湖畔にて
鏡のような湖面を滑ってくる風に耳をすまし、僕は微かな音も見逃すまいと
目をつぶって集中した。小さく弾けるような音を耳にしたと思って目を開け
ると、果たして小さな泡が途切れることなく湖面に浮かび、小さく弾けて
さざ波を立てていた。大きな泡も浮かんできて、大きく揺らす。
僕の心の湖面にも喜びが浮かんであふれていく。同時にほっとする思いで心
を撫で下ろす。
きみはまだ生きているんだね。そこにいるのかい?
僕は手に持っている光の矢に切なる思いを込め、湖面の静寂を乱さないよう
気をつけながらそっと投げ込む。
上がってくる泡粒が多くなったような気がする。
僕の心は喜びで満潮になってしまった。あふれる思いできみの名を呼ぶ。
呼ぼうとするが、僕の唇から大切なきみの名を放つことができない。
半開きにした口をわななかせ、僕はついに口を閉じてしまう。
きみの名は、湖面を覆う白い霧のように、見通せない霧の記憶の彼方にある。
必死に君の顔を思い出そうとするが、それもまた朧な霞の記憶。ただ、忘れて
はならない、絶対に忘れるなという僕の心の奥の叫びが、きみの存在を暖かな
思いとともに繋ぎとめている。
僕はまた光の矢を投げ入れ、返ってくる泡粒に聞き耳を立てる。
悠久の時間を過ごした後、僕は踵を返す。
また来るからねと心の中で呼びかけなから。
十年ぶりぐらいで書いた二度目の小説です。
ひょんなきっかけで一週間ぐらいで書き上げました。
我ながらびっくりです。
少しでも皆様の心を熱くできれば幸いです。