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アイナ  作者: 烏口泣鳴
14/32

祭りはいつだって華やかに涙ぐましく

「お祭りってどういうの?」

 村へと向かう馬車の中でアイナは両脇に座る二人の使用人に尋ねた。

「どういった? そうですねぇ……」

 尋ねられた二人の内、サクラは思案気に顔を伏せる。そして、もう片方のセシルは特に考える事もなく、思いついた事をそのまま言葉にした。

「歌ったり踊ったりしてみんなが楽しむの!」

「歌ったり踊ったり? って、何?」

 元気良く返された答えに、アイナは首を捻る。

「音楽に言葉を乗せるのが歌で、音楽に体を乗せるのが踊り!」

「音楽に……乗せる?」

 ますます混乱するアイナに、サクラが横から口を挟む。

「アイナ様、間違っていますので、あまり本気にしませんように」

「あってるよー!」

 セシルが反論を口にするが、サクラはそれをぴしゃりと押さえつけた。

「あまり適当な事をアイナ様に吹き込まない様に!」

「でもでも、今日のお祭りは歌ったり踊ったりして騒ぐんでしょ? みんなに聞いたもん」

「まあ、一応そうですが……」

「ほらー! 私の勝ちー!」

 狭い車内の中で諸手を挙げてはしゃぐセシルを見て、サクラは溜息を吐いた。

「勝ち負けの問題では無いでしょう……」

 その時、黙って二人のやり取りを見ていたアイナが、サクラの着るドレスの袖口をおずおずと引っ張った。

「あの……結局、お祭りはどういうの?」

「え? あ! すみません、アイナ様。お祭りというのはですね……」

 サクラは慌てて向きなおり、説明をしようとするが、その言葉は途中で途切れる事となった。うまく祭りを説明する言葉が思いつかなかったのだ。

「うーんと…………」

 考え込み始めたサクラを見て、アイナは自分が難しい質問をしてしまったのだと察した。すぐさま訂正の言葉を紡ぐ。祭りの意味については後で記録にでも問い合わせればいい。今はそんな事が知りたいのではない。

「違う。えっと、お祭りの事を知りたいんじゃない」

「え?」

「その、私はお祭りで何かしなくちゃいけないのかなと思って」

 アイナの心配そうな言葉に、一拍の間を置いてサクラは納得した。

 アイナはまだ感情をうまく出せないので分かりにくいが、いつもとは違った雰囲気の中で、しかも自分が何かしなければならない状況に緊張しているのだろう。

 アイナが自分を頼ってくれる事が嬉しくて、サクラは胸を弾ませる。

「大丈夫ですよ、アイナ様!」

 サクラは胸の前に拳を掲げながら、声を張り上げた。

 ──これはチャンスだ! アイナ様の尊敬を一身に受ける為のチャンスだ!

 心の内に闘魂の炎を滾らせながら、サクラはアイナの目を見据えた。自分を見つめてくる眼差し。そこに込められた期待と信頼に喜びを覚えつつ、同時にそれを裏切ってはならないという使命感が沸き上がった。

 人に擬態する為だけの、役目を果たさない偽りの心臓が早鐘の如く鳴り響く。珍しく本気で緊張している自分に苦笑しつつ、やがて決意と共に口を開いた。

「安心してください。この祭りは──」

 サクラが笑いかけながら、アイナを励まそうとしたその時、

「そうそう! 今回は挨拶するだけだからね! 適当にやってれば大丈夫!」

 サクラが続けようとした言葉を引き取る形でセシルがアイナを励ました。

 サクラは思わずセシルの方へと首を捻じ曲げた。

「……大丈夫かな?」

「うん。ちょっと挨拶するだけだからね。そういう勉強はちゃんとやったでしょ? だから大丈夫!」

「……そっか」

 セシルの励ましの言葉にアイナは小さく笑った。心の底から安堵しているそんな表情だ。

「ありがとう、セシル」

 アイナが礼を言った。サクラが望んでいた言葉だ。しかし、その言葉はサクラに向けられたものではない。

 アイナが敬意のこもった眼差しを向けている。しかし、その視線の先にサクラはいない。

 アイナの体はセシルの方へ。背を向けられたサクラは二人の間に入れない。絶望的な隔絶の果てに、深い失望が鎌首をもたげた。だが、アイナもセシルもそんなサクラに気づくことなく盛り上がっている。サクラへと向けられる視線はどこにもない。

 それに気づいた瞬間、サクラはドレスを翻して、狭い車内を舞っていた。

「よくもアイナ様の信頼をっ!」

 雄叫びと共にサクラはアイナを超えてセシルへと着地する。

 突如のしかかられたセシルは成す術もなく倒れこみ、そのまま口を限界まで横に引っ張られた。

「いひゃあああい!」

 セシルは必死で振りほどこうと暴れまわるが、サクラは離さない。

「よくもよくもよくもよくもーっ!」

 狭苦しい車内で延々ともつれ合う二人をアイナはどうする事も出来ずに眺め続けた。


   ☆ ☆ ☆


 サクラ達が会場に着いた瞬間、地を揺るがすほどの歓声が沸き上がった。

 その歓声を、そして目の前に広がる光景を見て、サクラは絶句した。

「これがお祭り?」

 横から掛けられたアイナの言葉にも反応せず、ただ目の前に広がる信じられない光景に目を奪われていた。

 目の前にはアイナの到着を待ち望んでいた群衆がいた。会場にはまるで有名人に群がるファンの様な、異常な熱気に包まれた群衆が待ち受けていたのだ。

 アイナの到着に色めき立つ事自体は何の問題もない。祭りの最初に行われる式典ではアイナの紹介がメインなのだ。むしろ関心を持っていてもらわなけれが困る。

 だが、サクラが望み、そして予想していたのは、次期領主に対する期待と興味、そして式典の荘厳な雰囲気が混ざり合った、包み込む様な静かな感情だ。

 しかし、それは大きく外れていた。まるで大衆音楽のコンサート前の様な異常な熱気に包まれている目の前の光景は完全に予想外だった。

 何故こんなことに?

