幸せを料理する
昼の陽ざしがカーテンの隙間から差し込み、部屋の中をやわらかく照らしていた。
ヒナが鍵を回すと、小さな「カチッ」という音が鳴り、ドアが開く。
家の中には、いつもの静けさと、木と洗剤のやさしい香りが広がった。
「ただいま。」ヒナが靴を脱ぎながら言う。
サキも少しぎこちなく靴を脱ぎ、部屋を見回した。まるで初めて見るような目つきだった。
ヒナは買い物袋をローテーブルの上に置き、エプロンをつけて袖をまくった。
「よし……お昼の準備をする前に、少し片づけよう。」
サキは首をかしげた。
「か…かたづけ?」
「うん、お掃除のことだよ。」ヒナは微笑んで説明した。「見ててね。」
彼女はソファに置きっぱなしだった服をたたみ、テーブルを拭き、窓際のほこりを払った。
サキはじっと観察しながら、同じように真似をしてみるが、いつも何かを落としてしまう。
「わっ……あっ、だめだよ、それは。」ヒナは笑いながら、ぐらついた花瓶を支えた。
「ご、ごめんなさい……。」サキはしょんぼりと耳を垂らす。
「大丈夫。少しずつ覚えればいいから。」
掃除が終わると、ヒナは台所へ向かった。
鍋の中でお湯がやさしく沸き、彼女は米を研ぎ、野菜を切り始めた。
サキは椅子に座り、足をぶらぶらさせながら、その手つきを興味深そうに見つめていた。まるで神聖な儀式でも見ているかのように。
「お手伝いする?」ヒナが尋ねる。
サキは嬉しそうにうなずいた。
「する!」
ヒナは小さな包丁を手渡しかけて、すぐに取り消した。
「ううん、やっぱり……こっちを混ぜてくれる?」
「うん!」
サキは真剣な顔でボウルを混ぜ始め、ソースを少し飛ばしてしまった。
「上出来、上出来。」ヒナは笑いながら言った。「これも立派なお手伝いだよ。」
やがて、食卓の準備が整った。
湯気の立つお皿が二つ、味噌汁と漬け物の小皿が並ぶ。
ヒナは手を合わせて言った。
「いただきます。」
サキも目を輝かせて真似をする。
「い、い…ただきます!」
ヒナは微笑みながら彼女を見つめた。
サキは一口食べると、目を閉じて小さく声を漏らした。
「おいしい……。」
「ふふ、作ったのは私だよ?」ヒナが少し得意げに言うと、サキは真面目な顔でうなずいた。
「ヒナ……すごい料理人。」
ヒナの笑い声が、温かなごはんの香りとともに、小さな家の中にやさしく響いた。
それは、穏やかで幸せな午後の音だった。




