旅は道ずれ
手綱ってなんでしょう………どうしてこうなった!!
普段ならば夜の静寂が支配しゆっくりと朝の日の出を待つだけの村が、今日はどういう訳か篝火を焚きそれを目印にするように村の全ての人間が集まり異様な熱気と狂気を放っていた。
そして中心には手足を縛られ吊されご丁寧に鳥籠のような物に入れられた巫女が二人自分を囲む人間を観察しここに至るまでの経緯を思いすすながらため息を吐く。
「何故こんな事になってしまったんでしょうか」
「知らないわよ」
「何故私たちは縛られて吊されてるんでしょうか」
「私が聞きたいわよ」
「何故あの男は助けに来ないんでしょうか」
「逃げたからでしょうね」
「そこは否定か知らないって言って欲しかったです」
「現実は辛いものよ」
「嫌な世の中ですね、とりあえず言っておきます………今日も厄日です!!」
ーーーーーーーーーーー
少し時間をさかのぼる事八時間前、詞葉と桂が決闘をし決着がついて直ぐ追い出される様に神社を出発して三日目、真夏の暑い日差しが容赦なく照りつける田舎道を三人は歩む速さは同じなれど心境はバラバラに歩いている。
そんな蒸し暑く不愉快な空気を更に輪を掛けて三人の間には気まずい空気が流れていた。
「厄日です」
「お前神社を出てからそればっかりだな、もう三日もたつんだいい加減諦めろ」
「暑い」
まるで不愉快な空気を、そのまま固め押しつぶし圧縮したかの様な詞葉の言葉に暑さにうんざりしている桂が顔は正面で目線のみを詞葉に向け、この三日間で何回繰り返したか分からない問答を始める………ちなみに梅は既に眼が死に現状の不満と願望を呟きながら目的地に向け歩みを進めるだけの生ける屍と化している。
「無理です。
第一私は認めてません」
「暑い水浴びがしたい」
「お前が認めてなくても現状は変わらないんだから大人しく認めてしまえ」
「暑い水浴びがしたい氷菓子が食べたい」
「嫌です、あんな卑怯な手は無効です。」
未だに神社での決着が納得できていない詞葉を桂は投げやりに諭していく。
そして梅は自分の願望を叶える為、懐から札や怪しげな模様が描かれた小石を取りだす。
「なんと言おうと引き分けと言う結果は変わらんぞ」
「暑い水浴びがしたい氷菓子食べたい日陰に引きこもりたい」
「梅さんさっきから気にしないようにしてましたけど、いい加減諦めてください!!」
「一番諦めてないお前がその言葉を言うなよ」
「うるさいです!!これとあれは話が別です!!」
「ふふふ、そうよ日が出てるのが悪いのよ。
いっそのこと、もう二度と日が昇らないようにすれば」
「わーー、梅さん一時の苦しみから逃れる為だけになにやろうとしてるんですか!?」
詞葉は梅の危険行為を止める為大慌てで梅に抱きつくと梅は暑さで頭が沸騰したのか、それとも素なのか抱きついてきた詞葉をこれ見よがしに強く抱きしめる。
「な、なにしてるですか!?」
「すぅーーハァー、いい匂いがするわ」
「に、匂い嗅がないで下さい!!」
「いいじゃない減るものでもないでしょ」
「減ります!!私の気力とか乙女としての大切な何かが失われていきます!!」
必死に抵抗する詞葉を意に解さず梅は首筋に顔をうずめ嗜好の時間を楽しむ。
そんな義姉妹の現実逃避を桂は近くの木陰に腰を下ろし隠し持っていた竹筒に入った酒を温いと文句をつけながら眺めていた。
「こんな楽しみが有るなら夏の暑さも悪くはないわ」
「こんな目に合うなら日なんて登らない方がましです!!」
「そんなツレない事言わずに貴女も楽しみなさい。
ほら、昔は暑かろうと隙あらば私の腰に抱き付いてきたんだから」
「今思い返せばあの頃の幼気な私は間違えなく、お母さんと梅さんそして周りの環境により悪質な洗脳をほどこされていました!!」
「あの頃の詞葉の『私おっきくなったらお姉ちゃんのお嫁さんになる』発言には聞くたびに余りの嬉しさから、その都度敷き布団を濡らしたものよ」
「何で敷き布団なんですか!!枕の間違えですよね、いったい何してたんですか!?」
梅の過去の美談と危ない発言に詞葉は自分の置かれている状況を忘れて叫ぶと梅の目に怪しい光が灯り、その妖しい瞳にコレまでの経験からこの後起こるで有ろう惨劇を予感し回避行動を始める。
