サキと初めての外出
朝の太陽が小さな部屋をやわらかな光で包んでいた。
ヒナはベッドの上に座り、財布を開いてゆっくりと中を数えた。
中には、丁寧に折りたたまれた数枚のお札しか残っていない。
「……今週は、なんとかなるかな。」
小さくため息をついた。
床に座っていたサキは、自分のしっぽで遊びながら、ちらりとヒナを見上げた。
「ヒナ、かなしい?」
「ううん、大丈夫。ちょっとね、お金をおろしに行くだけ。」
「おかね……? おろす?」
首をかしげるサキ。
ヒナは微笑んで説明した。
「“銀行”っていうところがあるの。そこでお金を預けたり、出したりできるんだよ。」
財布を閉じ、ヒナはしばらく考え込む。
サキを家に置いていくのは、少し不安だった。
もし誰かに見られたら? またカーテンによじ登ったら?
想像して、苦笑しながら立ち上がった。
「……よし。サキ、一緒に行こうか。」
「いっしょ? ヒナと? うん!」
サキの耳がピンと立ち、嬉しそうに笑った。
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数分後、二人の支度が整った。
サキはヒナのお下がりのベージュ色のコートを着て、グレーのマフラーを巻いている。
少し大きめだったが、彼女はご機嫌そうだ。
フードからは、どうしても猫耳がぴょこんと飛び出していた。
「うーん……まぁ、“コスプレ”ってことにしよう。」
「コス…プレ?」
「人間が遊びで着る服のことだよ。」
「ヒナもコスプレ?」
「今日は、しないよ。」
外に出ると、冷たい朝の空気が頬を撫でた。
ヒナはドアを閉め、バッグの中をもう一度確認する。
サキは隣を歩きながら、目を輝かせて辺りを見回していた。
通りを行き交う人、空を飛ぶ鳥、看板、車——
どれも初めて見るものばかりだ。
バス停に着くと、二人は乗り込んだ。
ヒナはサキの手をぎゅっと握る。少し緊張していた。
けれど、周りの人たちは優しい笑顔を向けてくれた。
「見て、あの子のコスチューム、すごくかわいい。」
「本物みたい! 耳、よくできてるなぁ〜。」
ヒナは胸をなでおろす。
(よかった……コスプレだと思ってる。)
一方、サキは窓の外を見つめ、感動したように言った。
「すごい……ぜんぶ動いてる……世界、はやい!」
「ふふっ、それが“バス”っていうのよ。」
「バス……またのりたい!」
「いいよ。また今度ね。」
ヒナは笑って答えた。
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少し走って、二人は近くの小さな銀行の前で降りた。
建物はシンプルで、ガラスがきれいに磨かれている。
入り口には小さなATMが並んでいた。
ヒナは通帳と、叔父にもらった身分証を取り出し、深呼吸をする。
「大丈夫……お金を少し下ろしたら、すぐ帰ろう。」
自分に言い聞かせるように呟いた。
サキはその横で、まっすぐ立ってキラキラした目で周りを見ていた。
何もかもが新鮮で、まるで小さな子どもみたいだった。
ヒナはそんな彼女を見て、思わず微笑んだ。
(ほんとに……どんな姿になっても、サキはサキだね。
いつも好奇心いっぱいで、なんでも知りたがるんだから。)
自然と、唇に小さな笑みが浮かんだ。
そして二人で銀行のドアをくぐる。
――その瞬間、ヒナの胸の中で何かが少しだけ軽くなった。
長い間感じていた孤独が、ふっと和らいだ気がした。




