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アイナ  作者: 烏口泣鳴
19/32

秘密の部屋へ

 部屋全体を包み込む様な震動がアイナの体を震わせた。

 そこは地下の一室。雑然とガラクタに埋もれた物置の壁が、重厚な震えをあげながら開きつつあった。

 陰気な湿気に満ちたその部屋は、しかし埃がたつ事はなく、常に清掃されている事がうかがえる。あえて使われていない雰囲気を作っているようだ。

 素直な驚きと純粋な好奇心を混じらせながら、アイナは後ろを振り返る。

 そこには人形のお腹に張られたプレート型のスイッチに手をかざす、サクラの姿があった。

 サクラはアイナが見ている事に気づき、笑ってみせる。

「驚かれましたか、アイナ様」

 アイナは頷いた。

 事実その部屋を、アイナはただの物置だと思い込んでいた。今までに何度かこの部屋に出入りしたが、一度もこの仕掛けに気づいた事はなかった。

「そうでしょう。この部屋に注意がいかない様、魔術で細工を施してありますから。気付かないのも当然です」

 サクラはプレートから手を離し、今なお開き続けている壁へと歩み寄った。

「この壁も、この先にある隠し通路、隠し部屋の壁も全て魔術によって強化してあります。当然、ただの物理的な衝撃に対しては相当の耐久性を持っています。小さな隕石が落ちた程度であればかすり傷も負わないのではないでしょうか」

 サクラは拳を振り上げて震えを上げる壁を思いっきりぶん殴った。

 すると壁の一部がまるでこぼれやすいクッキーの様に、ボロリと剥がれ落ちた。

「……壊れたみたいだけど?」

 アイナの疑うような視線を受けて、サクラは冷や汗をかきながら笑った。

「ち、違いますよ、アイナ様。叩いた所を良く見てください。確かに表面ははがれましたけど、その奥は傷がついてないでしょう? 普通の壁でしたら今ので壁一面が粉々になっている所ですわ」

 アイナが近づいて見てみると、確かに剥がれたのは表面だけで、その奥の壁は無傷の状態だった。サクラの言ったとおり二層に分かれているのだろう。表面の剥がれ方もあまりにも綺麗すぎた。

 だが、一つ疑問が浮かぶ。

「なんでわざわざ脆い壁を被せてるんだ? 固い壁だけがあればいいだろうに」

 アイナの言葉になぜかサクラは首をかしげた。

「あれ? お気づきになられませんでした?」

「何に?」

「剥がれた壁とその奥の壁をよく見てください。何か気付きませんか?」

 言われて注意深く壁を探ってみたが、特筆すべき相違はなかった。

「全く分からないんだけど、正解を言って欲しいなぁ」

 アイナが分からない事に納得がいかないのか、訝しげな表情を浮かべながら、サクラは足もとに落ちている剥がれた壁を拾い上げた。

「正解を申し上げますと、この壁は周りの魔力を吸い上げているんです。強度を魔術で上げた方の壁は魔力の流れを生んでしまい、隠す事に適していないんです」

「あーっと、つまり、奥の壁をその弱い方の壁で覆って隠してるって事?」

「はい、そういう事です」

 アイナはしばし考えた後に、もう一つ疑問を口にした。

「隠すとか以前に、まず魔力の流れなんて分かるの?」

「それなりの機材か技術を使えば……でも、そんなのなくてもアイナ様は分かると思うんですけど」

「魔術に精通しているわけでもない私が分かるわけないだろ」

 アイナは呆れた様子でサクラを睨んだ。サクラは往々にしてアイナへ過大な期待を寄せる。それが行き過ぎると時にとんでもない事を要求してくるので、アイナにとって悩みの種だった。

 対して、サクラは拗ねた様にアイナを上目づかいに見つめた。

「ですが、昔外界との境へと行った時、アイナ様は境界の中と外では空気が違うっておっしゃっていたじゃないですか。それはつまり、魔力の流れを見れるって事じゃないかと思うんですけど……」

「空気と魔力の流れって全然別モノだろ」

「言われてみればそんな気もしますけど…………すみません」

 しゅんとなって、頭を垂れるサクラにアイナは苦笑した。

「別にいいよ。大体私が見えているものは私でも詳しくは説明ができないし。感覚的なものだから」

 それよりと前置きたし上で、アイナは話を本題へと戻す。

「強度を上げた壁で、その上それと分からぬようにしてまで、一体何を隠し、守っているんだい? まあ、話の流れから、この家にまつわる大事なお宝らしいってのは想像がつくけど」

「んー、どっちにしても後で説明しますけど──」

「別に教えるなら今教えてくれても一緒だろ? 気になるんだ」

 その時、一際大きい音を立てて、部屋の震動が止まった。既に部屋の一面は消えうせて、代わりに下へと降りる階段が続いていた。

「それでは降りながら説明しましょう」

 そう言ってサクラは階段をおり始めた。

 アイナもそれに続いて足を踏み入れる。

 階段はいわゆる螺旋階段で上下左右が壁で囲まれているため、どれくらいの深さなのかは分からなかった。

 ゆっくりとした足取りで歩くサクラに続きながら、アイナは急かすように問いかけた。

「それで? この下には何があるんだい?」

「その前に成り立ちから説明しておきましょう。

 まず、前提としてこの城には沢山の隠し通路や隠し部屋があります。おそらく私達がまだ知らず、未だにその存在が隠されているものもあるでしょう。

 その中で、後世にその存在が伝わっているのは五つだけです。隠すにもそれなりの理由がありますから、作った当人が自分の心にしまったまま他界する事は少なくありませんでしたし、使われないものは当然忘れられていきますから。