「いえ言わなくて結構です実演は結構ですから、その獲物を舐め回す瞳と狩人の手付きを止めて下さい!!」
「あら、つれない事を言うようになったのね、お姉ちゃん悲しいわ」
「悲しむ人はか弱い女の子の服に手を掛けたりしないものです!!」
「悲しい時は人肌が恋しくなるものよ。
どうか悲しみに暮れる哀れなお姉ちゃんをその体で温めて慰めてちょうだい」
「温めて欲しいなら陽向に行けばいいじゃないないですか、こんな暑いなか人肌の温もりを求める意味が分からないです!!」
必死に抵抗する詞葉の服の中に梅の手が滑り込み詞葉の汗ばんだ肌の感触を楽しむ。
「や、止めて下さい!!」
「よいではないか、よいではないか」
「そ、そこは……ん!!」
「ふふふ、相変わらず可愛い反応ね」
梅の手付きに支えて貰わねば立つ事すら危うくなっている詞葉の頬には暑さだけではない赤みが差し呼吸は荒く普段元気に満ち溢れた瞳は潤み艶やかな光を灯し何も知らぬ人から見ればなんとも情欲をかき立てる光景であろう。
この危ない光景を公然と道端で行う巫女達を酒の肴にしていた桂は自分以外にも眺めている人影が二つ有る事に気付く。
「おい」
「最高よ、至高だわ、この為にならコレから向かう村なんてどうでもよくなるわね」
「あっ、ん……職務放棄は駄目だと思います」
「あら、こんなにも私に枝垂れ掛かってる娘がよく言うわね」
「もしもーし」
人影に気付いた桂が二人に注意を促そうと声をかけるが既に二人だけの世界に旅立っているのか返事はない。
むしろ先ほどまでは服の中に手が入ってるだけだったのが今では服をはだけさせ、その下の素肌を惜しみなく晒している。
「ほ、本当に止めて下さい!!
いい加減……あっ、しないと、んっ……燃やしますよ!!」
「こんなに集中力散漫の状態で出来るかしらね」
「やってみせます!!」
「頼むから俺の話も聞いてくれないか」
「あ、あのもし」
二人の奇行がいつまでも経っても終わりが見えぬ事に痺れを切らしたのか先ほどから遠くから眺めていた農民風の出で立ちをした男二人が勇気を決して話かけてきた。
「もし、あなた方の服装をみる限り山の巫女様達で間違えねぇですか?」
しかし、この勇気ある言動も耳にも視界にも入ってはいないのか梅は行動をエスカレートさせていく。
主に梅の攻めにより詞葉の少なかった抵抗は完全に沈黙し、もはや弄られているだけという状況に陥り人前で体を好きかってにいじくり回されていた。
「有言実行がウチの数少ない教えって伝えなかったかしら出来ない事は言っちゃダメじゃない」
「は、んっ!!も、もうゆ、許して……下さ、あぁぁ!!」
「おい、話聞いてやれよ。こんな中話かけてきたんだ、いくら何でも不憫すぎる」
「桂しゃん……わ、私も、あぅ、不憫に思ってたしゅけて……ふにゃぁぁ!!」
話かけてきた農民風の出で立ちの男を不憫に思った桂が仲介役に入ろうとするが梅には聞こえていないのか聴こうとしていないのか桂の言葉を完全に無視をして手に伝わる感触と詞葉の首元に顔を埋めそこから香る汗と髪の匂いに酔いしれ陶酔していく。
さすがにこれでは話にならないと感じとった男達は梅達に話かけるのを諦め、酒は入っているがまだ話が通じるであろう桂に対話の相手を切り替える。
「もし、お付きの方今公衆の面前でまぐあっているお二方は山の巫女様達で間違えねぇですか?」
「残念ながらそうだよ。
この公衆の面前で義妹を襲ってるのが義姉の梅……変態だ。
そして、その変態に襲われて良いようにされているのが義妹の詞葉、猪娘だ」
この桂のあんまりな自己紹介に男達達は引きつった笑顔でそ、そうですかと答え内心どちらも外れだったと悟り出来るだけ表情に出さない様に努力し話を進めるしかない。
「お付きの方は荷物持ちか飛脚かなにかで?」
「いや、俺はコイツらの目的地が通り道だから途中までくっ付いてるだけの人間だよ」
「そんな理由でわざわざ見知らぬ人達と旅を?」
男達は桂を怪しみ観察するように見つめるが、そんな嫌な視線もどこ吹く風の桂は梅達に聞こえていないのをいい事に、さも当たり前の様に筋の通った嘘を吐く。
