すことができませんでした。
男の子はお姫様からくびかざりをそっとはずすと、かたくにぎりりしめてじゅもんをとなえつづける男をにらみつけました。
男はまるで気にしたようすがなく、じゅもんをとなえつづけています。動物の絵はもうできあがりそうでした。
男の子は意を決して男へとかけだします。
そこで男はようやく男の子を一瞥すると、本を持っていない方の手をふりあげてまほうを使いました。するとどこからともなく生まれたはりが男の子へとふりそそぎました。
男の子はおどろいてよけようとしましたがまにあいません。おもわず目をつぶってかくごしました。
しかしはりは男の子にささりませんでした。
もう一人の男が両手をかざしてそれをうけとめたのです。
「いけ!」
男の子はふたたび走り出しました。
じゅもんをとなえる男はあわててまほうを使おうとしましたが、それよりもはやく男の子はくびかざりを、まだできあがっていない動物の絵におしつけました。
するとすこしずつかわっていた動物の絵はとまり、ただの描きかけの動物の絵になってしまいました。
男はいかりながら男の子をにらみましたが、その前にもう一人の男が立ちはだかりました。
二人はにらみ合っていましたが、やがて男は逃げていきました。
男の子はお姫様をたすけおこして、くびかざりをそっとかけてあげました。
まほうがとめられたので、お姫様のからだにはいのちがもどっていました。
それでもよわよわしくうなだれるお姫様をだきかかえて、男の子は守ってあげなければと思いました。
男の子はお姫様に言いました。
「ぼくはきみとずっといっしょにくらしたい」
お姫様は泣きながらうなずきました。
そうして男の子とお姫様はけっこんしてすえながくくらしましたとさ。
めでたしめでたし。
☆ ☆ ☆
「ちょっと待て! ところどころ、特に最後のほうは思いっきり端折っただろ!」
「ええ、字数の問題で少し……」
「なんだそれ! てか、まず今の話は何が言いたかったのか分からない! なんだか御伽話っぽい語りだったし!」
なおも怒りの収まらないアイナに、サクラはそっと溜息をついた。
「といっても、この事件が起きた時、私はまだ生まれてませんでしたので、聞きかじりのお話でして。やはり伝聞の形であれば御伽話的なノリが一番かなぁと……」
「……まあいいや。なんとなく分かったから。つまりそのお姫様が母さんで、男の子は父さんなんだろ?」
「ええ、その通りです」
「それで母さんが不用意にこの場所の秘密を漏らし、父さんも同じように秘密を漏らしたから、ちょっと世界の危機に陥ったって事だろ?」
「いえ、奥様の方は不用意というか……愛故といいますか……それに世界の危機はちょっとどころではなかったのですが……」
「どんな理由があろうと不用意には違いないだろ。世界が滅びた理由が愛なんてものに固執した結果だなんて、三流映画じゃないか。それからサクラの話だと世界の危機っていうのが全く実感できなかったんだけど」
「愛とは尊いものですよ、アイナ様。あと、世界の危機はホントに大変だったのです」
「……私には世界を滅ぼす理由にはならないと思うけどね。ついでに世界の危機は描写が伴ってないと思う。こう、城の一つでも倒壊するとか、少なくともそれくらいは欲しかったかな」
「…………描写と言われても起こった出来事をそのまま話しただけですし」
「多少の脚色を加えれば──」
「もしかしてからかってます?」
「多少」
「とても重要な話だったんですけど……」
「だから──サクラの話からじゃそれが伝わってこないんだ。まるで実感がわかない」
「…………」
「ていうか、さっきの話は表面をなぞっただけで、その事件の本質には何も触れてないだろ? この期に及んで何を隠してるんだ」
「……よくぞ見破りました。我こそが悪の大ま──」
「言いたくない事なら言わなくてもいいけど、出来れば教えてほしい。私とサクラは家族だろう?」
「…………ふう、分かりました。元より隠すつもりはありませんでしたが」
「嘘つけ」
「──お話しましょう。先程の話の補足になりますが」
☆ ☆ ☆
「連絡が入った。予定通り明日決行する」
闇の中で了承の声が重なった。
静かなその雰囲気に、改めてこの町を、いやこの閉ざされた世界を滅ぼすという実感が沸き上がってきた。
外に広がる寝静まった町並みも、これで見納めかと思うと妙な気分になる。仕事の度に幾度も味わってきた感覚だが、この違和感だけはいつまでたっても拭いきれない。
「以上だ。各員に連絡を済ませ、後は予定通りに」
再び声が重なり、集まっていた部下達が音も立てずに外へと散った。
世界の終りはひたりひたりと歩み寄って来ていた。