 その知らされている内の一つが、城が建てられた時、つまり最も初めに造られた、外界への脱出路です。城を造るほどの権力を有し、絶頂にいたその時の当主が襲撃を恐れて造った一つの脱出路です」

「なるほど。何かの本で読んだ事があるよ。攻め滅ぼされそうになった時、王子と忠臣が落ち延びたりする様な奴だろ?」

「ええ、まさにそれです。後知られていたものは、他にも外部からの物資の輸送する為の道と、地下水脈から飲み水を確保する為の道といった生活に役立つ実用的な二つの隠し通路です。今は使っていませんが、当時は重宝したことでしょう」

「これで三つだね」

「はい、後はクローゼットを運ぶ為の道です」

「ちょっと待て。クローゼットを運ぶ為っていうのは?」

「えっと、確か改築の際にクローゼットを他の部屋へ持ち運ぶのが面倒だったから作られたという、貨車に載せて輸送できる様に緩やかな坂になっている道だったはずです。そのクローゼットは本当に大きなもので、人四人分の高さを持っていたと聞きます。確かに運ぶのは面倒でしょう。廊下にもつかえてしまいますし。その為に部屋から部屋へとつなぐ通路が必要だったわけです」

 アイナが呆れた様に肩をすくめた。

「そんなの隠す必要ないだろう」

「ええ、むしろ隠す必要が無かったからこそ、隠される事なく後世に伝わったわけです。

 実際の所、それは意図的に隠されたものではありません。そこには空間を歪曲する形で部屋と部屋を結ぶという屈指の技術が使用されているのですが、その技術が危険な為に決まった人間しか入る事が出来ない様にされていて、結果的に隠し通路の様相を呈しているだけです。ちなみに、もう作られてから二百年位経っていて、その通路へ入る為の方法が分からず、そこにある事は分かっているのに、入る事はできません。アイナ様がいくら入りたいと思っても決して入る事はできないのです」

「誰が入るか!」

 アイナの怒気にサクラは残念そうに呟いた。

「面白そうなのに……」

「その話はいいよ。続きは?」

「最後の一つはこれから行くところですね。それについてはまた後でという事で」

「…………ケチ」

「……えっとですね。知られていたのはそれだけですが、今はもっと多くの隠し通路、隠し部屋の存在が確認されています。今代の当主が──つっても今朝見たばかりのアレですが──それがそういった隠された空間をかなりの数探し出したんです」

「へえ、父さんがねぇ」

「あいつはそういった人が隠したいものを目ざとく見つける嫌なやつなんです」

「まあ、否定はしない。続きは?」

「あ、えっと、通路に関しては道があるだけで、それが何に使われていたのかはほとんど分からないんですけど、部屋は用途によってはものが置いてあったりして大体の用途を知る事ができました。それで、隠し部屋のほとんどは何かを保管するような場所だったようです。一種の金庫と言いましょうか。価値の高い骨董品や、その当時の当主が収集していたガラクタ、ワインセラーなんかもありました。それ以外の用途だと愛人が隠れる為の小部屋や、実験場なんかもありますね。全てが分かったわけではなく、何に使われていたのか分からない部屋も多いです」

 指折り数えて挙げられていくサクラの言葉の中にアイナは引っかかりを感じた。思わず目を険しくさせて問いただす。

「その実験場っていうのは?」

 サクラは軽く目を伏せて声音を下げる。

「恐らくアイナ様がお察しの通り、知られれば世間から唾を吐きかけられる様な非人道的な実験を行っていた場所です。発見した当時は変形した人体が腐る事もできずにそこらへんに転がっていたりと酷い有様でした」

「これから行くところも……まさか……」

 アイナはほとんど睨むようにサクラを見つめた。サクラが悪いわけではない事は分かっていたが、内容の酷さに自然と目が吊りあがってしまう事は防ぎようがない。

 そんなアイナの疑念をサクラは即座に否定した。

「いえ、まさか。これから行く場所は違います。危険な実験場だとかそういった事はないです」

「そうか……それなら──」

 アイナが漏らす安堵の吐息を遮る様に、サクラは言葉を重ねた。

「ですが、アイナ様…………」

 前言を撤回するかの様な言葉にアイナの身が強張った。

 非人道的な実験を行っていたなどという吐き気を催す様な事実が、喜び勇んで知ろうとしていたこの家の秘密だなどとは思いたくなかった。

 震える吐息を吐きながら、アイナはおぼつかない思考が生みだした曖昧な言葉を口にした。

「……だってさっきは違うって……実験とかはしてないって……」

「ええ、そういった事はしていません。他者の苦痛をもって利益を得る様な物では決して……しかし、先ほどまで話していたのは何十年、何百年という昔の話でしたが、これから話す事はつい十数年前の、今の当主に関わる身近な話ですから……」

「……同じ話でもよりショックを受ける?」

「いえ、決して同じ話ではないのですが、あまり良い事ではありませんので……」

「もういいよ」

 どうにも歯切れの悪いサクラの言葉をアイナは打ち切った。

 サクラが不安げにこちらへ視線を向けてくる。

 アイナは無理やり笑顔を浮かべて、サクラが安堵するよう努めた。

「分かった。まさか父さんがそんな酷い事をしてるはずがないからね。信じるよ」

 サクラは一瞬呆けたように固まっていたが、やがて思い出したように笑ってこう言った。

「アレの事を信じる必要はありません。アイツは十分酷いやつですので」

 いつも通りのあんまりな言い方にアイナは吹き出した。

「分かった。それじゃあ、サクラだけ信じるよ。何があろうと、何が起ころうと私はサクラを信じ続けるよ」

 アイナの信頼を得ている事に狂喜乱舞したくなる心を抑えて、サクラは恭しく一礼をした。

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