「考えてもみろよ、いくら男とはいえ一人旅が危険なのは変わりないからな。
獣にはたびたび遭遇するし運が悪ければ盗賊のような危ない連中にも狙われる可能性があるが、もっと運悪ければ妖怪のような化け物に生きたまま喰われるかもしれん」
「た、確かに危険だ」
桂の言葉は旅をする者には一般常識に当てる事しか言っていない為、男達は疑う事なく耳を傾け桂はその反応に更に大袈裟に身振り手振りを加えて傍目には舞台さながらに説明を続ける。
「だが!!ここにいる天下無双の山の巫女様方お二人がいれば獣が現れれば一睨みで追い払い盗賊共は巫女様達の服装を見ておののき我先にと一目散に逃げ出し、妖怪や化け物共は出会った瞬間に切り捨てられ物言わぬ骸とかす」
「そいつは凄い!!まさに天下無双敵なしの強さだ!!」
「オイ、五月蠅いぞ平介お前さんちいっとばかし口噤んでろ!!」
「なんだとコノヤロウ!!」
「それが五月蝿いと言ってんで!!」
桂の熱の籠もった芝居がかった言葉につられ平介と呼ばれた男は身体を前のめりに聞き入り合いの手と言わんばかりに声を出すと、もう人の男が話の邪魔をするなと注意をする。
だが、それすら桂の書いた台本のうちの台詞の一つだと言わんばかりに二人の前に大きく両手を上下に振り まぁまぁ、お二方話は逃げませんから喧嘩は止してと仲裁をしワザとらしく咳払いを一つ……場が静まるの待ち、ほど良い緊張と話を今か今かと待つ熱を持った静寂が釣り合ったここぞと拍子に言葉紡ぎ出す。
「そんな巫女様達に俺は幸運にも道中出会う事ができ、その上進む方角が同じと知ると『男性とはいえお一人での旅は危険でしょう、私達に付いて来て下さい道中の安全は保証します』と言われ俺がアナタ方に私は何もお返し出来るモノは有りません、なので私の事は忘れて先をお進み下さいと遠慮をすると『かまいません旅は道ずれですよ。』と微笑みながら言って下さり俺をここまで何事もなく連れて来てくださったんだ」
「そいつは慈悲ぶけぇ」
「まるで天女様の様に美しい心だ」
この美談に男達は口々に賞賛の言葉を口にする。
だが、さきほどと打って変わって桂は心底残念そうな悲壮感漂う顔を見たとたん口を噤む。
「しかし、その旅もここまでのようだ……彼女達を必要としている者達の迎えが来た、私と彼女達の旅は此処で一度終わりを迎える」
「申し訳ねぇ」
別れる原因が自分達が迎えに来たせいだと気づいた平助が俯き侘びを入れ隣の男も無言で下を向く、そんな二人に桂は笑顔を見せ肩を叩く。
「なんのなんの気に病む事ではない、一度別れるだけ縁が有ればまた出会う、それに彼女達に出会う程の強運を持つ俺だ道中不幸に遭う事もないだろう」
「ダンナはそれで」
「いいんだよ」
男が話す言葉をやんわりと笑顔で遮る。
「此処で別れを惜しむなら男じゃない、だからお前達後は任せた」
「それでダンナはどちらに?」
この問いかけに桂は歩きだし二人の脇を抜け少し距離が開いた処で背を向けたまま力強く答えた。
「後ろの二人に聞いてくれ」
二人は反射的に後ろの二人に目をやりもう一度正面を向くとそこには既に桂の後ろ姿はなく冷静に考えると未だに面倒ごとが終わる気配のない二人を押し付けられた事に気づく。
だが、気づいた時には既に遅く未だに公衆の面前で危険行為に及ぶ巫女達と頭を抱える男達を夏の日差しが照らし続けていた。
「あのー、いい加減お話よろしいで?」
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あれからしばらく経ち梅が理性を取り戻し詞葉が精神的に立ち直り桂がよく分からず行方を晦ましたそれに対して梅があの野郎バックレやがった!!と巫女にあるまじき言葉を恐ろしい形相で吠え周りを怯えさせる。
その後、気を取り直した男達の案内で日の沈む前に何とか目的の村にたどりつくと、時間が無いとそのまま村長の家へ案内され今はそこで茶を出され村長を名乗る老人とその妻、迎えに来た男達を合わせた計四人と膝を向かい合わせ座っていた。
「まず初めに私達の願いを聞き入れこんな辺鄙な村に来て頂いた事に深く感謝いたします」
「いえ、こちらも来るのが遅くなり申し訳ありません。」
