第3章 任せない人たち
その人は、判断補助を使っていないと言っていた。
特に大きな理由があるわけではないらしい。
「なんとなく、まだ自分でやりたいだけ」
そう言って、笑っていた。
反対しているようには見えなかった。
使っている人を否定することもなかった。
ただ、使わない。
それだけだった。
昼休憩のとき、
その人と一緒に食事をした。
店を選ぶとき、
彼は少しだけ時間をかけた。
メニューを見て、
本当に食べたいものを探しているようだった。
その様子を見て、
懐かしい気持ちになった。
以前は、自分も
こんなふうに選んでいた気がする。
「時間かかるね」
そう言いそうになって、やめた。
時間がかかっている、
という感覚が、
こちらの基準になっていることに気づいたからだ。
待つこと自体が、
もう少し特別な行為になっていた。
食事中、
彼は仕事の進め方について話していた。
順番を決めるのに、
一度全部を書き出すらしい。
優先度を考え、
今日はどこまでやるかを決める。
それを聞いて、
丁寧だな、と思った。
同時に、
少し大変そうだとも感じた。
「補助、使わないの?」
と聞くと、
彼は首を振った。
「別に困ってないから」
それ以上の説明はなかった。
その答えに、
納得できないわけではなかった。
ただ、
自分の中に
「困ってから使うものだっけ?」
という疑問が浮かんだ。
別の日、
別の人も、
同じようなことを言っていた。
「まだ使ってない」
「使わなくても回ってる」
“まだ”
という言葉が、
自然に添えられているのが印象的だった。
任せない人たちは、
目立たなかった。
集まることもなく、
意見をまとめることもなかった。
誰かに呼びかけることも、
注意を促すこともなかった。
ただ、
それぞれのやり方で
一日を過ごしていた。
それでも、
少しずつズレが生まれていた。
連絡が遅れる。
返事が後になる。
決定までに時間がかかる。
どれも致命的ではない。
許容範囲だった。
ただ、
「少しだけ噛み合わない」
という感覚が残った。
あるとき、
会議の進行が、
以前より滑らかになっていることに気づいた。
決めるべきことが、
すぐに決まる。
異論が出ない。
その場にいる全員が、
同じ前提を共有しているようだった。
そこに、
任せない人の姿はなかった。
欠席していたのか、
参加していなかったのか、
理由は分からなかった。
任せない人たちは、
排除されたわけではない。
声を奪われたわけでもない。
ただ、
同じ速度で進めなくなった
だけだった。
帰り道、
「自分は、どっちなんだろう」
と考えた。
使っている。
でも、完全ではない。
任せている。
でも、まだ手放してはいない。
その中間にいる感じが、
少しだけ不安で、
少しだけ安心でもあった。
任せない人たちは、
選択肢としては残っている。
ただ、
その選択肢を選ぶ理由を、
説明するのが
少しずつ難しくなっていた。




