水底から
私の返事は届いたかな?
あなたならきっとわかってくれるわね。
この泡粒は私だってことを。
私ははるかな高みに揺らめく水面に向かって手を差しのばす。
指先からいくつもの泡粒たちが離れ、私の思いを乗せてゆらゆらゆらゆらと懸命に上っていく。
私自身はどうしてもこの湖底を離れることができない。
不思議な力が私を生かしているけれど、私は永遠の虜囚。
水草の一本も無い岩と白砂だけの暗くて寂しいこの場所に、私はひとりぼっち。
でも、たったひとつ、あなたの光の矢だけが私を慰めてくれる。
あなたを思って正気でいられる。
あなたの顔も名前ももはや忘れ果てていても、不確かなあなたの面影にすがりつつ、ともすると冷えて
いく私の心をあなたの記憶で暖める。
冷たく冴えた湖底に散らばるあなたの光の矢を私は拾い集める。
あなたの光の矢は闇夜を照らす松明のよう。
松明ほど明るくはないけれど、いつまでもほのかな明るさを失わない。
いつまでも光を失わない光の矢は、いつまでも私の心を暖めてくれる。
私はその矢をそっと胸に抱きしめる。
光の矢に宿るあなたの思いは優しく私の胸を暖めて、私の胸もほのかに暖かくなるけれど、時に焦げそ
うなほど熱くなるのは私のせい?それともあなたの光の矢?
どちらにしても私は嬉しいの。
嬉しくなって私はぎゅっと光の矢を抱きしめる。
わかるかな、私の泡には違いがあるって。
手を早く動かすと細かくなって、まあるく動かすと大きくなるの。
出したり止めたり、あなたの光の矢が水面を破って静かに沈んで来るたびに、私の手は素早く動く。
あなたならきっとわかってくれるでしょう。
私はため息をつきながら岩の上に腰を下ろす。
そして、あなたの光の矢が降って来るのをじっと待つ。
ぼんやりと、揺らめく水面を見つめる私の目からは涙は流れない。
流れるそばから私の涙は冷たい水と溶け合って、どれが涙なのか水なのか。
私はうつむいてしまう。そしてハッと顔を上げる。
喜びは一瞬。虚しさが取って替わる。
私は耐えられなくなるけれど、どうしようもない。
だって‥だって、私は上れないもの‥。