沈黙を破るように先ずはお互いに社交事例を述べ合う。
その礼儀正しい姿はつい先ほどまで公衆の面前で危険行為を行っていた者とは似ても似つかぬ巫女としての梅に見慣れていない詞葉は口を開けて固まってしまが、そんな詞葉の反応は想定内なのか二人の会話は構わず進んでいく。
「此度の事は私達だけで解決出来る事ではなく藩にも救済を願い出たのですが、このような特産も名物も無く年貢の納めが少ない村の為には腰が重くどうにもならぬと思い貴女方に来て頂く事になりました」
「はい、存じております。
そう言った藩が処理仕切れない部分を補い迅速に処理するのが私達山の巫女の勤めです」
「この礼儀正しい巫女さん誰ですか?」
「なので、ご安心下さい。
後は、私達で処理いたしますので、書面で読んではいますが確認の為もう一度村で何が起こったのか、そして現在の村の現状をお教え頂けますか?」
梅は詞葉の言葉を完全に無視しながら会話を次の段階に進める為に現状説明を求める。
その言葉を待っていましたと村長が頷き妻に一度目配せをし急須を持って来させ、ここからは長くなりますからと言い空になった全員の湯呑みにお茶を注がせ全員が一度お茶に口を付けたのを確認した後姿勢を正してからゆっくりと口を開く。
「1カ月ぼど前から村にカッパが連続で現れるようになりました。
村にはたびたびカッパは現れていたので最初のウチはいつも道理農作物を荒らしに来たのだと思い数も一匹二匹程度だったので村の若い衆が対応をし追い払っていたのですが日に日に数が増えていき二十匹を超えた辺りで此方にも怪我人が出るようになり藩に助けを求めましたが対応してはもらえず……」
村長の説明を聞きながら梅は相槌をして先を促し詞葉はお茶をすする。
「ついに、村人に死者が出ました」
その時の事を思い出したのか村長の妻は泣き崩れ案内人の二人も目頭を僅かに涙で濡らす。
「カッパ達は殺した若者の遺体を川の中に引きずり込んでいき、その日は帰って行きましたが次の日もカッパ達は現れ此方の防衛をあざ笑う様に五人の遺体を川の中に………」
ついに、村長も耐えられ無くなったのか話が途切れ嗚咽が漏れ始めてしまう。
そして頭を床に勢い良く叩き付け大声で叫ぶ。
「助けて下さい、どうか私達を助けて下さい巫女様!!
もはや私達に出来る事は何も無く貴女方に頼るしかすべはないのです!!」
「助けて下さい………とって下さい息子の仇を!!」
「俺の弟の仇を!!」
「俺達の仲間の仇をとってくだせい!!」
村長の叫びに続き周りの面々も頭を下げ口々に悲痛な叫びをあげ、その様子をジッと見ていた梅が頷き流れるような動作で座礼をし、それに習い詞葉も同じように頭を下げる。
「今この時より正式に依頼を承りました。
本件は私梅と」
「義妹、詞葉が」
「全力を尽くし対応させて頂きます」
言い終わると二人はゆっくりと顔を上げ周りの表情を伺う。
村長を含めた全員が涙を流しながら安堵の笑みを浮かべ二人を見ていた。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます!!」
「任せて下さい、しかしお一つ聞いても?」
「何でしょうか」
安堵の笑みを浮かべたままの村長が首を傾げ梅の質問を聞く。
それに対し梅も笑みを浮かべたまま尋ねる。
「なぜ、私達の茶に……いえ、違いますね。
なぜ、私達の湯呑みに薬を盛っているのです?」
質問を聞いた瞬間、村長とその妻は笑みが凍りつき案内人の二人は疑問符を頭に浮かべ詞葉は驚き口に含んでいたお茶を吹き飲んじゃいましたよと呟く。
村長は顔に引きつった笑みを浮かべながら、かろうじて返事をする。
「な、何を言っておられるのでしょうか」
だが、彼が口にした言葉は緊張の為か声が震えてしまっていた。
対して梅は優しく微笑み一度周囲を見渡し確認をした上で最後通告を出す。
「あくまでしらを切るのでしたら、不本意ですがコチラも対応を変えざるおえませんね」
「しらを切るもなにも、なんの事なのか解りかねます」
「そうですか………残念ですってどうしたの詞葉?」
