朝の光と小さな幸せ
通りは静かで、やわらかな陽ざしが家々の窓ガラスをきらりと照らしていた。
ヒナは肩にかけたバッグを揺らしながら、サキと並んで歩いていた。
風がふわりと二人の髪をなでていく。
ヒナは考え込んでいた。
「いつもより少し多めに買えば、今週は足りるかな……」と小さくつぶやく。
隣を歩くサキに目を向けると、彼女は耳を隠すためにフードをかぶり、ほとんど跳ねるような足取りで歩いていた。
「それに……誰も気づかないよね。ちょっと変わったコスプレの子だって思うだけ。」
ヒナの口元に小さな笑みが浮かんだ。
危険だとは分かっていたけれど、サキを一人で家に残すのは気が引けた。
やがて、二人は大きなガラス張りのスーパーマーケットの前にたどり着いた。
自動ドアが開くと同時に、ひんやりとした冷気が二人を包み込む。
「さあ、カゴを取ってね。」ヒナが優しく言う。
サキはこくりとうなずき、不器用にカゴを引っ張ろうとしたが、まるでおもちゃのように引きずってしまった。
「そうじゃないの……ほら、こうやって持つの。」
ヒナが見本を見せると、サキは真剣な表情でそれを真似し、ぎこちない足取りでついてくる。
整然と並んだ棚の間を歩くと、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
ヒナは足を止め、ペット用品の棚を見つめた。
猫の写真がプリントされたキャットフードの袋がいくつも積まれている。
彼女はその一つを手に取り、少し遠い目をした。
「前はこれが好きだったよね……」と小さくつぶやく。
視線をサキに向けると、彼女は缶詰をまるで古代の宝物でも見るように眺めていた。
「でも、もう完全に猫ってわけじゃないんだよね?」
サキは瞬きをして首をかしげた。
「ニャ……じゃなくて……おなか、すいた。」
ヒナはくすっと笑った。
「うん、分かってるよ。ちゃんとごはん買おうね。」
二人は生鮮食品のコーナーへ向かった。
ヒナは米と牛乳、いくつかの野菜をカゴに入れ、最後に本と雑誌の棚の前で立ち止まった。
ふと、彼女の目に一冊の小さな本が映る。
『日常生活ガイド ― 社会での正しいふるまいを学ぼう』
ヒナはそのページをぱらぱらとめくりながら、少し考え込んだ。
「……もしかしたら、サキの役に立つかもね。」と微笑む。
一方のサキは、お菓子の棚をきらきらした目で見つめていた。
ヒナは小さくため息をついた。
「はぁ……しょうがないな。ひとつだけよ。」
サキはうれしそうにお菓子を抱きしめ、まるで宝物のように胸に押し当てた。
そして、ヒナの心の奥に、久しぶりに何かあたたかいものが灯った。
――それは、忘れかけていたごく普通の小さな幸せだった。




