第7章 抗わなくなった人たち
環状リニアに初めて乗った日が、特別な日だったのかどうかは、あとから考えてもよく分からない。
駅は以前とほとんど変わらず、看板の色が少し統一され、案内の文字が減ったくらいだった。
改札で立ち止まる必要はなく、立ち止まらなかったことを意識する必要もなかった。
歩いていれば、いつの間にか中に入っていて、指定された車両に誘導されていた。
車内は静かだった。
静かすぎるということもなく、うるさくないだけだった。
席に座ると、端末に通知が出た。
到着予定時刻:問題ありません
それ以上の説明はなかった。
以前なら「何分後」とか「どの経路で」とか、そういう情報を見ていた気がするが、見なかったことに対する不安はなかった。
窓の外は速く流れていた。
速いというより、途切れなかった。
景色が切り替わる前に、次の景色が用意されている感じがした。
向かいの席に座っている人は、ずっと目を閉じていた。
眠っているのか、考え事をしているのか、どちらでもよかった。
誰も、全国を一周できるようになったことについて話していなかった。
話題にしなくても困らなかった。
昔、判断を自分でしたいと言っていた人のことを思い出した。
名前はすぐに出てこなかった。
その人は、選択肢が減ることを嫌がっていた。
「選ばない自由も自由だ」と言っていた気がする。
その後どうなったのかは知らない。
転職したという話を聞いた気もするし、
引っ越したという話だったかもしれない。
連絡を取らなくなった理由を、誰も説明しなかった。
説明する必要がなかった。
判断を自分でしたいと言っていた人たちは、
ある日を境に、話題に上らなくなった。
排除されたわけではない。
反対運動をしたわけでもない。
ただ、選ばれなくなった。
環状リニアは揺れなかった。
揺れないことに、誰も感動しなかった。
到着すると、自然に立ち上がる流れができていた。
誰かが合図を出したわけではない。
早く降りたい人も、ゆっくりしたい人もいなかった。
降りた先で、端末が次の行動を提示した。
現在の状況に適した移動方法があります
了承も拒否もせず、画面を閉じた。
閉じたあとも、問題は起きなかった。
そのとき、
「自分で決めなくなったのは、いつからだろう」
と一瞬思ったが、答えを探す気にはならなかった。
考えなくても進める状態は、
思っていたよりずっと楽だった。
環状リニアは、もう珍しいものではなかった。
去年からずっと走っている。
去年という言葉も、あまり正確ではない気がした。
日付や年号より、
「問題がなかった」という記憶の方がはっきりしている。
抗わなくなった、というより、
抗う理由が見つからなくなった。
理由がないことは、
不満ではなかった。