梅が交渉決裂と武器に手をかけようとした時、横から袖を引っ張られたのでそちらを向くと青い顔をした詞葉がいたので余りの可愛さに抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、不安を和らげてやる為に頭を優しく撫でると大人しく撫でられるままの詞葉が不安げに空になった湯呑みを梅の見えるように前に出す。
「梅さん、私お茶二杯程飲んじゃったんですけど」
「大丈夫よ、盛られていたのは毒ではなく弛緩薬当たるモノだから命の心配はないわ」
「それでも量的に不味いと思うんですけど」
「問題ないわ、盛られていたのは二杯目だけだったし」
それでも不味いし問題点が違う詞葉と弱弱しく講義すると梅が先ほどまでとは違う種類の笑みを浮かべながら詞葉の頭を自分の胸に抱きこみ、子供をあやすように優しい声色で安心しなさいと語りかける。
すると最初は抵抗していた詞葉も大人しくり梅の次の言葉を待っていると頭の上から信じられない言葉が振ってきた。
「第一、貴女が普段盛られてる薬の量と強さの比じゃないわよ」
「え……え?」
「これだけ私達に日常適に薬やら毒やら盛られてたら抗体もできるし、最近なんてコレ一般の成人男性に盛ったら死んじゃうなって量の薬盛っても平然としてるし」
「あの、冗談ですよね!?」
「一年ぐらいに前に退治した大蛇の妖怪に噛まれた時なんて即効性のかなり強力な致死毒なのに無毒で助かりましたと温泉つかりながら言われた時は皆で頭抱えたものよ」
「あれってそんなに危ない蛇だったんですか?
でも、梅さん達全員で大丈夫だからと私を前衛に回したような?」
「そんな詞葉に今更素人が作ったか市販で買ってきたか分からないけど、こんな弱い薬一杯や二杯盛った処でたいした事ないから安心しなさい。
でもどうしても心配ならお姉ちゃんが診断してあげるわ」
突然の暴露話に詞葉は目を白黒させ、周りにいた案内人の二人は詞葉を同情のこもった視線を投げかけ村長とその妻はどうしたモノかと未だに引きつったえみを浮かべ固まっている中梅は話は終わったとばかりに詞葉の服の中に手を入れようとした。
「きょ……」
「きょ?」
「今日という今日は許しません!!」
その瞬間詞葉の怒りが爆発し顔を先ほどまでと打って変わって顔を真っ赤にしながら梅の拘束を打ち払い立ち上がり脇に置いてあった愛刀を掴みそのまま抜き放つ。
刀を向けられたら梅はのほほんと反抗期かしらと呟き首を傾げている。
「今までいろんな仕打ちを受けてきた事はこの際水に流します!!」
「あら、水流しちゃうのね」
「はい、水に流します!!」
「なら、詞葉は何に怒ってるのかお姉ちゃん分からないわ」
「本当に分からないんですか」
「本当に分からないわ」
刀を抜いた詞葉に驚いた村長達が慌てふためきながら外に出たのを気にする事を無く義姉妹の問答はつづく。
つい数分前までお茶を飲んでいた居間は片や刀を抜き修羅を彷彿とさせる程の怒気を放つ詞葉に対し朝靄漂う澄んだ川を連想させる程美しいたたずまいと微笑を見せる梅の一触即発の戦場と化していた。
「梅さん今私の怒っている事分かってくれてるのは長年の付き合いから分かっています」
「確かに時間も長く肌を重ね合わせた濃密な関係を築き上げた仲ですものね」
「茶々入れないで下さい!!」
「つれないわ、お姉ちゃん悲しい」
梅が涙を拭う仕草をすると詞葉が顔に青筋を浮かべながら僅かに切っ先を顔に近づける。
「最後です、梅さん謝って下さい!!」
「詞葉………残念だけど」
詞葉の最後通告に対し梅は少し迷う仕草をしたのち、勢い良く立ち上がると同時に脇置いておいた長巻きを峰打ちで外と居間を仕切る襖に向かい横凪で振り抜く。
詞葉もそれに続き飛び込んで来た人影の鎖骨に峰打ちで上段を振り下ろす。
「話は後よ」
「仕方ないです、でも絶対にうやむやにしないで下さい!!」
「大丈夫よ、お姉ちゃんを信じなさい」
「そう言っていつもうやむやにされるですけど……」
「ふふ、気にしたら負けよ。
でも、まずは目の前のお仕事から片付けるわよ」
「はい、梅さん!!」
二人の巫女はお互いの武器をしっかりと正眼で構えて外にいる大勢の人間を威嚇する。
「次は誰ですか!!
