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スモッグ領域

掲載日:2026/04/22

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 自分独自の領域の展開かあ……。

 あ、こーちゃん、おかえり。お邪魔してるよ~。

 ん? 領域の展開のお話?

 そうそう、最近みんなの間でこの手の技を使う漫画? アニメ? とかが流行っているんだよ。ちょっとは知識を仕入れておこうと思ってさ。

 自分に都合のいい空間、思った通りの空間を展開する。あわよくば、相手にもそれを押し付ける。いわば自分のパーソナルスペースでもって、相手を侵略し支配しようともいえると思う。

 自分の部屋を持ちたい、広くしたいとは多くの人が考える。そのうえで他とはっきり区別されているからこそ、領域を展開する力に魅力を覚えるのかもね。

 そして僕らは日常生活で、いくつもの領域をまたいで生きている。相手側はめちゃくちゃ主張しているかもしれないけど、多くはそれに気づかないか、曲がった認識をしてしまっているかだ。

 注意すべき領域は、身近にもあると思う。前に友達が話してくれたことなんだけど、聞いてみない?


 光化学スモッグの注意。こーちゃんには縁があった?

 車とかの排気ガスが、太陽の光を浴びることでもやがかかったような状態になる。それを人間が受けると目やのどを痛める恐れが出てくるってものだね。

 友達の住んでいる地域だと、それがしばしば発生したみたいでさあ。学校にいる時間帯でもよく注意を促す放送が流れたということなんだ。

 閉めきった窓の向こうの景色は、どこか黄色がかって見えることも多く、授業中も気が気でなかったとか。


 その日の光化学スモッグに関しては、放課後を迎えて少し経ってからのこと。

 部活動の人を含め、この日は学校に残っている人が先生方をのぞけば少なかったらしい。

 友達はちょうどお腹を壊して、トイレにこもっているタイミング。すぐに帰る態勢に入ることはできず、早期の帰宅を促される放送を聞いてもしばらく格闘していたらしい。

 どうにか荷物もまとめて昇降口をくぐったはいいものの、黄色がかったもやはこれまでに比べるとかなりの濃さを持っていた。

 完全に視界を遮られるほどじゃないが、数メートルより先の視界はぼやけてしまって不鮮明に。ここまでのものには、はじめて出くわしたと友達は語る。


 ――これ、絶対に事故る人とかいるよな……。


 実際、学校の正門を出たあたりでクラクションを鳴らされる。驚いて飛びのいたものの、奇妙なのは車体がなかなか通過していかないこと。

 確かに門をくぐってすぐに車道となっていて、注意しないと危ない立地ではあった。けれどもクラクションは先ほどの一回きりな上、エンジンやタイヤのこする音など走る車ならではの気配が一向にあらわれない。

 友達も左右を見やりながら、車の影を探ったものの何も見えなかった。先ほどよりスモッグが濃くなってきているのか、視界は悪化の一途をたどっている。

 こうも学校に近いのだから、いったん引き返すという選択肢もあったはず。でも、このときの友達は一刻も早い帰宅を優先した。

 家まではせいぜい5分程度。視界は先ほどより、さらに悪くなっているが勝手知ったる通学路。たとえ目隠しされてもどうにかなると踏んでいたのだけど。


 着かない。

 学校を出て右手に向かうと、30秒ほどで信号付きの交差点にぶつかる。そこを越えてなお直進するべきなのだけど、信号がなかなか見えてこない。

 足元にも注意を払っている。仮にこのスモッグが信号機の光をすべて覆い隠していたとしても、横断歩道があるはず。じかに触れられるそれを踏みしめていけば、存在は確かめられるはず。

 しかし、もう家に着いているだろう時間は直線を続けたはずなのに、それらの気配がないんだ。


 ――道を間違えた? この直線で?


 ありえない、とは思うものの、間違えたならどんどん家から遠ざかる羽目になる。

 どこにいるのだろう、と位置を確認するべく、ちょっとだけ歩みを左へ寄せた。すでに足先を見るのがやっとという濃霧。ここまでろくに自分の脇に何があるかは意識していなかったそうだ。


 ふと、地面の感覚が消える。

 にわかに体重のかけどころがなくなってバランスを崩しかけるも、友達は踏みとどまる。

 歩いているところよりも、わずかに数歩左は断崖になっていた。ここが田舎よりとは友達も自覚していたが、学校の近くにこのような地形などなかったはず。

 スモッグそのものが軽いのか、崖の下にまではもやが溜まっていない。よくよく目を凝らしてみるとはるか下に、わずかな水の流れが見えたのだとか。

 手すりや欄干のない橋を渡るならば、あるいはこのような景色に出会えるかもしれない。けれども、そのような地形はこのあたりにない。


 自分はどこにいるんだ……という、地元民にあるまじき疑問が浮かんだとき。

 ひゅっと、強い風が吹きつけた。

 身体が飛ばされないよう、必死にこらえてしまうほどの激しさで目もつむってしまう。やがて風がおさまって、まぶたを開いたときには、あたりのもやはすっかり晴れていたそうなんだ。

 友達は学校からさほど離れていない、道路の端に立っていた。例の信号のある交差点まで、まだ距離が残るほどの近場。

 学校前の道路の反対側にある側溝。そこのふちに自分がたたずんでいたのがわかったのだそうだ。せいぜい自分のすねと膝の間くらいの深さしかない、溝の端にね。


 スモッグと思っていた、あの濃いもやの中。

 あれが自分を小さくさせる領域のたぐいだったんじゃないかと、友達は思っているとか。

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