 その答えを探して視線を巡らせると、それはすぐに見つかった。

 群衆の向こう、ステージに立つ一人の男。権限の無い形だけのものだが、それでもこの一帯を統治している領主がそこにいた。

 計画の段階で設計されていた粛然とした舞台ではなく、仰々しいライトアップの用意がされた、ライブ会場の様なステージの上に、その男はマイクを持って立っていた。

 サクラは即座にこの状況がステージに立つ男によって作り出されたものだと理解し、奥歯をかみしめた。

「なんとかしないと……」

 すぐさま思考を切り替え、目の前の状況に対処する事にした。

 目の前に広がる群衆は今のところ離れた場所でアイナを見ているだけだが、誰かが口火を切ればすぐさま駆け寄ってきそうなほどヒートアップしている。

 もしそうなれば会場はただ事では済むまい。かなりまずい状況だ。

「とにかくあの馬鹿の所まで行って事態の説明をしてもらわなければならないのですが……」

 どんな物事でも潰すなら大本を叩かなければならない。今回で言うならステージの上に立っている男だ。

 ただ、目の前にいる群衆が少し邪魔だった。

 広範囲に広がっている為、回り込むのは時間がかかる。

 といって、かき分けて行くには必要以上の熱気が危険すぎる。

 あるいは、アイナを抱えて上を飛び越そうとすると、折角セットしたアイナの髪形や服装が乱れてしまう。

 終いには会場にいる群衆を跳ね飛ばしていこうなどと考えていると、突然壇上の男が手を挙げた。

 その瞬間、まるでモーゼの杖を受けた海の様に、会場にいる群衆が真っ二つに割れ、サクラ達のいる場所からステージまでの道が出来上がった。

 ステージの上を見ると、男が手招きをしている。どうやら来いという事らしい。

 サクラが進んでもいいものか迷っていると、先にアイナが足を踏み出し割れた道へと進み始めた。

 慌ててサクラもそれに付き従った。

 アイナが群衆の間を進む中、サクラはアイナが襲われない様に目を光らせる。だが、異様な熱気に反して群衆は誰一人動くことなく、アイナの進行を見守り続けていた。

 そのまま何も起きることなく、二人は男の元に着いた。

 男は舞台裏へと下がり、二人もそれに付き従った。

 歓声が一段低くなり、人々の目から外れた裏側で、男は満面の笑みとともに、

「やあ、アイナ。ドレスは気に入ってくれたかな? 予想はしていたけど、素晴らしいね。そのドレスは──ごふっ」

 アイナを誉めようとして、その途中でサクラの拳によって吹っ飛ばされた。

「やあ、じゃありません! これは──この会場は一体どういうことですか? 予定と全く違うでしょう。 説明なさい!」

 地面に打ち付けられて倒れた男へとサクラは詰め寄った。

 サクラの気迫に死を感じたのか、男は手で壁を作りながら後ずさった。

「いや、こっちの方が盛り上がると思って!」

「盛り上がりの方向がひどすぎます!」

 サクラはピシャリと言い放った。

「アイナ様の、次期領主の顔見せの場なんですよ? もっと威厳のある場でなければならないでしょう!」

「いや、でも、なんというか、アイナには地域密着型の、皆の領主みたいな感じを目指して欲しいなぁと……」

「それにしても限度があります! アイナ様は見世物じゃないんです! アイドルにでも仕立て上げるおつもりですか?」

「……でも…………」

 困り果てる男に救い船を出すように、男の後ろから女性が現れた。

「いーんじゃない? それでも」

「奥様!」

「アイナがそれを望むなら私は構わないと思うわ。あなたがアイナの事を大事に思っているのはよーく知っているわ。でも、例えあなたであろうとアイナの自由を奪うことは許さないわよ?」

 にこりとした笑顔から発せられる凄みにサクラは二の句が継げなくなった。

「アイナだって皆と仲良くしたいよねぇ?」

 アイナはしばし考えてから頷いた。

「うん」

 それを見て女性は微笑んだ。

「ほらね? アイナが仲良くしたいって言っているんだからそれでいいじゃない。きっと皆と仲良くなれるわよ?」

 サクラはアイナを一瞥してから、絞り出す様な声で最後の抵抗を試みた。

「ずるいです。アイナ様は事をしっかりと理解していません」

 だが、ようやく立ち直った男がそれを打ち砕く。

「だから大人が導かなくちゃいけないんだよ。子供が理解する必要はない。子供が何かを望んだらそこに導く為に大人がいるんだから」

 そう言うと、男はアイナの手を引いた。

「さあ、行こうか。皆の人気者になれるぞー」

「人気者?」

「つまり、友達が一杯できるって事さ」

「友達って楽しいの友達?」

「…………多分それ」

「行く! 友達貰いたい!」

 友達という言葉に反応して本当に嬉しそうに笑うアイナを見た瞬間、サクラは自分の考えが間違っていた事を知った。必要以上に領主という立場をアイナへ押しつけていたのだ。

 自分がアイナの障害になっていた事実に、目の前が滲み始める。

 項垂れて下を向いた視界にアイナが映った。

 覗き込んでくるアイナの顔は涙で滲んでぼやけているが、それでもはっきりと笑っていた。

「サクラも! 一緒に友達貰おう!」

 抑えつける枷となっていた自分にも笑いかけてくれるアイナを見て、感謝と申し訳なさと恥ずかしさが混ざり合って、サクラの目から涙が堰を切って流れ始めた。

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