招いて置いて薬を盛る人達には容赦はしません!!」
「本音は?」
「八つ当たりです!!」
「素直でよろしい」
武器を構えている大人数に囲まれていても平常運転な二人を見て、それを余裕と捉えた村人達達は家を囲み武器を構えるだけで、何より奇襲で飛び込んで行った若い男が呆気なくやられたのを見て、なりふり構わず突っ込んで来るような事は出来ずその場で萎縮して固まってしまっていた。
そんな膠着状態が続く中、実際の処詞葉と梅にもそこまで余裕が有るわけでもなく殺す気でやれば術の三つか四つ放てば直ぐに決着はつくのだが、未だ村の状況が分かっていない現状で殺しを行う訳にもいかず、かと言ってこの人数を武器だけで殺さず手加減して伸すのは骨が折れるとどうしたモノかと梅は頭を悩ましているが隣からは…………
「どうしたんですか!!来ないんですか!!今なら峰打ちで叩いて気絶させるぐらいで許してあげますから早く来て下さい!!」
何も考えていない猪娘が怒声を飛ばしている。
そんな詞葉の頭を叩きなる衝動を梅が抑えていると群衆の中から村長が現れ先頭に立ち震える声で話しかけてきた。
「巫女様方申し訳有りません村を救うにはコレしか無いのです」
「そう言われて素直に縛につく巫女がどこにいますか!!」
「貴女方を差し出さねば我々の命はもちろん村の浚われた子供達の命も怪しくなるのです!!」
「だから、それを解決しに私達が来たのに何で私達の命で解決しようとしてるんですか!?」
「ソレが我々に出来る最良の手段だからです!!」
「私達にとっては悪手もいい処です!!」
「分かって下さい!!」
「断固拒否です!!」
村長の言葉に正論なのかイマイチ怪しい返している詞葉に梅が苦笑をし頭の中はこの後起こる立ち回り熟考していると、ジレタ村長が手を上げる合図を出すと村人達の雰囲気が変わりいよいよ玉砕覚悟の突撃をしようと構える。
「お願いです……武器を置いて下さい手荒な真似はしたくは無いのです。」
「薬を盛って集団で武器を持って取り囲んでる時点で十分手荒です!!」
「確かに十分手荒いわね」
「………でわ、申し訳有りません」
村長が手をゆっくり下げると同時に梅が詞葉に殺しては駄目よと注意を促しソレに分かりましたと答え先制攻撃だと言わんばかりに詞葉が敵陣に突っ込もうとした瞬間、梅の身体が立ち方を忘れたのかと錯覚させる勢いで重力に引かれ受け身も捕らずに地面に倒れた。
「………えっ?梅さん」
それを見た詞葉が驚きほんの僅かな瞬き程の隙が出来た意識の隙間を絶妙な拍子で見えない何かで粋なり顎を叩かれ意識を虚空の彼方へ飛ばされてしまい梅と同じよう地面に吸い込まれるように倒れてしまう。
村人達は突撃起きた事態を上手く飲み込めずうおさおしていると村長の鶴の一声で詞葉と梅を縛り上げ大きな鳥籠擬きに入れ吊し、時間が無い早く川へと誰かが言うと皆がそうだそうだと足並みを揃え詞葉達を運びながら移動を始める。
そんな村人達による大移動に混じりながら歩を進める男が一人右手をプラプラさせながら呟いた。
「二人とも隙無さ過ぎるだろ。
顎叩くコッチの身にもなってほしいぜ」
だが、いかにも辺りから浮いている男を誰も気にせず生け贄を二人引き連れ歩みはどんどん目的地の川に向かって進んで行く。
「あー、早いとこ終えて旅に出たい。
次は海を越えて西の大陸でも横断してみるか」
こんな呟きも誰も聞こえていないのか粛々と移動は進んで行き途中生け贄の二人が意識を覚まし緊張感無く此処までに至ることをノホホンと話し出すまで後半刻程。
そして、起きてから余りの緊張感の無さに猪娘が猿轡を噛まされるまで四半刻程後の事になるのは、まだ誰も知らないお話。
「ふがふ、ふが!!(今日も厄日です!!)」
後愛読ありがとうございました。
次回もお楽しみ下さい