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猫と私  作者: ライアン


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3/10

サキと初めての外出

朝の太陽が小さな部屋をやわらかな光で包んでいた。

ヒナはベッドの上に座り、財布を開いてゆっくりと中を数えた。

中には、丁寧に折りたたまれた数枚のお札しか残っていない。


「……今週は、なんとかなるかな。」

小さくため息をついた。


床に座っていたサキは、自分のしっぽで遊びながら、ちらりとヒナを見上げた。

「ヒナ、かなしい?」

「ううん、大丈夫。ちょっとね、お金をおろしに行くだけ。」


「おかね……? おろす?」

首をかしげるサキ。

ヒナは微笑んで説明した。

「“銀行”っていうところがあるの。そこでお金を預けたり、出したりできるんだよ。」


財布を閉じ、ヒナはしばらく考え込む。

サキを家に置いていくのは、少し不安だった。

もし誰かに見られたら? またカーテンによじ登ったら?

想像して、苦笑しながら立ち上がった。


「……よし。サキ、一緒に行こうか。」

「いっしょ? ヒナと? うん!」

サキの耳がピンと立ち、嬉しそうに笑った。



---


数分後、二人の支度が整った。

サキはヒナのお下がりのベージュ色のコートを着て、グレーのマフラーを巻いている。

少し大きめだったが、彼女はご機嫌そうだ。

フードからは、どうしても猫耳がぴょこんと飛び出していた。


「うーん……まぁ、“コスプレ”ってことにしよう。」

「コス…プレ?」

「人間が遊びで着る服のことだよ。」

「ヒナもコスプレ?」

「今日は、しないよ。」


外に出ると、冷たい朝の空気が頬を撫でた。

ヒナはドアを閉め、バッグの中をもう一度確認する。

サキは隣を歩きながら、目を輝かせて辺りを見回していた。

通りを行き交う人、空を飛ぶ鳥、看板、車——

どれも初めて見るものばかりだ。


バス停に着くと、二人は乗り込んだ。

ヒナはサキの手をぎゅっと握る。少し緊張していた。

けれど、周りの人たちは優しい笑顔を向けてくれた。


「見て、あの子のコスチューム、すごくかわいい。」

「本物みたい! 耳、よくできてるなぁ〜。」


ヒナは胸をなでおろす。

(よかった……コスプレだと思ってる。)


一方、サキは窓の外を見つめ、感動したように言った。

「すごい……ぜんぶ動いてる……世界、はやい!」

「ふふっ、それが“バス”っていうのよ。」

「バス……またのりたい!」

「いいよ。また今度ね。」

ヒナは笑って答えた。



---


少し走って、二人は近くの小さな銀行の前で降りた。

建物はシンプルで、ガラスがきれいに磨かれている。

入り口には小さなATMが並んでいた。


ヒナは通帳と、叔父にもらった身分証を取り出し、深呼吸をする。

「大丈夫……お金を少し下ろしたら、すぐ帰ろう。」

自分に言い聞かせるように呟いた。


サキはその横で、まっすぐ立ってキラキラした目で周りを見ていた。

何もかもが新鮮で、まるで小さな子どもみたいだった。


ヒナはそんな彼女を見て、思わず微笑んだ。

(ほんとに……どんな姿になっても、サキはサキだね。

いつも好奇心いっぱいで、なんでも知りたがるんだから。)


自然と、唇に小さな笑みが浮かんだ。

そして二人で銀行のドアをくぐる。


――その瞬間、ヒナの胸の中で何かが少しだけ軽くなった。

長い間感じていた孤独が、ふっと和らいだ気がした。

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