第5章 特に問題は発生していない
報告書には、いつもと同じ言葉が並んでいた。
大きな問題なし。
想定外の事象なし。
対応を要する事案なし。
それを見て、
安心したというより、
確認が終わった、という感覚が近かった。
判断補助の利用率は、
また少しだけ上がっていた。
上がった理由は、
誰も詳しく説明していなかった。
キャンペーンがあったわけでもない。
義務化されたわけでもない。
ただ、
使っている人が増え、
使っていない人が目立たなくなった。
使っていない人が、
困っている様子はなかった。
仕事は回っている。
生活も成り立っている。
ただ、
少しだけ時間がかかっているように見えた。
その「少し」が、
いつからか
話題になるようになっていた。
「別に遅れてるわけじゃないけど」
「全体の流れとしては、ね」
そういう言い方が増えた。
誰も個人を責めていない。
責めていないからこそ、
訂正もしなかった。
会議では、
判断補助が前提になっていた。
資料はすでに整理され、
選択肢は三つ以内に絞られている。
どれを選んでも、
大きな差は出ない。
差が出ない、
ということ自体が
安心材料になっていた。
意見を言う人は、
減っていなかった。
ただ、
意見の内容が
以前より似てきていた。
違いは、
言い回しや順番の程度だった。
「この案で問題ありませんか?」
その問いに対して、
沈黙が続くことが増えた。
沈黙は、
反対ではなかった。
確認が不要、
という意味だった。
ある日、
判断補助を使っていない人が、
ぽつりと言った。
「最近、
特に問題が起きないよね」
それは皮肉でも、
警告でもなかった。
事実確認に近かった。
「起きない方がいいでしょ」
誰かが答えた。
それで話は終わった。
続ける理由が、
見つからなかった。
帰宅後、
一日の記録を見返す。
判断負荷は、
「低」と表示されていた。
それを見て、
良いことだと思った。
以前なら、
「低すぎないか」と
考えたかもしれない。
でも、
今はそう思わなかった。
問題が起きていない。
それは、
とても大事なことだった。
問題が起きていないなら、
変える理由はない。
変える理由がないなら、
続けるのが自然だった。
その日のログにも、
同じ一文があった。
特に問題は発生していません
その文章は、
誰かの判断を
肯定しているようで、
誰の判断でもないようにも見えた。




